第16話 ナラシノ市 きらっと君

 11月下旬の日曜日、トウガネ市では毎年「産業祭」が開かれる。市役所の駐車場いっぱいにテントが並び、特産品の安売りや地元企業の情報発信、参加型イベントなど、ファミリー向けの物産展みたいな祭りである。

 今日は、11月27日。産業祭当日だ。あと1時間で市長の開会の挨拶が始まるという矢先に、トウガネ市役所の会議室ではちょっとした揉め事が起こっていた。


「聞いてないです」

 若い女性職員が、怒ったように言う。観光課、と背中に書かれた青いシャンパーを着た職員が3人、農務課と書かれたジャンパーを着た男性職員が2人、口を尖らせているのは観光課の職員だ。開会が近い中、座る間も惜しいのか立ったまま話している。

「とっちーに餅つきさせるなんて、聞いてません」

とっちーとは、トウガネ市公認のゆるキャラのことで、キミドリ色の、まー、ガチャピンの体を想像して、その顔の部分に点と線でかわいく目鼻をつけた、そんな姿を考えてくれればいい。

「そもそも、短いとっちーの腕で『きね』が持てるわけないじゃないですか」

「まあまあ」

そのへんにしておきなさい的な声色で、色黒い中年の観光課職員が取りなして、聞く。

「農務課さんの方では、申請はされていたんですよね?」

「企案課さんへは話しておいたんですが…」

「あー、とっちーの管理は企案課と観光課、両方ですからねー。でも実動については観光課が担っているんですよ。書類は回していただけてるんですよね?」

「あの…役所内なので申請は不要かと思って…」

農務課の男性が縮こまりつつ、言う。

「産業祭にとっちーが出るのは知っていたので、ちょっと、餅つきだけしてもらえないかな、って」

「だから、腕が短いから無理でしょー」

女性職員の怒りがぶり返す。

農務課の年配職員が頭を下げる。

「HPに『ちびっこ達集まれ~ゆるキャラと餅つきしよう!』って、もう告知してしまったんです。外のテントにも告知のポスター貼っちゃってますし、そこをなんとか」

「あー、その時間は『EGフープバトル世界選手権の応援』というスケジュールになってますからダメですねー」

観光課の若い長身の男性が、軽く言う。


「そんなの、『非公認』の方にやらせれば、いいんじゃない?」


 小さな、くぐもった声が、会議室のどこかわからないような場所から聞こえた。驚いた農務課職員2人の口が開く前に、観光課の中年職員が言い放った。

「とにかく物理的に、ウチのとっちーでは無理です。トウガネ市の非公認のゆるキャラではありますが、腕のリーチがあって比較的動きやすい仕様の『やっさくん』に代打を頼んでみたらいかがでしょうか?」

空気を呼んだ観光課の若手が言葉を続ける。

「やっさくんを管理している『トウガネ商工会議所青年部』、今日は大輪投げ大会で出展してるので、やっさくんの着ぐるみも用意してるはずですね」

「青年部の方の携帯番号をお教えしますから頼んでみてください。多分、快く引き受けてくれますよ」

 安堵の顔を見せた農務課の職員は、携帯番号を片手に急いで自分達の部署に戻って行く。

 観光課の女性職員、若手職員が続いて退室したあと、会議室の中でまた小声で誰かが話しだした。

「そもそもアイツは、僕のバーターだし。力仕事とか、アイツで充分でしょ」

「…今日は、よくしゃべりますね。

外では、くれぐれも、気をつけてくださいね」

会議室の、何もない空間に向かって観光課の中年職員は小声で言う。そして、会議室を退出し、厳重に鍵をかけて自分の部署へ走って行った。



「お願いだからさ~」

 頭の中でこの声を何回聞いたんだろう。

 声の主は、トウガネ市非公認キャラの、やっさくんだ。コイツは助けてやったオレのことを呪って、オレのカラダをゆるキャラに変身させるようにしやがった。ついでにオレの左手首に小ちゃな鉛筆の芯も埋めるし。ほんとに、うざい。で、迷惑だ。中2男子のオレは部活やら遊ぶのやらで忙しいんだ。困った人を助けるとはいえ、毎回勝手に変身させられるのは体力はもちろん精神的にもキツい。もう何回も人を助けてるけど、この歳になって、アンパンマンやらドラえもんやら人を助け続けるキャラのメンタルの強さを、尊敬するようになった。

 で、今日はいつもとは事情がだいぶ違っていた。

 朝7時からの部活練習が終わった帰り、まだ10時過ぎのオレの頭の中でやっさくんの声がしていた。

「お願い。ちょっと、ぼくを助けてくれない?」

もちろん、オレは完全無視だ。朝飯もろくに食ってない。つーか、眠い。

「また、とっちーのヤツが絡んできてるんだよー」

知らんし。

「…ただとは、言わないからさー」

と、左手の中に違和感を感じて開いてみると、3000円のクオカードがあった。

「バイトくらいの、軽い感覚で協力してくれればいいんだし」

おま、これ、どっから出した?盗んできたのか?

