055 星空と森妖精

 正規ルートだとスレイン法国から南下するところだが人間種以外は攻撃してくる、という話しなので迂回路を使うしか無い。

 無理に戦うと大事おおごとになってモモンガが悶える。

 余計な敵を増やすのは得策ではないし、面倒ごとはさすがにペロロンチーノも避けたいと思っていた。

「……静かだな。荒野はまだ亜人が居るから賑やかだろうけど……」

 意味も無く襲いに行って外交問題とかになっては一大事だ。

 特に自然公園として管理している聖王国が抗議してくる、というような事が無いとは言い切れない。

 砂漠が近いわりに植物は豊富で枯れ木や棘のあるものは見当たらない。

 無くは無いと思うけれど。

 道案内の立て看板があればもう少し進み易いが、そういう便利なものは都合よくあったりはしなかった。

 着いて来るエントマは特に文句は言ってこないがお腹は空かないのか気になった。

「大丈夫ですよぉ」

 と、独特の喋り方はどうにもむずがゆくなる。

 エロいのは好きだがロリコン少女趣味の部類には至っていないはずだ。

 それにエントマは仮面蟲を外せば蜘蛛だし、と。

 蜘蛛でも可愛いけれど。

 完全に全裸でポツンと現れたらさすがにびっくりするかもしれない。

 和服を着ているから今は可愛いが、服の中身は完全なモンスターだ。そうなれば可愛いとまだ言えるのかは自信が無い。

維持する指輪リング・オブ・サステナンスとか色々と持ってきましたからぁ」

「そうか。適度に捜索したら帰るから、それまで周りを警戒してくれ」

かしこまりましたぁ」

 ニコリと仮面蟲が微笑む。

 つまりエントマではなく仮面蟲が可愛いだけではないのか、とペロロンチーノは混乱してきた。

 確かに可愛いけれど、顔だけというのはなんとも表現しにくい。

 仮面蟲は確か喋らず、口唇蟲という人間の声を担当する別の蟲が居る。

 エントマの本来の声はコキュートスのような金属をすり合わせるような独特の喋り方だ。

 今出している声とも違う。

 何処と無く機会音的な音色だったと思った。

 そういう思考はすぐに脳裏から追い出して森の中を突き進む。

 平原からそれ程離れていない場所なので迷い込む事は無いと思うが、奥は薄暗かった。

 本格的に調査する場合は荷物をしっかり用意しないと駄目だと判断する。

「……あまり珍しい植物は無いな」

「虫も見当たりませんねぇ」

 小動物の他に大型の動物も居ればいいのだが、警戒して隠れている場合が考えられる。

 更に突き進む。

 そうして二時間ほど横目に平原を確認しながら進む。見事に一般的な動物と巡り合わない。

 警戒心か強いのか、もともと動物が居ないのか。

 村に居て、他の地域に居ないのはいくらなんでもおかしい。

 たまたま動物の居ない地域を進んでいるのか。

 モンスターの遭遇率エンカウントがここまで低いと経験値とか狩り場とか探すのが困難だと言わざるを得ない。

「……亜人の集落はあるから絶対に居ないわけはないんだよな」

 それでも普通の動物は見かけたい。

 虫とか小鳥の鳴き声とか聞きたい。

「ペロロンチーノ様~」

 小鳥のさえずりに似た可愛い声が聞こえてきた。

 そうそう聞き違えはしないがアウラの声にそっくりだ。問題は本物か。

 というより本物も偽者もない気がする。

 一応、伝言メッセージで再確認するとお詫びの声が聞こえてきたので間違いなく、自分達のアウラだった。

 それとハゲが後ろから来ているらしい。

「炎天下で反射しながら来たら目立つだろうな」

 指定した森の中で比較的、開けた場所に集合する。


