第七回


「…日記を見たけど、出会ってからの話…これちょっと使いにくくない?」


 ロザリィ編集長のいうことはもっともだけど、そもそもひとのプライベートな日記、見たいって言い出したのはきみじゃないか?そんなことを思うんだが。


「大体夜のこととかまで書かないでよ!」

「そのへんは詳細には書いてなくないかい?」

「回数書いてる時点でアウトでしょ!」


 一理なくはないけれども、この辺りを事実に基づき記述した場合、どうしても避けられないと言わざるを得ない。そうは言っても、こんなの他人に聞かせる話ではない。


「それより、きみから見て僕の日記の内容、事実との相違はないかい?この記述はあくまで僕の主観だから」


 そこはかなり気になっている。ぼくが彼女に(ヴィシャ板の画像や動画と引き換えに)家族になるまでは見せないという約束で守ったプライベート日記だが、逆にこの日々は、彼女から見たときにはもっと醜悪なものだったのではないかという恐怖からだ。


 ぼくらが日記を見直しているのは、披露宴の際にぼくらが出会ってからを紹介するためである。ざっくりと書くとしても、忘れているのでは書きようがない。


「ロザリィ…この内容だけど…ぼくからの視点ではこうなっている…でも…」

「んー…一点違うところがあるけど、大体合ってる」


 なんか軽く言われてしまった。彼女に対するぼくの苦悩はなんだったのか。でも一点違うところというのはなんなのか。


「え、そうなの」

「3日でベッドインって自分でいうのもどうなのよ、って気はするけど、そのまんまだったしなぁ。それでなければホウライ学院の神殿の聖女になってたのかも。神殿を正式にあちらに組み込む話もあったわ」

「なんだよそれ、ぼく知らないよ!」


 ホウライの無人神殿は、魔力供給を蔡都に行う代わりに学院の学費を軽くする、学院の研究費の大きな原資となっている。ホウライの独立性は無人神殿によって支えられていたのだから、『神殿』側に完全に組み込まれるとなると、独立性は非常に低下する。学問の自由に対すあと、る脅威…それだけでも厳しい話だ。


「多分『聖柱』見なかったら、私もそれでいいかなと思ったんじゃないかな。でも…見たあとでしょ。学部長と副神殿長の話し合いの場に私もいたけど、逃げ出したの」


 …そういうことか…逃げ出して、それでぼくのところに来たのか。


「逃げる前に副神殿長に『どこに行くの!このままだと破門よ!』と言われたの。だけど…」


 しかし徒歩10分とはいえ、よく見つけたなぼくのうち。


「なんとなく、頭に浮かんだのがデュラルなの。他に選択肢思いつかなかったのはなんでかわからないけど」

「他の選択肢を浮かべて欲しかった気もする」

「なんでよ」


 苦笑もしたくなる。だってぼくは、一人で生きて一人で死ぬ予定だったのだ。別に女性が嫌いなんじゃない。ぼくは自分オークが嫌いだったんだ。


「ぼくだって困ったよ。頑張って貯めてたお金はなくなる、新作のアイアンハルバード…」

「そんなに欲しかったのそれ?」

「かなり」


 いい武器というのは、駆除かりをする上でかなり重要だ。無論魔法で対処する方法もあるけど…。


「あの頃のデュラルって本当に女っ気なかったよね」

「そりゃオークの再生産なんてしたくないし」

「不妊する方法なら避妊具でもなんでもあるじゃない」

「…いや、本当はそうじゃないな。嫌われるのがイヤだったんだ」


 嫌がられると決めてかかっていたんだろう、ぼくは。


「そうでもないって思ったからって、合コンとかもう行かないでね!私も行ったことないのに!」

「ごめんよ」


 まぁあの合コンは人数あわせだ。猫の手、いやオークの手でも借りたかったようだし、ギーテン。


「きみに会わなかったらぼくはどうしてたんだろうな」

「見知らぬ二人のままなんじゃない?」

「他の人とどうこうとか想像できないもんなぁ」

「なんだろう、軽くムカついてきた」


 この世に一切存在すらしない相手に嫉妬しないで下さい。


「話を戻すけど、一番違うのは学部長、今は学長ね。確かに次席でやる気あるのかと言われたのは事実だけど、どちらかと言えば『勉強とかちゃんとするの?ヘリオスくんの足引っ張らない?』ってニュアンスで言ってたと思う」

「どういうこと?」

「いや、入学する前はちょっと思ってた。何しろ周りは知らない人ばかりだからデュラルいると嬉しいなあって」


 気持ちはわからなくはない。ぼくも入学当初はそうだった。


「多分『学院は学ぶところだ』って自覚を再確認させたかったんじゃないかなぁ」

「だから厳しいことを言ったのかな」

「そうね。勉強しなくても入るだけなら入れたかもしれないけど、学院で遊ばれたんじゃ代わりに落ちた誰かに申し訳ないわ」


 そのへんのことで釘を刺したんだな。厳しいひとだ。


「その分、学院に入るときに学部長が手回しをしてくれたの。住民籍の」


 なんだって。ロザリィの市民権をいつのまにか学部長が確保していたのか。


「そこまでやるからには遊んでもらっては困るわけか」

「そうね」

「なるほど…確かにそのへんの話を聞くとニュアンスがかなり異なるね」


 しかしこれはどうやってまとめよう。使えない部分がかなり多いなぁ。


「うーん、馴れ初めの話はテキトーに端折る?」

「でもそれだとぼくらがべったりの理由説明しにくいような」

「べったりしてる?」

「特に夜、なんで未だに背中にくっついて寝るの?」


 そうなのだ。二人で寝る時は必ずといっていいくらい、ロザリィはぼくの背中にくっついて寝る。セミか?


「いいじゃん」

「別に悪いとは言わないけどさ、最初の日からくっついてたよね」

「…怖かったんだよ」


 …それはわからなくもない。脅威と闘い、打ち勝つことはできても今度は死、いや、消滅への恐怖。ぼくだったらとても耐えられないだろう。


「まだ怖いの?」

「うぅん。こわくないけどね、デュラルの背中にくっついてる時ってなんだかとっても安心できるんだ」


 ぼくは安眠抱き枕か。…今誰かに抱き枕カバーを計画された悪寒がするが言っておこう。在庫抱えたいなら好きにしろ。あと、ぼくの背中は売約済みだ。


「そのくらいは書いとくか、ロザリィは寝る時は必ずぼくの背中にくっついて寝ます、と」

「ちょっとやめてよ!恥ずかしいじゃない!」

「回数よりよくないかい」

「比較対象がおかしい!」


 ぼくらがまだ独身であったころの夜は、そんなバカ話ですぎていった。他愛もない、どうでもいい、そんな話。


 また昔話を日記の中ですることがあったら、こんな感じで書くかもしれない。それでは。






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