蛇の月 六日 追記

 昨日はあまりの衝撃に、つい日記をさぼってしまった。

 そのまま何もなかったことにして忘れたかったのだが、一日経ってからそれは知性の敗北であると考えた俺は、可能な限り克明に当時の状況を記録しておくことにした。これはある意味で戒めでもあり、記念碑でもある。

 まず俺達は、仕事を終え夕飯を食った後、そのまま食堂に残った。その日の飯の味なんざ、もう誰も覚えちゃいないだろう。全員が浮足立っていた。まあそりゃ無理もない。

 しばらくして、背中に大きな蝙蝠の翼を生やして、如何にも高級そうな衣装をまとった男が入ってきた。元締め「ヘルモンの黒翼」の一人、ではない。その使い魔ってところだろう。その使い魔にすら俺達は気圧されてしまう。魔族としての圧倒的な格差。本物の悪魔レッサーデーモンだ。しかし気圧されてばかりは居られない。なんせ今日は、アレだからな。


 「喜べお前たち、今日は偉大なる御方がお前たちに格別の慈悲を賜られた。本日

お越し頂いた方の名はルイントゥルス嬢。彼女は多くの信奉者を抱える高名な癒し手であり、一部貴族にも絶大な人気を誇る、本来ならお前らがその姿を目に入れることすら無いお方だ。しかしこの度は我らが御方の人脈と、鉱山労働者の慰労ボランティアを日々務めておられる彼女の心優しき慈愛によってこの場が実現した。良く感謝し、明日から一層の労働に励む様に。それではルイントゥルス嬢、どうぞ」


 長ったらしい御託の後に、使い魔の影から誰かがおずおずと歩み出た。その姿は

秋冬の風に頼りなくその身を揺さぶられるススキのようにはかなく、その節々は収穫したばかりの果物のように水気に満ちており、そして全体的にうねうねしていて概ね人型ではなく、即ちそれは触手生物ローパーだった。


 石化の呪いを受けたわけでもないのに完全に固まってしまった俺達だったが、そのままという訳にもいかない。勇気を振り絞り、俺は手を挙げた。


 「……せんせい」


 「誰が先生だ。なんだ豚」


 「あの、これは、一体」


 「なんだ、不満でもあるというのか」


 「そんなめっそうもございません。ただ、その、我らはかとうなまぞくですので、このじょうきょうがよくわかりません」


 「全くこれだからオークは。何が分からんのだ」


 「あの、今日は女性がくるときいていたのですが」


 「見ての通りだが」


 「みてもわかりません」


 「これだから無知な下等種族は。だがまあお前らが知らぬのも無理はない。彼女は極めて希少な種族であるローパーの女性だ。ローパーの雄からはローパーの雄しか生まれないので繁殖自体が難しく、帝国の保護対象種族として認定も受けている」


 ローパーのメス。ローパーにメスがいたのか。いや問題はそこではない。

 

 「それで、われわれはその、いったいナニをどうすれば」


 「……彼女の触手を手にとってよく見てみろ。ルイントゥルス嬢、よろしいですか?」


 使い魔に促され、ローパーがおずおずと触手を差し出してきた。その動作に女性

らしい恥じらいが感じられるのが一層腹立たしい。触手を手にとってよく見てみると先端部分に穴が開いている。針先のような孔ではなく、ちょっとした棒くらいなら

入りそうな太さの穴で、ええと、これはつまり。


 「この先端に、インをサートしろと?」


 「うむ。ローパーの雌雄はそこで見分けることが出来る。雄はそこから生殖液を出し、メ、ごほん、女性はそこから生殖液を吸うのだ。説明は以上だ。それではくれぐれも丁重に扱うように」

 

 そして俺達とローパーだけがそこに残された。再び場が静寂に包まれる。

 ……こういう時は先手だ。いち早く動いたものが場を制する。


 「ひの、ふの、みい。ざっと数えて触手は10本だな。それでは最初の10人を選ぼう。先ずは今回の功労者であるギャリーだな。あとは同じ班の連中から順番に」


 「いやいやいや待って待って!」


 「なんだよ、今回のMVPは文句なしでお前だろ。お前以外に誰がやるんだ」


 「いやだってそんな、ええ~……いや俺は良いよ、ここは大先輩のペイジさんに譲るよ、アンタここで一番の古株なんだろ、なあ」


 「馬鹿野郎、大先輩だからこそこういう時は新入りに譲るもんなんだよそれが器ってもんだろが、おい押すんじゃねえバカ。あっそうだボルティス!ボルティスの兄貴!アンタ当たりが来たら教えろって言ってたろ!ホラ出番だぜ!」


 食堂の隅で黒毛を陰に押し込んで存在を消していたボルティスがビクつく。てめえそれでも歴戦の兵士か。


 「いや俺は良い」


 「なんだよ遠慮すんなよ!一番槍は戦場の華だろ!」


 「俺はホモだからいい!」


 「うるせえ今この状況でホモもノンケもへったくれもあるかよさっさと、え、

そうなの?マジで?いや今は良いんだよそんなことは!おいバルド!バルドーッ!」


 バルドはでかい一つ目を手で覆い縮こまっていた。現実逃避かと思ったら耳が赤い。なんでこの状況で照れる。よく分かんねえ奴だなこいつも。気付けば俺が矢面に立たされ、他の奴は全員俺の背中に隠れていた。くっそミスった、もうこうなったら俺が行くしかないようだ。

 

「あの、それでは嬢、失礼します」


 触手を手に取るとこくんとローパーが頷く(?)

 心なしか頬が赤い。そこが頬なのか。また一つ賢くなった。

 恐る恐る俺は挿入を試みる。


 ……ほう。なるほど。これはこれは。

 うムッん、ぬぬ、うむ、そういう事か。貴族にファンがいるというのも、確かに、これなら、あうンン!納得と、いうもの


 「お、おい、お前らも、早く来い。結構、その、イイから」


 誰もこない。腰抜けどもが。しかし、一人歩み出た男がいた。

 

 「……ボルティス」


 「豚に負けているわけにはいかんからな。ぬっ、ぐぅぅん!?」


 やがてその姿に勇気づけられたように、一人、また一人と歩み出た。

 白の月が輝く深夜に、ぬぷぬぷと湿った音だけが染み渡る。

 俺達は、今日この時をもって一つになった。 


 

 

 

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