IRON BACK


 登場人物


 シャルル・ヴァン・ブロワ……ジェラール陸軍特務大尉。ブロワ派剣術の家元であり、騎士団で唯一の双剣使い。シモンに恩義を感じている。

 シモン・ジェイス・ド・グラム……ジェラール陸軍の独立部隊であるグラム中隊を率いる。かつてはエハンス鉄甲騎士団の副団長だった。

 ベルナール・デュラン……ジェラール陸軍少尉。その怪力で高出力の巨人を動かす。

 ウィシー・グレイ……ネメシス陸戦隊長。巨人は好まないが、実力は高い。



 用語

 フレイン共和国……ミッドランド地方西部に存在する純国民人口約四十万人の国家。人口の十倍以上の外国人労働者を抱える鉱産国。莫大な資本を持ち、軍事は自前の傭兵のほか一部を民間に頼っている。

 エハンス王国……ミッドランド地方西部に存在した人口約九百万人の君主国家。ジェラールに滅ぼされ併合された。シモンら鉄甲騎士団の祖国。

 パリー……利き手でない手に握った剣で、相手の武器を受け流す技術。



 メサイア歴七九九七年十一月二十日。バイールステップを乾いた寒気が襲うこの日、地上型巨人百七十六機からなるジェラール陸軍は行動を開始した。天気は薄曇り。ごく短い雨季を除けば、ここ数年でこれ以外の天気が観測されたことはない。

 このまま進めば国境軍及びネメシスと激突するだろう。フレインの戦力は、おおよそ八十機程度を国境と鉱山に二分していると推定される。国境から約四十キロ離れた地点で我が中隊は第三師団から離れ、鉱山のある北西へと舵を切る。第三師団はこのまま守備隊がいる西方向へと進軍していった。

 中隊が指揮をとって調整をしたためか、機体の整備状態はかつてないほどに良好だった。あのベルナールですら、慣れた手つきで動力炉をいじる。師団の兵は驚いていたが、騎士団にとってそれは当然のことだった。

 索敵兵が最初に機影を発見したのは、西北西方向の上空だった。空戦型巨人三機の編隊は、我々の姿を確認すると散開した。色はカーキに統一されているが、機体の統一性がないところを見るにおそらくネメシスだろう。

 空戦型は装甲が薄いと聞いているため、師団の兵はこぞって機銃を虚空に撃った。だが照準もなしに動く的を狙うなど、弾を棄てているに等しい。三機の巨人は騒ぎ立てる師団をあざ笑うかのように空中を旋回している。だがその目だけは、冷たく我が軍勢を見据えていた。

 迎撃しようとする師団の兵に対し、グラム様は叫んだ。動きを止めるな、敵はすでに我々を捉えている。とはいえ師団の兵は中隊をやや軽視している。まだ拠点まで三十五キロはある状態で、目の前の的に固執してしまうのは致し方なかった。だがそんな甘さを、敵だけは許してくれない。

 爆発音が、三度に渡り起こった。見るとその数だけ、師団の巨人は残骸となっていた。無線の先でグラム様はひとつ舌打ちをすると、先ほどの言葉を繰り返した。

――動きを止めるな、空戦型は囮だ。敵はすでに我々を捉えている。

 敵の攻撃は高射砲によるものだろう。頭上にいる巨人は我々の座標を送信するだけの高射装置だ。だからこそ、我々は絶えず移動していなければならない。それだけが威力が低い代わりに高い精度を持つ電磁高射砲への対処だった。黙殺していると、無警戒となった頭上から機銃が飛んでくる。俺は急ぎ発射地点の割り出しと、それを基に敵の陣形を読もうとした。

 隊列が乱れた。アウトレンジから狙う敵に怯え動きを止めた者は、音よりも速い砲撃に貫かれる。周りの小隊も浮き足立っており、頭上に銃を打ち鳴らすもの、しゃがみ込む者まで現れ始めた。このような惨状に対し、我々は作戦を修正する必要に迫られた。

――作戦指揮をブロワ大尉に委任し、私とベルナールは空中の敵を叩く。

 言い終わるや否や集中回線は切れ、隊列の中段から二機の巨人が飛び立った。ふたつの影は、依然として空を舞う三機に切り込んだ。俺は半ばまで進めていた計算を自動に切り替えると、無意識に頭上の巨人を目で追っていた。

