風邪の時にアレするとすごいらしい(後編)

「ツルツルスベスベって表現、エロくない?」


「知らない」


「当店自慢の化粧水は、塗った瞬間お肌がツルツルスベスベです!」


「それはローションとしても使えるの?」


「使えますよ!」


「使えないと思う」


〜〜


「さぁ〜新年初売り!本日お持ちいたしましたのは、このズワイガニ!みてください!大きな足!さぞかし身が詰まっていることでしょう!」


「あの」


「いまならこのズワイガニ、三杯で千五百円!」


「あの」


「お買い上げですか!?」


「あの、どなたですか」


「申し遅れました!私、何でも押し売隊の隊長、嶺井風香と申します!以後お見知り置きを!電話番号は0120」


「言わなくていいですよ」


と、いうわけで。


店内に戻った俺たちを待っていたのは、厚かましいセールスマンだった。


身長はやや高め。百七十に少し足りないくらい。赤色のスーツ、黄色のネクタイ。ピンク色の髪の毛。やかましいにもほどがあるスタイルだ。


「渡辺くん。知り合いですか?」


「違う」


「私も知らない」


花上さんの声が、死にかけみたいになっていた。やはり、相当きつい上に、さっきそこそこはしゃいだのが響いたらしい。


「あの、嶺井さん」


「風香隊長とお呼びください!」


「隊員でもないのに?」


「しかしこの女、ケツがでかいですね。絶対安産型ですよ」


「突然どうしたの外木場さん」


下ネタを言われて気がついたけど、この嶺井さんとかいう人、何だか下ネタオーラを感じないな。もしかして、初のまともなキャラクターか?


……いや、さすがにハードルが下がりすぎか。


「ところでズワイガニ、どうですか?」


「あの、三杯で千五百円ってあまりに安すぎないですか?」


「そうなんですよ!何人も人が死にました」


「えっ、なにそれ」


「あ〜。あの件のズワイガニ」


「納得しないで外木場さん」


うちの妹、関わってないだろうな……。


「渡辺くん。このズワイガニは美味しいですよ」


「そうなの?」


「食べ終わった後、ハサミで乳首を挟むプレイもできますし」


「しないけどね」


「あの、渡辺さん。お買い上げ頂けますか?」


「いやぁ。俺、カニあんまり好きじゃないんだよね」


「そんなんだから中折れするんですよ」


「中折れ以前の問題だけどね」


俺はとりあえず、二人を店の奥に追いやる。花上さんにはしっかりと、静かなところで寝てもらいたい。


「えーっと、渡辺さんの下の名前は?」


「乳首ぐんぐん伸び夫です」


「おーいデタラメ言うなよ」


「えっと、略して乳首さんでよろしいでしょうか」


「センスの欠片もないですね」


「そうなんです!次に取り出したるはこの扇子!」


そう言うと、嶺井さんは着ている服のポケットから、折りたたまれた扇子を取り出した。


「乳首さん、この時期に扇子なんて……って思ったでしょう?」


「乳首さんはやめてほしいなって思いました」


「でもこの扇子、魔法の扇子で、扇ぐだけで何と、お金持ちになれるんです!」


……。


詐欺だ!


