正体

 エントランスホールにて僕はシズカと対峙していた。


「う……? ミツル……?」


 その場で意識を失っていたマナがやっと意識を回復させたらしい。


「マナ! 起きたか! やっとシズカさんを追い詰めたぞ!」


 僕の手にはその時、エイリの胸から引き抜いたナイフが握られていた。


「……!」


 マナは現在の状況を理解したようだった。


「ま、待ってミツル! 話したいことがあるの!」


「マナ……分かっているだろ、彼女はロウジンなんだ。ここで生き残れるのは二人だけ、彼女を殺さなくては駄目だ」


「そ、それはそうだけど……!」


「すまないが口論している場合じゃない。ここで決着をつけさせてもらう!」


 僕はシズカの姿に向けて、突っ込んでいった。


「これで終わりだ!」


「ダメー!」


 マナが声を上げたが、僕は彼女にナイフを振り下ろした。


「あぁッ! そ、そんな……」


 振り向くと、そこにはマナが絶望した顔をしていた。


「……残念だったねマナ。彼女はマナの同僚だったかもしれないけど」


「ち、違うの……」


「違うって……何が違うんだ?」


「これじゃあ駄目なんだよぉッ!」


「何を言っている……シズカさんを殺さなければ、僕達はどちらかが老化してしまうんだろ? これで僕達は助かる。それなのに何でそんなに絶望した顔をしているんだマナ」


「それは……」


 僕はシズカからナイフを引き抜いた。


「へ……?」


 マナはポカンとした顔でその様子を見た。


「き、傷が……ない?」


 シズカは僕がナイフを刺したにも関わらず、平然とその場に立ったままだった。


「な、なんで!?」


「……わからないか?」


「ハッ……!」


 その時マナはやっと気付いたようだった。


「まさかこれは……」


「それはホログラムよ」


 するとその時、食堂の扉から本物のシズカが姿を現した。マナは交互に僕とシズカに目を向ける。


「な、なぜ……一体どうしてこんなことをしたの!?」


 僕はマナのもとに歩みよっていった。


「ミ、ミツル……?」


「マナ。僕にはもう分かってしまったんだ。ロウジンの正体が」


「ロウジンの正体……? い、今更何を言ってるの? ロウジンの正体はシズカでしょ!?」


「違うよ……ロウジンの正体は……」


 僕はマナの目を真っ直ぐに見つめ、指差した。


「君だ、マナ」


「え……」


 マナは僕の言葉に目を丸くしていた。


「マナがシズカさんを助けようとしたのは、シズカさんが同僚として大事だからとかそんな理由じゃない。シズカさんが死んだらマナは次の21時に老化させる人間を失うことになる。だから僕が殺そうとするのを阻止しようとしたんだろ?」


 マナは少し視線を落とし何も返事をしようとしない。


「まぁ、僕を老化させることも出来るけど、マナはそんなことしたくないだろうし」


「ミツル……どうしてそんなこというの? なんで私がロウジンだとかそんなこと言い出すのかな……」


 マナはまるで僕の言葉に失望したような声を発した。


「……マナ、シュレイ博士が殺された日のことを思い出してみてくれ。ジンさんが殺されて全員ミーティングルームへ集合したあと、僕達は3人で博士の様子を見に行ったよな。その時、博士の部屋に彼女の姿はなく、部屋もまだ荒らされていなかった」


「……うん」


「そのあと二手に分かれて博士の捜索をしたわけだけど、そこで再び博士の部屋を訪ねてみると博士は背中を刺されて死んでいた。部屋もメチャクチャに荒らされていた。僕達が博士の部屋を訪ねてから再び戻るまで誰もその部屋には行けなかったはずなのに。結局あれは一体どうやって犯人が博士を殺したのか分からないままだった」


「……そうだね」


「そのトリックが分かったんだよ」


「トリック……?」


「僕達が最初に3人で博士の部屋を尋ねたとき、あの時すでに博士の部屋は荒らされ、彼女は殺されていたのさ」


「な、何それ。全然わけがわからないよ。そんなこと出来るわけないじゃない。あの時見た部屋は確かに博士の部屋だったよ」


 僕は船の船尾、貨物室の方向へと目を向けた。


「実はさっき、偶然貨物室でネズミを見つけてね」


「ネズミ……?」


「マナも覚えてるだろ? シュレイ博士の部屋の机の上にネズミが乗っていたこと。あのネズミは全然動かなくて、僕はその時それが死骸だと思い込んでいた。でもそれは違ったんだよ。あれは、あの部屋は丸ごと3Dスキャンされたホログラムだったんだ」


 僕は展望室でマナに見せられた地球の風景、ずっと遠くまで広がる麦畑のことを思い出した。あの風景はそれが現実かと思えるようなリアリティがあった。しかしまったくその風景は動くことはなかった。


