九十分一万五千円、ホテル代別(後編)

「胸がでかいとやっぱり肩凝るの?」


「凝るよ〜。だからたまにお客様に、胸のついでに肩も揉んでもらってる」


「何そのプレイ……」


〜〜


「このマカロニはメスだね」


「えっ、華子ちゃんどうしてわかるの?」


「だって、穴があるもん」


「なるほど〜」


なるほど〜。じゃあないんだよ。


バイキングが始まって、早二十分。二人は何も喋らず、黙々と高給そうな食材をちょっとずつ食べていたが、あらかたそれが終わったらしく、優雅に下ネタトークタイムへと移行した。


……ここ、高級なホテルのバイキングだよな?下ネタなんて話してて、大丈夫なのか?


「お客様すいません。あちらのお二人はお知り合いでしょうか」


ほら来た〜。


「あっ、えっと……」


「冗談ですよ渡辺くん」


「……外木場さん?」


外木場さんは、イタズラが成功した子供のように、ピースサインをしてくる。


「昨日ぶりですね」


「うん。で、何でここに?」


「できれば華子に見つかりたくないので、手短に話します」


「うん」


「実はここのホテル、経営難らしいんです。それこそラブドリームのように、いや、それ以上かも」


「……本当?」


ラブドリームは月に二千円くらいしか店の売り上げがないんだけど。ここがそうとは思えない。


「まぁ本当かどうかは自分の性器に聞いてください」


「何も語ってくれないと思うけど」


「私がここにいる理由は、花上さんと華子が関係してくるのですが……。まぁそれはいいです。伝えたいことはそれだけですから。また明日会いましょう」


「あっ、ちょっと」


止める前に、外木場さんは駆け出していってしまった。やはり足が速い。


ちょうど入れ替わるようにして、料理を盛り付けてきた二人が戻ってきた。


「ねぇお兄ちゃん」


「ん?」


「……首突っ込まない方がいいこともあるからね」


「……」


何なのこの妹……。隙あらば闇が深いんだけど……。


「お兄さん。突っ込むなら穴ですよ」


「草薙さんは馬鹿でよかったよ」


「お兄ちゃん。凛子ちゃんは一応旧帝だよ」


「えぇうそぉ」


俺が受験して落ちたところじゃんやだぁ。


……やだぁ。


「マカロニで一人エッチすることを、マカロニーって呼ぶのはどうかな」


「良い案だね!今度イベントの時使おうかな」


「そう思うとこのマカロニ、エロく思えてきたなぁ。穴があるだけじゃなくて、性具にもなるなんて……」


「マカロニがかわいそう……」


俺がマカロニだったら、間違いなく首を吊っているほどの屈辱だ。


「はい、お兄ちゃん。マカロニあげる。あーん」


「おいどこに近づけてんだ」


「話聞いてた?マカロニーだよ」


「しません」


「そっか、入らないよねこんなんじゃ……」


「そういう問題じゃなくてね」


「これちょうど乳首くらいなら入りますね。マカロニーは女性向けかもしれません」


「無駄な新発見だ」


まさかここのシェフも、マカロニがこんな扱いを受けているとは思っていないだろう。知ったら多分、これからマカロニ調理しづらいと思う。


「まぁ、二人ともマカロニは良いから。食べなよ」


「そういうお兄ちゃんも全然食べてないよ」


「少食なんですか?」


「あぁうん……。正直バイキングって言われても、そんなに食べられないんだよね」


「そういうお客様、多いんですよ。時間がまだ余ってても、一発出したら急に頭抱えちゃって……」


「一緒にしないでくれる?」


とりあえず俺は席を立ち、気分転換にデザートを取りに行く。やはり高級バイキングだけあって、輝きが違うフルーツとか、金粉が乗ってるケーキとか、そんなものが当たり前のように置いてある。