「外木場さん。この人ヤバくない?」


「ヤバイですよ。私を遥かに上回ってます」


「なにを上回ってるかは訊かないでおくよ」


「別に生理日が上回ってるとかそういうことじゃないので安心してください」


「それって上回るとかいうの?」


突然、風が吹いた。


嶺井さんが俺を扇いでいる。しかしながら季節は冬。加えて言うなら、この貧乏喫茶に暖房なんて近未来の物はない。


「……あの、寒いからやめてくれません?」


「でもこれで金持ちになれますよ」


「はぁ」


「私が」


「扇ぐ側がなるんですか」


そんなとんちみたいな仕打ちをされるとは思わなかった。じゃあ今の俺は、ただ寒いだけじゃないか。


「嶺井さん。ちなみにその扇子はおいくらになるのでしょうか」


「税込九万二千五百円です」


「解散」


俺のその一声で、外木場さんは嶺井さんを店の外に連れ出し、中から鍵を閉めた。


バンバンとドアを叩く音が聞こえるが、無視することにする。


「ゴホッ……うぐぅ……」


……と思ったけど、花上さんがいたんだった。この音が続くのは避けたい。


仕方なく俺は、外木場さんに花上さんを任せて、外に出ることに。


「今ならこのメリケンサックが五円!」


「器物損害で訴えますよ」


「じゃあ一円!」


「そういう話じゃないんですけど……」


とりあえず俺は、やかましい嶺井さんを掴み、少し先の公園のベンチまで引っ張ってきた。


「……ぐすっ……ひぅんっ……」


えぇ……泣いてる……。


「……」


「……あの、嶺井さん」


「ズワイガニ、腐っちゃいます」


「……」


「扇子、売れなさすぎて、もう壊れそうなんです」


「……」


「……」


今日はとても寒い。そういえば朝妹が、「お兄ちゃん!今日はすごい寒いんだって!息子が縮んじゃうね!」って、意味のないセリフを言っていたような気がする。


そんな寒い中、この沈黙はあまりにキツイ。


「あの、なんでラブドリームに?」


「無能すぎてまともな店には行かせてもらえないんです」


嶺井さんは遠い目をしている。さっきまでのハイテンションは、かなり無理をしていたらしい。


「私、入社して四年経つんです。でもずっとこんなんで、こないだようやく、紛争地帯の支部で社員が私以外全員殺されたから、日本に帰ってくることができたっていうのに、これならまだ、あの戦場で銃を構えていた方がマシでした」


「何なのその強烈な過去は」


「私、必要とされてないんでしょうか。この仕事、向いてないんでしょうか」


必要とされているかどうかはおいといて、その仕事は間違いなく向いてない。


とはさすがに言えなかった。


えっ、何だろうこの空気。下ネタが恋しい。


「呼びましたか?」


「えっ」


ベンチでふさぎこんでいた俺たちは、ゆっくりと顔を上げる。


……草薙さんが、そこにいた。


「いや、お兄さんが私を呼んだような気がしたんです」


「呼んでないけど、助かった」


「ホテルはどこですか?」


「違う違う」


「あっ、家でします?」


「違うんだよ草薙さん」


うわぁ下ネタがきて少し心が安らいでる自分を自覚したくない。


「あの……?」


「あぁ。この人は草薙さん。頭おかしいから気をつけて」


「おかしくなっちゃう〜!って感じです。よろしくお願いします」


「あぁ……どうも」


草薙さんは嶺井さんに手を差し出す。二人はゆっくりと握手を交わした。


……ほら泣けよ。


「お、お兄さん」


「なに」


「この人、下ネタの匂いがしません」


「うん」


する方がおかしいんだけどね。いかんせんメンツ的にイレギュラーだから、少数派だから。


「あの、お兄さん。私、この人と友達になります」


「どうぞ」


「えっ、そんな、私に友達なんて、同志ならまだしも……」


……なるほど。


この人は、戦闘キャラか。


だから隊長って呼べとかおかしなこと言ってたんだな……。見事に伏線が回収された。かなり強引に。


「大丈夫ですよ。ミリタリーのコスを頼むお客様もいますから」


「何も大丈夫じゃないよね」


「あの、草薙さんはどのような仕事を?」


「訊いちゃダメだよ嶺井さん」


「あっ、そうでしたか……」


俺は草薙さんの口をふさぐ。


「嶺井さん。そんなわけで、検討を祈るよ」


「はい……」


草薙さんの口を解放する。


「よしっ、嶺井さん。私とショッピングに行きましょ!」


「ショッピングですか……?そんな軽装で?」


「えっ、私が下着つけてないの気がついたんですね」


「それは軽装とは言わないんだけど」


そんなわけで、とりあえず問題は解決した。


……あれ、本題がぶっ飛んでるような?


まぁいいや、サブストーリーからクリアしていくのも攻略法の一つだし。ここは達成したから、俺は家に帰る。そして、引きこもる。


〜〜


「……花上さん、体調はどうですか?」


「大丈夫……じゃない」


「顔色悪いです」


「うん……」


「……まぁ、渡辺くんに抱きかかえられた時は、真っ赤でしたけどね」


「……ゴホッ」


「咳で誤魔化さないでください」


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