 アウラとハゲことエンシェント・ワンは魔獣で訪れたようだが近隣都市に見つかっていないのか心配になった。

 亜人の集落はおそらく問題は無いと思われるけれど。

「ハゲっていうけど……、ちゃんと帽子はかぶってきたぞ。あとスキンヘッドが好きな奴が居て悪いか?」

 と、あらぬ方向に怒りを見せるエンシェント・ワン。

「まあまあ。それで……、俺を連れ戻しに来たんですか?」

「一緒に冒険していいって言われて……。別に興味はまだ無かったけれど」

 というよりは存在をずっと忘れていたら眠ったままストーリーが終わっている事もありえたかもしれない。

 それはそれで面倒な事が無くて楽だが、とエンシェント・ワンは眠そうな顔で言う。

 吸血鬼らしいマント姿ではなく、何処の都市でも一人入る普通のモブキャラに見えるラフな格好をしていた。

 これでギルドメンバーの一員だと見た目で分かるものは仲間でも居ないのでは、と思う。

「あたしもお供です。お一人……、エントマを連れていても対応に限界があるかと思って」

「追い返す気は無いけれど……。別に目的地はないからな」

「はい」

「今は森の中を通って珍しいモンスターとか小動物が居ないか探してたんだが……。見事に居ない。この世界はあまり生き物が居ないのかな、と不安に思う」

 実際には色々と居る筈だと思うけれど、遭遇率の低さに辟易する。

 仲間のモンスターはたくさん居るけれど。

「シャルティアも連れて来た方が良かったのかもしれないが……。転移要員となっているから、拠点待機にしてて悪いなと思ってる」

「いずれシャルティアと出掛けてもいいように皆と相談するよ」

 ペロロンチーノが創造したNPCノン・プレイヤー・キャラクターが別々の行動をしなければならないのは可哀相だ。

 ゲームが終わった以上は何の束縛も無く行動する権利は確かにあるはずだし、そこはGMギルドマスターの権限が及ぶところではない、筈だ。

 今はまだ試行錯誤中だが。

「アウラの魔獣が来た途端に他の生物が居そうな気がしてきたな」

 彼女が使役している騎乗動物はレベル80台の大地の狼フェンリルのフェンは立派な北欧神話のモンスターだ。

 黒い身体は五メートルを超える巨躯を誇る巨狼である。

「森の中なのに動物が殆ど見当たらないのは普通なのか。それとも警戒されているのか」

「……居ない事はないと思います。身を潜めているのがいくつか居ますから」

 と、アウラが答えた。

 探知能力に優れた特殊技術スキルを持っている魔獣使いビーストテイマーだから、というのは言い過ぎか。

 野伏レンジャーでも出来そうな気はする。

森精霊ドライアードとか居るのかな。出来れば小動物系がいいな」

 レベル帯によって住みにくい場所だから何も居ない、という事もあるかもしれない。

 それでも何かしらの姿は確認したい。

 それと帰りの事も考えなければならない事を思い出す。

 一先ず姉であるぶくぶく茶釜に連絡を取る。

「姉貴。オレオレ」

 と、言った瞬間に接続を切られてしまった。

「………。セキュリティは健在のようだ」

 改めて繋ぎ直すと今度は応答があった。

『しょうもないことで連絡を寄越すな、バカ』

「ごめんごめん」

『アウラ達と合流できた?』

「うん。それで、このまま数日間ほど旅に出ていいかな?」

『お前だけなら別にいいんじゃないの? でも、アウラ達は帰ってきてもらわないとモモンガさんが心配するから』

 それはそれで差別的だな、と思った。

 至高の御方よりも大切なのかよ、と。

 自己判断できる至高の存在より自我を持っただけで何が起きるか分からないNPCを心配する気持ちは分からなくはない。

