第2話  クリストは正反対の可能性を見る

 『魔王』オオヅナの手がかりを求め、私達はセンジョウザンを近くに望むタンバの町で聞き込みを行う事にした。

 カルラ殿が事前に為した託宣によればオオヅナの所有する妖刀はセンジョウザン──魑魅魍魎が跋扈する山にあるという卦を示した。


「アリハマの洞穴で迎えの役人が到着するまでの3日、オオヅナが戻ってくる気配はなかった。オオヅナがこの地を離れ、センジョウザンなる場所に出向いているのだろうか」

「些か怪しくもあるが他に手がかりがあるでなし、行くしかなさそうだな」

「……否、待たれよ」


 魍魎の住まう山に足を向けようとした時、この占いをした本人がこんな見解を出したのだ。

 センジョウザンは人が滞留し続けるのには不向きな場所であると。

 元々は鉱山でふもとに人が住まう集落も置かれていたが、それも度々発生する魍魎騒ぎで撤去されているはずだと。


『故に、オオヅナめに何かしらの用向きがあるとして、滞在そのものは人の居る地を利用しているのではあるまいか?』


 彼女の助言に従い、タンバの町を捜索する事にしたのだ。


「ではクリス殿、午の刻にあの飯屋で落ち合いましょうぞ」

「承知した」


 午の刻とは12時頃だったはずだ。まだ土地勘のない私達は朝食を摂った食事処を合流地に定め、それぞれ手分けしての情報収集に出る事にした。


「失礼する」


 異国人の私はこの国で勝手知ったる場所は限られている。

 無頼の輩、武芸者として立ち回る事の出来る町役場。人当たりの良さそうな営業スマイルを浮かべる受付嬢に声をかける。


「このような人物を見かけた事はないだろうか?」


 私の手には一枚の紙。

 我々の中でオオヅナの顔を知る唯一の人物、イヌイ殿協力の下、作成した似顔絵である。彼女の語るオオヅナを元に描いてみたのだが、


『……何故伝聞だけでここまで似せられるのだ?』


 と不思議がられたのでそれなりの出来なのだと思う。もっとも髪型や髭の有無などの変化をつけられると精度が下がり役に立たない代物でもある。

 人の印象などはより大きく目を引く特徴や装飾品でガラッと変わるのだから。


「さあ……見かけた事はないと思いますけど」

「ふむ、ではもうひとつ窺いたい。センジョウザンの魍魎討伐の依頼が頻発しているようだが」

「ええ。昔から魍魎の湧き易い土地柄ではあったんですが、ここ数か月は特に酷くて大変なんですよ」

「その危険な地に、討伐の依頼以外で踏み込もうとする武芸者などはいかなっただろうか?」


 今のセンジョウザンは危険につき立ち入り禁止を明言された地である。そんな場所に自ら足を踏み入れる者は限られる。

 アリハマのように希少金属の鉱脈であれば危険を冒して入山する輩がいてもおかしくはないのだが、センジョウザンのそれは鉄と黄銅だと聞いた。命を危険に晒し、少数で潜り込むメリットは無い。

 

(無論、世に漏れていない希少鉱脈の可能性もあるのだが)


 いずれにせよ魍魎の間引きを目的とした討伐隊以外、今のセンジョウザンに近付く人間は一般に知られている以外の事情で危険を冒しているはずである。


「山の様子を尋ねて来る、それでいて討伐隊に参加しないような人物が」

「ええ、ええ、よくご存じで。討伐隊を組んで行く方が安全だって申し上げてるんですけどね」


 センジョウザンに立ち入る者の存在、今度の質問は受付嬢の琴線に掛かるものがあったらしい。似顔絵に反応が無かったという事は、イヌイ殿の知るオオヅナと余程印象が異なる人相なのだろうか。


