ずっとずっと一緒に

「それって一体……どうして僕はそんなに寝てたんだ」


「どうしてって、筋ジストロフィーの治療法が確立するまでコールドスリープするって、そういう予定だったじゃない」


「それは……そうなんだけど……」


「ようやく最近になって完全にその方法が確立されたから、やっとミツルを目覚めさせることが出来たんだよ」


「そうなのか……」


「ミツル、嬉しくないの? やっと病気が治せるんだよ」


「あ、あぁいや、もちろん嬉しいよ!」


「そっか、そうだよね」


 マナは軽く僕に微笑みを向けたあと、ベッドの頭にあるパネルに触れた。するとベッドの背の部分がゆっくりと角度を変え、僕は上体を起すことが出来た。

 そして次にマナは僕の隣の壁にあるパネルらしきものに手を触れた。すると僕のすぐ壁の一部が透過し窓になった。


「ここは……」


 その窓の外に広がっていたのは麦畑の拡がる大地だった。なんだか見覚えのあるような光景だ。


「地球……なのか」


「うーん、ミツル大丈夫……? 本当に覚えてないの?」


「あ……いや……」


 そう言われてみると、だんだんと記憶が戻ってきた。僕は200年前に延命のためコールドスリープにつき、テロが起きたせいで最初スペースコロニーで目覚めることになった。そこからマナと共に地球に向かい、たどり着くとすぐに病気の治療が確立させるまで再びコールドスリープに入ったのだった。


「……なんだか急に思い出してきたよ」


「そう? 良かった。一時的に記憶が混乱したのかなぁ」


「……でも、何か全部を思い出せたって感じじゃない気もするけど」


「ふーん……?」


 マナは窓の外をじっと眺めている。


「それってさ、いい記憶なのかな。悪い記憶なのかな」


「え……?」


 どうだろう。思い出せないのだからそんな事分からないと思うのだが。


「うーん……どっちかと言えば悪い記憶だったような気がするな」


「そっか。だったらさ、思い出せなくてもいいんじゃない?」


「……そうかな」


「うん、きっとそうだよ」


 マナは振り向き僕に笑顔を向ける。彼女のふんわりとした笑顔を見るとそんな記憶のことなど確かに思い出せなくてもいいかなという気持ちになってきた。

 ふと窓の外にもう一度目を向けると大量の麦が風に吹かれて揺れていた。そういえば僕はいつから風というものを感じていないだろうか。


「マナ……外に、出てみたいな」


「あ、うん分かった。でもごめんね、あのアシストスーツ今調整中でね」


「え、そうなの?」


 調整中であるのならば仕方がない。しかしそれはつまりしばらく僕はこのまま寝たきりということなのか?


「でも大丈夫だよ。私が車椅子で連れていってあげるから」


「あぁ……」


 だから部屋の隅に車椅子が置かれていたのか。

 体は以前より少し悪化している。もう腕を上げるのさえも神経を使う。僕はマナの力を全面的に借りながら車椅子へと何とか移動することが出来た。


「じゃ、行こうか」


 マナは、不自由な僕の看病を嫌な顔ひとつせずこなしてくれる。むしろ何だか嬉しそうだ。

 マナに押されて僕は外に出た。麦畑が風でそよそよと揺れ水面のような模様を作り出していた。ひさしぶりに感じる風は僕達の髪を揺らし、肌をなで、服の中にまで舞い込んできてとても気持ちが良かった。

