第43話 才能の青田買いは大事です

「キミ、うちの部に入らない?」

「は、はあ」

 そんな勧誘を受けたのは文化祭まで一週間を切った辺りだった。

「いや、割と真面目な話」

「え、そう何ですか?」

「そうだよ!」

 怒られた。

「いや、最初はさ、正直もっと低いところから引き上げる事を想定してたんだよ。演劇の経験も無いって言うしね。ところが、だよ」

 部長は黎をびしっと指差して、

「ところがだ。君の演技を見てみると、まあ上手いんだ。勿論、プロとかと比べたらまだまだだとは思うよ?でも、素人とは思えない。正直、演劇部に欲しい逸材だよ」

「あ、ありがとうございます?」

 黎は取り敢えず礼を述べる。そんな事はお構いなしに部長が続ける。

「欲しいと言えばあの子も欲しいね」

 遠くを眺める。その視線の先には久遠が居た。

「最初はそうでも無かったんだ。ド素人って感じじゃなかったけど、それに毛が生えた位。だから、どうかなーって思ってた」 

 そこで言葉を切り、

「でも、蓋を開けてみたら、あら、びっくり。教えるたびにどんどん上達していくんだ。そろそろ私に教えることは無いかもしれんのう」

 ふぉっふぉっふぉと笑う。部長は時々謎のキャラが入る人だった。

「あのー……」

「ん、なんじゃ?」

 部長はまだ仙人のままだった。有りもしないヒゲを撫でる動きまでしている。

「部長さんとその、伊織……牛込君ってどういう関係なんですか?」

 何となく気になっていた事を尋ねる。幾ら伊織の顔が広いとはいえ、相手は三年生だ。久遠と琴音の様に昔からの友人というならばともかく、それ以外だと関わりを持つ可能性はぐっと低くなる。同じ部活というのなら話は別だが、伊織が演劇部に入っているという話は聞いた事が無い。

 だから、本人に訪ねる。しかし、

「さあ?」

 知らなかった。

「いやいやいや……え、それなら何故、牛込君と一緒に?」

「それは勿論、かの者に頼まれたからじゃよ」

「頼まれた……?」

 部長は腕を組んで「うむ」と頷き、

「彼はな、突然儂のクラスにやってきたんじゃ」

「え」

「それで、儂を呼び、こう言った『頼みが有るんですが』とな」

 黎は話を遮るように、

「ちょ、ちょっと待ってください」

 部長は不満げに、

「なんじゃ」

「え、伊織と部長さんって知り合いじゃないんですか?」

「全然」

 初耳だった。ただ、思い返してみれば、伊織が「自分の知り合い」として部長を紹介した記憶は無い。

「って事は部長さんは、知り合いでも何でもない伊織の頼みを聞いたって事ですか?」

「まあ、そういう事になる」

「それは……何でですか?」

 黎は当たり前の疑問をぶつける。部長と伊織は全くの無関係。それならば、その頼みを聞いたのにもなんらかの理由があるはずである。まさかただの厚意で演技指導までしてはくれないはずだ。

 そんな問いかけに部長はあっさりと、

「金じゃ」

「金!?」

「あ、いや、直接現金を受け取った訳では無いぞ?」

「は、はあ」

「最初はな、そんなに真面目に聞いていなかったんじゃ。でもな、話を聞いていくうちに生徒会長の名前まで出てくるではないか。それならば、仲良くなっておくのも損は無いと思ってな」

 黎は漸くぴんときて、

「予算で融通を聞いてもらおうと……?」

 部長はわっはっはと笑い。

「まあそういう可能性に掛けた、というのが理由の一つじゃな」

「一つ……って事は、他にもあるんですか?」

「ん?んー……」

 部長は腕を組んだままメトロノームの様に左右に触れて、

「後はそうだな……演技を教えるという事自体が好き……っていうのもあるかな」

「そう、なんですか?」

「そうそう」

 気が付くと、仙人のような口調は取れていた。その語りは彼女の本音を表しているような気がして、

「さて、そろそろ練習を再開しなくてはの」

 部長はわざとらしく「よっこらせ」と言いながら立ち上がり、

「行こ?」

 黎の方を振り向き、手を差し伸べた。



◇      ◇      ◇



「うん。いいと思う」

 文化祭の前日。リハーサルを見た奏の感想がこれだった。

「そ、そう?」

「そうよ。私が認めるんだから自信を持ってよ。これでもびっくりしてるんだから」

「そうなんですか?」

「そうよ。いや、ある程度のものにはなると思ってたよ?でもここまで上手くなるとは思ってなかった。いやいや、びっくりだ」

 両手を広げて驚いたようなポーズをする。黎は苦笑しながら、

「まあ、僕らだけの力ってわけじゃないですからね……」

「ん?それは一体、」

 その時、

「やあやあ、呼んだかな?」

 部長が黎と久遠の間からひょっこりと顔を出す。

「うわっ!?」

「きゃっ!?」

 余りに気配が無さ過ぎて二人して驚いて、飛びのいてしまう。部長は不満げに、

「何だい、酷いな。折角リハーサルを見にきてあげたのに」

「いや、そんな急に出てこられたら誰だってこういう反応になりますって……」

「そうかい?」

 奏が不思議そうに、

「その人は誰?」

「あ、えっとですねこの人は「青洋学院演劇部の部長だよ」うちの……はい、そういう事です」

 何故この人は他人の説明に割って入るだろうか。既に何度も見た光景なのでいい加減慣れてしまったが。

「部長さん……」

 奏は何かに気が付き、

「あ、もしかして、」

「はい、ちょっとの間ですけど、演技の指導なんかを担当しました」

「ふーん……なるほどねぇ」

 検品でもするように部長を眺め、

「そうだ、」

 黎の方を向き、

「はいこれ」

 鍵を差し出してくる。

「これ……って何ですか?」

「何って、屋上の鍵」

 そう言ってずいっと差し出してくる。黎は流石に無視するわけにも行かず、それを受け取り、

「それで、これは一体」

「そうだ部長さん!」

 黎の言葉をぶったぎって、

「私さ、こう見えても演劇の脚本とか書いてるんだけど、良かったら読んで、感想を聞かせ欲しいんだ。どうかな?」

 部長は一瞬きょとんとするも、

「……いいですよ。私で良ければ」

 直ぐにぱあっと笑顔になって快諾する。

「あの」

「それじゃ、早速行こうか。うん、すぐ行こう」

 奏は部長の手をがっしと掴んで早歩きで、

「あ、屋上。今日誰も使う予定ないから、ゆっくりして大丈夫だよ~」

 そんな言葉だけを残して去っていく。

沈黙。これは、どうしたらいいのだろうか。

「……はあ、相変わらず勝手なんだから」

 久遠は一つため息をついて、

「取り敢えず、屋上行きましょうか?今なら眺めも良いでしょうし」

 そう提案する。もう彼女に取って奏の突飛な行動は慣れっこらしかった。

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