第八章

第41話 恋人の姿はどれだけ眺めても飽きない物だ

「……と、いう事になりました。改めて、何か質問のある人はいますか?」

 金曜日。臨時に招集をかけた会議のさなか。久遠は生徒会室の中心で堂々と司会進行をしていた。その内容は文化祭の特別枠について。

 無事に奏の協力を取り付けられた昨日、具体的に決まった事は三つだった。

 一つ目は、特別枠は奏の脚本(実際には殆どアレンジを加えるだけにはなるが)で演劇をやるという事。これは問題ない。朱葉というペンネームは反応が鈍かったが、流石に公太郎の方は受けが良く、異議を述べる生徒は居なかった。

 二つ目は、その演劇の主演を久遠と黎が務めるという事。これに関しては幾つか疑問の声が上がった。当たり前だ。久遠は生徒会長だからともかく、黎はただの平役員だ。しかし、それも久遠が「奏たっての願い」だと言った時点で殆ど無くなっていた。実際の所は黎から切り出した話なのだが、全く疑われないのは日ごろの行いが良いからなのだろう。

 そして三つ目は、この内容自体を暫くの間伏せておくという物だった。これを提案したのは奏。彼女の言葉を借りるならば「だって、二人が主演だって分かってたら、最初から何かたくらんでるんじゃないかって思うじゃない。なんなら妨害もされるかもしれない。そうならない様にしたいでしょ?」との事。事実、久遠の母親からは一回妨害に近い事をされている。だから、黎も、久遠も、言われた通りにすることにしたのだった。

「あのー……」

 が、流石に疑問は出てしまうようだ。一年生の男子がおずおずと手を上げる。

「なにかしら、中村君」

 久遠はするりと名前を呼ぶ。どうやら一年生は覚えたようだ。

「えっと……」

 中村は少し戸惑い、

「内容を伏せておくって言うのは分かったんですけど……パンフレットとかはどうすればいいんでしょうか?」

「それは……」

 パンフレット。学校の内外問わず来場者全員に配られる物。文化祭で行われる催し物や、模擬店等を全て網羅したその印刷物には当然、特別枠の事も書かれる事になる。

 しかし、来場者全員に配られるという事は当然、久遠の母親にも渡される事になる。そうなると演劇が始まる前に久遠や黎が出演する事がバレてしまう事にもなりかねない。それでは隠す意味が、

「勿論、そこにはちゃんと内容を書くわ」

「分かりました。ありがとうございます」

 え。

 黎は思わず久遠の方を見る。

「他に何か質問あるかしら?」

 その顔は最後まで涼しいままだった。



          ◇      ◇      ◇



「久遠さん」

 会議後、黎は室内から人が居なくなるのを見計らって声を掛ける。久遠は相変わらずノートPCとにらめっこしていたが、顔を上げると、

「ん、なあに?」

「いや、なあに?じゃなくてですね……」

 久遠は首を傾げる。その顔には明らかに「?」マークが浮かんでいた。

「良いんですか?パンフレットをお母さんが見たら、」

 久遠は「ああ」と納得し、

「大丈夫」

「大丈夫って……パンフレットは来る人皆に配られるんですよ?」

「そうよ。でも、大丈夫。だって、演者とかは書かないから」

「え、でもさっき内容を書くって」

 肯定。

「内容は、ね。でも、演者とか脚本については一切書くつもりは無いわ。まあ、任せて」

 そう言ってにっこりと笑う久遠。その笑顔はとても魅力的で、

「そ、そうなんですか。それならいいんですけど」

「?」

 つい、返事がぎこちなくなってしまう。これではいけない。学院の中ではあくまで生徒会長と一生徒会役員でしかないのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

「そ、それじゃ、僕はこれで」

 挨拶だけして、くるりと振り返り、

「あ、待って!」

 帰路に着こうとしたところで、腕をがっしと掴まれる。黎は振り向き、

「な、何でしょう?」

 久遠はやや俯いて、

「そ、その……」

 小さな声で、

「これ、あとちょっとで終わる……から、一緒に帰らない?」

 そう誘う。これは、なんだ。反則じゃないか。

「……学院内では、普通に、じゃなかったんですか?」

 だから、意地悪くも反撃する。久遠は消え入りそうな声で、

「生徒会長と、役員だって、一緒に帰る事位。あ、あってもいいと思う、ん、だけど」

 反論する。いやそれは……通らないだろう。彼女はいつも一人で生徒会室に残って作業をし、誰かとつるむこと無く帰っていたじゃないか。そんな彼女が、今まで殆ど会話の無かった黎と一緒に下校するなんて、おかしなことだ。でも、

「分かりました」

 その誘いを断るなんて事は、どうしても出来なかった。久遠は途端に元気になり、

「やった。それじゃ、直ぐに終わらせちゃうね」

 再びノートPCと向き合う。その様子は実に真剣だった。

 