 距離的に一日で帰れる位置しか移動できそうにない気もするけれど。

「何しに寄越したんだよ」

『……うん、まあ……そうだろうね。マーカーだけ置いて一時帰宅って事にして』

 というのをアウラ達に伝える。

「それだと次の日まで俺……、現場待機?」

『……数時間の昼寝は必要だろうから……。野宿で待ってれば?』

 酷い姉を持ったものだと呆れる。

 そうだとしてもベッドとか無いし、必要なアイテムをもう少し補充しておくべきだったかな、と後悔する。

 なにより現場待機しなければならないのであれば誰の為の冒険なんだか。

 護衛の為に至高の御方が待つのはおかしいだろう、と苦情を言ってやろうと思うも、アウラ達を心配する親の気持ちは分からなくはない。

 もちろん自分のシャルティアの事も心配だけど。

「次の日になって誰も来ない事態になると俺……、寂しくて死んじゃうよ」

『いい大人が何を言ってんだか。ちゃんとテントとか持たせておくから、一日くらい待ってあげな。モモンガさんみたいに森の中から夜空観賞とかして』

「……絶対だぞ」

『心配するな』

 と言って接続が切れた。

 しばし現場に言い知れない空気が漂う。

 アウラ達は顔を青くしているがエンシェント・ワンは呆れ気味だった。というより自分もペロロンチーノと共に森の中を過ごす事になってしまったのではないのか、と危惧する。

 外敵が居ないとしても野宿は嫌だなと思った。


 うな垂れるかと思っていたペロロンチーノは冒険を再開し、森の中を進み始めた。

 当てもなく、モンスターを見つける旅。

 それに付き合わされるエンシェント・ワン達。

 アウラ達は平気だと思うけれど、寝床が心配になるエンシェント・ワンは早くも帰りたい、と呟き始める始末。

「夕暮れになったら帰っていいから。別に俺は強制しませんよ」

「そうお?」

「本来ならチームを組んで旅をしたいところだけど……。一斉にナザリックを留守にするわけにはいきませんから」

 そんな事を呟くペロロンチーノは徒歩での移動。残りは騎乗動物での移動だった。

 街を目指しているわけではないのでモンスターに乗る必要は無い。ただそれだけの理由だがアウラは心配になっていた。

 時間をかけての調査という事で、たくさんのモンスターを使った人海戦術は取らない方針だという。

 便利な物や能力に頼らず、地道に辺りを見回すペロロンチーノ。

 時には植物を観察したり、虫や動物が居ないか地面を調査していく。

 敵性プレイヤーや大型モンスターが居ればいいのだが、それらが全く現れない今は細々とした調査しかできない。尚且つ、街が近くに無いし、通行人も見当たらない。

 普通のファンタジーなら誰か彼かは居るものだが、この世界は特定の場所に一極集中しているのか、広大なフィールドでの出会いが極端に少ない。

 ほぼ無いと言ってもいいくらいだ。

 戦闘民族のようなメンバーにとっては退屈な世界、だったらつまんないな、と思わないでもない。

 下手に高レベルであるがゆえの弊害。

 おもむろに木を殴りつけるペロロンチーノ。それに驚くアウラとエントマ。

 木は枯れ枝が折れるように簡単に倒れた。

 少なくとも人間が殴って折れるほどの老木ではないし、細くは無い。

「……筋力が高過ぎるのか」

 自分でも簡単に木が折れるとは思っていなかったので驚いた。

 フィールドに存在する細かいオブジェクトを破壊したりするようなほどの柔軟性はゲームの世界には無く、そこまでのデータ量があるサーバならもっと凄い事が出来ても不思議は無い。