「あのネズミは死んでたんじゃない。静的に切り取られた瞬間を部屋に映し出していただけだったからまったく動くことがなかったんだ。マナ、君が荒らされる前の博士の部屋をまるごとスキャンし、あの場に映し出させていたのさ」


 マナは僕の顔をしばらく見ていたが、再び床へと視線を落とした。


「ミツル……その話、少し無理があるんじゃないかな」


「無理……?」


「展望室で地球の環境を映し出した時もそうだったと思うけど、部屋の構造体とかは消えてなかったでしょ? ホログラムでは物を追加して見せることは出来ても実際に存在するものを透明にすることは出来ない。もしあの部屋に博士の遺体があったなら、それを隠すことは出来ないんだよ。荒らされて四散してた物だってそう。ミツルの言いたいことは分かるけどね」


「確かにそうだね……でも、それを可能にする方法がある」


「え……」


「それは、僕らが入った部屋は実は博士の部屋じゃなかったのさ。入った部屋自体を誤認させられていたんだよ」


「……そんなの一体どうやって」


「この船の個室は部屋番号というものがなく、自分で飾ったネームプレートで誰が使う部屋かを判断する仕様だ。だからそのネームプレートを取り替えればいい。あれだけ部屋が並んでいればそんな細工されてしまえばまずバレることはないからな」


「でも……ネームプレートなんていつ変えたっていうの。私達3人が最初に博士の部屋を訪れてから再び戻るまでにそんなネームプレートを取り替える隙なんてなかったと思うけど……」


「もちろんそれは僕達3人が一緒にいたときに取り替えたのさ」


「そんな……2人の目を掻い潜って一瞬でネームプレートを取り替えるなんて、私、そんなマジシャンみたいなこと出来ないよ」


「あぁ、そうだな。それは確かに難しい。だからあの時、僕達にファントムがついてきたんだろ?」


「え……」


「よく考えたら不思議なことだった。その時は知らなかったけどファントムには確かな知能があるはずだ。でもあの時のファントムはいきなり奇声をあげたりしてあきらかに頭がおかしいような行動をとっていた。それはなぜか。あれは僕達の目をそらすためにやっていたことだったんだ。あの時、マナは僕達の後ろにいた。ファントムが絶叫する瞬間を見計らって、プレートを密かに取り替えていたんだよ。そうやって見事マナは不可能犯罪を成し遂げたというわけさ」


「ミツル……ヒドいよ。勝手に決め付けて。そんなのミツルがそう思ってるだけでしょ? 私がそんなことした証拠でもあるっていうの?」


「あぁ、あるよ」


「え……」


「シズカさん、やってください」


「分かったわ」


 シズカが腕のデバイスを操作する。すると僕達の周りに置かれた4つのボールがその場に浮きあがり、突如目の前の視界が切り替わった。


「あう……」


 そこは博士の部屋だった。荒らされる前の。色んな物が散らかった様子で置かれている。そしてよく見ると机の上にはあの特徴的なぶちが背中にある小汚いネズミが静止したままで乗っていた。


「このカメラとホログラムのデータはマナの部屋にあったものだよ。こんなものがあってもマナはまだ言い訳するのか……?」


「うぅ……」


 マナは脂汗を掻きその場で目を伏せて黙り込んでしまった。この沈黙は自分が博士を殺した犯人であると、自分がロウジンであると認めたということなのだろう。


「……マナ、君はすごいよ。僕らは全員完全にマナにこれまで騙され続けていた。エイリさんとモモさんをあえて脅して僕を指名させて、僕とマナをみんなの疑惑の目から逸らしたんだね」


 きっとマナにとってはあれは結構な賭けだったのだろう。脅したエイリとモモがどちらもそれに屈していれば僕は死ぬことになっていたのだから。まぁ、だから保険のために2人も脅していたのかもしれないが。


「それに、ファントムは僕とマナ2人を脅してきた。マナは自分自身に脅しをかけていたってことだよね。そんな事されちゃあマナに疑いなんて持てないよ」


「わ、私は……」


 マナは自身の二の腕を両手で掴み震えるようにして何かボソボソと呟いている。


「みんなごめん……マナがロウジンと気付くのにこんなに時間が掛かってしまった」


 もっと早く気付けばここまで人数が減ることなんてなかったのだ。乗員は12人もいたはずなのに、既に人数は3人にまで減ってしまった。マナのせいで9人も死んでしまったのだ。


「ふ、ふひひ……」


 気付くとマナが不敵な笑みを浮かべていた。


「あは、あははは……」


 次第にその音量が大きくなっていく。


「あははははははは!」


 そして完全に開き直るようにして笑い出した。

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