魔窟と砂漠

 深水と姑カツ子さんは似たような短所を持っているが、正反対のところもある。

 それは物持ちの良さだ。そう言うと聞こえはいいが、要は捨てられない人か否か、である。


 カツ子さんの物持ちの良さはすごい。40をとうに過ぎた夫が生後百日に着た晴れ着も、幼い頃に遊んだオモチャもすべてとってある。それどころか彼女の結納の着物まであるという。家の中は至る所に物があり、どの引き出しもいっぱいだ。


 中でも冷蔵庫は最たるものである。

 夫は「あの扉の向こうは『魔窟』だ」と評する。夫の妹で小姑のコハル(仮名)も「この家は何を食わされるかわかんねぇ」とぼやく。つまり、賞味期限は見ないほうが幸せらしい。

 何度か深水も冷蔵庫を覗いてみたことがあるが、ずばり感想は『ゲームオーバー寸前のテトリス』であった。猫は狭いところが好きではあるが、私の入る隙間はなさそうだ。


 深水はというと、その正反対で『砂漠』である。

 冷蔵庫は冷凍保存か下処理をしてタッパーに入れてから冷蔵するので、がらんとしているのが常だ。

 3年着なかった服は処分する主義で、荷物も少ない。物がない殺風景な部屋が好きなのだ。床に物が落ちているなど言語道断である。弟には「お前の部屋は生活感がなさすぎて居心地が悪い」と言われたことがある。おそらく引越しの多い人生を歩んできたのが原因であるが、捨てすぎるのも困りものだ。


 そんな深水には何十年も使うあてのない物をとっておくカツ子さんが理解できない。


 つい先月、そのカツ子さんはぶつくさとこう漏らした。


「この前、おマサさんの遺品を片付けたらトラック2台分もあったの。本当に物を捨てない人だったわ」


 夫の実家から少し離れたところに住居兼店舗の平屋があり、おマサさんの遺品はずっとそこに眠っていたらしい。その中には齢74になる舅の産衣があったというのだから凄まじい。

 おマサさんというのは貧乏性だったようで、新しい服を入手しても箪笥の奥にしまいこみ、ボロボロの普段着を穴が開いても着ていたそうだ。なにせ先だった夫の下着を直して穿いていたというから、すごい。彼女が入院したとき、家族は「早くちゃんとした着替えを持っていかなきゃ。死んだじいちゃんの繕ったパンツを穿いていると知れたらとんだ恥だ」と慌てたそうだ。

 その結果、大量の新品の服が箪笥の肥やしとなり、おマサさんはそれらに一度も袖を通さないまま死んでいった。


 しかし、おマサさんが亡くなったのは10数年前の出来事である。干支が一周するほど遺品をほったらかしにしていたカツ子さんがおマサさんの捨てられない性格を非難できるのか。

 深水は「大変でしたね」と笑みを繕い、もしカツ子さんがこの世を去ったらトラック何台分の荷物が出てくるだろうと考えてしまった。夫の実家に行くたびに、周囲にあふれる物を見回しては「あれも捨てたい、これはリサイクルに出せる」などと考えている。そして必ず最後に「片付けるには1週間はかかりそうだ」とため息が漏れるのであった。

 風呂だって毎日少しずつ念入りに綺麗にしておけば大掃除もいらないのだが、人生そうはいかないらしい。


 さて、今宵はここらで風呂を出よう。


 猫が湯ざめをする前に。

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