052 たっち・みーVSエンリ・バレアレ

 モモンガ以外で外で活動するメンバーは上空から世界を眺めて簡易的な地図を作っていた。

 思いのほか広大で移動に時間がかかる事を知る。

 道路はほぼ整備されていないし、荷馬車で片道一日がかりと言うのは大変な労力だ。

 弐式炎雷は駆け足で近くの町まで移動してみたが数時間はどうしてもかかる。

 便利な転移の魔法でもない限り、人々の往来は簡単なものではない。だからこそ、街からあまり人が出て来ないのかもしれない。

 点在する村の住民くらいか。

「スーラータン殿。これはけっこう重労働でござるな」

 殆ど空中に浮いたままの水母クラゲモンスターは苦も無く移動しているので別段、大変とは思っていなかった。

 相槌だけ打っておく。そうしないと殴られそうだったから。

「高難易度のダンジョンから厄介なモンスターが溢れ出てきたような感じですね」

「……まあ、そうでござるな……」

 ヘロヘロもソリュシャンを連れてナザリックの周りを散歩しているし、これで現地の人間に見つからないことを祈るばかりだ。

 思いのほか平野が広がっているので身を隠すのに大変だが、色々と丘を作ったり木を移動させたりを少しずつおこなっていた。

 あまり人工的に配置していると疑われそうなので出来る限り、自然を装う事に注意する。

「遠くにある浮遊建築物はここからでも見えるでござるか?」

「見えますね。結構な距離がありますが……。特に気になるのは海沿いにあるですかね」

 スーラータンの視線の先にあるのは高度は不明だが、数千メートルは上空のはずの場所に白い玉のようなものがあった。

 何度か観察しているが現場から動いていない。

 他の浮遊建築物は低位の場所にあるので異質と言えば異質だ。

「……それと月にあるらしい謎の建物……。この世界の歴史をどうにか調べたいものです」

「いきなり向かう事は出来ないと思うけれど、それを時間をかけて調べていくでござる」

「その為にはモモンガさんの他にも冒険者として登録して活動しないと駄目じゃないですか?」

 モモンガ一人だけだと百年くらいかかりそうだ。

 慎重すぎて前に進むのにどれだけ時間がかかっているのやら。


 スーラータンよりも高く飛べる鳥人バードマンのペロロンチーノは南方に向かっていた。

 スレイン法国という人間以外は敵だと公言している国家に見つからないように気をつける事は忘れていない。

 供を付けろ、という忠告は無視。

 それに慌てたのは一般メイドと戦闘メイドだ。

 現在、こっそり蟲メイド『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』が追跡している。

「……少しはストレスを発散しないと駄目だけど……。困った弟だ」

 と、ナザリックの外に出たぶくぶく茶釜は呆れていた。

 側にはアウラとマーレが控えている。

「アウラは魔獣を連れてエントマと合流して」

「畏まりました」

「他の者に見つからないようにね。シャルティアも連れて行った方がいいかしら?」

「今日は天気が良いので肉体的なペナルティで油断するかもしれません」

「じゃあ、あいつだ」

 と、ぶくぶく茶釜が伝言メッセージで連絡を取る相手は活躍の場が無かったエンシエント・ワンだ。

 吸血鬼の花嫁ヴァンパイア・ブライドの男版のような外見をしていてエフェクトが派手な種族だが、NPCノン・プレイヤー・キャラクターよりは役に立つ筈だ、と思った。

 日光についてはスキンヘッド禿で反射させる、という軽い考えで採用する。

「じゃあ、頼むね」

 という軽いお願いにホイホイ従うハゲ吸血鬼のエンシェント・ワン。

 頭を撫で付けながら頷く様はとても頼りないものだ。

「アウラも一緒だから」

「……昼寝するところだったのに、あの野郎……。連れ戻せばいいのか?」

「一緒に冒険してきていいわよ。むしろ、あなたも仕事なさいな。気分転換に」

「んー。まあいいけど。……じゃあ着る物決まったら行くわ」

「お願いね」

 気乗りしないのは低血圧という設定だからか。

 本人の性格については言及しないでおいた。とにかく、何事も無く弟を連れ帰ってくれればいい。

 アウラに連絡は定期的にするように言いつけて墳墓の中に戻るぶくぶく茶釜。

 使命を受けたアウラはエンシェント・ワンが現れるまでの間、手荷物の確認に務めた。

 裏切り云々の話しがあったけれど創造主達が全NPCに対して疑いの目を向けているわけではない、と思う事にした。

 ぶくぶく茶釜が『それはそれ理論よ』と笑い飛ばしていた。

 深刻なのはモモンガ一人で、他も一緒とは限らない。などなど色々と言われた。

「あたし、頑張りますよ。ぶくぶく茶釜様」

 強く決意し、エンシェント・ワンと共にペロロンチーノを追跡する。


 モモンガとは別行動している聖騎士パラディンのたっち・みーは地味めの装備でカルネ国の実験農場に向かっていた。

 既に麦の収穫を終えていて、次の作物の用意が始められていた。

 本来ならばナザリックの副料理長である茸人マイコニドを連れてこようかと思ったがメイド達が腹を空かせると困るので諦めた。

 種族ペナルティを持つ人造人間ホムンクルスなので難儀する事だと思った。

「キリイさんは実家に帰られました」

「あらら。そうですか」

「もし、ご都合が合うのでしたらカルネ国の首都までお連れしましょうか? 丁度、運ぶ荷物がありますので」

「いいんですか? では、お言葉に甘えようかな。確か……、森林の中にあるんですよね?」

「はい。天然の自然要塞です」

 一応、モモンガに連絡を入れてカルネ国に向かう事にした。

 セヌメ達もキリイと共にカルネ国に居るという話しを聞いた。

 場所は実験農場から直線距離で半日を超える程度。

 途中で休む事無く一気に移動する。

 移動を開始して二時間ほど経った頃に物凄い勢いで追いかけてくる赤い獣に気付いた。

「うおぉぉ!」

 と、雄たけびを上げつつ近付くのは巨大な狼のモンスターだった。

 見る見るうちに荷馬車に近付くが御者台に居る人間は全く気づいていないようだ。

 不可視化しているわけでは無いし、駆けて来る音が聞こえていないのか。馬車の音がうるさいのが幸いしたのか。

 速度に変化は無い。

「……そんなに急いでどうした、ルプスレギナ」

「ぜぇぜぇ……。お、お、お一人で……。勝手をされては……、困ります、です……」

 狼形態から人間へと変化する戦闘メイドのルプスレギナ。

 疲労しているのは本気で走ってきたからかもしれない。

 姿を見られるという危険を犯してまで追いかけてきたのはモモンガのせいか。

 ついうっかり了承した後に不味い事だと気付いたとか。

「わ、私は冒険者プレートを持っているので……。入国の、際に……、不審がられなく済むと……」

「とにかく、中に入りなさい」

 と言いながらもたっち・みーはルプスレギナを引っ張りあげる。

 何度も咳き込む姿はとても珍しいものだ。

 アイテムボックスから無限の水差しピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーターとコップを取り出す。