 騎士団の巨人は空陸型と呼ばれ、陸戦型の装甲と空戦型の運動性を併せ持つ。これは陸戦型に姿勢制御装置と反力装置を取り付けたものだ。余分なパーツが必要だったのは、この再現のためでもある。

 純白に彩られた騎士団の巨人は、ほかでもない騎士たちの手で破壊された。ジェラールに利用されるのを防ぐためだ。そこにはいまでは再現が困難な技術もあった。ある技術者は、エハンス鉄甲騎士団の機体こそ巨人の究極であると言った。それは膨大なコストを要するが、小隊単位で戦局を左右しうる性能を持っている。それは俺たち騎士団の誇りのひとつだった。

 今でも敵の精鋭三機を相手取り、一歩も引かぬ戦いを見せている。量産機でも、その白だけは同じだった。王国の時と同じように斧槍を抱くグラム様は、二機の巨人を一手に引き受ける。一方のベルナールは巨大なバルディッシュを巧みに操り、動きの速い敵を圧倒していた。

 さあ俺も、しっかりやらなければな。ひとつ息を吐くと、回線を開き息を吸った。

――こちらシャルル・ブロワ。これより隊列の指揮を執る。先行部隊、聞こえるか。敵の砲撃は空戦型から位置情報を受け取って発射されたものだ。だが我らが隊長、並びに一番槍ベルナールの前で、同じことをさせはしない。第三機甲師団はこのままフレイン国境へ進む。だが正面から行けば、不測の事態が起きたとき敵の砲撃が雨あられと降り注ぐ事になる。途中まではグラム中隊と同様に北上し、迂回路で国境を叩く。先行部隊はまっすぐ北へ舵をとってくれ。また、隊長らと別れたのちは師団長代理の俺が引き続き指揮を執る。不満もあるだろうが、よろしく頼む。

 一息に言い終わると、速度を上げ隊列の先頭に立つ。連中も無駄弾は撃ちたくないようで、高射装置が機能しなくなってからは砲撃も止まった。いまのうちに白兵戦に持ち込むのが肝要だろう。

 見上げると、味方二機と敵三機が織り混ざって打ち合っている。どうやら敵も相当の手練れのようだ。キロム型の長刀を振るう巨人は、受けの名手と見受けられる。特異な装飾をした手甲鉤の巨人は攻撃を読む嗅覚と苛烈な攻めを得意としている。いずれもそう何人とはいない強敵であると瞬時にわかった。

 そしてもう一機、鈍重な見た目の巨人がやけに気になった。姿勢制御をスラスターに依存し加速度を操るところを見るに、特殊な試作機の類だろうか。

 それはいい。問題はその操縦の癖だった。

 かつてエハンスには古流武術の流派が大小合わせて七あった。騎士団の団員は皆、槍を基本とした王宮派武術を修めることになっている。俺自身はブロワ派の家元だったため、槍ではなく斬撃とパリーの双剣を修めた。幼少期から毎日行っている鍛錬により、その身のこなしは嫌というほど体に染み付いている。その動きと、どこか似ているのだ。

「まさか、そんなわけはないか」

 俺はあまりの想像の飛躍に苦笑しつつも、グラム様が少しずつ押され始めている事実をやや重くみていた。

「隊長、戦況は」

――敵は想定していたより強い。識別は全てネメシスだが、機体はキロムとウエストバイアがある。このうちウエストバイアのものは新型だろう。トルクが違いすぎる。

「救援は必要でしょうか。俺の手には余るかもしれませんが」

――私もこいつでなければもう少し戦えたのだが、致し方なし。援護を頼む、シャルル。お前の剣はこういう時にこそ役立つ。

 承知しました。言うや否や回線を繋ぎ直し、隊列にその旨を告げた。予定地点まで巡航を命ずると、機体の反力装置を起動させた。

 その瞬間から、重厚な陸の巨人は空を駆ける翼を得る。垂直離陸は加速にやや時間がかかるのが難点だが、場所を選ばず空中戦に移ることができる利点もある。時間もないためスラスター全開で高度を合わせると、戦闘へと割り込んだ。

