第2話  クリストに試練は課せられた


 広間に通された後。

 村長から2時間ほどの化粧時間と前置きされたものの、実際に姫君との会席は30分も待たずに実現した。


「……ほぅ」


 最初に漏れたのは、驚きと関心の混ざった感情の吐息。

 村長が語ったのに限らず、貴人とは何かと着飾るものである。服装のみならず化粧も同様、それは城住まいの私にとっても日常的な光景であり、多大な労力に支えられた儀式に近しいものだと認識していた。


 しかし、目の前に現れた姫君は。

 星の輝きすら写し取れそうな長い黒髪、白磁の如き滑らかな肌、濃い藍色をした瞳に可憐な口元。

 噂通りの美しさを持っていたが、それらを飾る化粧、引き立てる化粧っ気がまるで無かった事に驚かされた。

 唇に僅かな紅を差す、その程度で己の美を引き出していたのだ。


 その飾らなさは服装にも表れる。

 ユマト国の貴人女性は幾重にも重ねた着物を彩り、己が美貌の一因として着飾る事を聞き知っていたのだが、この少女は女官が着るような簡素な衣装に身を包み、それでいて決して美しさを損なっていない。

 いや、むしろ貴き女性としての儚さと少女の瞳が持つ力強さが調和している。


 私は国元で幾多もの貴人、祝宴を賑わせる壁の花、美を飾る事に長けた貴婦人達を見慣れた身であるが、それらが如何に作られた美の産物であったかを改めて気付かされた。


「……成程、これは美しい」


 思わず漏れた私の声に、当のカグヤ姫は何ら関心を抱かなかったようだ。

 それが称える言葉に慣れたが故か、私の心の奥底まで見抜き、美を勘違いしていた愚かさに見ぬ振りをしてくれたのかは分からないが。


「お初にお目にかかる、クリストと申します。此度は私のために時間を戴き、感謝申し上げる」

「カグヤと申します。失礼ですが、クリスト様は何処いずこの国からこのユマトの地に?」


 姫にも私が求婚者としてこの場に居るのは伝わっているはずだが、まずば無難な話題に風を向けてくれた。

 興味本位の私にはありがたい。


「ユマトより西方の大陸、ファルデン公国から参りました」

「まあ、ファルデンですか」

「ファルデンをご存知で?」

「少しですが、宝石と細工の国であると」


 その通り、ファルデンの細工品は各国の貴族や上流階級の人間には高級品として知られている。

 村長も地方領主閥の一員であれば知っていても不思議は


「古代エスタリアの流れを組む宝石魔術の継承国。かつて猛威を振るった北方蛮族の討伐に魔術の力を示し、オクスタル王国より独立を認められたため公国としての歴史は浅いですが、公王家としての歴史は大陸でも有数だとか」

「え、ええ」

「他にも書物で読み知った事ですが──」


 姫と出会って僅かの間、私は二度目の驚きに包まれた。


「ユマトでも宝石、玉は占術鬼道にも用いますが──」

「わたくしも鬼道、ユマト国の魔術を修めておりまして──」

「ええ、チュウユ央国との国境沿いで小競り合いが深刻化する前に──」


 彼女が知識に造詣が深い『本の虫』である事は村長から聞いており、いわゆる『深窓の令嬢』だと思っていた。

 私に覚えのある『深窓の令嬢』は詩歌や物語を好み、悲喜劇に泣き笑う、文学の世界に浸る事を好む者達ばかり。

 しかしこの姫君はどうだろう、学問は言うに及ばず、世情に詳しく、いや、その見識は他国の歴史や文化にまで通じていた。

 ここに至るまで、彼女について聞いた噂は見目の麗しさを称えたものばかりだったがとんでもない。


 才女。

 宮廷に仕えるどの女官よりも秀でた、才能に溢れる女性。


 私は己の予想が外れた事を認め、そして欲した。

 この優れた女性を国元に招き、自身の伴侶として傍に置きたいと。


「カグヤ殿、まずは興味本位でこの地を訪れた非礼をお詫びしたい」

「……」

「そして改めて、貴女に求婚の申し入れを許していただきたい」


 歓談の場に静寂が満ちる。

 この聡明なる女性の事だ、或いは私の僅かな時間における変心を見抜き、声なき追及で自省を促しているのかもしれない──その真偽を確かめる術もなかったが。

 やがて姫が口を開く。


「──光栄な事です。ですがわたしくも未熟者、あなた様の言葉で御心が何処にあるのかを推し量る事は出来ません」


 話には聞いていた。

 彼女に求婚した者は、その心構えを試されると。


「ひと時の迷い、浮ついた思いで我が身を欲したのではないと納得させて欲しいのです」


 だが、本心から彼女を欲しての願いだ。

 どのような試練であろうと、それを果たすと心に誓う。


 ほんの刹那、カグヤ姫は言葉を探るように唇を噤み、


「……魔王を倒し、囚われの姫を助け出してください」




 ……………………




 不意を突かれ、反応が遅れたのは事実である。

 噂に聞いた限り、カグヤ姫の課す難題とは『何かしらの品を探し出す事』であったからだ。

 にもかかわらず、私の耳に飛び込んだのは実に珍妙な課題。

 『魔王を倒し、虜囚たる姫君を救い出せ』──はて、これはどういった意味か。

 魔王とは、囚われの姫とは、まるで見当もつかない。

 つかないが。


「…………貴女の心を射止めるべく、必ずや果たしてご覧にいれましょう」


(それが姫の求める私に対する期待であるなら)


 私は我が名に懸けて魔王とやらを倒し、囚われた哀れな姫君とやらを救い出してこの地に連れ戻る事を決意するのだった。

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