 新鮮で冷たい水が入っているアイテムで、無限と付いているが一日に使用できる量は決まっている。

 それをルプスレギナに与えるとゴクゴクと音を鳴らし、尚且つ少しこぼしながら飲んだ。

 それだけで健康的な娘だな、という印象を受ける。

「せっかく来てくれたんだからお前を供としよう」

「は、はいっす。頑張ります」

 外敵に対し油断をすればモモンガはきっと慌てる。

 ただ、たっち・みーは転移後の世界で襲われる確率はとても低いのではと思っていた。

 モモンガほど神経質に敵視政策は取っていないし、他のプレイヤーとの交流も必要だと感じていた。

 ゲームは終わった、という意識はある。

「……よその世界に来てまで争う必要があるのか、という問題もあるんだけどな」

 余程、陰険な存在でもない限り異世界転移の被害者として情報の交流は出来ないものか。

 アイテムの奪い合いをしても大元のゲームは既に無い。

 ならばアバターの自分達は次に何をすればいいのか。

 政府による惑星開発というオチも脳裏を過ぎるけれど、魔法やアイテムを使用できるようにするのは何故だ、と。

 争いの種は排除した方が都合がいいのではないか。それとも各国で自分には分からない紛争でも起こしているのか。

 それとユグドラシルのシステムを使う必要性についてだ。

 他のゲームデータは使えないのか。このゲームでなければならない必要は無い筈だ。


 更に時間が経ち、トブの大森林という広大な森が姿を現す。

 仲間達が上空から観察したかぎりでは相当な広さがあり、国をいくつか内包しても余りあるほど。

 天然の要塞というのは言いえて妙だ。

 問題のカルネ国はそれほど奥まったところには無く、日光もちゃんと届く位置に作られている。

 住人の殆どは農家の人間。

 もちろん、他の街からの移住者も居て元冒険者も住んでいる。

 城は無く、地下施設がいくつか作られているほかは一般的な街並みと大差がない。

 この国の側にモンスターの実験施設とも言うべき『バレアレモンスター園』がある。

 不穏な噂のお陰で近づく物好きは研究者以外に居ないと言われている。

「もうすぐ到着しますので」

「分かりました」

 入国に関して簡単な身体検査を受ける以外は入国料は発生せず、入る事が出来る。

 元々モンスター溢れる森なので自然の防衛体制が出来ており、人件費が安く抑えられているためだとか。

 聞くと納得する事柄にたっち・みーは感心する。

 その横ではルプスレギナが増えていた事に御者が驚いていた。

 一人二人程度なら許容範囲内だと判断する事にしてため息を軽くつく。

 天然の自然要塞である森の中に進入して三十分は経過しただろうか。

 辺りから様々な動物の鳴き声が聞こえてきた。

 姿こそ見えないが生き物の気配があちこちから感じる。

「モンスターかどうかは分からないな」

「外側に近い場所には一般的な狼みたいな獣しか居ませんよ。モンスターはもっと奥から来ます」

「そうですか」

 そうじゃないと国など作れないし、国民が危険に晒される。

 至極当然の理由とも言える。

 溶岩地帯の側に町など作るバカは居ない、という事だ。

「着きました。帰りはどうします? このまま国王様のところまで行ってもいいですか?」

「お任せします。帰りについては……、転移とかで帰ります」

「転移だと検問に挨拶してからにして下さい。行方不明者を探すはめになるので」

 と、普通に返してきた。

「……分かりました。転移をご存知だとは……」

「数々の奇跡を今まで見てきましたので。転移くらいは魔導国で充分承知しております」

「御見それしました」

 それは素直な感想だ。

 とにかく、荷馬車にはこのまま進んでもらう事にして街の中は後回しにする事にした。

 人口は数千人規模の小都市。

 奥に行くほど警備が厚くなる国。それは単に奥が一番危険だ、というだけの話しだ。

 人間が住むのは森の出口付近で、亜人種と異形種は奥を担当している。

 丁度良い配分にすることで街の治安を維持している。