 倒れた木は即座に消えずに現場に残る。

 試しに鑑定すれば現地の文字で何らかの樹木の名前が出ているようだが、今は興味が無いので無視する。

 もし、現実の世界だと仮定するならば自分達は何故、干渉できるのか。

 いくらなんでもゲームデータを完全再現する世界など聞いた事も無い。

 ありえる場合はゲーム内に出ていた全てのクリーチャーが別の惑星では実在する生き物で、プレイヤーはゲームデータだと思い込んで操作していた、というオチだ。

 カードゲームの世界の一つはまさにそういう感じだった。

 この世界に居る生物に精神を宿らせて自分の肉体のように扱う本当の意味でのアバターとして。

 それでもアンデッドや非実体まで存在するのは疑問なのだが。

 あと溶岩のような粘体スライムは生物学的に存在しえるものなのか、と。

「……後は何故魔法が使えるのか」

 それとアイテムを取り出す時に異空間に手を突っ込めること。

 どう考えても分からない謎技術だ。

 生物は妥協しよう、と思わないでもない。

「考えれば考えるほど分からなくなるな」

 この世界を解き明かす事。

 それは簡単なようで実はとても難しいのではないのか、と。哲学、物理法則、天文学などの観点からでは。

 単にゲームの延長だろ、と言うのは簡単だ。

 根拠を示す場合はどうすればいいのか。

「この星とユグドラシルというゲームをピンポイントで繋げる根拠は何があるのか」

 そもそもオンラインゲームは他にもある。それはつまり他にも似たような星があり、プレイヤー達が放り込まれている可能性があるという事だ。

 ソード●●●・オ●●●●があっても不思議ではない、という理屈が成り立つ気がするし、この●●の出だしの●クセ●という街があったりするかもしれない。

 そうなるとクロスオーバーの規約に引っかかってしまうけれど。

「……カ●●ムの規約抜きだと色々と出来そう……。いや、今はオー一択いったくで考えないと駄目なんだっけ」

 一択でなければならない理由は無いけれど、規約的に複数の作品を混ぜるのはやっぱりアウトだと思う。

「か●●むってなんですかぁ?」

 と、エントマが尋ねてきた。

 普通に考えればNPCには窺い知る事のできない単語だ。

 あと、それを説明する事はとても不毛にも思えるし、大事なヒントとも思えない。

「本腰を入れて取り組む気が無いのに見切り発車で始めた残念なサイトの事だよ」

 大手の会社は即戦力、成功以外は認めない利益重視だ。

 冒険心の欠片も無い。

 創作物は何でもすぐアニメ化して限定商法に走る。

「……これはヘロヘロさんに任せよう。根が深くなる」

 ブームに乗ろうとして便乗商法する大手ほど滑稽なものはない。

 当然、規約の厳しさに読者が離れてしまう。というよりはより批判が強まる。

 そんな負の側面が影響している、という考えも無い事はない。

「………」

 雑念を取り払う為に地面を殴りつけるペロロンチーノ。

 ついでに地面に『龍雷ドラゴン・ライトニング』を撃ち込む。

 それは星に直接ダメージを与える事だが通用すれば凄い。

 結果としてはダメージ数値はポップアップしなかった。

 ゲーム時代では割りとダメージ数値が出るので、もしやと思ったのだが常識の範囲で終わったようだ。

 そうじゃなかったら怖いけれど。

 高レベルのプレイヤーの一撃に、もし耐えられない場合は星は消滅するのか、何らかの悲鳴を上げるのか。

 世界級ワールドアイテムを星に打ち込むと消滅する事はありうるのか、色々と想像してしまう。

「今の攻撃でも経験値って入るのかな」

「さあね。フィールドを掘ってもテクスチャが剥がれるといった変な現象は起きてないから、本物の大地かもしれないよ」

 もしデータならば針金のような線に画像データを貼り付けて地面を構成する。

 全フィールドに対応したものとなると必然的に膨大なデータ量が必要となる。普通はそれを軽減する方法が取られる。

 共通する画像の使い回しとか。

 今見えている木は一本一本個性があり、使い回しには見えない。はたまた数千本単位ということもないことはないけれど。

「……データだと仮定した場合ですが……」

 そうであってほしいと願っている部分はある。

 今のところ現実の世界を認めたくない気持ちに抗っているから思考が混乱しているとも言える。

 ここは本当に現実に存在する世界だと認めれば新たな発想が出来るかもしれない。

 さすがに夢オチは無いと思うけれど。


 現実世界を肯定するならばプレイヤーがどうしてこの世界に転移したのかが疑問となる。

