12話 蛍の光は儚い。そして君の笑顔は、─透

 彼女が昔話をしてからいくらか時間が経った。いったいどれほどなのかは、時計がないため確認ができない。ただ月の位置が高くなっているため、遅い時間になっていることは確かなことである。

 そんな時間で、透は林の中を歩いていた。いわゆる散歩だ。ずっと座っていても、身体が痛くなったりもするからだ。

 彼女は昔話が終わった後、しばらくして立ち上がった。思ったよりも勢いがあり、水滴が周りに飛び散っていた。


「少し風に当たってくるね。あんまり遠くに行かないし、すぐ戻るから心配はしないでよ」


 透にそう告げて、てくてく歩いていった。

 その背中は、今日見たなかで一番軽そうだった。先程ついていってる時には、なにかを背負っているようにしていて、どこか重そうだった。しかし今では、それが無くなっているように感じた。

 そんな彼女を見送ると、透も立ち上がった。彼女のように勢いがなかったから、水滴は飛び散らなかった。腰が湿っぽく感じるくらいであった。


(一人は暇だし、僕もそこらへん歩いてこようと)


 そう思いながら歩き出した。そして、今にいたる。

 透は散歩をしながらも、彼女の昔話について考えていた。

 あれはきっと、彼女が隠していた″傷″だろう。まさか、彼女が喋るとは思っていなかった。

 彼女の心情にどのような変化があったのかは知らない。それは彼女にしか知れない。だから透は、変に口出しができなかった。変になにかを喋るとダメだと思ったからだ。

 ただ、聞いていると改めて死について考えてしまった。彼女は怖いと言った。透もそれに同意はした。

 しかし、それは先程までの考えとは違っていた。透はこれっぽっちも怖くないのだ。

 それが運命だと思っているからだ。

 白明病で死ぬのが運命だと思っているからだ。

 けれど、心のどこかではそれが怖いと思っているかもしれない。だからこそ、あの言葉が勝手に口から出たかもしれない。

 音もしないで風が吹いてきた。草木は僅かに揺れた。そんな風はあの廃ビルのぬるさはなく、少しひんやりとしていた。夏の夜は冷える。

 そして耳をすますと、水が流れる音がした。林で聞える水の音。その正体は川しかないはずだ。


(適当に歩くだけじゃ暇だし、行ってみようと)


 少し歩くと、予想どおり川は現れた。小さな川だった。見た感じではそこまで深くなさそうだ。川底までしっかりと見えていて、水はとても綺麗らしい。水晶のように透き通っていた。

 そして周りは、たくさんの人魂のように光が飛んでいた。たまたま近くの草に止まった光を見る。すると、その正体が分かった。蛍だった。

 そこら中を飛び交っている光。まるで宇宙に漂っているような。星が近くを流れるような。そんな感覚に襲われる。

 蛍達に囲まれながらも川の横を歩く。すると、その先には彼女が佇んでいた。彼女の周りにも光はある。

 その光は、とても綺麗で。

 その光は、儚くて。

 やがて光は落ちていった。


「ここにいたんだね」


 そう声をかけると君はこっちを見た。先程まで流れていた涙の面影はなかった。彼女の周りを漂う光がそれを教えてくれた。


「うん、蛍見つけたからさ、追いかけてみたらここまで来ちゃった。なんか……息するの忘れちゃうくらい綺麗だよね」

「綺麗だけどさ、僕思うんだ。なんか儚いよね。蛍の光って」


 彼女と会話をしている時でも、光は消えたり点いたりを繰り返している。まるで、壊れかけている街灯のように。このまま存在が認識されなくなっていきそうだった。


「……蛍の光って儚く思えるからこそ、私はこうゆうふうに綺麗に感じれるんだと思うよ。ほら、星が掴めないのと一緒だよ。それに……」

「それに?」

「なんかロマンチックじゃない?」


 そう言って、彼女は笑った。

 綺麗に笑った。

 彼女は出逢った時よりも、どこかやわらかくなった気がした。無表情だったその顔には、たくさんの感情が溢れだしている気がした。


「そうだね。僕もそう思うよ」


 透はそう言って蛍を眺めた。すると、彼女の手に一匹の蛍が留まる。そして、そこで光を消したり、点けたりをしていた。旗から見ると、休憩しているようだった。


「君、君、見てみ私の手。蛍留まってくれたよ。いっぱい飛びまわって疲れたりしたのかな?」

「きっとそうだよ。飛びすぎたんだよ」

「じゃあ、しっかりと休憩させないとね」


 彼女は手を動かさないようにして、ゆっくりと腰を下げる。蛍は逃げないでいた。そして、透も隣に座る。


「なんか今日っていろんなことあったよね」


 彼女が言う。


「ほんとだね」


 透が言う。


「まさか旅をすることになるとは思ってなかったよ。しかも、歩いてこんなとこまでとは」


 彼女の言うとおり、透もそんなことは思ってもいなかった。偶然出逢ったから、ここまで来れた。


 しかし、それは必然だったかもしれない。運命が故意で巡りあわせたかもしれない。そう考えると、運命とは気まぐれなモノだ。


「ずっと歩いてるから僕はもう疲れたよ」

「ほんとだね。私はあの木まで戻るのめんどくさいしここで寝ちゃうけど……君は?」

「じゃあ、僕もここで寝ようかな。蛍も綺麗だし」

「ここで寝ちゃいますか………あっ蛍が」


 留まっていた蛍は空高く飛んでいった。そして、仲間達の中に入っていく。もう、どの蛍なのかは分からない。どれも光は同じで飛び交っているからだ。


「じゃ僕寝るから、おやすみ」


 寝っ転がって横を見る。そして眼を瞑った。


「おやすみ。また明日ね」


彼女の言葉を聞いて、透の意識は夢の中に溶けていった。今日最後に見たのは、そんな彼女の笑顔だった。

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