 カルネ国の中心地に広い邸宅があり、そこが国王が住む家なのだが半分は研究室と化している。

 元々錬金術師アルケミストなので様々な実験を繰り返す事が多い。

 根っからの研究者で、政治活動はほぼしない。

「たまに外交するって話しは聞いてますけどね。詳しい事は我々にもよく分かりません」

「面白そうな国というか人のようですね」

「とても真面目な人です。そろそろ着きますんで」

「はい」

 ようやくにして現場に到着し、荷馬車を止めて御者が建物の扉をノックする。

 面会の約束はしていないが入室の許可は下りた。

 国王は不在だが王妃が居るという。

「物騒なモンスターが中に居ますが……。慌てないように。あと、武器は出さないように願いします」

「分かりました。ここまで案内していただき感謝します」

「では、私は失礼します」

 最後まで丁寧な対応に人の心の温かさを感じたたっち・みー。

 自分たちが住んでいた荒んだ世界の人間とは顔の輝きがまるで違う。


 邸宅は複雑な構造はしておらず真っ直ぐ先に大広間が存在し、そこでたっち・みー達を出迎える事になっていた。

 確かに中に入ってすぐに驚く。

「……物騒なモンスターとはこいつらか……」

 使用人が目的地を示すよりも先に視界に飛び込んできたのは漆黒の死者の兵団。

 それは見慣れた死の騎士デス・ナイト達だ。

 動像ゴーレムのように佇んでおり、侵入者に顔こそ向けていないが敵意を表せば襲ってくるのかもしれない。

 ルプスレギナは試しにアンデッド退散をしてみようかな、と呟いたのでやめておけと命令しておく。

 実力では彼女が上だし、追い払う事は難しくない。ただし、話しが面倒臭くなる事は確実だ。

 更に言えば、問題を起こせばモモンガが悶えるに決まっている。

 しばらく歩いてからたっちは気付いた。ルプスレギナが偽装していない事に。

 女性の装備品は無かったが兜の一つを渡してみた。

「無いよりマシだが……」

 頭に被るだけで顔は丸見えの代物だ。

「申し訳ないです……。急いでたんで……」

 NPCが急いでいたとして物忘れするのか。

 それではまるで機械ではなく生物的な振る舞いだ。

「……後でユリ達にしぼられるぞ」

「……ふ、不可抗力っす」

 そんな言い訳が通じるとは思えないけれど、可愛いからと自分はきっと許す。

 甘くするのも秩序の乱れかもしれないが、何事も経験だと自分に言い聞かせる。

 廊下に配置されている死の騎士デス・ナイトを眺めつつ移動していると前方から蛇が這い寄って来た。

 正確には下半身が蛇となっている人蛇ラミアのラフィーだ。

「いらっしゃいっす」

「お邪魔します」

 年齢は聞いていないのだが十歳は超えているのか。それとも種族的に長命だから姿と年齢にかなりの差があったりするのか。たっちは少し悩んだ。

 ルプスレギナは手を挙げて挨拶し、ラフィーの案内で進む。

 一見すると無防備で警備が甘く見えるがラフィーに手を出そうものなら配置されている死の騎士デス・ナイト達はきっと彼女ラフィー達を守る為に動く筈だ。

 数は多くないが油断は出来ない、と相手に思わせる意味もあるのかも。

 自分は一人でも全部撃破する自信があるけれど現地の人間などは対処が難しい、とか。

 そんな事を考えているとラフィーはある扉の前で止まる。

「ここがお父さん達の居る部屋っす。お父さん居ないけど、お母さん居るから」

「案内ありがとう、ラフィーちゃん」

 ラフィーは敬礼するような仕草を見せて、素早く去っていった。

 胸に手を当てるところは現地式の敬礼なのかな、と首を傾げた。


 ◆ ● ◆


 使用人がまず扉をノックし、先に入室する。

 その後で客人を招き入れる。

 国をすべる王が居て王妃が居るなら玉座の間のような部屋だとたっち・みーは想像していた。

 ただ、それは城のような立派な建築物であればあって当たり前だといえる。

 部屋の造りは一般住宅よりは上等のようだが、実際のところは他の家とそれほど変わらない気がした。

