第9話  カグヤ、次なる地を示す

──という事である」


 オオヅナと弟分の関係は切れていなかった事が生き残りの賊の証言で明らかになった。彼らによると、ガセン達はオオヅナの命令を受けアリハマ近くで人と金を集めていたとか。


 それはまるでいくさの準備をしていたような……ってかそれ以外に考えられないんですけど!


 控え目にいって大それた話になり、戦慄を禁じ得ない。仮面がなければ青ざめた表情がばれて神秘性は皆無になっていた事だろう。


「イヌイ殿、そもそもオオヅナという人物はどんな男だったのだ。私やカルラ殿は知りようがない」

「…………分かった、事ここに至れば話すしかあるまい。だが他言無用に願いたい」


 散々迷っただろう事の分かる顔でイヌイさんは頷いた。

 いかにも堅物という印象の彼女だけど、知らない事の連続で驚きと戸惑いに心が揺れたのだろう。


「オオヅナはワシュウ家傍流の出自で、才気ありと本家に取り立てられた男だ」


 彼女の方が年下だが、生まれた時から本家で教育を受けていた事情からオオヅナの方が弟弟子にあたる関係だったらしい。

 国の重鎮を輩出する名門として文武両道を旨とする御家柄、そこに取り立てられたのだから余程才能があったのだろう。


「だが奴は才気に溺れた。他者を見下し、軽んじた挙句につまらぬ諍いで刀を抜き、相手を斬り殺したのだ」


 元々行状に問題ありとされていた彼はそれで縁切り、破門の流れ。おそらくは現実創作いずれにも珍しくもない事情。他人事絵空事ではよくある出来事、当事者にとっては前代未聞の不祥事だ。


「放逐される前、奴はワシュウ家の蔵から封印されていた妖刀を持ち出したのだ。それも先祖由来の曰く付き、『鬼の剣』を」


 歴史あるワシュウ家に伝わる、先祖由来の妖刀。

 どんな恐ろしい由来があるのか、控え目に申し上げて知りたくない。

 鬼道に手を染めていると世の中には呪いや怨念の引き起こす事件が存在するのを分かってしまうのだから。


「奴の足取りを追ううち、アリハマの町に『オオヅナ団』という盗賊団が出没するとの噂を聞きつけ、この地にやってきたのだが」

「オオヅナだと思っていた男はガセンなる男で、彼が件の『鬼の剣』を持っていた、と?」

「うむ、『鬼の剣』の片割れ『鬼爪おにづめ』に相違ない」


 片割れ。

 クリストさんと戦っていたオオヅナ改めガセンも『二振り』と漏らしていたように、『鬼の剣』なる妖刀は2本あるのだ。


「もう一振り、『鬼骨おにぼね』は洞穴内にも見当たらなかった。おそらくはオオヅナが所有しているのだろう」


 彼女の目的はオオヅナを討つ事、そして盗まれた『鬼の剣』二振りを取り戻す事だったという。

 この地で片方を取り戻す事は出来たが、当のオオヅナは行方知れず。『オオヅナ団』なる分かり易い手がかりも失い、さてどうするか──と思い悩んでいるのが現状だそうだ。

 

