未来桃太郎

時流話説

序章  お伽話

 俺たちのご先祖サマが人間の世界に旅立ったという話は、俺が餓鬼がきの頃から寝る前によく聞かされたものだった。


 幼い頃。

 餓鬼がきの頃。


 それこそまだつのも生えてない赤子の頃から聞かされたらしい。

 だからこそ、覚えているのだが。

 覚えて記憶にとどまっていることには感謝したい。


 そして、それはこの魔界では決して珍しいことではなく。

 物心つかない、なかなか眠ることができない子を寝かしつけるのに、重宝される物語だった。

 伝説―――伝説だろうか。

 そんなに立派な、豪勢なものでもない。

 お伽話とぎばなしである。



 俺の親父は話の演題が少なかった。

 同じ話を何度もするものだから、知りたかろうが知りたくなかろうが、耳に染み付いた。


 人間。

 彼らと交流していたという話は、単なる法螺ほら話ではない。

 知識として魔界の教本で学んでいた。

 人間界と魔界の往来が自由を通り越して、混じり、混在していた時代。

 魔物が、人間を認識していた時代があった。


 魔物が妖怪と呼ばれ、彼らの前に大手を振ってまかり通っていたという時代があった。

 今では想像もつかないような話だ。


 我々と彼らの。

 確かな歴史があった。

 知識として、知ってはいた。

 もちろん俺は、魔界のことが優先で―――当然のごとく、身の回りのことの方が優先なので、つい最近まで、大昔の何かなんて、頭の片隅でとどまっているだけの知識だった。

 それは親戚の親戚の、誰かという感覚に近かったかもしれない。

 身体的な特徴も似ているらしい。

 奴らには、つのがないらしいけどね。

 科学、というチカラを使うらしい。

 魔物とはずいぶん違うらしい。


 知ってはいたが、見たことはない―――あるはずがない。

 何しろ大昔、それも千年も前のことだからだ。

 交流していた、という言い方はいささか平和的過ぎる。

 鬼と人間は、相容れない存在であった。

 種族や思想の違い。

 争いが起きたことは、やむを得ないのであろう―――。

 住む世界が違う、という表現がある。

 誇張表現でも何でもない、この場合、単なる事実であった。


 およそ千年も昔のことだ、関係は悪化し、人間族と鬼族の中は険悪になり、完全にすむ世界を別とした。

 二つに分かたれた。

 つまり魔界と、人間界とに。


 その大昔の話を次の世代に伝えるとき、『桃太郎』という話は必要だった。

 子供にもわかるお話が必要だった。

 みんなが皆、知っているくらいのお話にする必要があった。


 ご先祖サマが人間界において拠点としていた『鬼ヶ島おにがしま』は、一人の人間の襲撃によって、壊滅的打撃を受けた。

 という伝説となって、語り継がれている。


 桃太郎。

 最強の人間。

 一騎当千の存在。

 鬼族が人間界との通行の拠点としていた島に、単身、乗り込んだ男。


 奴の出現によって、人間が一筋縄ではいかない存在だと知ったご先祖サマの一族は、魔界での戦争が激しくなったことなどの要因もあり、人間界からの撤退を決めた―――。


 ………なんて、実際はたった一匹の人間にやられたわけではないのだろうが、そこは子供向けのお話なので、ご容赦願いたい。

 それから長らく、俺たち鬼族は、人間と接点がないらしい。

 物語はその時代からおおよそ千年たったあたりから、始まることになる。

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