 テーブルがあり、椅子があり、壁際には本棚があり、玉座など何処にもない。

「いらっしゃいませ」

 と、快く出迎えてくれるのは一見すると自分の嫁さんかと錯覚しそうになった程、普通の主婦に見えた。

 丸みを帯びた短めの金髪。茶髪に近いかもしれないけれど。

 街娘という風貌の方が良く似合う『いい女』だった。

 もちろん、たっち・みーの私見だ。

 歳の頃はキリイ青年の年齢を考慮すれば三十代は超えている筈だが、二十代のようにも見える。それでもまだ歳若く見えるのは健康的な暮らしをしているからかもしれない。

 適度に日焼けした肌に張りがあり、今でもまだ現役で農作業をしているといっても信じる自信がある。

 彼女こそカルネ国を統べる王妃『エンリ・バレアレ』である。

「エンリです。初めまして、騎士様」

「……あ、ああ。私はた……、ゼー●●ー●という旅の者だ。……姿については指摘しないでくれると助かります」

「分かりました。どうぞ、好きなところにお掛けくださいませ」

 部屋の中はそれ程整頓されてはいないが椅子を持ち寄り、素直に座るたっち・みー。

 偽名は念のためだが、何だか申し訳ない気持ちになってきた。とはいえプレイヤー名が平仮名なので少し恥ずかしい。

「これは私の連れのルプス……。ター●●でいいか?」

「えっ?」

 事前に偽名について打ち合わせをするのを忘れていたのでルプスレギナが戸惑うのは当たり前だ。

 つい王妃エンリに見惚れてしまって判断力が衰えたのかも。

「は、はい。それでいいです。私はたー●●っすよ」

 このやり取りが聞こえているエンリはクスクスと苦笑した。

「そういうことにしておきます。ぜー●●ー●さんとたー●●……。ふふふ……」

 エンリは手元にあるハンドベルを鳴らす。すると先ほどの使用人がやってきた。

「秘書官を呼んできて下さい」

「畏まりました」

 使用人が一礼し、退出する。

 それからすぐに部屋に現れたのは頭からローブをかぶった魔法詠唱者マジックキャスター風の人物だった。

 見た目に間違いが無ければ死の大魔法使いエルダーリッチなのだが、王妃が使役するというのが意外だった。

 たっち・みーは言葉無く驚いているうちに秘書官は定位置に座り、羊皮紙の用意を淡々と始めた。

 当たり前だが一国の王妃にすんなりと面会出来るほど世の中は簡単ではない。

 既にいくつかの警備体制が敷かれ始めているのは気配で感知していた。

 もちろん、相手の動向を探るのは基本だが。

「キリイのお友達でしたか?」

「いいえ。そういうわけではありませんよ」

「あら、そうですか? では、旅人さんという事でよろしいんですか?」

 言い方が奇妙だが、たっち・みーは疑問だけ感じた。

 友達でなければ不味い事など何かあったのか、と。

 話しを聞くだけだったので物事を深く考えていなかった。

「そちらの方はお飲み物とか要りますか?」

「いいんすか? それは是非」

 と、遠慮しないター●●。

 たっち・みーも指摘するのが面倒なので放置してみた。何か反応があるかと期待して。

 無礼な真似をするとは思えないが、その時は頭を引っぱたくだけだ。

 エンリは再度、ハンドベルを鳴らし、ター●●の為に飲み物を用意させる。ついでにいくつかの食べ物も持ってくるように依頼した。

「……それでぜー●●ー●さんは私に何が聞きたいのでしょうか? その為に来たのでしょう?」

「……いきなり結論からでは失礼かと思って……。このカルネ国とはどういう国なのか、からお願いしたい」

 背後に『魔導国』と『アインズ・ウール・ゴウン』が居るのは分かっている。だからといって結論を急ぐ必要は無いと判断した。

 特にかの国魔導国の事は後回しでもいいと思っている。

 今はただ王妃とを楽しむ事に集中するだけだ。


 農業国家とはいえ領土の無い国などありえるわけが無い。

 だが、一般的な都市はモンスターの脅威から国民を守る為に高い壁を築き、外に出たがらない引きこもりのような状態になっている。それゆえに境界を気にするのは土地を保有する領主達くらいだ。