 クリストさんの質問が一息置いた間にわたしも疑問を投げてみる。


「では何故、其方は独りで賊の巣窟に?」

「……賊の群れなど、某ひとりで対処できると思ったからだが?」

「で、ではオオヅナ団の本拠地をどのように探り出し──」

「人が生きるのに水は必須。水場周辺を徹底的に洗っただけだが?」


 おかしい。

 あなたが予定外の乱入なんてしたせいで苦い薬をたくさん飲む羽目になったのに、なんとか罵声を浴びせず堪えていたというのに何故睨まれるのか。

 確かに怪しげな恰好をしているとは思うけど、これだって鬼道師としては標準的な服装のはずなのに。


「……おかしい」

「クリスト殿?」


 わたしの思いに応えてくれたかのようにクリストさんが呟いた。

 いや、内容は全然違ったけど。


「オオヅナはワシュウ家の魔剣を持ち出した事で追われる立場だったはず。にもかかわらず、何故『オオヅナ団』なる自分の名前を喧伝するような真似をしていたのだ?」


 言われてみればその通りだった。

 盗賊団が自分達の名前を売り、悪名を高める事で町人の逆らう気持ちを失わせる、抵抗する意志を萎えさせるのなら分かる。

 しかし追っ手を心配する身ならば別だ。略奪強殺で生計を立てる是非はともかく名前を捨て、目から逃れようとするのではないか。


 悪名を高めた理由も分からない。分からないが、不可解なのはオオヅナの側だけではない。


「奇怪な点は行政側にもある。『オオヅナ団』の名は官報にも記載され、アリハマの窮状は知れていた。されど──」

「イヌイ殿の話が事実ならワシュウ家はオオヅナを追っていたはずなのに、『オオヅナ団』の討伐には消極的。成程、矛盾する話だな」


 そう、オオヅナの存在は気付かれていたはずだ、機密でもなんでもない官報の類に暴れっぷりが書かれてしまう程。

 なのにワシュウ家はオオヅナ団の討伐に打って出なかった。オオヅナの始末と曰く付きの妖刀回収が目的だったはずなのに──


「……ひとつ仮説は立てられる」

「拝聴しよう、カルラ殿」


 ちらりとイヌイさんを見る。

 先程から口を挟んでこない事にも気になるけど、内容的に仮説を語った後の反応もちょっと怖いものがあったりする。


「あくまで仮説として言うが、オオヅナ団の名が広がったのは取り込んだ盗賊達の仕業だった可能性がある」


 オオヅナが悪名を広げる事に利が無い。

 だとすれば、クリストさんに難癖付けた鼻包帯男のように力づくで仲間に入る事を強要された賊が悪名を利用し吹聴した可能性は否定できない。組織は大きくなれば末端まで目端が利かなくなると言うし、現に鼻包帯男は悪名を使って町娘を脅していたのだから。


