第5話 兄の宿敵、セブン・ジッパーさんですよ?

 俺は、破邪の剣で足元の邪魔な石ころを切り飛ばし、ドノヴァン一派の構えを取った。


 ドノヴァン一派の剣術は、大竜伐時代のさらに昔の魔王討伐時代に編み出された、いわゆる古流剣術。

 槍のように大きく振り回しながら剣を構えるのが特徴だ。


 ダンジョン探索時代に発達した、狭い場所での戦闘に適した現代主流の剣術スタイルではない。

 だが無駄な動きが多くてカッコいい。女の子にモテるために極めた。


「ドナテッロ! 討たれるな!」


「はわわ、ドナテッロさま!」


「ドナせんぱーい、てきとーにがんばれー」


「ふん、汚らわしいオークの実力がどれほどのものか、見せてもらうわ」


「…………まだにらみ合ってたの?」


 5人の女の子たちの少なからぬ好意をもった目が集まるのを感じて、俺は口元に騎士らしからぬ笑みを浮かべた。


「俺のクリスマス彼女プレゼントを手に入れるためだ……覚悟しろよ?」


 俺が剣を肩に担いで振り下ろすように荒々しく攻撃すると、ウェアラブル・ウルフの方は自前の右腕に持った巨大な包丁のような剣『斬殺(キリステル)』で受け止め……ようとして、考えを改めた。


 右肩のチャックから生えた槍、さらに右の脇腹辺りのチャックから生えたもう1本の剣を追加してそれを受け止めた。


 どふっ、と衝撃波が地面をゆさぶった。

 よくぞ見切った。『黄泉神脅し(アレス・スタン)』、地底にもぐった竜を仕留めるために編み出された、バンカーミサイル的な剣術スキルだ。

 1本で受け止めていたら剣ごとウルフを粉砕していたところだが、3本で微妙に軌道をずらしつつ受け止められれば、さすがに粉砕はかなわない。


 ぐるるるっ、とひと唸りして、攻撃を受け流す。

 かと思うと、するっと相手が消えたような錯覚を受けた。


 ウェアラブル・ウルフはコマのように回転しつつ、その場で車輪のように横にも側転する複合的な動きを見せた。

 腰の位置をほとんど浮かせることなく上下さかさまになり、その上下反転と回転の勢いを利用して、俺の足を狙って切りつけてきたのだ。


 悪魔の名を取って、ブエルと名付けられた奇剣。

 ダンジョン探索時代の現代的な剣術である。どうやら冒険者の亡霊を食うと、そのスキルまで習得するらしい。

 壁際に追い詰められたときなど、剣を振るために十分な空間を確保することができないときにその効果を発揮する。

 初見の奴はそのトリッキーな動きもあいまって相手の剣先を見失うため、確実に片脚を吹っ飛ばされる、まさに起死回生の一撃である。


 だが、母親の剣の動きを見てきた俺に見切れない攻撃ではなかった。

 あれに比べればハチと犬のハチぐらいの歴然とした差がある。

 俺は落ち着いて体を反転させ、破邪の剣をぐるりと振り回し、俺の足を狙って放たれる剣を、天井近くまでかちあげた。


 さらに左の太ももと右の足首から生えたほそっこい腕が、喉笛を狙って予備のナイフでつついてきたが、それも腕ごと切り落とす。


 この攻撃が通用しないことは相手も想定していたようだ。

 4本腕になったウェアラブル・ウルフは余った手を地面について、そのまま側転し、俺から間合いを取った。

 さすが星6モンスター、本体もいい動きをする。


「だが遅い……ッ!」


 俺はすぐにウェアラブル・ウルフに追いすがり、残る4本の亡霊の腕を切り飛ばした。

 亡霊の腕を失って、ウェアラブル・ウルフが狼狽えたのがわかった、その開きっぱなしになった口の中に破邪の剣を突っ込む。


 デキる男は攻め時を見逃さないもんだぜ?

 避けようのない超至近距離から破邪の剣の高圧電流を放とうとした。


 ――そのとき。


 剣を突っ込まれたウェアラブル・ウルフのもふもふ頭の向こうから、ぶつぶつと不気味なつぶやきが聞こえてきた。

 それはまるで魔術師が使う、呪文のようなつぶやきだった。

 俺ははっと思い当たり、とっさに剣を奴の口からぬるっと引き抜いた。


「ちいっ!」


 そのとき、ダンジョンの暗闇が真昼に変わるほどの、凄まじい業火が巻き起こった。

 俺の半身を巻き込むほどの大爆発だ。

 ウェアラブル・ウルフの全身が激しく燃え上がっている。

 爆弾でも持っていやがったのか。いや、違う。

 こいつ、もう1個チャックを隠し持ってやがった。


 目はなんとか守ったが、爆発の騒音で耳がやられた。

 まともに立つことができないでいると、ウェアラブル・ウルフは、炎に包まれながらにやりと笑った。

 奴の方から不気味な声が響いてくる。


「真理と幻想よ、のたうつ蛇の姿でこの世にあらわれたそなたらは、我が前に不滅の縄を紡ぐ……!」


 その声を耳にしたとたん、俺の体は見えない縄でしばられたように動かなくなった。

 幻覚ではない。

 それを示唆するように、縄はするすると動き、足から胴体、肩から首と、次々に縛り付けられていく。


「ぐうぅっ……!」


 間違いない、こいつ、『人間の呪文』を唱えやがった。

 周囲にいた女の子たちもその様子に気づいたが、どうやら同じように魔法で縛られたらしい。


「やだ、なにこれ……ッ」


「おのれ、魔物の分際で……ッ! くッ! ひれつな……ッ!」


 自動で魔法を打ち消す反魔法システムが反応していない。

 たぶん古い魔法のコードを改造して検知にひっかからないようにしたものだと思うが、俺は魔法のことはよく知らない。


 なんだこの縄……解けないぞ。

 ウェアラブル・ウルフの狼の顔が横を向いた。

 すると、首の後ろの毛深いところに隠されたチャックが開いており、そこから粘土で作ったような人間の顔がにょっきりとのぞいていた。


 それは、古い大木のように皺が刻まれた魔術師の顔だ。

 亡霊の腕ならぬ、亡霊の顔ってわけだ。

 どうやら、こいつが人間の呪文を唱えていた張本人らしい。


「くくく……ワシの意見をまだ言っていなかったな。魔物と化してから、人間を見ると食欲がわいてくる。どいつもこいつも、よだれが垂れてくるほど旨そうだわい……」


「ほう……悪者確定のセリフを吐くじゃねぇか!」


 あーあ、だから俺は騎士に向いてないんだ。

 ためらわずに切っとけばよかった。

 まさか、こんな奥の手があったなんて想定外だ。


 アールシュバリエのような迷宮都市は、モンスター・ハザードという、ダンジョンの魔物が大量発生する大災害と常に隣り合わせにある。

 なので、モンスターの討伐が騎士の本来の職務だった。

 ダンジョン探索のアルバイトはその延長のようなものだ。


 それが、こんな調子で続けていては、いつか命を落としかねない。

 ジャガーのようにモンスターをためらいなく倒せなければ、命がいくつあっても足りない。ちなみに、俺的には彼女はありっちゃありだ。

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