 それを逆手に取り、王国と帝国が争わずに使える国としてカルネ国を作り上げた。

 共に人間の国として新たな一歩を進める為に、という感じをエンリは説明する。

 戦争で無闇に農家を危機に晒さない協定を魔導国側が提示し、両国が了承した上で締結した。

 その辺りは複雑な事情とか面倒臭い政治が絡むので説明は省きたいとエンリは苦笑気味に言った。

「なんで王妃なんだろうって最初は思いましたけどね」

 国の統治者としての地位だから仕方が無いんでしょうけれど、と。

 少し前まで村長だったのに。

「でも、国の偉い人との交渉には役に立ってます」

「……それでも得体の知れない旅人と面会してくださる王妃は……、そうそう居ないと思います」

「たまたま今日は暇だったからです。……嘘です。いろんな方から貴方達と会うように勧められました」

 いきなり本音を言い出すエンリ。ただ、それが何処まで本当かはたっち・みーには窺い知れない。

 モモンガのように人をあまり信じない性質たちではない。言葉は素直に受けて、出来るだけ信じる。時には嘘も混じると思う。それは仕方が無い事だと大人だから分かっている。

 こちらはただ無防備に相手に合わせるだけだ。

 何事も疑ってかかるようでは信任は得られないものだ。

 それがたとえ嘘だとしても自分の正義は相手を信じる事だ。

 そんな事を考えていると食事を持ってきた使用人が現れ、ルプスレギナの目の前に小さなテーブルを用意し、手際よく食事を並べていく。

「お口に合うかは分かりませんが、どうぞ」

「頂きますっす」

 農家の国に相応しい野菜尽くしの料理で肉が殆ど見当たらない。

「まずは前菜から。お肉ばかりだと贅肉がつくらしいですよ。ちゃんとバランスよく食べる事が大事です」

 そうエンリが言うとルプスレギナは肉を食わせろ、という気持ちを口を尖らせて主張する。

「……ター●●。折角のご厚意に文句を言うな」

「……はいっす」

 自由奔放なNPCに『郷に入っては郷に従え』という格言を教えるのは大変そうだと感じた。

「……色んな方というのは魔導国ですか?」

「命令というほどではありませんが……。出来るだけ会うように、と……。そもそも私に何か御用でもおありなのですか? 初対面だと思うのですが……」

「純粋に世界が知りたいだけです。それは本当ですよ」

「そのような格好なのに?」

「顔を見せると知り合いに怒られるので」

 エンリは苦笑した。

 異形種でも平気かもしれないけれどエンリに素顔はまだ見せるべきではないと思った。

 特に魔導国がらみだとモモンガが激しくのた打ち回りそうな気がして。

 あまり骸骨が転げまわるような事態は避けたいのだが、相手方の出方も知らなければならない。

 探り合いよりは飛び込み営業の方が手っ取り早い。そして、自分はそれが出来る実力があると自負している。

 とはいえ、引き際は心得ている。

 野菜を食べ終わったのを確認したエンリは次々と他の料理を運ぶように使用人に命じていく。

 一皿ずつ。量は多くないがルプスレギナは興味深く味わって食べている。それはまるで彼女の好みを熟知しているかのように見えた。

「まずは……、なんでしょうか。領土が無い事についてでしょうか」

「はい」

 たっち・みーは居住まいを正しつつ、ルプスレギナの様子も気にかける。

 手づかみで汚く食べるような真似をしていないので、とりあえずは放置しておく。

「国であれば領土があるのが一般的だと思うのですが……。それがというのは……」

「人々の往来を増やす為と国としておけば外交により、情報集めがしやすかったり、人を呼び込むのに丁度良かったりするんです」

 一国の村のままでは他国との交渉ごとは色々と面倒であり、争いの元となる。