 ベルナールは手甲鉤の巨人と睨み合ったままだった。互い決定打がなく、踏み込めない状況なのだろう。グラム様の方は迫り来る攻撃の応酬をかろうじて耐え、その隙間に厳しく反撃していた。

 まずは戦局を安定させることだ。ここが崩れればまた砲撃を通され、そうなれば接敵の前に大きな損害を追うことになる。ウエストバイア製らしい巨人を隊長から引き剥がし、これで一対一になった。キロムの巨人は受け巧者と見受けられるが、それは隊長とて同じ。

 俺が相手すべきなのは、間違いなくこの鈍重な巨人だろう。トルクに関して自機より優れている機体にどう立ち向かうか。

――シャルル、気をつけろ。その巨人の性能は高い。特に膂力では一切太刀打ちできんと思った方がいい。だが身のこなしに癖がある。お前ならそれが読めるかもしれん。

「わかりました。ですが問題はありません。新型いらずのシャルルとは、伊達な異名ではありませんから」

 そう、トルクなどは性能の一要素でしかない。それによって勝敗まで分けるというのは浅慮というものだろう。

 向かってくる攻撃を右手で受けるか、左手で受けるか。相手の動きを読みさえすれば選択権はこちらにある。そうして鍔迫り合いかパリーかの二択を相手に読み違わせる事により致命の隙を見出すのだ。

 数合斬り結んでみて、相手が想定内の強敵であることがわかった。機銃の扱いもうまく、逆にこちらの機銃は盾に弾かれ効力を持たない。雑兵にならまず間違わないであろうこの戦法も、このレベルになれば単純では効かなくなってくる。であれば、こちらから攻めるほかない。俺はまっすぐに切り込んだ。

 右を一振りすると同時に回転し左の突き。さすがにパリーなどはさせてくれないため、手数で押していくことにした。いかに推力が高くとも、出どころを抑えれば攻撃はこちらに届かない。

 だが、どう言うわけか調子が狂う。武人としての自分のどこかが、この身のこなしを見たことがあると言っていた。むしろ、自分に近いものにある感覚だった。ブロワ派の門弟が、まさか生きていたのか。あり得ない。目録以上は俺以外全て戦争で死んだはずだ。いや、あのお方にも目録はお渡しした。実際それに十分な技量もあった。あるいは……?

 だが、ブロワ派と疑うにしては不純物が混ざりすぎている。攻撃と防御の機微は似ているが、それ以外の部分は大きく異なっているのだ。俺はもう少し様子を見ようと、切り込んでいった。左手を腰に据えて、必殺の突きを構えたまま右手の剣を振るう。

 敵はその一撃を、受けた。太刀筋は固まっている。少なくとも、強い殺意は感じなかった。何かしらの報せを受けたのだろうか。

 すると三機の空戦型は、踵を返すように国境へとさがっていった。戦局が変わったということだろう。敵としても、もう少しこちらの数を減らすつもりでいたのかもしれない。

――先行隊、敵巨人部隊を視認。これより戦闘行為に入ります。

「わかった、こちらも向かう。合流ポイントを指定した。敵が釣れればここで迎え撃つ」

 先行隊四十は、数分の間交戦したのち合図をもって撤退することになっている。ここでできる限り損害を出さずにおきたい。その上で本気を出す、風を出さねばならない。そうして敵を電磁砲の射程からおびき出すことができれば、本隊を使って圧倒することができる。

 空戦型は鉱山方面の守備に向かっただろう。こちらに空戦型は配備されておらず、陸戦型を改修するにしても限界がある。敵も戦力が互角だと認識したのか、拠点で迎え撃つつもりなのだろう。そしてそこには砲兵部隊が待ち構えている。

「どうしたものか」

 グラム中隊のうち、空陸型に改修した機体は五機。騎士団式の用兵をすることは想定されていなかったのだ。これが全て空陸型であれば、フレインなぞ造作もなく手中に収められただろう。

 ましてやそれが。俺はその思考をかき消した。あの機体は、あの剣は王のためだけに振るわれるものだ。我々はネメシスのような傭兵などとは本質的に違う。誇りがなければ戦えない、そんな弱さを持っているのだ。ジェラールに編入され、隊を離れたものは決して少なくない。

