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 天羽は北越高校近くの路地に立っていた。眼の前に細貝が住んでいる4階建ての賃貸マンションが建っている。マンションから視線を外し、腕時計に眼をやる。時刻は午後8時前。新幹線の終電が間近だというのに、自分は何をしているんだと思い悩む。

 細貝の部屋は窓のカーテンが開いていたが、部屋に明かりはない。電話は相変わらず通じない。天羽はマンションのはす向かいに眼を向ける。マンション住居者専用の駐車場。駐車場に停まっている数台の車を観察する。ミニバンやハードトップは除外。グレーのセダンが目に留まった。

 外観は至って普通だ。車種と車色の組み合わせ。白線に対しての完璧な停め方。比較的高価な車でありながら希望ナンバーを選んでいない愛着のなさ。ボディの光沢に比して汚れの目立つタイヤホイール。天羽はほとんど確信していた。県警の公安部門が捜索に公用車で乗り出してきたのであれば、あのセダンの他はない。

 駐車場のセダンに今は誰も乗っていない。マンションの裏手にも当然、監視がついているはずだ。交代で休憩を取っているのか。8時半を回った頃、耳に差したUW101無線機メガの受令用イヤホンから富川の声が響いた。

「誰か来ました」

 天羽は駐車場に眼を向ける。男が目標のセダンに近づいた。天羽は掌に隠し持ったハンディマイクに吹き込む。

「やれ」

 男がセダンに乗り込もうとする。富川は迷わず車に歩み寄り、振り向いた男に拳銃を突きつける。セダンに両手をつかせると、富川は男が所持していた携帯端末と無線機を取り上げる。天羽は顔を引きつらせた男に警視庁の手帳を見せる。

「車内でお話ししましょう」

 男が震える手でドアのロックを解除する。男は運転席に座る。富川は助手席から男に拳銃を突きつける。天羽は後部座席に腰を下ろした。身を乗り出すようにして、数秒間を置いてから低い声で話し始めた。

「我々は細貝が新宿で安斎英道と安斎瑤子を殺害したと見ています」

「・・・」

「動機は恨み。3年前の銃撃事件で安斎瑤子は現場にいて、銃撃犯である安斎英道の手引きをしました。あの事件で現場捜査員としての細貝は終わった。細貝はあのスナックで情報源と会っていたのでしょう。細貝の担当は何です?」

「俺はよく知らない」

「なら、誰なら分かります?」

 富川が男の脇腹に銃を押し付ける。

「ぶ、部長だ。消えた細貝を探せって言ったのも部長だし、俺は何にも知らない」

「では、ここに呼んでください」

 富川が男に無線を投げ返す。

「バカ言うな」

 天羽は有無を言わさぬ口調で言った。

「細貝が見つかったとでも言えば来ます。呼んでください」

 男が観念した様子で無線機に息を吹き込む。

 5分後、黒塗りの公用車がマンションの駐車場に現れた。天羽は懐中電灯を借りてセダンを降りた。富川も助手席から降りた。天羽は公用車の前に進み出て、赤色に灯した懐中電灯を大きく振った。公用車が止まる。助手席から男がすばやく降りて、黒っぽい上着の内側に右手を差し入れたまま「誰だ!」と鋭い声を発する。

「警視庁の天羽です。警備部長にお話が」

 警備部長が後部座席から降りる。

「警視庁の公安がうろちょろしてると小耳に挟んだんだが、アンタらのことか」

「細貝はいつから消えたんです?」

「20日」

「細貝は何の事案を担当してたんです?」

「細貝は違うんだ。アンタらの方が知ってると思うが」

「どういうことです?」

「あいつは俺の指示じゃなく、東京の指示で動いてた」

「3年前の銃撃事件については?」

「内容はだいたい細貝から聞いてる」

「細貝の情報源は現場にいた霜山か倉下のどちらか。情報源は誰です?」

「倉下は金をもらって証言に名前を貸しただけだ。スナックで会ってたのは霜山と細貝。残りは細貝の上司だ」

「細貝の上司というのは貴方ですか?」

「おれじゃない。そいつはキャリアだ。今はここにいない。警視庁にいるって話を聞いたことがある」

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