オレンジとショートケーキを一つずつ取って、席に戻った。


「おかえり。二回戦?」


「なんでいちいちそういう言い方になるの」


とりあえずショートケーキを一口。アホみたいにうまい。


「お兄さん。私もショートケーキ欲しいです」


「取りに行ったら?」


「できれば口移しで欲しいなぁって……」


「あーん、ならまだしもそれは無理があるよね」


いや、もちろん前者も無理だけどね。童貞がそんなことしたらバチが当たる。


「あーあもったいないお兄ちゃん。凛子ちゃんのテクすごいのに」


「高校生がテクとか言わない」


「私のテクはすごいですよ」


「大学生も」


「ちなみにお兄ちゃんは、無意識のうちに女の子を絶頂させることができるよね」


「そんな特殊能力を身につけた覚えはないんだけど」


ただでさえ身近に女性が多いのに、そんな能力があったら、エロゲーの主人公みたいになってしまう。


「あっ、だから私、さっきからウズウズするんですね」


「それは体質だと思うよ」


「ドジなのでうっかり絶頂してしまうかもしれません」


「それは絶対ドジじゃない」


全国のドジっ子が偏見を持たれてしまう。


「あっ、そのオレンジも美味しそうですね」


「……だから、取りに行けば良いのに」


草薙さんは一瞬迷った後、席を立った。華子が俺の方を見て、ため息をつく。


「わかってないなぁお兄ちゃん。女の子っていう生き物はね?とりあえず目に入ったものを、可愛いとか美味しそうとか言うの」


「そうなの?」


「男が目に入った女性を、ヤりたいとか、舐めたいとか言うのと同じだよ」


「そんなこと言わないんですけど」


思ってはいるかもしれないけどね。


「お兄ちゃんは草食系だからだよ」


「関係ないと思うよ」


不毛な話をしていたところ、草薙さんが戻ってきた、が、


……なぜか、服が赤色に染まっていた。


「……草薙さん、何してんの」


「せ、生理です」


「そんなダイナミックな生理あってたまるか」


「……その、フルーツコーナーの隣にあった、サラダコーナーのケチャップをうっかり」


「うっかり?」


まず少なくともケチャップを手に取らないと、この状況には陥らないと思うんだけど。ドジじゃなくて、何か憑いてるでしょもう。


「凛子ちゃん、とりあえず脱ごっか」


「あっ、はい」


「おいおい」


慣れたように服を脱ごうとする草薙さんを止める。


「どうして止めるんですかお客様。着衣希望でしたっけ?」


「目を覚まして草薙さん。俺はお客様じゃない」


「お兄ちゃんの性癖が露わになったね」


「なってない」


「ついでに私も露わな姿に」


「ならなくていい」


再び草薙さんを止める。しかし、ケチャップがついたままの服だと、過ごしづらいことは確かだ。


「あの、私、着替えの服あるので、着替えてきます」


「あぁうん」


「お兄ちゃん。二千円払えば目の前で着替えてくれるよ」


「だからなんなのそのサービスは」


「お兄さんならただでもいいですよ」


「いいから、早く着替えてきて」


「はーい」


草薙さんは駆け足でトイレに向かっていった。その途中、案の定こけて、ケチャップのついた服のまま、高そうな絨毯に思いっきりダイブしていたけど、さすがにその分の料金は取られないよね……?大丈夫だよね……?


「ようやく二人きりになれたね。お兄ちゃん」


「家ではいつも二人きりじゃん」


「いや、パパとママがいるでしょ」


「いるけど……」


二人はラブラブで、基本的にいつも二人行動だから、俺たちに干渉してこない。家には基本的にいるんだけど、寝室にいるし、何をしているかは想像したくない。が、もう一人兄弟ができてない以上、節度は守っているらしい。


「でも本当に少食だよねお兄ちゃん。キャバクラとか言ってもそんな感じ?」


「キャバクラには行かないけど、まぁ、だいたいどこに行ってもこんな感じかな」


「そうなんだ〜。キャバクラ行かないんだね」


「そっちが話の軸だったのかよ」


「まぁ普段がキャバクラみたいな生活だもんね」


「俺、何も得てないんだけど」


金を払って女の子と喋るという面だけを見れば、安いキャバクラと言えなくもないのか?いや、無理があるか。


「でもお兄ちゃん、外に出るようになったじゃん」


「……まぁ、うん」


「去年の十二月、あぁいや、一昨年か。急に浪人やめるなんて言い出してさ、結局受験はしたみたいだけど、案の定落ちて、塞ぎ込んで……。これでも結構心配してたんだよ?」


「華子……」


「今年はさ、働いてみたらどう?」


「うーん」


すぐに、働きます!と言えない自分があまりに情けなくて、涙が出そうだった。


「なんならうちの店で働く?」


「それだけは嫌だ」


「何で?時給高いよ?」


「社会の闇に触れたくない」


「社会の闇だけじゃなくて、傷心した女の子の体にも触れられるよ」


「それ、社会の闇に含まれてるよね」


ズブズブの関係になるやつだ。絶対に嫌だ。


「まぁとにかく、なに。元気にやっていこうよ」


華子は拳を前に突き出す。俺もそれに合わせて、コツンと拳をぶつけた。


「下の方もね、元気にヤッていこう!」


「なかなかいい話にならないね」


「お待たせしました〜」


「あっ、おかえ……」


帰ってきた草薙さんは、明らかに様子がおかしかった。ここに来た時の服装は、いたってシンプルな女子大生スタイルだったにも関わらず、今着ているそれは、まさに、そういう仕事をしている人が着るような、派手で、ヒラヒラしたものに変わっていたのだ。


「草薙さん、なにそれ」


「どれですか?」


「いや、服装」


「あぁ、これから仕事なので……」


「えっ」


「そういうわけでお兄ちゃん。ここら辺で私たちは御暇します!ゴチ!」


「ごちそうさまでしたお兄さん」


二人は颯爽と去っていこうとする。俺は華子を食い止めた。


「なにお兄ちゃん。時間に間に合わないんだけど」


「二人きりで用事があるんじゃなかったのか?」


「いや、私はこのドジっ子を無事にホテルまで送り届ける役割ってわけ。二人きりは確かに語弊があったね」


「心配しなくても良いのに華子ちゃん」


「無理無理。栄に行けって言われて、渋谷に行くような女の子、誰が信用できるの」


「……」


いきなりの急展開だったけど、徐々に頭が追いついてきた。うん。笑顔で送り届けよう。


「じゃあね。草薙さん。仕事頑張って」


「はい!仕事中はお兄さんのことを思い出して頑張りますね」


「それはお客さんに失礼だからやめてあげて」


こんな風にして一月二日は終わった。


……明日は、地獄喫茶だ。

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