 ベルナールと同じ歳で騎士団に取り立てられた男がいた。その男は気品と強さを持った優秀な騎士だったが、この国に編入され屯所を引き払う時首を斬って死んだ。祖国を奪った国の軍門に降ることが堪えられなかったのだ。仲の良かったベルナールはいたく悲しんで、一年以上もふさぎ込んでいた。そのせいで作戦に支障が出たことも一度や二度ではない。だがそんなベルナールを、俺たちは誰も責めることができなかった。

 だが、そんな月日を越えたからこそ今の我々は強い。国を憂う気持ちは、たとえ国を失っても無価値にはならないのだ。

「よし、敵巨人部隊が釣れたな。だがそいつらは全てフレイン国境軍だろう。ネメシスはいないはずだ。撃滅し次第、北上し鉱山を叩く。そのつもりでいるように。合流ポイントを送信する」

 電磁砲の射程を補正なしで見積もると十キロ程度か。そのラインを超えないように慎重に戦わなければならない。いくら国境軍でもそこを越えてきてくれるかは断定できないものがあるが。

 荒野を乾いた風が吹き、駆動音が両国の間で響く。戦闘が長引き砲火が市街に降り注げば、 民の命まで危険にさらされる。このようなものをすき好んで見たいと思うものは少ない。だが事を為すには欲の渦の中に飛び込んでみせなければならない。国を滅ぼし民を殺すことさえも、大局のために致し方ないことだと盲目に信じた。

 合流ポイントでは、友軍が向かってくるのが見えた。後ろには追手の巨人が。二十機ほどだろうか。これで全てなら、もはや結末は疑うべくもない。我々の勝ちだ。

 しかし実際はその三倍、六十機近くの軍勢が存在した。

「連中、わざと釣られたのか。いいだろう。寄せ集めふぜい、俺が全て片付けてやる」

 師団の兵に不安は残るが、それでも数においては十分に余裕がある。ネメシスに関しても、エースではない一般兵くらいなら十分戦えるだろう。

 砲声が装甲板を震わせる。奴らが仕掛けてきたということは、ここが射程の限界だということだ。であれば、受けて立とう。

 先行部隊の反転を命じ、伏せていた後発と合わせてなだれ込む。フレイン兵は動揺しているようだが、さすがに連中の目はごまかせないか。

「間もなく交戦状態に入ります。敵は戦力のほとんどを投入しているものと思われます」

――わかった、制圧部隊も後方から来ているはずだ。シャルル、そちらは任せるぞ。私は中隊を率い、鉱山守備隊に対し仕掛ける。いつも通り、ベルナールを先頭に切り込んでいけば問題ないだろう。亡き王に、健闘を誓おうか。

「あの日、以来ですね。やりましょう」

 王は天地の間に、王は我らの元に。俺は左胸をひとつ叩き、グラム様と同じ痛みを受けた。

 さて。これで負けられなくなってしまった。武勇の面でもベルナールに遅れを取るわけにはいかない。グラム様の信任は、俺にこそ与えられるべきものだ。団長様の副官をなさっていた頃、一介の武芸者だった俺を騎士に取り立ててくださった。そのご恩を、ついぞ忘れたことはない。

「巨人部隊、 国境を突破すれば後ろにはフレインの首都がある。だから敵はここを守らざるを得ない。数で押していると言っても油断はするなよ」

 敵機とぶつかった。銃弾が装甲を穿たんと空を走る。剣先が命を貫かんと舞い踊る。乱戦での統率の取れ方は、師団の兵もそこそこと言えた。だが敵もやるようで、戦況は三倍以上の数をもってして互角。もう隊列ごと組んず解れつしている場合ではない。