「ほう、それはどのような人相の男だったかな」

「えっと、どんな人相かと言われても」


 答えに窮した彼女は意外な一言を告げた。


「ここ最近似たような用件で来られる方が続いたので、ひとりひとりの顔はちょっと覚えてません」


******


 昼食時。


「どうも狐につままれたような話なのだが」


 イヌイ殿は合流するや否や、彼女の聞き込み成果を自分自身も意味が分からないと顔に描いた状態で語った。


「某は討伐隊に参加した武芸者に話を聞いてみた。山の状態を直に見た連中だ、何かしらの異常を感じているかもしれんと思ってな」

「成程、利に適っている」

「そ、それでだな! 宿場を当たってみたのだ。次の討伐依頼が出されるのを待っていた輩をな」


 そういえば役場周辺では依頼を探す武芸者は見かけなかった。定期的な仕事の見込みがあるからこそ、目を皿のようにして旨みある他の依頼を探す必要がないからかもしれない。


「鉱山が閉鎖され、討伐隊が度々に募集されているのは魍魎の出現が頻繁だからだ。それ故に実入りのよい仕事である反面、魍魎との戦いは避けられないのが常」


 しかし、と彼女は自分の語る内容の示すところは分からない顔で、


「魍魎の数が極端に少ない時があるそうなのだ。魍魎は天地の澱みから生じる怪異、余程清浄な気にでも当てられぬ限りは自然消滅など易々とせぬのだが」


 私自身も魍魎退治は何度か経験し、それで得た知識によれば、あの化け物は何処にでも簡単に発生するものではない。

 人でも動物でもいい、強い思念を宿した呪具・遺品の類を媒介に現れる化け物である。西方大陸では『低級魔族』と呼ばれるものの湧き方に近い。

 そうして一度地上に這い出た、湧いて出たものは狩り取らなければ消滅しない点も共通しているようだ。


 ──そう、ある意味答えは出ている。 


「貴女の聞いた話、どうやら私の得た情報で補足できそうだ」


 役場の窓口で聞いた話を要約する。

 討伐依頼を受けるでもなく、役所にセンジョウザンの様子を聞きに来る武芸者らしき者が複数いる事。

 そして山の現状を知りたがるのであれば、討伐隊と関係なく入山を繰り返しているのではないかという推測を添えて。


「魍魎は彼らに、山に入る際の邪魔者として狩られているのではないかな」

「それはまた……何故にそのような事を」

「さて」


 一応の推測は立てているが、確信には遠いので伏せておく。 


「魍魎退治は武芸者にとって飯の種。その機会を放棄しているなどと利に合わん。ここは魍魎の山、妖怪変化が化かしたわけでもあるまいに」


 考え込むイヌイ殿を見つめつつ思索する。

 彼女の話が事実なら、件の討伐隊に参加しない集団はかなり積極的に魍魎を狩っている事になる。

 それは可能性のひとつ『秘密の希少鉱から何かを発掘してくる説』を否定するものだ。目的地が決まっているなら往路復路のみを駆除すればいい、手広く魍魎を狩って討伐隊の戦果を減少させる必要はないはずである。


 魍魎を物ともせず打ち倒し、入山を繰り返す集団。

 ──となると可能性は二つ。


 アリハマでの活動を見るに、オオヅナが人と金を集めて組織を作ろうとしていたのは間違いないだろう。

 ならオオヅナはここセンジョウザンでも同じように武芸者を手勢として集め、人の寄らないこの地に拠点の構築を目指している可能性。


(首都により近い場所での拠点作り。ワシュウ家に恨みを持つオオヅナが復讐のために……)


 ただしこれは夢物語に近い。

 目につかぬよう密かに集められる人間の数などたかが知れている。現に辺境のアリハマですら『オオヅナ団』の存在は人を集め過ぎた事で感知されていたのだ。

 首都近くともなれば人の目はさらに多く、耳も優れた聴覚を発揮するだろう。既に役所の受付嬢ですら、道理に合わない武芸者の行動を知っていたのだから。


 であれば、もうひとつの可能性。

 オオヅナが居ると目される地で暗躍する複数の武芸者。先の推測は主語を入れ替えても成立する。


 オオヅナが集めた、のではなく。

 オオヅナを探すために集められた、とも。


(オオヅナを討とうと集められた──いや、オオヅナを討つべくの可能性、か)


 センジョウザンを広範囲に動き回り、障害となる魍魎を排除している集団がいる可能性。

 私に残された時間は残り少ないのかもしれない。

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