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「事件の概要を」天羽が言った。

 神田は「出よう」と言い出した。2人はコーヒーを飲み残して、喫茶店を出た。

「個室は細貝が大谷という名前で予約してあった。細貝と倉下が一緒に来て、先にホステスの楊と個室に入った。15分ほど遅れて霜山が現れた。楊が接客したのは、最初の乾杯まで。霜山が席を外すよう、楊に言った。楊の供述はそこまでだ。アンタが眼を通した調書に書いてある」

 神田は《アルデバラン》の前に来た。

「スナックのオーナーが、霜山の後ろからついてきた男を目撃している。霜山と男の距離は5メートルほどで、連れなのかどうか分からなかったと。男は店の中に何歩か入って、誰かを捜す素振りで見渡したが、それはカモフラージュだった。男は霜山が入った個室から出て来た楊を確認した。右手の2番目の部屋だ。男はいったん店を出て、薬局の方へぶらぶらと歩いていき、数分後に戻ってきて、店に入った。それから銃声が2発。個室から男が飛び出してきて、男の従業員とぶつかった。新聞は男が従業員に組み伏せられたと書いたが、実際はもつれあって倒れて、パニック状態だった男が発砲したらしい。男は来た方向へ逃げた」

 神田は通路の先を示した。突き当たりの壁に薬局の看板と右上に向かう矢印。そこにも地上に通じる階段があるらしい。

 スナックからダークスーツの痩せた初老の男が出てきて、2人に挨拶した。《アルデバラン》のオーナーだという。

 神田が事情を説明し、オーナーの案内で店に入った。オーナーが個室のドアを開けた。テーブルと大きなソファ。カラオケもある。

「実況見分の時は、グラスや酒瓶があちこち倒れて、テーブルは壁にぶつかってた。正確なところは分からないが、楊の話ではこうだった」

 神田はドアのほぼ正面に置かれたソファを指で示した。ソファが霜山の席。左に細貝。右に倉下という位置関係だったという。神田はテーブルの背後の壁にある2か所の銃痕を修復した跡を示した。天羽が立つドアからは、霜山と細貝の間に銃痕が見える。

「細貝はこう供述した。男は拳銃を細貝の首筋に突きつけ、上着のポケットをまさぐって警察手帳を見つけた。そして、いきなり霜山を撃った。倉下がテーブルをばんと押して反撃した。男は突き飛ばされて、そのまま逃げだした」

「それで?」天羽は言った。

「ところが、男が個室のドアを開けた瞬間に、銃声が聞こえたという複数の証言がある」

「細貝はその食い違いを質しましたか」

「奴は自分の供述が正しいと突っぱねた」

「仮に細貝が嘘をついてるとして、嘘をつく根拠が分かりません」

「根拠はない。細貝の単純ミスだ。捜査記録を読んだ上で、整合性のある供述をすればよかった。もっとも細貝にとっちゃあ、整合性は大した問題じゃない。公安と刑事の幹部同士で話はついてる。現場の不満をなだめるために、供述調書を取らせてやる必要があった。これが真相だ、納得しろというわけだ」

「細貝が整合性に無頓着だった。それは分かります。だが、自分が経験したことをそのまま喋ればいいものを、なぜ供述に細工をしたのかという疑問が残ります」

 神田はふんふんと二度うなづいた。

「細貝は襲撃された理由として当時、霜山にかかっていたある疑惑の話を持ち出した」

 衆議院議員だった霜山は当時、ある汚職に関わったとして、議員を辞職した。霜山には長年、国内最大手のある運送会社から届出なしの政治献金を受けていた容疑があり、議員辞職した翌日に東京地検特捜部に逮捕された。

 渦中の運送会社は、広域暴力団に指定されている極声会とのつながりが噂され、系列会社間の多額の不透明な融資が問題になっている。金の一部は極声会に流れ、一部は政界に流れたと言われている。金を受け取っていた1人が、霜山だ。

「事件当時、霜山は裁判所から保釈が認められた。だから、地盤がある新潟にいた」神田が言った。

「極声会が口封じでヒットマンを送ってきたというストーリーを思いついた」

 天羽の言葉に、神田はうなづいた。

「ヒットマンが霜山を尾行する。個室に押し入ってみると、霜山の他に男が2人いる。1人の男が警察と分かる。2人まとめて殺すことして発砲する。こんなストーリーでいいだろうと。細貝が霜山の疑惑なんかを話し出したのは、本命が別にあったからだ」

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