 そのまま僕達は坂道を下って畑と畑の間にある道を進んでいった。


「200年経っても地球って思ったよりも自然が残されているんだな」


「そうだね。人が少なくなったからじゃないかな」


 そういえば、誰かからそのことを、人が少なくなってしまった理由を聞いた気がする。確か人口爆発を懸念し、人類のほぼ全員が避妊手術を受けているのだ。

 少しの間そうやってマナに押されて散歩をしていると僕はあるものに気付いた。


「あの壁は一体何なんだ?」


 麦畑の更に遠方、そこには高い壁があり、それは一つの街をぐるりと一周しているんじゃないかというくらい広範囲に広がっているようだった。


「あぁ、あれは私の職場だよ」


「職場? 職場にあんなに広い敷地が必用なのか?」


 それになぜあんなに高い壁が必要なのだろう。


「うん。まぁ、企業機密だから詳しいことは言えないんだけどね」


「ふーん……」


 まぁ企業機密だといわれたなら、それ以上言及はしない方がいいだろう。僕はマナに養われている身なので迷惑を掛けるわけにはいかない。


「それにしてもよかった……」


「え……?」


 次の瞬間、車椅子が止められ後ろから僕の体にマナの腕が回ってきた。そしてマナの顔が僕の肩の上に乗せられる。


「やっと、これから私達の理想の生活が始められるね。200年も待ったかいがあったよ」


「うん……そうだね」


 僕はその200年分の気持ちを受け止めるようにマナの腕に左手で触れ彼女の顔に自身の頭を寄せた。



--------



 それから1週間後、僕は筋ジストロフィーの治療を受けた。

 治療とは言ってもナノマシンを腕から注射器で打ち込むだけであった。

 ナノマシンとは、目には見えないレベルの極小の機械で、体内に入るとプログラム通りに人体を治療したり、改変したりすることが可能なのだという。


 しかし、これで病気自体は一週間程度で直ってしまうものの、衰えた筋肉までが戻るわけではない。僕はその日から頑張ってリハビリを続け、約3ヶ月ほどで健常者と変わらないまでに体を動かせるようになった。


 それから僕は彼女の家で永遠のニート生活をする……というわけにもいかないし、別にそんなことは望んでいなかった。僕の最終学歴は中卒だったのでそこから高校へと進学することになった。


 とは言っても現代の子供の数は極端に少なくなってしまっている。当然のごとく1つの地域に学校が開けるほどの生徒数は集まらない。僕はデジタル空間上の学園で勉強することになったのだった。


 選ばれた者しか子孫を残せないこの世界、もちろんそこに通う生徒達はそんな親から遺伝子を受け継いだ優秀な子供ばかりだった。みんなについていくのはかなり大変だったが、気のいい奴ばかりで僕という過去の人間を差別することもなく、そこで僕はたくさんの友人を作ることが出来た。


 問題があるとすれば、その学校では実際に体を動かすスポーツが出来ないことだろうか。それどころかログイン中はずっとベッドの上で仰向けになっているので運動不足感は否めなかった。せっかくリハビリによって健常者と同程度の体力を手に入れたのにこのままでは体が鈍ってしまう。僕は毎日学校のログイン時間を終えると、家の周りをランニングすることが日課になった。


 ランニングを終えて汗を流すと、家の掃除、食事の準備などの家事をしたりしてマナが仕事から帰ってくるのを待った。一応学生ではあるのだが、養われている身だ。このくらいのことはやらないといけないだろう。

 彼女が帰宅すると僕は玄関まで毎日出迎えにいった。


「ただいまぁミツルぅ」


 最近マナの喋り方が妙に甘え口調だ。230歳を超えているというのにむしろ昔よりも幼くなっているようにも感じられる。


「おかえり。もうご飯は出来てるよ。お風呂も沸いてるけど」


「うん、今日もありがとぉ」


 食事を終えると僕達は2人でゲームをしたり何となく近所を散歩することが多かった。

 大気があるため、あのコロニーの中で見た星空に比べたら空に浮かぶ星の数は少なかったが、この地球はそれだけではないのだ。周りに広がる麦畑、虫たちの声、少しずつ形を変える雲、吹き抜ける風、夏を感じさせる匂い。五感すべてで感じる地球はなんだか心が洗われるようだった。



--------



「ねぇミツル、あの話考えてくれた?」


 とある日、うちの庭にある二人掛けのブランコに座って二人でボーッとゆっくり体を揺らしているとマナが話を振ってきた。


「ん……? あの話って?」


「ミツルが私と同じように不老になる話だよ」


「あぁ……」


 それは僕がこれまで何となく避けるようにしていた話題だった。


「ミツルは今の生活、どう思う?」


「え……?」


「何か不満があるなら言ってほしいけど」


「そんなの何もないよ」


「そっかぁ、よかったぁ」


 キーコキーコと金具と金具の擦れる音がする。


「もしこんな生活がずっと続いたら素敵だと思わない……?」


「うん……そうだね。わかったよ」


「え……?」


 いつまでも逃げているわけにもいかないだろう。僕は決心しマナを真っすぐに見つめた。


「僕も不老になろうと思う。そしてマナとずっとずっと一緒にいるよ」


「ホント!? やったぁ!!」


「わッ!?」


 マナが僕に飛びかかるように抱き着いてきた。


「約束だよぉ?」


「あぁ、もちろんだ」


 最初は不老に対する戸惑いもあった。しかしそれを否定する要素はこれまで考えてきた中で結局何も見つからなかった。僕は今幸せだ。こんなことがずっと続いていくのだとしたらそんなの不老になるに決まってるじゃないか。



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