第十話 「本物の指令室っぽい。」



「それにしてもすごい設備ですよね。本物の指令室っぽい。正義の味方の基地っぽいです!」


 レオは入り口の正面に対して設置されている巨大なモニターや凹型に並ぶオペレーション用の座席等々を今一度眺め、遊園地に初めて来た子供のように興奮を隠しきれずきょろきょろと見渡す。


「いや、一応本物の指令室なんだが……」


 大鳳とレオの会話に各々の座席で作業を行っていた数名のスタッフたちが苦笑をする。なかなか雰囲気のよさそうな職場環境のようだった。


 レオの中にはもう彼らに対する猜疑心はなくなりつつあった。


「それで、あのー、わたしそろそろ寮に帰りたいんですけど」


「そうだな。今日はもう用件は済んだことだしな。里香君、彼女を例のところへ案内してやってくれ」


「了解しました」


「それからレオ君。今日のことは絶対に誰にも口外しないでほしい。デウスの出現に関しても市民の混乱を防ぐために情報操作をかけているぐらいだ。この基地のことも、君の手にした力のことも他には漏らさないように頼む」


「誰にも……?」


「そうだ、例え親しい友人や家族にもだ」


 大鳳は念を押すようにそう言った。


「そうですね! 正体の秘密はヒーローのお約束ですものね!」

「いや、危険が及ぶ可能性があるからなんだが……まあいいや」


 キラキラと目を輝かせるレオに大鳳は間の抜けた顔でそう答えた。




 指令室を出たレオは里香とともに廊下を歩く。


「ところで、わたしこの格好で帰らないといけないんでしょうか?」


 健診着のままだったレオは気になって訊ねた。

 だが、よく考えれば更衣室でレオを待っているのは嫌な感じで汗に濡れたスーツなので、このままで帰るのもやぶさかではないなと思い直す。


「いいえ、きちんと着替えてから帰ってもらうわよ。その健診衣はうちの備品だから敷地外に持ち出されては困るの」


「そういう理由ですか……」


 どこまでも事務的な里香の発言だった。


「ついたわ」


 気が付くとそこは初めに着替えをした更衣室の扉の前だった。


「ちょっと待っててね。もうすぐだと思うから」

「何がですか……ん?」


 背後からつんつんと肩を突かれたような気がして、レオは振り返る。


「…………」


 そこには目の細い小柄な白髪頭の老人が佇んでおり、綺麗に折りたたまれたオレンジ色のスーツ一式をレオに手渡してきた。


「あ、鶴屋さん。ご苦労様です」


 里香が朗らかな顔で老人に会釈をする。


「え?」


 ふわりと香る洗剤の匂い。ほんわかとした温かみのある生地の柔らかさ。


「これ……もしかして洗濯してくれたんですか?」

「…………」


 微笑みながら無言で頷く老人。


「わあ、ありがとうございます!」


 レオは清潔になったスーツに顔を埋めて礼を言う。


「彼は鶴屋さん。こんなふうに基地の職員たちが仕事をしやすいよう身のまわりの世話をよくやってくれているの。彼の淹れる紅茶とお菓子は絶品よ。今度あなたもぜひ食べてみるといいわ」


「そうなんですかー。楽しみです!」


 役割を終え、静かに去っていく好々爺にレオは職人の背中を見た。




「このエレベーターに乗れば江田園学園寮の館内に直接入ることができるわ。正規の入り口は今度追って連絡するから、非常時以外ではそっちを使うようにしてね」


 着替えた後、うねうねと歩き回った末に辿り着いた扉の横にあるボタンを押し、里香は言った。


「基地と寮が繋がっているんですか?」


「日本支部にはもう一人適合者がいると言ったでしょう? 彼女も江田園学園に通っていて女子寮に住んでいるの。デウスとの戦闘は寮の門限を過ぎることも多々あるし、移動の利便性を考慮して予算を捻出して設置したのよ」


 すげー国家の力、マジすげー。


「ちなみに彼女は今、中国で現れたデウスの掃討に行っているから顔合わせは明日、いえ、正確には今日の午後以降になると思うけど」


「中国……海外まで行くこともあるんですか?」


「ええ。この基地の管轄範囲は東アジア全土だから。現地の軍部隊で対応できない場合は適合者に出撃命令が下る仕組みになっているの」


「東アジア……随分広いんですね」


「まあ、他の基地にいる適合者は一人で北米大陸を担当しているからそれと比べれば狭い方よ。しばらくの間は二人で日本支部に所属してもらうことになるから、次回出撃時の前には会うことになるでしょう」


「次回っていつですか?」


「さあ、どうなるかしらね。何日もなかったりすることもあれば毎日続くこともあるし。デウスの発生は本当に神出鬼没だから。ひょっとしたら今からまたどこかで出現してもおかしくはないわね」


 やはりヒーローとは勤務時間が定まらない職業らしい。ヒーロー番組の主人公たちに無職が多いのも納得がいく。


「そういえば、寮に繋がってるってことはここってそんな遠い場所じゃないんですか? 結構長い間車に乗ってたような気がしたんですけど」


「それは機密保持のためにあえて迂回させたの。部外者で協力的かどうかもわからなかったあなたに時間間隔で基地の所在地を把握されては困るからね。この基地の存在は一応、機密事項なのよ」


「なるほどそういう……」


「あと、これを渡しておくわ」


 里香から手渡されたのは長方形の電子端末だった。


「司令部との連絡にはこれを使うようにしてね。一般の携帯端末だと盗聴される恐れもあるから。基地の中の案内や細かい説明をするためにまた一度来てもらわないといけないんだけど。その際にはこの端末にメールするから」


「了解です! ……って、盗聴って誰にされるんですか?」


 まさかデウスにそんな高等な知能と技術があるのだろうか。

 レオは疑問に思い訊ねる。


「人類も一枚岩じゃないのよ。共通の敵に立ち向かっていても隙を突いて他者を陥れようと画策する輩はいつだって一定数いる。スケイルギアの力を欲しがっている他国の諜報機関だったり、現政権に不満のある他派閥の回し者だったり、いろいろとね」


「そんな……お互いの足を引っ張り合ってる場合じゃないのに。どうしてそんなことをするんですか?」


「そういうものよ、人間って。人類全体の危機にも関わらず、自分の我欲を優先して満たそうとする救いようのない連中の方が多いのがこの世界。だけどそんな者たちも含めて守って行かなきゃいけないのが私たちの役目。……気が進まなくなった?」


「いえ。大丈夫ですよ。世の中にはどうにもならないことってありますもんね。仕方ないことです。うんうん」


 レオは即座に割り切り、澄み切った笑顔を里香に向ける。

 この世界には理不尽で矛盾していることなどたくさんある。

 そのことはよく知っている。


 だけど同時に希望も必ず存在している。

 悪も、何もかもを超越したヒーローがいる。その存在がある限り、レオがこの世界に見切りをつけることはない。


「そ、そう。ならいいけれど……」

「じゃ、今日は帰ります。副指令さん、これからよろしくお願いしますね」


 丁寧に一礼をして、レオは寮に繋がっているというエレベーターに乗り込む。


 ドアが閉まる直前に見た里香の顔は、なぜか異形を見るかのようなたじろいだ表情だった。

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