第15話 枕投げだって立派な使い方だ

 夜。黎は元・自分の部屋に蒲団を引き、その上にどっかと座り、部屋の中をぐるりと眺める。

 本棚は空白が目立ち、ベッドが有った部分はぽっかりと空白になっている。定期的に戻ってくる事も有り、カーテンは掛かっているが、生活感は全くと言っていいほどない。ただ、掃除だけはきっちりと行き届いているようで埃一つ無かった。きっと葵によるものだろう。

 そう、葵。結局、彼女には「今度帰ってきた時、二人でデートする約束」を取り付けさせられた。母親と出かける事を“デート”と呼ぶのが正しいのかは分からないが、実際彼女が着飾って黎の隣に並んだら親子というより姉弟だと思う人の方が多いだろう。何なら恋人の方がしっくり来るくらいだ。

 妹・朱莉の方はというと、生徒会長の下りを聞いてから口数が少なくなってしまっていた。その時の様子からするに、怒っているという事は無いと思うのだが、

 コンコン

 部屋のドアをノックする音がする。誰……いや、どっちだろう。

「はい?」

『朱莉です。あの、今大丈夫ですか?』

 朱莉だった。まあ葵ならもっと強引に押しかけてきそうな気もする。

「大丈夫。鍵は開いてるからどうぞ」

「……失礼します」

 ドアを開けて朱莉が現れる。既に寝間着姿で、その手に持っているのは、枕?

 朱莉は、後ろ手にドアを閉めて、部屋の中に入り、

「よっ」

 黎の座っていた隣にちょこんと腰掛け、持っていた枕を置いて、

「ちょっと待って」

「何ですか?」

 それはこっちが聞きたい。

「えっと、何で枕?」

「そんなの寝る為に決まってるじゃないですか。黎はそれ以外に枕を使うんですか?」

 当然の事を指摘しただけなのに、「そんな事聞くなんて頭おかしいんじゃないですか?」みたいな返しをされてしまった。

「いや、そんな事は無いけど……」

「それなら、問題は解決しましたね。よかったです」

 朱莉はそう言って掛布団をがばりと持ち上げてもそもそと潜りこむ。どうやら本当にここで寝るつもりらしい。

「まあ、いいけど……でも、まだ寝ないよ?」

「あ、お構いなく。朱莉、ちょっとやそっとの物音じゃ起きないので」

「はぁ」

 それはどういう意味だ。目覚ましでは起きないから頭にタライでも落せということか。

 蒲団の中でもぞもぞとベストなポジションを探していた朱莉は、ぴたっと動きを止めると黎の方を向いて、

「ちょっと聞いていいですか?」

「ん?何?」

 朱莉は、少し内容を頭の中で整理し、

「生徒会長と打ち合わせって言ってましたよね」

「うん、言ったね」

「黎は、その生徒会長を助けたい、とも言いました」

「そうだね」

「その生徒会長を助けるのは黎、貴方の意思ですか?」

「意思……?」

 問われてふと、考える。生徒会長を助ける、というのは嘘だ。久遠には会う。でもそれは生徒会とは何の関係も無いし、彼女を助ける事にもつながらない。だから、そこに「助ける意思」は介在しない。

 もし、生徒会長としての久遠が窮地に立たされていたらどうするだろうか。久遠、いや、刹那が仲良くしているのはあくまで“遥”であって、“黎”ではない。だから、いきなり力になりたいと言っても驚かれてしまうかもしれない。しかし、

「……うん。僕の意思だ、と思う」

 久遠を助けたい。その意思だけは変わることが無い。“黎”は久遠と殆ど話した事はない。それでも、力を貸すくらいなら出来るはずだ。

 そんな意思を聞いた朱莉はふっと表情を和らげ、

「そう、ですか。それは、良い事ですね」

 ふっと仰向けになり、

「黎は良い人です。でも、朱莉は黎が自らの意思で誰かに力を貸す所は初めて見ました」

「そう、だっけ」

「そうです。だから、応援してあげます。まあ朱莉には大したことは出来ませんけど」

「ありがとう」

 返事は無い。代わりに小さな寝息が聞こえてくる。

「本当に寝に来たんだな……」

 黎は掛布団を朱莉の肩までかけ、

「おやすみ」

 そんな言葉はきっと彼女には届いていない。それでもいい。黎が言いたかっただけだから。

「さて……」

 おやすみを言っておいてなんだが、黎も既にやる事が無い。せいぜいが持ってきた小説を読む位だ。アニメだって今日は見る物が無い。

 黎はバッグを漁り、

(これ読んで、眠くなったら寝よう)

 一冊の小説を取り出す。その作者は“公太郎”。久遠が教えてくれた王天人の別名義。彼女ほどでは無いけれど黎だって王天人のファンなのだ。やっぱり気になる。

「――別名義、か」

 久遠は言っていた。王天人と公太郎は同一人物だと。少なくとも、以前黎が王天人に着いて調べた時はそんな事実が見つかる事は無かった。

 しかし、今はその時と違う。黎は別名義を知っている。例え本人が隠していたとしても、噂位にはなる物だ。特に、作風というのは隠しにくい。

 漫画と小説。媒体によって名義を変える作家。もしかしたら、久遠が知らないだけで、さらに別の名義で、全く違う媒体の作品を作っている、という可能性もあるのではないだろうか。例えばゲームとか。思いついたら、ぐんぐん好奇心が膨らんでくる。

「調べてみるか」

 幾ら二つの名義を知っているからと言って、そこから芋づる式に見つかるとは思い難い。それでも、調べてみないと気が済まない。もやもやする。

 黎は自らのスマフォを取り出し、

「お」

 メールだ。送り主は……雨ノ森久遠。どうやら生徒会のメーリングリストを使った一斉送信の物らしい。内容は、青洋祭における「特別枠」について。どうやら今年は教師ではなく久遠自らの伝手をたどって人を呼ぶことになったらしい。なるほど、彼女ならそれが出来るだろう。

 このメールは返信の必要性がない。取り敢えず消えないように保護した上で「生徒会」と名付けたフォルダに移動しておく。これでよし。

 さて、続きだ。黎はメールを閉じるとネットに接続し、「王天人」「公太郎」「別名義」と検索した。

「おぉ……」 

 検索には結構な数のサイトがヒットした。そのほとんどがまとめサイトか、その元となった掲示板といった按配だが、やっぱり気が付く人は気が付くみたいだ。

 取り敢えず、適当なページを開いて追っていく。どこも大体が「公太郎」デビュー時の物で「公太郎って作家、王天人じゃね?」なんてスレばかりだ。それはもう知っている。  

やっぱりそんなに簡単に見つかる物でもないのだろうか。それとも、この二つしか名義が無いのだろうか。そんな風に諦観し、次のページを見たらやめよう。そう決心して開いたサイトが纏めていたスレッドは意外にも最近の物だった。日付は今年の一月。そのタイトルは、


「劇作家の朱葉あけはって、小説家の公太郎だよな」

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