「クオカードはね~今日やってる産業祭の、身内がやってる大輪投げ大会の景品から持ってきたから、大丈夫だよ~」

大丈夫じゃない気がする。かと言って、戻しにも行けない。仕方がないので、とりあえずいつもの市役所近くのローソンに向かう。まずはコレで食べ物を買おう。

 頭の中で、オレが協力してくれると踏んだやっさくんが説明を続ける。

「頼みたいこと、っていうのはね、ぼくにね、餅つきをさせないで欲しいんだ」

悪いが、言ってる意味が全くわからん。


 市役所脇を歩いていると、賑やかしい産業祭の様子が見える。出店でおもちゃが当たるくじ引きやって、銃ばっかりもらってたな~なんてぼけーっと見ていたら、歩いているやっさくんの着ぐるみが、いた。

 あれ?今、やっさくんオレの頭の中に話しかけてたばっかりじゃん。

「あー、今はね、あの体には『たましい』入ってないから」

ん?

「あの中身はね、トウガネ商工会議所の新人君で~、ぼくの『たましい』は、今キミのそばにいてね…あ」

何気に恐い事を言ったやっさくんは、説明を中断してこう言った。

「ごめん、もう時間がないみたいだ」

オレはローソン目がけて走り始めた。自動ドアが開く。トイレに駆け込んだ瞬間頭の中でやっさくんの「装着~」の声が響いた。


 トイレの中にどうやって着ぐるみパーツが入ってきたのか全く謎だが、オレはゆるキャラに変身していた。

 洗面台の鏡に自分の姿を映す。星のように頭から5本の黄色い角がのびた、鳥のキャラらしい。首から下は、服だけの軽装。エメラルドグリーンの短パンスーツに赤い蝶ネクタイ、黒いタイツ。ふと、自分の七五三の時の姿を思い出した。

「このゆるキャラは、ナラシノ市のきらっと君。『市民祭りナラシノきらっと』で産まれたんだ」

頭の中でやっさくんの説明を聞きながらトイレのドアを開ける。レジのバイトくんに軽く会釈して、ローソンから出ると「ありがとーございましたー」の声が聞こえた。よこぴーやらカムロちゃんやら、きらっと君は3キャラ目だもんな。もうバイトくんもゆるキャラに慣れたのかもしれない。

「この軽装なら、快活に動けるでしょ?さぁ、ダッシュで市役所の駐車場に向かって走って!

とっちーが自分の代わりに、ぼくに無理矢理餅つきさせようとしてるんだ。ぼく、そんなこと、したくないんだよ!」

バイト代をもらってしまったオレは、言われるまま、全速力で産業祭の会場に向かって走り出した。



「ちびっこのみんな~餅つき大会を始めますよ~」

 農務課と書かれたジャンパーを着た、年配のやさしそうな職員が拡声器で声をかける。その隣りには、新人君が中身のやっさくんが立って手を振っている。そこへ、きらっと君のオレは走り込む。

「ちょっと待ってくださいいいいいい」

驚いた顔できらっと君のオレを見る、農務課職員と、やっさくんと、トウガネ商工会議所青年部の人達。

 走ってきて上がった息を整えながら、必死に口上を考えるオレ。バッ、とジョジョ立ちをして、きらっと君のオレはポーズを決めて、言った。

「きらっ!っと参上!ナラシノ市生まれの、きらっと君です!」

わああああ、と、集まっていたちびっこ達の歓声があがる。頭がスーパーサイヤ人みたい~、セサミストリートのでかい鳥が来た~とかいう声が聞こえてくる。

「トウガネ市の産業祭を、きらっ!と輝かせるために、やっさくんのお手伝いに来ました~」

カメハメ波的なポーズも入れつつ、やっさくんに挨拶する。で、やっさくんの近くに置いてある、きねを取り上げる。

「さぁ、ボクと、餅つきで、きらっ!っと輝きたいちびっこは、どの子かな~?」

はい、はい~!と元気な声が、あちこちからあがる。いそいで農務課の職員がちびっこ達を整列させる。どうやら、青年部がサプライズで呼んでくれたらしい、というような解釈をしてくれたようだ。