 それも時間軸がずれていたり、同一存在が居たりするのは不可解だ。

 もし同じゲーム会社の別の作品世界に迷い込んだのなら何らかの警告や調整がある筈だ。

 それに気付かない場合はありえるのか。

「卑猥な言葉を言っても無反応の時点で無関係ともいえるけれど……」

 それとも18禁オーケーなサーバだから平気という事もあるかもしれない。

 ●●系列にそんな事を許す度胸などあるのか疑問だが。

 それと今更だが木をへし折った事と地面に魔法を放った事で何者かに探られる可能性が出るおそれに気付く。

 隠蔽する予定は無いけれど、それはそれで良い罠というか餌にはなるかもしれない。

 はたまた、こんなところに入り込む物好きは百年くらい現れない可能性もあるけれど。

 色々と考えつつ移動を始めるペロロンチーノ。

 背中の翼は偽装している全身鎧フルプレートの中に収まっているので木々の邪魔にはならないし、窮屈さも感じない。

「……生態系を自在に操れる現実の科学というのは存在するのか」

 少なくとも自分達の知る地球の科学では不可能だ。

 それともの領域なら何も問題がない、という事なのか。

 荒唐無稽なことが答えに繋がるとは思えない。

 解答を提示すれば地球に戻れるのか、というと。そうはならない気もする。

 戻らない方が幸せ、という選択肢もある。

 仮定の話しの続きとして人間の姿でアイテム類が使えるならばこの世界で暮らしてもいいのか、と。

 寿命の問題に引っかかりそうだし、アバターだから平気だったダメージも本体になった途端に耐えられない激痛に戻っている、という事もあるかも。

 あまり建設的ではない思考が続くが、疑問のままでは気持ち悪い。

 と、物思いに耽っていると木にぶつかる。

「……能力の把握は大事な事だが……、理屈無しで可能になる謎技術は困るな」

 ゲームの技術はゲームの中だけで充分だ。そうでなければ倫理観とか無視することになる。

 あと、何年も滞在できるとして不死の存在は百年以上も居られるものなのか。

 賢い連中が考えればいいことかもしれないけれど、ある程度の理屈は知りたいと思っている。


 ◆ ● ◆


 そうして森の中を彷徨さまよっていると迷いそうなので平原が見える位置は把握しておく。時にエントマに聞いたり、アウラに聞いたりしながら進んでいく。

 お供のエンシェント・ワンは災難としかいいようがないけれど。

 そうして数時間は進んだだろうか。

 四時間多い世界という事も薄っすらと忘れかけていた。

「そろそろ日も暮れてきたから一時帰宅していいよ」

 一応、野宿できるスペースは確保しておいた。

 今の季節は地面の様子からは分かりにくいが青々とした葉が敷き詰められている。

 側が砂漠に近いせいもあり、季節感は無いかもしれないけれど。

 軽く地面をならし、どうやって寝床を作ろうか思案するペロロンチーノ。

 シャルティアによって転移門ゲートが近くに発生し、アウラ達三人はナザリックに帰還する。

 転移門ゲートが無情に閉じた後は完全な無音となる。

「……孤独なソロプレイヤーの末路みたいだ……」

 という事を呟きながら四方に明かりを置いて一息つく。

 賑やかな世界から陸の孤島に変化した。暗闇が支配する空間が広がっているけれど自分の精神は割りと安定している。

 一人旅も悪くは無いがゲームの中とは違うので何とも言えない。

 近代文明から切り離された暮らしはまだ始めたばかりだし、あれが無い、これが無いという不便もある。

 諦めれば楽だが。

 羽毛に覆われた肉体なので実際は相当な熱がこもっていそうだが、全く暑くない。汗でれたりしないものなのか。

 湿度とか気温も無視しているし、人間であれば相当きつい環境だったりするのかな、と。

 近代社会から原始的な異世界の暮らしは人生でそうそう経験できることではない。

 今までナザリックの中で過ごしてきたが外での生活もこれからは始めなければならない。そうなってから苦情を言うのはもったいない事なんだろうな、としみじみと思った。

 それから一時間以上は経過したのか、体内時間にあまり自信は無いけれど誰も来ないのは寂しいものだ。

 一人旅の方が気楽という事もあるし。別に連れを待つ必要も無い。

「俺は自由だっ!」

 バカみたいに森の中で叫んでみる。するとかなり遠くで物音が聞こえた。

 素の自分には『絶対音感』というがあるのだが、このアバターでも通用するのかは分からない。

 最適化されたとしても再現出来るものなのか。鳥人バードマンとしての基本スキルという事も無いわけではない、と思いたいが、そんな基本スキルは聞いた事が無いので疑問に思った。