          ◇      ◇      ◇



「終わったわ。ごめんなさい、待たせちゃって」

 暫くして久遠がPCの電源を落としながらそう告げる。

「あ、もう?早いね」

 久遠は首を傾げ、

「そう?結構かかったと思うけど」

「そうだっけ?」

 今度は黎が首を傾げる。はて、そんなに時間が掛かっていただろうか、少なくとも黎自身の体感としては数分程度だったような気がするのだが。その間も真剣なまなざしで生徒会の仕事をこなす久遠を眺めていたから余り退屈はしなかった。

 そんな事を考えているうちに久遠は手早く帰り支度を終え、

「取り敢えず、帰ろうか?」

 黎の方を伺ってくる。

「そうだね。行こうか」

 真剣に考えるような事でもない。黎は思考をどこかに放り投げ、久遠と一緒に生徒会室を、

「あ」

「お、何だ二人一緒か」

 出たところで担任の王とばったり出くわす。久遠はぺこりとお辞儀をして、

「はい。先生もお疲れ様です」

 王は笑い飛ばし、

「やだなお疲れだなんて。私がそんなお疲れになるまで仕事をするとでも思うか?」

 自分の担任ながら酷い教師だと改めて思う。まあ、こういう方が生徒には人気が出るのだろうが。

「そういえば、」

 王は視線を黎の方へと移し、

「お前、こいつと付き合ってるのか?」

「……は?」

 一瞬思考が止まる。内容がスムーズに入ってこない。そんな動揺した黎に変わって久遠が、

「ど、ど、どうして、そ、そう思うんですか?」

 答えない方が良かったかもしれない。しゃべるだけボロが出そうな感じだった。王はその反応に若干驚きつつも、

「い、いや。だって今回の演劇、二人が主役をやるんだろ?」

「は、はい」

「いや、別にそれ自体は良いんだ。元々うちの生徒が出演するっていう話だったし、細かい部分での変更が無くっていい。でも、主演で、しかも今まで余り接点が無かった二人がってなると、まあ、そんな気がしてだな」

 王は続ける。

「それにだ。この間だってそうだ。高々生徒会の付き合い程度だったら職員室まで乗り込んでこないだろ?しかも奏とまで話を付けてきたし……」

 黎はおずおずと、

「あのー……」

「ん、なんだ?」

「先生と奏さんって、知り合いなんですか?」

 王は目をぱちぱちして、

「知らないのか?」

「は、はい」

 王は「ふーん」と呟いて、

「アイツはな、ここの生徒だったんだよ」

「そ、そうだったんですか?」

「そうだ。それで、まあ、一応知り合い、みたいなもんだ」

 途中から王は明らかに誤魔化しにかかった。視線は泳ぎ、手は行き場を失くして髪を弄り、声も尻すぼみ。

「知り合いって」

「そんな事より!」

「うわっ」

 びっくり。王はいきなり大声で話題を変え、

「どうなんだ、実際の所?」

「どうなんだ、とは?」

「とぼけんなって。付き合ってるかどうか、だよ」

「あー……」

 どうやら彼女の興味はそこにしかないらしい。そして、自分に都合の悪い事は話す気が無いと来た。

「そうです」「どうでしょうね?って久遠さん!?」

 意外な所から不意打ちを食らった。

「だ、だって、先生には隠す事じゃないかなって」

「いや、でも」

 これは黎の勘でしかないが、目の前に居るこの教師は間違いなく口が軽い。それこそ「他の奴には言うなよ?」でガンガンばらしてしまうタイプだろう。そんな事になったら一番困るのは久遠ではないのか。しかし、そんな事を本人の前で言う訳にも行かず、どうしようかと困っていると、

「くっくっくっ……あっはっはっはっは!」

「先生……?」

 王は笑いをこらえながら、

「あっはっは……いやー……雨ノ森妹に彼氏が出来るとしたらどんな奴だろうなとは思ってたが、まさか星守とはなぁ。いやいや、びっくりだ」

 黎は思わず、

「笑う程ですか……」

「ああ、いやいや」

 王は手で制し、

「おかしい、という訳じゃない。ただ、奴もこんなところから伏兵が現れるとは思ってなかっただろうなと思うとおかしくてな」

「は、はあ」

 王は、話を今だに飲み下せない黎を放置して、

「それで、恋人同士で演劇をすると。その理由はやっぱりあの人か?」

 久遠に語り掛ける。

「……はい」

 王は深くため息をついて、

「何て言うか、大変だな」

「い、いえ、そこまででは」

「ホントの所は?」

「……大変です、ね」

 王は苦笑して、

「ま、頑張んな。何か有ったら私に言ってくれれば、欠席数回ならもみ消してやるからさ」

 そう言って、去っていった。

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