くびわひめ

森水鷲葉

第1話「荒くれものと囚われた魔物」

 どんなに多くの魔物が世界を跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていても、人間たちはそれを倒すすべを身に着けてきたわけで。

 剣や魔法。

 失われた古代文明の不思議な道具。

 さらには、魔物を倒して武器の素材にしてしまう。

 いくつかの王国は冒険者ギルドをようし、大勢の冒険者が街道を行きかっている。

 魔物退治や、古代の遺跡であるダンジョンハックはあたりまえのこと。

 若者の多くは腕に覚えがあれば、一度は冒険者を志すものだった。


 ダンジョンの近くに宿場町が作られるのか、それとも、古代遺跡なんてそこらじゅうにごろごろしているからか。

 いずれにせよ、多くの冒険者によってそれなりに探索が進められた状態となっても、山奥のダンジョンからは、常に新しい魔物が湧き出てきていた。

 ダンジョンから湧き出てきた魔物は、たまに山の中にまで姿を現しては、街道で人を襲ったりする。

 だから、今日も、冒険者ギルドは、冒険者に依頼を出す。

 それを誰かが受けるのも、当然のことだった。


 そうしたわけで、冒険者のクラッシュは、ダンジョンの奥、広間のような場所にたどり着いた。


「あっちいな……」

 戦闘で汗ばんだ黒髪をかきあげるしぐさは、健康的な美人と言って差し支えない。

 もしくは、「美少女」と呼ばれるだろう。

 けれども、黒いタンクトップの中に風を送り込む仕草はどうしたものか。

 ありていに言って、「がさつ」というのが適切だろう。


 クラッシュというのは、もちろん本名ではなかった。

 暴れまわって、場合によっては味方にまで損害を与えてしまう。

 そればかりか、依頼人にだって暴力を振るう。

 素手で殴る蹴るの話ではなく、バスタードソードを振り回したのも、一度や二度の話ではない。

 彼女が、隊商の護衛を引き受けた時に、現れた盗賊ばかりか、護衛すべき隊商まで、馬車ごと壊滅させてしまったという噂は、この近隣の冒険者ギルドでは有名な話である。

 だから、クラッシュ――<ぶっ壊し屋>――なんて物騒なあだ名で呼ばれるようになっている。

 戦闘力はずば抜けて高いのだが、好んでパーティーを組もうというものは、誰もいない。

 そして、クラッシュも、他の冒険者とつるもうとは決してしなかったのだった。


 そんなわけで、クラッシュは、たった一人で、ダンジョンの未踏破みとうはエリアまでやってきた。

 

 目の前には、金属の柱のようなものがいくつも並んでいる。

監獄かんごく?」

 獣のような瞳を細め、クラッシュは怪訝けげんそうな表情を浮かべた。


 このダンジョンは、未踏破エリアが一階層か二階層ぶん、まだ残っているという話だった。

 地下建造物に詳しいドワーフの冒険者や、探査魔法を使える魔法使いが確認したのだから、間違いなさそうであった。

 けれども、すでに調査された古代遺跡の用途を考える限り、古い神殿か何かの跡だという説が濃厚で、おそらくは、最奥部には、礼拝所や、忘れられた古代の神の像があると考えられていた。

 こんな牢屋のような施設が奥深くにあるとは、誰も予想していなかった。


 ダンジョンには魔法の明かりがともっていて、夕暮れくらいの明るさが常に保たれている。

 今では失われて久しい、古代文明の産物であった。

 カンテラなどで片手がふさがれずにすむことは、単独でダンジョンを進むクラッシュにとっては都合のよいことであった。


 けれども、牢屋のような場所の奥には明かりがない。


「当然か。本来の意味の『ダンジョン地下牢』ってことなんだろう」

 ひとりごちると、クラッシュは、バスタードソードを振りかぶる。

 牢屋の鉄格子が、一撃で砕け散って、がらがらと音を立てる。


 次の瞬間、クラッシュは、異変に暗闇の奥を注視した。


「だ……れ……?」

 人の声がした。

 いや、人のようなもの、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

 牢獄の奥にいるのは、小柄な少女……のようだった。

 しかし、その耳は、獣のそれだった。

 エルフ族のような長い耳に毛がびっしりと生えている。

 また、大きなふさふさした尻尾があるのが、夜闇にすぐに慣れる訓練をしてきたクラッシュには確認できた。

 

「獣人族のなりそこないか? 見たことねえな」

 気配に気づかなかったのは不覚だったと、悔しさに頬をゆがめながらも、クラッシュはそれをごまかすように言った。

 油断なくバスタードソードを向けると、獣耳と尻尾の少女が一歩後ずさる。

 がしゃり、という重苦しい音がした。


 獣人風の少女が、鎖を引きずっているのがわかった。

 その鎖は、大きな首輪につながれている。

 少女の首に取り付けられたそれは、その気になればいつでも外せそうなくらい、ゆるゆるで、どうにも不自然であった。


「だれ……なの?」

 獣耳の少女はさきほどと同じ質問を繰り返した。

 声には恐れが混じっているようだった。


「それを私に聞くか。おまえこそ、こんなところにいるってことは、危険なナニカなんだろ?」

 クラッシュは、ダンジョンに囚われている少女を、古代人なりなんなりが、危険と判断して封印したのだろうと思った。

 魔物を見かけで判断してはいけないのは、冒険者にとって常識だった。


「ガキに変身して、人間を食っちまう魔物がいたな。おまえも、だいたい、似たようなもんだろう?」

 クラッシュの言葉に、暗がりの少女がびくりと震える。

「ちがう、そんなこと、わたしは」

「うるせえ。そういうのはいいんだよ」

 クラッシュが話をしていたのは、交渉のためではない。

 相手の隙を伺い、一気に片を付けるためであった。

 知性のある魔物が、人間を罠にかけようとするのはよくあることである。

 ただし、逆に、その知性が判断を遅らせることもあると、クラッシュは思っている。


 一瞬で、間合いを詰めると、クラッシュはバスタードソードを振りかぶった。

「やだっ!」

 獣耳少女は、かばうように両手で頭を抱える。


 その瞬間、少女の首輪から電流がほとばしった。

 

「ああっ⁉」

 予想外であった。

 クラッシュは、電流をまともに浴びてしまう。

 けれども、それは、目の前の獣耳少女も同じだった。

 

 電撃がほとばしり、そして、感電した獣耳少女は前のめりに倒れ、鎖が引っ張られて壁から抜ける。


 そして、地面が崩れ落ちた。


「なんだとおっ!?」

 地面は踏み固められた土でできており、簡単に崩れるようなものではない。

 トラップが発動したのだと、クラッシュは、電流でしびれながらも、なんとか理解した。

 鎖を引っこ抜いた瞬間に、落とし穴の罠が発動するようになっていたのだった。


 クラッシュと、獣耳少女は、当然のことながら、そろって落とし穴に落ちていった。

 

 電流に加えて、地面に叩きつけられた衝撃で、さしものクラッシュも、意識を失ってしまった。

 

 だから、その時は、まだ気づかなかったのだ。

 獣耳の少女の首輪から伸びている鎖が、どのようになってしまったのかということを。

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