 耳に聞こえるのはガサガサという音だ。自発的に動く人間かモンスターだと思うが、どんな種族なのかまでは分からなかった。

 予想では樹木モンスターかな、と。

 警戒心の強いモンスターはたくさん居るから特定が難しい。

 逆に警戒心が無いのは低位のモンスターやアンデッドかもしれない。

 生者に向かっていく性質があるようだから。

 ずっと黙ってたたずんで待ってみたが一向に襲ってこない。警戒しているのかもしれないのでアンデッドでは無い確率が高くなる。あと、すぐに気配や音が消えた。

「……可愛いモンスターなら大歓迎さ」

 さすがに今の時間帯に人間が居るとは思えない。

 平原はほぼ野ざらしだし。


 簡易的な寝床を確保し、夜空の観賞に入る。

 シーツの上に寝転び、仰向けになる。背中の翼は魔法の武具によって収納されているので全く気にならないし、違和感も無い。

 普通なら潰れる事などが障害になるものだが、便利なアイテムに深く感謝する。

 そんな事を思いつつ仰ぎ見れば視界に飛び込むのは満天の星空。

 砂漠地帯が近い事もあり、遮るものの無い空というのは圧倒的だった。

 森の中と外の印象の違いはなかなか味わえないものだ。

「……星座とかあるのかな……」

 夜なのにとても明るく見える星々。

 自分達の住んでいた日本では決して見ることのできない美しい空。

「……そういえば、この辺りには浮遊する建築物は無さそうだな」

 一人になると独り言を声に出すのは寂しさの現われか。ふとそんな事を思うペロロンチーノは苦笑する。

 一人暮らしにありがちな声に出さないと不安になる、という

 身体は異形種でも中身はやはり人間、という事かもしれない。

 森の中から見ても上空に飛び上がってから見ても美しい空。

 もちろん自然豊かな周りの風景も美しい。

 転移してしばらく経ったけれど気持ちが以前より落ち着いているのがよく分かる。

 喧騒ばかり起きるファンタジー作品の中では味わえないものかもしれない。

 空を見ながらも耳には様々な音が聞こえている。

 大人しくしているせいか少しずつ森の奥で動きがある。それはペロロンチーノを警戒しているからなのか、ただの葉の揺れる音なのか。判断が付きにくい。

 アバターなのに五感はちゃんと機能している。

 精神が宿るにしては不可解なのだが。

「………」

 時間を忘れて眺めていると星の数が増えてきたように感じた。

 実際はそういう事は無いけれど意識を集中すると視覚が鋭敏になったような錯覚になってくる。

 今のところ流れ星は確認出来ないけれど、とても綺麗な夜空だった。

 視界の片隅に大きな月が見えている。

 夜中なのにモンスターに襲われない。

 平和な世界だからなのか、少し物足りなさは感じる。居れば居たで賑やかになる。

 喧騒を嫌う人間であれば平和でいいはずだ。

 更に時間が経ち、深夜帯になった所で普段とは違う音が聞こえた。それは例えるならば木々の上を移動する小動物的なものだ。

 ギシィ。ダッ。という感じで飛び跳ねる音が大きくなっていく。

 森精霊ドライアードも多少は飛ぶかもしれないけれど、宿主の木からはあまり離れない。だから、間断なく飛び続ける事は不可能に近い。

 グルグル回っているわけではない、と思いたい。

 森の番人トレントは地面を走る筈だ。身体が大きいので飛び跳ねる事自体は想像できない。

 身体から枝が生えている筈だし、素早い動きは森の中ではしにくい。

 乱暴に突き進む事はあるかもしれないけれど。

 ペロロンチーノは慌てず大人しく寝転んだまま待ってみた。

 足音のような音だと仮定すると一人、または一匹。複数の音が混ざる事も無く、また静寂サイレンスもかけられていない。

 離れすぎている為に魔法をかけ忘れているのか、自分の絶対音感の適用範囲外だから仕方が無いのか。

 森の中で音を出すのは割りと自殺行為だ。

 つまり相手はそれでも構わないと思っている強者かもしれない。

 プレイヤーなのか。それとも現地の屈強な冒険者か。はたまた山賊とか。

 一人というところが気になる。

 こんな時間に森の管理人が木々を飛び跳ねているのもおかしな話しだし。

 闇視ダークヴィジョンを持たないと暗闇の中を駆けるのは自殺行為に等しい。ゆえに最低限の備えは持っている相手だと予想する。

 相手がドラゴンであればびっくりするところだ。

 音の大きさや感覚では人並みだと思われる。これで巨大生物であればもっと荒々しい音が聞こえてこないとおかしいし、自分の耳がおかしくなったと思っても不思議は無い。

 枝を折らないところから体重は軽め。

 アウラ達が戻ってきたとは考えにくい。であればどんな相手なのか。

 答えはきっと知らない人だ。

「………」

 最後の跳躍を終えたのか、ペロロンチーノのすぐ近くに気配が生まれる。