 フェイスカメラ一面にカーキ色が占める中、真っ白に染まった機体が遠くに見えた。

 カーキとサンドブラウンが絡み合い火花を散らす中、ふたつの白はその瞳を不敵に煌めかせた。

 共用回線に繋ぎ直し、なにかあれば兵士の方から接続させるようにした。それは武門に生まれたものの矜持だった。スロットルを全開まで絞り、まっすぐに目標へ切り込む。

「聞こえるか。こちらジェラール陸軍特務大尉。いや、エハンス鉄甲騎士団のシャルル・ブロワだ」

 これより一騎打ちを申し入れる。俺はその言葉を、地の底から湧き上がる高揚の中で放った。

 一瞬だけ無音になったスピーカーにノイズが走る。頬の緩みを隠しつつ、その先の音に耳を傾けた。

「やっぱ巨人ってのは性に合わん。エハンス騎士、あいにく名乗るべき名が無くてな。どうしたものか」

「斬った男のことを、忘れたくはないのでな」

 敵はふふっとひとつ笑ったかと思うと、やや自嘲気味に声をあげた。

「では、この名を。俺はネメシスのグレイ。お相手いたそう」

 敵は機銃も手槍も味方に投げ渡すと、背中から一振りのツヴァイハンダーを抜いた。その薙ぎをパリーで受けた俺は、ある種の喜悦とともに双剣を十字に構えた。

「かような白い機体を駆りながらグレイとは、その内は相当に暗いと見える」

「あまり人のことを、詮索するものではないぞ。傍流の剣士さんよ」

 きん、きん、と高い音が弾ける。十三メートルに及ぶ大剣を扱いながらも決して大振りではなく、姿勢を崩し致命の一撃を加えるに必要な力を丁寧に加えている。

 このような手合いは初めてではない。聞くところによるとウエストバイアにある養成機関の兵が持つ癖だそうだ。先ほどの重厚な巨人もその動きをしていた。

 だがそのような相手であればこそ、この左手に培った技は活きるというもの。勢いを全て攻撃に向けず少し重心に残すやり方は、一見腰が重く受け流しづらいようだがそうではない。なるほどその勢いでも、丸腰を斬るに不足はないだろう。しかし俺には左手がある。パリーは何も受け流すばかりではない。勢いを弱めるだけでも致命の一撃から逃れるのに十分なのだ。

「踏み込みが足りんわ。それでは俺の命まで届かんぞ」

 暴れるツヴァイハンダーに短剣をぴたりとつけ、動きを封じる。そのまま右で斬りつけるが、さすがに敵も回避を選んだ。ならばとホバー移動で張り付き体当たりを決める。

 舌打ちが聞こえる。取るに足らぬ敵ならば、致し方なし。俺は眼前の白を、捨てることに決めた。

 大小の剣を振るい敵に肉薄する。両手持ちの大剣は寄られると弱いため、敵は左右に切り返しながらこちらを受けに回らせようと間合いを取る。なかなか真似のできることではないが、どうも惜しいと言わざるを得ない。

 今度は敵の剣に対し、長剣を打ち付けた。敵はそれを跳ね返そうとしたが、それでは避けられない。そのまま反時計回りに勢いをつけながら、短剣を逆手に持ち直す。その鋒は、まっすぐに動力部を捉えていた。

 だがその短剣が、敵を貫くことはなかった。固く握っていたはずの手から、こぼれ落ちているのだ。見ると手首に十センチほどの穴がふたつも開いている。それは電磁砲だった。おそらく動力部が狙えないと見るや即座に切り替えたのだろう。

「そっちも精度はなかなかのようだな」

「何を言うか。それだけの砲門を構えておいて」

 通信が開く。それと同時に、乾いた発砲音がいくつもこだまする。それはサンドブラウンの巨人だけを正確に撃ち抜いていた。あの距離から、正確に動力部だけを狙い撃つ。並の芸当ではなかった。そしてこの機に乗じ、ネメシスの兵が攻勢に出た。まだ勢いでごまかせるかと楽観していたが、しかし次々に撃墜される様子を見ればそれが誤算であったことを思い知らされた。目算するに、兵は百を下回っている。