「そしてワシュウ家がオオヅナ団の存在に気付きながらも何故に討伐の兵を出さずにいた、むしろ抑える動きに出ていたか、それは」


 唾を飲み込み、次の台詞を一息で言い切る。


「オオヅナ団の頭目はため、慎重に見極めていたのではあるまいか」

「……はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのはイヌイさん。


「交渉事か、或いは遊興か。オオヅナは己が外で活動する事もあったのだろう。その際にガセンを影武者に据えておったのでは」


 盗まれた妖刀は二振り。

 それぞれが一本ずつ所有し『オオヅナ』を演じる。しかしいずれ片方しか洞穴にいない時に攻め落とした場合、もう片方には逃げられるのではないか。

 取り逃がしたのがオオヅナであれば今度こそ名を変え身を隠すかもしれない。


 ワシュウ家は先祖由来の刀を取り戻し、家名に傷をつけた男を是が非でも討つべく慎重に慎重を重ねていたのではないだろうか。


「興味深い見解ではあるが……」

「うむ、あくまで手元の情報を組み合わせた推測に過ぎぬがな」


 わたし達の視線の先で頭を抱えているイヌイさん。

 もし今の推測が正しければ、彼女がやったのはお家の立てた計画の邪魔だった事になるのだから無理もない。

 まあ推測は推測でしかなく事実かは分からないのだけど。


「こ、これでもし、オオヅナを討ち『鬼の剣』を取り戻す算段が失われたとすれば、某は……」

「──なんとしてもオオヅナを見つけ出し、討たねばなるまいな」

「……クリス殿?」

「オオヅナは討たねばならない。オオヅナ団の討伐を為した、囚われた者達は救い出した。しかしこれでは毒蛇の頭を残したに等しい」


 クリストさんの決意にイヌイさんは顔を上げる。


「『魔王』の軍勢は滅ぼした。しかしまた何処かで同じ事を繰り返すかもしれん。だから私は彼の足取りを追う、そして『魔王』を討つ」

「クリス殿……」


 うん、分かってた、あなたならそう言い出すと分かってた。

 それはもう諦めてたから、オオヅナが再び組織を作ろうなんてする前に倒してしまいたいのも同意します、切実に。

 一方、彼の熱意に打たれたのか顔を少し紅潮させたイヌイさんが慌てて噛みつくように反論の声を上げた。


「だ、だが奴の足取りなど、どうやって──」

「──それについては、我が手を打とう」


 やるべき事なら仕方ない、ちゃっちゃとやってしまおう感が滲み出るのを抑え、努めて感情を殺した神秘性を前面に押し出して彼女を制止する。


「手があるのか? カルラ殿」

「無論。その妖刀があればこそ、因果を辿る事が出来よう」

「『鬼爪』を? 貴様、いったい何をするつもりだ」


 妖刀を話題にされた事に訝しるイヌイさん。

 いや、見て分かりませんか、こんな面を被っているわたしの素性。


「イヌイ殿。カルラ殿は鬼道師なのですよ」

「鬼道……まさか占いでもしようと申すか!」


 それ以外に何をすると思ったのか。


「だが鬼道は『小道』、個々の詳細な運命を辿るのは不得手だと言うではないか!」


 流石はワシュウ家のお嬢様、文武両道を由とするお家の生まれ。御家柄から鬼道についての知識も持っているらしい。

 ただし見解が少々浅い、占術とは人のみを見るとは限らない。


「我が行うのは『小道』の看破に非ず。『遺失物の探索』である」


 わざと気取った言い方をしているが、要するに『失せ物探し』の事だ。占いをやっていると恋愛相談に次ぐ需要がある。

 そして人の運命に比べれば物品の運命は辿り易い。何しろ自分の意志を持たないので不確定要素が少なく、尋ねられるのもほとんどの場合『どこにあるか』という位置情報で済むからだ。


「イヌイ殿、妖刀を暫し我に預けてもらいたい」

「な、馬鹿な事を! これはワシュウ家が長年封印してきた──」

「イヌイ殿、私からも頼む」

「そ、そういう事なら仕方ない。少しだけだぞ」


 なんだこの扱いの差。

 そんなにいかがわしいと思われているのかわたしは……いまいち釈然としないまま妖刀の包みを受け取る。

 途端に走る『ぞわり』という感覚。この妖刀が纏う魔力、どうもわたしには生理的に合わないようだが、そうも言ってはいられない。


 この妖刀とオオヅナが持っているはずの片割れが同時期に作られた対の存在であれば、強い縁で結ばれているはず。


「我辿るはえにしの糸、我手繰りは遠しき意図、巡り巡りて会遇せよ」


 呪言と共に五色の石を地面に投げ打つ。転がった石の位置や散らばり具合で卦を読み取るこれは、霊的に繋がりある妖刀のお蔭でかなり正確に


「……南西、鉱山……廃坑? 捨てられた場所、集まる、怪異」


 頭の中で地図を広げる。この地より南西に位置する廃鉱山のある場所、鉱脈があるはずなのに廃棄された山。


「……卦が示したのは都の北西」


 その地名は官報で見た事があった。

 豊富な鉱山資源を魑魅魍魎の発生で一時的に諦めせざるを得なくなった山。

 故に別名・魍魎山。

 ユマトに点在する霊気妖気渦巻く土地の中で、現在活性化が激しいと言われている山。


「センジョウザン。おそらくそこに『鬼の剣』が、其れを携えるオオヅナが居る」


 って今回も色々ひやひやしたのに、魑魅魍魎がわんさか湧く山なんて盗賊の巣穴よりもずっと危険な場所じゃないですかー!


 やっだぁぁぁぁぁぁ!!!

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