 国として制定し、バレアレ家が独自に責任を持つことで制限を撤廃する。

 最初はそんなところから始めた。

 食はとても大事で恒久的に必要となる食材を確実に確保する為には奪うよりは生産し、研究するのが一番だ。

 カルネ国が提示できるのは技術と労働力。

 王国は冒険者の育成。帝国は魔法の研究。

 それぞれの得意分野を分散する事で経済を回す。

「この国は農家のような労働力に特化しています。あとは冒険者の為のマジックアイテムの研究と開発もおこなっています」

「規模が大きくなったから国にしてみよう、という感じですか?」

「そうですね。扱う土地がとても広いですから。領主に迷惑をかけない範囲を長く交渉してきたんですよ、一応……」

 各国に居る土地の所有者から買える分は買い取り、自分達の領土にする。という計画はあるにはあった。ただし、そうなると主権侵害の争いが起こるかもしれないと夫であるンフィーレアから言われて議論が何年も続いた。

 貴族に法律はあまり役に立たない。そういう時代だった。

「カルネ国に危害を加えない限り他国を侵略しない。そういう約束事を取り決めてゴウン様は自らの国土を広げない事を宣言いたしました」

 普通に考えればカルネ国の為に世界征服しない、と聞こえる。

 魔導国の目的は不明だが、領土という概念があるなら領土紛争からは逃れられない。

「……それって……」

 『職業訓練場』ではないのか、とたっち・みーは思った。

 もし、そうならカルネ国という名前は便宜上の名称に過ぎない気がする。

 国レベルの土地を扱うのであれば逆に有効的なのか、と。

 あと、領土を持たないからこそ出来る抜け道とも言える。

「国籍とかはどうなっているんですか?」

「戸籍制度が未発達ですから、どこかの出身でも特に問題は無いのではないかと。正確には人間が住んでいる国限定とも言えますが……」

 自分達の住む世界では戸籍はとても大事なものの筈なのだが異世界は未発達。

 確かに名前がいい加減だったりするようだし、自分の知るファンタジー世界の名称もごちゃ混ぜだ。

 それがこの世界にも適用されていて、統一性を出すのが難しい、という事もあるのかもしれない。

 後は血統問題か、とたっち・みーは唸る。

 今のところ貴族に出会わないし、情報も手に入らないが、その辺りはどうなっているのか少しだけ気になり、残りは食べ終わって眠そうにしているルプスレギナがとても邪魔に思えてきた事だ。

 世間の喧騒より自由に生きる事が大切みたいな娘を見ていると安心感が湧いて来る。

「魔導国はおりを見て自分達で確かめてきますよ」

「そうですか」

「それはそれとして『マグヌム・オプス』と『バレアレモンスター園』を見学したいのですが……、誰に許可を貰えばいいでしょうか?」

「マグヌム・オプスは立て看板を用意していますが……。アイテムを売る店の主人に尋ねれば大丈夫です。一軒屋程度なのですぐ分かると思いますが」

「はい」

「モンスター園は人間種以外の方は訪れない方がいいと言われています」

「解剖程度ならたぶん大丈夫です」

 本当に大丈夫かはたっち・みーでも保証はできないけれど。

 何事も確認する事は大切だ。

「特にマグヌム・オプスは興味本位で見学できるようなところではありません……。身の安全は保証出来ませんし、魔導国の者でも出来ません」

「……んっ?」

 魔導国の者でも出来ない、というのは施設は魔導国とは関係ない、ということか、とたっち・みーは疑問に思う。

 そんな施設が存在するのか。と同時にますます良く分からなくなった。

 簡単な言葉だが、とても凄そうな印象を受ける。

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