 しかし、我々は前に出るのだ。敵の数も少しは減ってきている。このまま砲火をかいくぐって向かった方がいいだろう。

 各小隊長に発射位置を送信し、各個撃破を命ずる。自分の仕事は、おそらく司令塔であろうこの敵を潰すことだ。

 左手は満足に動かせそうにない。動力部は警戒を強めていたが、それさえ読めていたというのだろうか。代わりに一番柔らかく、回路が密集した部分を正確に撃ち抜かれている。

 であればと、俺は短剣を収め右手一本で向かい合った。これでも勝てる。俺には確信があった。

 一合、二合。明らかに敵の踏み込みが深くなっている。先ほどまでの及び腰は、こちらを高射砲の射程まで引き付けるためだったのか。それならば、尚のこと楽しめそうだ。

 本命は鉱山制圧なのだから、首都方面の国境には重圧をかけるだけでよい。事実として守備隊の半数以上を釘付けにできているのだから、上出来と言えた。あとはグラム様がやってくださる。そこに自分がいられないことは、むしろ信頼の証だと信じた。

「左手が使えないことで、少しくらい困ってくれると助かるのだが」

 敵は鋒を地に這わせ、距離を詰めてくる。同じ攻撃だが、先ほどまでよりも踏み込みが深い。拳ひとつ分の差で、剣戟は避け難いものになる。

 だが、その程度なら。

「貴君と万全を期して死合うに、不足とは思わん」

「へえ、そいつはいいや。陸戦隊、一機も通すな。負ける相手ではない」

配下にそう告げると、目の前の男は再度剣を構えた。

 片手を失った程度で敗れ去るほど、ブロワ派は甘くない。剣の長さは半分ほどだが、広く受けの構えを取れば応ずる手で寄ることもできる。

 勢いに乗った剣に対し鍔迫り合いで勝つことは難しい。だからこそ、受けの技巧はやめにした。

 向かって左下からの斬撃は、太刀筋が浮き上がる直前に回避すればそこに隙が生ずる。必殺を期して振り下ろしたこちらの剣は、すんでのところで受けられた。敵も刀身を横にして防御姿勢をとり、こちらの勢いを跳ね返してくる。

 間合いを取り直されると、こちらが不利になる。そのためここからは攻め続けるしかなさそうだ。

 剣を剣で受けないということは、それだけ装甲を貫かれやすいということだ。ツヴァイハンダーの軌道はこちらの命をめがけまっすぐ踏み込んでくる。砲火も再び、部隊全体を襲い始めた。

 それらをかいくぐりながら剣を振るう時、俺は不思議と心踊っていた。相手の胸に迫り命のやり取りをすることこそ、俺が戦いに求めていたことだった。考えることが多くなってからは、忘れていた感情だ。

 なぎ払いに合わせて姿勢を低くし、生まれた隙に必殺の突きを仕掛ける。とっさにツヴァイハンダーを投げ捨てた敵は、殺意をその手で受け止めんとした。

 その瞬間、アラートが鳴り響く。通信が開いていることに気がついた俺は敵を蹴飛ばし隊列を直すと、ただ信ずる人の名を叫んだ。

――……シャルルか。すまない、不覚を取った。これ以上の戦闘は不可能。撤退を命ずる。

――グラム様。グラム様、ご無事ですか。

――ああ、私は問題ない。だが敵味方合わせて五機の巨人が、たった一機の所属不明機に全て撃破された。奇襲ではあるが、まるで歯が立たなかったのだ。ひとまず両軍は沈黙している。

 所属不明機、まるで歯が立たない。状況の整理が追いつかぬまま、ひとつ目を閉じる。すべきことを、せねばならなかった。それは向こうも同じのようだ。

「剣士さんよ、急用ができた。お前の相手はできん」

「あいにくだが、俺もだ。撤退準備に入る。そちらの交渉人に、よろしく伝えておいてくれ。我が軍に継戦能力はない」

「レナが口を聞いてくれたら、言っておくよ。またお前らと、戦場で会えるようにな」

 数が半数まで減らされた師団の兵に命じ、回収に向かう。敵の損害も多いため、追撃はないだろう。

 二機の白い巨人がトップスピードで荒野を駆ける。その中にあって俺は、ただひとつの名前を胸に目を伏せる。

 グラム様。グラム様。念じて視界を開けば、フェイスカメラ越しにすべきことが見える。俺は必死で、レバーを引き絞った。

「グレイ、急ぐぞ」

「おうよ、ブロワの剣士。お互い、惚れ込んだ弱みだ」

戯言を。俺はひとつの決意とともに、左胸を強く叩いた。

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