 暗闇に隠れていた存在に四方に配置した明かりが僅かに届くと接近してきた相手の顔がうっすらと浮かび上がる。


 先端が鋭く尖った長い耳。

 身軽な軽装の鎧をまとい、華奢な体型ではあるけれど大人ほどの身長がある人間型。

 それは正しく森妖精エルフと呼ばれる存在だ。

「……森がとても静かだから驚きました……」

 小声で呟く声もペロロンチーノの耳にはしっかりと届いた。

 声の質感から女性だと思われるが実際に居るとは思わなかった。単に出会わなかっただけだが。

 地面に着地する時もとても静かなもので見事だと思った。聞いている方は寝転んだままだが。

「……寝てますか?」

「……起きてますよ」

「わっ! そ、そうでしたか……。明かりを消さずに寝転んでいたので」

 明かりを消せばもっと綺麗な夜空が拝めたかもしれない。確かにそうなのだが、ついうっかり忘れていた。

 それは本当に指摘されるまで失念していた。だが、それでも夜空を綺麗に見る事が出来た。

 もし松明たいまつであれば寝相が悪くて倒した場合は森が火の海になるかもしれない。

 魔法的な明かりだけれど何かで発火しては一大事だ。

「旅人さんですか? それとも冒険者?」

 聞こえる声はとても優しそうなものだ。

 有名声優で似た声が居ないか探ってみたが、なかなか近い声が見つからない。

 確実に癒し系だ。

「旅人という事にして下さい」

「そ、そうですか。火の元には注意してください。森を燃やそうとすると屈強なモンスターが襲ってきますから」

「以後、気をつけます」

 素直に答えると森精霊エルフと思われる女性は納得してくれたようだ。

 明かりでは肌の色は分かりにくいが色白の筈だ。

 白い肌の闇妖精ダークエルフが居ないわけではないけれど。

「こんなところで寝るより、少し先に旅人用の宿泊施設がありますので、そちらに移動してはいかがです? 小さな虫とか身体に付きますよ」

 綺麗な声の女性森妖精エルフに言われては断るのは野暮だと思ったペロロンチーノは素直に従う事にした。

 というより、こんな場所に居る人間というか異形種だが、不審に思わないのか。それともこの世界ではありふれているのか。

 判断がつかない場合は即座に悩む事をやめておく。

 森妖精エルフは明かりのついた棒のようなアイテムを出し、自分の顔を照らす。

 白色光の明かりにより、色白の肌である事が分かった。あと美人。

 急いでシーツなどを片付けて彼女の後についていく事にした。

 無防備な背中を見せているけれど、危機意識が無いのか、それとも油断を誘っているのか。

 どちらにせよ、只者ではない筈だ。

 都合よく無防備な美人など居るわけがない。だが、森妖精エルフだ。

 初めて会う幻想生物。

 興奮しない男が居るものか、と勝手に興奮するエロ魔人ペロロンチーノ

 そんなふしだらな事を考えつつ歩き続けて数十分のところで森妖精エルフの女性は立ち止まる。

「ここです。あの小さな建物に寝台やトイレ、風呂場などがあります」

 と、言われて彼女が指し示した方向に顔を向ければ確かに小さな木造の建物があった。しかも、外には何故か、メイドと思われる存在が二人、立っていた。

 どう見てもメイド服を着た人間だ。

 こんな真夜中なのに外に居るのが疑問だが。

「このメイドさん達はとても強いので迂闊に手を出さないで下さいね。私でも助けられませんから。あと、近くに居る屈強なモンスターより強いです」

「……はっ? 強いメイドさん?」

「それはもう容赦がありません。でも、警備してくれる分にはとても心強いです。あと、声をかけないで下さい。特定の命令で動いているので、世間話しとかしてくれません」

「……マジで?」

 それはなんか残念だ、とペロロンチーノは本気で落ち込む。そしてすぐに何なんだ、そのメイドは、と。

 自分達のメイドで強いといえば戦闘メイドだ。

 それらとどっちが強いのか。

 見た目はどう見ても人間だ。無表情で愛想がいい顔はしていないけれど。

「ここなら安全に休めますし、建物の上に登れるならば星空の観賞も何の気兼ねもなく出来ますよ」

「ご丁寧にどうも」

「あと、利用料はタダですが後片付けはちゃんとしてください。ここを通る旅人とか行商人の方々も使うので」

 丁寧な説明をする森妖精エルフはペロロンチーノを一般の旅人だと思っているようだ。

 それだけよく利用される建物なのか。よく人が通るのか。

 場慣れした雰囲気を感じる。話しぶりでは人が良く通るようだ。そうでなければこんなところに建物は作らないか、と。

 折角案内された建物なので利用する事にする。

 森妖精エルフはペロロンチーノに手を振った後、何所かに行ってしまった。

 木々の上を移動している音は拾ったけれど。

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