 まずは、きらっと君ことオレが数回餅をついた。そのあと、用意してあったちびっこ用の小さな軽いきねで、ちびっこ達が餅をつき始める。あとは、最後にもう一度きらっと君が餅をついて、仕上げる段取りらしい。

「いいねー、キミのつき方、きらっ!っとしてるよ~」

ちびっこを応援して盛り上げていると、頭の中で、「なんか、楽しそうだなー。いいなーーーーーー」という、やっさくんの声がした。

 と、離れて立っていた、やっさくんの着ぐるみが、いきなりぶっ倒れた。

 で、すくっ、っと立ち上がって、凄い勢いで、こっちにやってきた。アイツ、中に入ってた新人のっとって『たましい』とか入れやがったな。

「きらっと君、なんか、楽しくなってきたから、一緒に踊ろうか?」

そうだよ。コイツ、そもそも「やっさまつり」由来のゆるキャラだから、踊るの好きなんだよな。

んー?と首をかしげるきらっと君をよそに、空を指差して、やっさくんが声を上げた。

「召還ー!」

ドサッ、っという音が後ろでする。また、このパターンか。

振り向くとトウガネ商工会議所のジャンパーを来た新人君が、この前と同じくラジカセを持って、怯えて、そこにいた。って、やっさくんの中身、この人じゃなかったのか?

「新人!音楽!」

新人君は言われるがまま、震える手でラジカセのスイッチを押す。youtubeで流れまくっている、あの曲の伴奏が始まると、やっさくんが歌いながら踊り出した。


「♪アイ ハブ ア ペン~♪

アイ ハブ ア 餅~♪

um! べたべた~♪」


タチの悪い呪文のように、替え歌の魔力がオレに効いてくる。次のフレーズには、気が付くと、きらっと君も一緒に歌いながら踊っていた。


「♪アイ ハブ ア ペン~♪

アイ ハブ ア 餅~♪

um! べたべた~♪」


…ちょっと待て。パイナップルのくだり無しで、このままエンドレスか?

ちびっこ達に歌と踊りの呪いが広がっていく。


「♪アイ ハブ ア ペン~♪

アイ ハブ ア 餅~♪

um! べたべた~♪」


 みんな笑顔で、餅つき会場のまわりで踊り始める。気が付くと、きらっと君とやっさくんに色眼鏡が装着されていて、首にはヒョウ柄のスカーフが舞っていた。

 10回程繰り返した後、急に背筋が寒くなったので、やっさくんを小突いて歌をやめさせて、一緒に振り向いた。


 そこには、観光課の職員を引き連れたトウガネ市公認キャラクターとっちーが、仁王立ちで、いた。ちびっ子達の「とっちーも来た~!」という歓声にかき消されるような小さな声が、とっちーの震える体から聞こえた。


「どうして…非公認のくせに…僕より…」


 突然、テントが吹き飛ぶくらいの強風が起こった。と同時に、赤い影が飛んできたように見えた。

 気が付くと、とっちーとやっさくんの間に、神々しい赤い体を光らせたチバ県のゆるキャラ帝王チーバクンが立っている。


「チーバクンはね、けんかはきらいだよ」


 そう言った瞬間、また強風で砂埃が大量に舞い上がった。

 砂埃が収まった餅つき会場には、とっちーと、呆然とする市役所職員達と、ぶっ倒れたやっさくんがいるばかりで、きらっと君とチーバクンの姿は消えていた。



「ごめんね。クオカードは元の場所に戻しておいたから」

 気が付くと、オレは市役所近くのローソンの前に、部活帰りのジャージ姿で立っていた。

「お腹すいてるでしょ?」

そう言って、鮮やかな水色の袴をつけたお兄さんがオレにカラアゲくんを渡す。この人、ヒヨシ神社の神主さん、だよな。

「何か困ったことがあったら、私が助けてあげる。だから、大丈夫」

 笑顔でオレの肩を叩いたかと思うと、急に強風が起こって、神主さんの姿は消えていた。一体、何なんだ。とりあえず、カラアゲくんを全部平らげてから、オレは悩むことにした。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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