03-2 「恋人とする」マッサージ

 放課後、寮の「なんちゃって個室」で、リンとしばらく雑談した。チョコを出してやったらなんだかずいぶん喜んで機嫌が良くなったから、女子は不思議だ。


「なあリンお前。お前、俺をしもべだと思ってるのか?」


 頃合いを計って切り出す。


「どうしてそれを……」


 リンが青くなる。どうやら興奮して自分でバラしたことは、あらかた忘れているようだ。下を向いてしばらく考えてから、口を開いた。


「別に、たいそうな用事をさせるつもりはない。お腹が空いたらご飯をくれて、遊びたいときはかまってくれて……。その……肩や首をなでなでしてくれるとか。それだけでいいんだ」

「へえ……。しもべというより、恋人……てか同棲カップルみたいだけど」

「そ、そうかな……」

「そうさ。……まあいいや。今、撫でてやろうか。胸で良ければ」

「イヤだよ。いやらしい」


 心底、嫌そうに眺められた。


「それはちゃんと、そういう発……状態になってからじゃないと」

「状態……」

「うん。今だったら……そう、肩揉みがいい。それなら人型でも気持ちいいから」

「人型……」

「ほら、揉んでみなよ」

「あ、ああ」


 リンはくるっと後ろを向いた。エッチな感じにならないよう注意して、肩を揉んでみた。


「あー、そうそう。なかなかうまいじゃん」

「子供の頃、父親や母親の肩をよく揉まされたからな」


 あの頃の母親の笑顔を思い出して、心が痛んだ。


「へえ……」


 気持ち良さそうに、リンは目をつぶっている。


「ちょっと凝ってるな」

「そうさ。ここんところ四つ足になってないしな。二足歩行は肩が凝って凝って」


 愚痴がこぼれた。


「四つ足?」

「えとその……マットに手を着いて、体を伸ばすの。ヨガ教室に最近行ってないってこと」


 なんか知らんが、汗をかいて焦っている。


「ふーん。花音もヨガで四つ足になるのか?」

「花音……。いや、姫様は一生二足歩行。王族だから」

「花音は王族なのか?」

「えっ誰から聞いた?」


「お前じゃん」と思いつつ、力を込めて肩を揉み下した。


「あーそこそこ。いい感じ」

「花音が王族だって、サミエルが噂してて」


 とりあえずデタラメに逃げる。


「そりゃ知ってるさ。鷹崎の親父は王家に食い込みたがって、一部の超過激派と契約したんだ。王家を説得してくれたら、過激派に協力するって」

「えっ? サミエルはマジで知ってるのか」

「あたりまえだろ」


 笑われた。


「説得したら、なんに協力してくれるんだ、サミエルの親父は」

「そりゃ人類の……。って、言えるわけないだろ。ニンゲンなんかに」

「そうか……。はい。終わったぞ」

「うん。ありがと……」


 深く息を吐くと、リンはお茶をおいしそうに飲んだ。


「ねっ……ねえ。次は足の裏を揉んでくれない。その……リフレクソロジーね。凝っちゃってさあ、靴履いてると」

「いいよ」


 ベッドに座らせて、膝の上に足を伸ばさせた。先の丸いボールペンのキャップで、紺ソックスの足の裏を揉んでやった。痛みと気持ち良さが入り交じった感覚に、リンは身悶えする。


 いろいろ訊き出そうとしたが、ぼんやりとした抽象的な話くらいしか引き出せなかった。十分も揉みほぐしてやるとすっかりクタクタになってしまい、リンはベッドにへなへなと倒れ込んだ。はあはあと荒い息で、制服の胸が大きく上下している。


「気持ち良かったか」

「あ、ああ……。お前、うまいな……じゃらすのが」


 夢心地といった声だ。


「ついでに胸も揉んでやろうか」

「うん、お願い……って。む、胸っ!?」


 ガバッと起き直った。


「そうさ、凝ってるかもしれないし」

「バ、バカ言うんじゃないよ」


 急速に頬が染まった。


「それに……俺にもご褒美が欲しいというか」

「ご褒美?」

「そうさ。こんだけ奉仕させて、はいそれまでよってのはないだろ。お前、人間は薄情だって言ってたけど、リンのほうが、よっぽど薄情じゃん」

「あ、あたしは薄情じゃないぞ」


 ムキになって言い張る。


「……ならいいよ。ちょっとだけなら」


 胸を突き出した。


「ほら、揉みなよ」


 ヤケクソで大声を出す。


「そうそう。素直になればいいんだよ。男に揉まれると大きくなるらしいぞ」

「ほ、本当?」

「そうさ。リンの胸、かなり控えめなんだから、俺が育ててやるよ」

「誰が貧乳さっ、このっ!」


 手に噛みつかれた。こないだより強く。


「いたっ! たたたたたたたっ」


 なんとか振りほどいた。歯が食い込んで、血が滲んでいる。


「お前、容赦ないな。噛みつくとき」

「気にしてること言うからだろ」


 ツンと横を向く。


「ごめん」

「もういいや……」


 ようやく笑顔が戻ってきた。


「気持ち良かったのはたしかだし。よくやってくれたとは思うもん」

「また肩揉んでやるよ」

「うん。じゃあご褒美にお弁当、作ってあげる。それと……」


 もじもじした。


「これあげるから、もっと勉強しといてねっ」


 本を手渡された。「恋人とふたりでするリラックスマッサージ」というタイトルだ。うれしいのかうれしくないのかわからん。これは奴隷扱いなのか、恋人扱いなのか。

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