第二十八回


 その日、教授は珍しく有給を使うことにしたようである。


「本日だけど、ヘリオス教授は私用のためお休み。いつも通り作業を進めてください、とのことです」

「どうしたんだろ、教授」

「珍しいですね」


 確かに。有給を使ってどこに行ったのか。


「…みんなには話してもいいかな。教授、御所に行ったのよ」


 陛下がおられるところに?何をしに行ったんだろうか。


「…今日はデュラルにとって、忘れられない日になるかもしれない」


 フランシス先生もそれ以上のことは話してくれなかった。


---


 夕方のことである。

 自分が試験管を洗っているところに、教授が何かを決心した表情で研究室にやってきた。


「…ロ…フランシス先生はいます?」

「今解析室で詠唱してると思います。教授?」


 教授の表情が険しい。体調でも悪いのか?


「あ、ああ、大丈夫です」


 あまり大丈夫に見えない。早く帰った方がいいのではないか?


「ちょっと待ってます」

「はい」


 フランシス先生が解析室からでてきた。


「ヘリオス教授?今日は来ないかと思ってたんですが…」

「フランシス先生…いや、ロザリィ…」


 教授は何やら光るモノを取り出した。


「これ。わかるかい?」

「デュラル、ひょっとして…」

「従五位階…拝殿を許されます…」

「教授、お、おめでとうございます!」

「魔族の解明が評価されました」


 教授が貴族か…案外と言ってはなんだが普通に似合いそうな気もしないでもない。

 みるとフランシス先生が涙ぐんでいる。


「…デュラル…うぅ…お、おめでとぅ…」

「ほらほら泣かないで…そんなに喜んでもらえて…嬉しいですよ」

「しかし何故位階を?」


 チェイン先輩ではないが、あまり教授はそういう地位は欲しいと思わなさそうなのに何故?


「お金に関しては幸い困っていません。一人で生きていく分には十二分です。しかしぼくには普通の人が持っているにもかかわらず持っていないものがありました」

「それは?」

「言うならば、市民権」


 やはり、教授も気にはしていたのか。


「それさえ、一人で生きていく分にはそこまで気にはなりません。でも、誰かと生きていくためには、何らかの方法で市民権に類するモノを用意しないと、と思いました」

「…」


 フランシス先生が涙目のまま、でも微笑んで教授を見つめている。


「市民権に変わるものの検討、ちょっと前から進めていたんですが、これまでの働きを評価してもらえましたよ。陛下のお言葉も頂きました。『これからも励んで下さい』…ありがたいです」

「教授すごい」

「…選挙権こそないものの、少なくとも結婚する分にはなんとかできるようにしてもらえました。人間以外でも冠位を出すって古代の発想、実に粋です。その応用を思いついてくれた蔡都の担当者の方も」


 そう。それこそが教授が必要だったものだ。


「ぼくは、人間じゃない部分を持っています。でも…聞いていいですか?ロザリィ?」

「うん」

「これからも、ずっと、ぼくと一緒に、いてくれますか?」

「…わかってるくせに…はい」


 教授!やっと覚悟を…いや、ケジメをつけられたんだ。一緒に住む以上に、社会的な地位の確保のことを考えていたのか。


「よかったね、先生」

「う、うん…」

「あと、これも買ってきました」

「おー指輪じゃん、でもサイズ大丈夫?」

「知ってましたよ」

「…ちょっとデュラル、いつ測ったのよぴったりじゃない!教えてないのに!」


 教授、口笛吹いて誤魔化さないで下さい。フランシス先生がいきなり指輪を左手に嵌める。


「っていきなり左手薬指!もっとこう、色々とですね!情緒ってものがですね!!」

「あーそうそう」


 フランシス先生がブースに戻って、何やら名前欄だけの白紙の書類を取り出した。


「ここに名前書いて」

「?」


 言われるがまま、教授が名前を書いた。次の瞬間!


「こ、これ結婚届!どうなってるんですか!」

「ちょっとした魔法の応用」


 白紙がいきなり結婚届になり、しかも何やら連鎖的に魔法が発動して、幻脳魔導機構アストラル経由で情報が飛び交っている。


「ろ、ロザリィ!なんなんですかこの魔法!」

「結婚届に紐付いて、色々と発動する仕組みなの!」

「え、ええええ!?」

「えっと。式場予約、披露宴会場、二人の休暇届、連絡先、新婚旅行…あと…」


 呆れた…愛が重すぎですフランシス先生。教授の顔面が真っ白に漂白されていく。


「明日学院いく前に、これ一緒に出しに行こ!」

「は、はい…」

「うわぁ…うわぁ…」


 学生各位、声も出ない。フランシス先生…よかったですね…


 春休みに珍しく教授と先生は研究室を休んでいた。目的は言うまでもないだろう。教授はようやく、約束を守れたのだ。


 …研究室に誰かが所属したり、修了したり、小さな変化はあるかもしれない。ただ、ひとつ言えることは、教授や研究室は、多分これからも研究を続けていくのだろう、と言うことである。


 教授や研究室の面々の話はまだまだあるのだが、次の機会に続きを語れればと思う。それでは、いずれ、また。



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