07-3 神明学園コンパニオンアニマル祭

「ほら伊羅将くん、行くんでしょ、学園祭に」

「あ、ああ」


 レイリィに促され、伊羅将は玄関を出た。太陽が眩しい。抗アレルギー薬を処方の三倍くらい放り込んだので、ふらふらする。頭もぼーっとなって、誰もが浮かれる春の陽気というのに、今ひとつ楽しげな感慨は湧かない。


 あれから学校を休んで三日間も家を探しまくったが、それらしい珠は出てこなかった。今日は四月二十四日。花音の誕生日、つまりサミエルとの結婚式まで、ちょうど一週間しかない。一介の高校生に、それを止める方法はあるだろうか。


 ――いざとなれば、花音を連れ出してやる。貯金をはたけば一か月くらいはネカフェか安ホテルにいられるだろうから、それから戻ってくればいいんだ。


 その一点に、伊羅将は最後の希望を懸けていた。


 レイリィは、とあるアーチストのツアーTシャツを着ている。ネットを徘徊して見つけ出したらしい。復讐を誓った妖怪の皇女であるのに、マンガとネットで、すっかりミーハーなグータラ生活に染まっている。


 今日は金髪を隠さず瞳も黄金に輝いているから、派手な色でグループ名を書き殴ったTシャツが、よく似合っている。シャツの上には渋い紺のパーカーを羽織っているが、大きな胸はもちろん覆い切れずに、巨乳が誇らしげに存在をアピールしている。


 ふらつく足で駅前を抜ける。すでにコンパニオンアニマル祭は始まっていて、学園の周囲には人だかりができていた。校門には「歓迎! CA祭」と書かれたアーチが取り付けられている。待ち合わせ場所のつるっぱげ銅像に行くと、リンが不機嫌そうに腕を組んで待っていた。


「遅いー」

「わ、悪い悪い。薬がなかなか見当たらなくて」

「……やっぱりこいつも来たのか」


 レイリィを睨んでいる。


「はあ。こんにちわー」

「なんだよあんた。ヅラとカラコンなんかして」

「かわいい?」

「知らないよ」


 ツンと横を向いた。


「もう噛みつくなよな。んがあ――っとか」

「お前が悪いんだ。あたしという、か、彼女がいるのに浮気なんて……」


 うつむきがちに、ぎゅっと袖を掴んでくる。


「……今日は殊勝じゃないか。なんだか調子が狂うぞ」

「な、なんか恥ずかしくなった。か、彼女宣言してから」


 伊羅将は思い出した。「あたしが本当の彼女になる」と宣言したリンを。


「それより行こうぜ。花音とも相談があるし」


 コンパニオンアニマル科は、CA校舎と呼ばれる、独自の学び舎を持っている。動物実習が多いので教室の作りが特殊だし、飼育ケージが並ぶので、どうしても臭いがする。それを嫌がる一部の普通科生徒に配慮したためだ。


 コンパニオンアニマル祭はこの校舎を主に用い、あとは校庭や体育館をコマ割りしてイベントスペースに当てている。普通科の生徒は、それぞれ友達などを通じて適当なクラスや部活を手伝うか、あるいは観客となって練り歩くのが一般的だ。


 初めて入るCA校舎は、天井が高くて明るく、気持ちのいい雰囲気だった。玄関ロビーは吹き抜けで、天窓から光が差している。当然だが女子が多い。しかも普通科より美少女の割合が高い。噂どおりだ。女子の香りとかすかな動物臭とが入り混じり、独特の匂いが漂っている。


 三人が最初に入ったのは、犬のトリミング実演展示をしている教室だ。大型犬から小型犬まで、きれいにトリミングされた犬がケージに並んでいる。中央では女子が三人取り囲んで、大型犬を今まさにトリミングの最中だ。


「あっだめえっ、動いちゃ。耳を切っちゃう」

「いいよ切っても。あとで縫い付けとくから」

「どうせなら長くして、うさちゃんみたいにしよう」

「あはははっ」


 物騒な会話を楽しげに交している。まるでコントだ。


「犬はいいな。体型がいろいろだから、トリミングも似合うし」


 リンが呟く。


「ネコもトリミングってするのか?」

「普通はシャンプーくらいだろ。デザインカットすると、だいたいヘンになるし」

「それにそもそも、ネコは自分で舐めてきれいにするお利口さんだしねえ」

「そうそう。なんだ気が合うな。……あんた嫌いだけど」


 レイリィが楽しげに笑った。


「リンも自分で体中舐めるのか?」

「う、うん。たまにね」

「俺が舐めてやろうか」

「バッバカッ。あ、あたしはニンゲンだ。オスに舐めてもらうなんて」

「じゃあ諦めて、レイリィを舐めて我慢するか」

「へえー、そんなこと言うの珍しい。……いいよ私。あとでお布団でね」

「ダ、ダメだ。……なら、あたしが舐めさせてあげる。その……恥ずかしいから腕だけだぞ」

「なら今度、寮の部屋に来たときな」

「あっああ……」


 なんかもじもじしてかわいい。ブルーに沈んだ伊羅将も、少しだけ救われた気分になる。


 次に覗いたのは大きな階段状の視聴覚教室で、「犬猫ファン対決」というバラエティーイベントをしていた。犬派と猫派が激論し、観覧客が爆笑している。


「この手はだいたい『なあなあ』で終わるんだよな。はっきりネコの勝ちにしてほしいのに」


 リンが愚痴る。


「あっイラくんだ。イラくーん……。こんなところにいたの」


 花音と陽芽が合流した。


「リンちゃん……も一緒なんだ」


 首を傾げて、花音が微笑んだ。


「ひ、姫様……」

「同じ学年の友達でしょ。ここでは」


 リンの手をぎゅっと握る。


「そうでした。姫花音さん」


 わけわからなくなってるな。


「なあ花音、あとで相談があるんだ」

「いいよ、イラくん。花音もイラくんにお願いがあるし」


 次に覗いた教室には、「ハムスター命」とデカデカと張り紙がされていた。各種のハムスターが個別にケージに入れられ、その愛らしさについて事細かく記述した説明書きが付いている。


 おおむね「ハムスターはここが優れている・かわいい」的な記述なのだが、いちいちネコと対比させて持ち上げているのが、ちょっと奇妙だ。


 たとえば「自分勝手に始終寝まくるネコに比べ、ハムスターは夜行性。ご主人様が帰宅してから、せいいっぱい一緒に遊ぶぞっ!」とか「にゃあにゃあとうるさいネコに比べ、鳴かないので静かでかわいい」、あるいは「ゴールデンハムスターはご主人様によく懐く。気まぐれなネコよりずっとかわいい」とか。


 伊羅将と一緒に回っている四人はすべて猫又関係者なので、なんとなく居心地が悪そうだ。コンパニオンアニマル科での人気がやはり犬やネコに偏っているので、対抗したいのだろうか。


「……生徒が書いたの?」


 来訪者に一所懸命、ハムスターの素晴らしさについて力説している女子に尋ねると、そうだと頷く。ハムスター部の部長が書いたらしい。


「そんな部活あるんだ」

「そうですわ、お兄様。コンパニオンアニマル科の生徒を中心に、爬虫類部とか、昆虫部とか」

「そうそう。爬虫類部なんか内部でケンカしちゃって、ワニ部、ヘビ部、トカゲ部、カメ研究会、カエル研究会に分派したし」

「カエルは両生類だろ、リン」

「ああそうか。まあいいや」


 リンは豪快に笑い飛ばした。


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