第6話 チバ県 チーバクン

 トウガネ市非公認キャラクターやっさくんとチョウシ市のキャラクターちょーぴーが、トウガネ市「公認」キャラクターとっちーのイベント会場に乱入した次の日の午後。トウガネ市役所の会議室には「観光課」と書かれたジャンパーを着た職員達が集まっていた。

 リーダーらしき人物は、“ゲンドウ頬杖”をして眉間にシワを寄せている。彼はため息をつきながら確認する。

「で、トウガネ商工会議所の連中は、認めないんだな?」

「はい。やっさくんの着ぐるみについては、あの日付、例え日付が間違っていたとしても『道の駅みのりのさとトウガネ』での使用許可書はここ最近全く出していないの一点張りです」

「でも、ほら、あの時、会議所の新人がいたじゃない?」

女性職員が問いただす。

「新人君の言い分は『あの日は自宅で寝ていた。何も知らない。アレは悪い夢に違いない』そうです」


 色の黒い、中年男性職員は続ける。

「まとめてご報告致します。トウガネ市『公認』キャラクターとっちーの、みのりのさとトウガネでのじゃんけん大会イベント時の騒動については、トウガネ商工会議所からは先程の情報しか得られませんでした。歌で出演したヤッサコマチからは『キサラヅアウトレットモールのライブには間に合ったから大丈夫』とのコメントのみです。ちょーぴーを管理するチョウシ商工会議所青年部にも確認を取りましたが、『ちょーぴーは、チョウシ電鉄×チョウシ商 コスプレ☆フェスにゲスト出演していた。確かに、休憩時間など人前に出ていない時間はあったが、仮に不審者に連れ出されたとしても、短時間で移動できる距離とはとうてい思えない』との見解をいただいています」

一旦、息を吐いてから、職員は続ける。

「騒動についてのSNS発信についてですが、数件ネット上で確認できておりますが…ツイッター、インスタグラム、facebook、youtube他全てにおいて『とっちー』『やっさくん』『ちょーぴー』の姿は確認できますが、ヤッサコマチと新人くんの姿は、確認できません」

「どういうことだ?」リーダーが聞く。

「それらしき人物が写ってはいるのですが、個人が確定できない画像だらけです。例えば、ヤッサコマチの場合は歌の振り付け最中でピントがあっておらず画像ボケがひどかったり、新人君の場合は俯いていて顔が全く見えないというようなものばかりです。あの時、みのりのさとトウガネに彼らがいたという証明としては使えません」

「一体、何がおきたのか、さっぱりわからないねぇ」

会議室の隅、ちょうど光の当たらない影になった場所から、その声は聞こえた。



「どうしてあんなこと、しちゃったの?」

 樹齢350年超えの杉並木が200メートルも続くトウガネ市ヒヨシ神社の境内に、真っ赤な体をしたゆるキャラが立っている。

 その足元にはトウガネ市非公認キャラクターやっさくんが跪き、近づくものを阻むように長身の黒服が二人、あたりを伺っている。

「チーバクンはね、けんかはきらいだよ」

自分のことを指すとき自分の名前を言う、チバ県を代表するゆるキャラがチーバクンだ。真っ赤なボディは横から見るとチバ県の形をしている。シンプルで洗練されたフォルムは全国区での人気を博している。チーバクンは続ける。

「チーバクン達『ゆるキャラ』というイキモノは、人に夢を与える、っていうのが第一の仕事なんだから」

やっさくんの体が縮こまる。

「ちょーぴー、イヌボウサキ灯台ビーム出したんだって?それはチーバクンも見たかったけどね」

「も、申し訳ありません…」

消え入るような声で、やっさくんは謝る。

「まあ、いろいろ、しておいたから大丈夫。キミは少し、自重すべきだよ。何かが起こった時にはすぐ動けるように『ご当地ヒーロー協会』にも打診はしておいたから、安心していいから」


 ざざ、と黒服が動いた。

「すいません、チバテレビのロケハン中で。もうすぐ終わりますから」

近所の老夫婦が神社に参拝しに来たらしい。ちょっと迂回してもらうように黒服が誘導する。すかさず、チーバクンは老夫婦に手を振り、愛嬌を振りまく。

「そろそろ、チーバクンは戻らないと。10月にはヒコネのご当地キャラフェスに出場しなくちゃいけないからね。コンディション管理が必須なんだよね~」

やっさくんが頷く。

「キミが先に戻って。キミのほうが、人に姿を見られたときのフォローが大変なんだから」

深々とおじきをした後、やっさくんの姿は消えた。

 チーバクンが、柏手を打つ。柔らかいその体からはとうてい想像できない澄んだ音が響くと、黒服たちはバク転をして本来の「猿」の姿に戻り、定位置に収まっておとなしく石像となる。チーバクンがいたところには、鮮やかな水色の袴をつけた青年が立っている。

「依代の役もかなり体力消耗するんですよ…チーバクン…」

そう呟きながら、青年は御本殿に戻って行く。



 そのころ、主人公である中2のオレは、「全国に被害を全く出さないけど学校が休校になる台風の進路予想図」を教科書の隅に落書きしながら、国語の授業を受けていた。すっげー眠い。で、ものすごく嫌な予感だけ、していた。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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