045 『漆黒』と『真蒼の薔薇』

 冒険者といっても銅プレートの仕事は地味なものしかない。

 それを一日に一回か二回おこなって帰る生活を続ける。

 本当にサラリーマンのような生活だ。

 ほぼ日給だが、それでも多少の情報収集は出来ているし、信用も積み重ねられるので悪い気はしなかった。

 自分が仕事をしている間、ギルドメンバーが何をしているのか少しは気になる。

 NPCノン・プレイヤー・キャラクターの様子から普通に生活しているようだけれど、いつかは自由に外に出したいと思っている。

「……エクリプスのモモンガさん。一緒に仕事をしませんか?」

「はい?」

 冒険者はたまに他の冒険者に誘われる事があり、それで新しいパーティを組む事は珍しいことではない。

 ただ、モモンガは初めて誘われたので少し驚いた。

 相手は鉄級冒険者の一団だった。

「いつも一人で寂びそうだったので」

 大きなお世話だなと思いつつも先輩冒険者と共に仕事をする経験も必要だと判断する。

「見たところ魔法詠唱者マジック・キャスターのようですが……。お一人で活動されている人は珍しいですよね」

「連れが居たんですが……。体調不良でして」

 本来なら供を必要とするのだがルプスレギナが難色を示すし、他の者はモモンガが個人的に怪しくて連れ出せないと判断していた。

 彼らと一緒ならルプスレギナを呼び寄せる事も構わないかもしれない、と思ったが今、体調不良と口走ってしまった。

 うっかり言ってしまった事を覆せるのか。

 その前にルプスレギナを登録させなければならないから今日中は無理だった。

 とにかく、話しだけでも聞こうと冒険者組合の中にあるテーブルの一つを使う事にした。

 他の冒険者達はそれぞれ卓を囲んで様々な情報を交わしたり、世間話しをしている。

 銅から金級までは確認出来た。それ以上の冒険者は数が少ないので出会う確率はとても低いらしい。

「今度、少し離れた『マグヌム・オプス』という施設の警備に行くんですが、いかがですか?」

 いずれ行く予定だった施設のお誘いだ。だが、素直に引き受けるのは危険だと思った。

 一人で活動する魔法詠唱者マジック・キャスターに声をかけるのは何かのイベントではないのか、と。

 疑り深い性格なので裏があると思ってしまう。

 警備の仕事なら問題は無い。距離もそれほど離れていないし。

 ここは引き受けるべきか。

「その前に何故、私……。俺を誘おうと思ったんですか?」

 一人称について演技すべきか、素でいいのか迷ってしまい、おかしな答え方になってしまった。

 一般の冒険者相手なら別に素でも問題は無いと思った。少し馴れ馴れしいかもしれないけれど。

 仮面をつけているので性別不明という事も、と思い至ったが声は普通に聞こえている筈なので男性だとすぐに気付かれるし、もう手遅れだった。それと、仮面を取ると女性の顔が出るようであれば『ネカマ女性を装うプレイヤー』とさして変わらない。

 そこまで姑息な事は考えていなかったので、色々と妙な考えが浮かんで少し苦笑する。

「ただ単に人数合わせですよ」

 それはつまり将来的に正式メンバーとして迎えるかもしれない発展途上的な問題なのか。

 平均人数は四人から六人まで。

 もちろん、多すぎては報酬が減ってしまう。

 単独のソロプレイヤーの場合はそれなりの実力がないとやっていけない。

 モモンガとて数人のメンバーでチームを組んで冒険する。

「皆さんよりランクが低いのですが……」

「メンバーカードに仕事の情報は記載されていきますので、昇進は個別対応になっているはずですよ」

 確かにそうなのだが。

 急な誘いに少し戸惑っているのは事実だ。

 今まで引きこもっていたせいかもしれないけれど。

「うちのメンバーに魔法詠唱者マジック・キャスターが居ないんですよ。魔力系や信仰系との連携もそろそろ考えないと次の昇進から対処できないと思いまして」

「そうですか。戦士ファイター野伏レンジャーだけでは心許がないと……」

「はい。回復ポーションは高いですからね」

 彼らは信仰系の魔法詠唱者マジック・キャスターを望んでいるようだ。

 もちろん、後衛も欲している。

 ルプスレギナを呼び寄せたいところだが、登録料で一気に資金が減るのはまだ少し抵抗がある。

 払えなくは無いけれど。


 正直に言えば誘いに乗ってもいいと思った。それに先輩冒険者から色んな話しも聞けるようになる。

 ただ、問題は自分に話しかける奴は今まで人間では敵しか居なかったから抵抗を少しだけ感じている。

 さすがにユグドラシルのように異形種をPKプレイヤーキラーして特殊な職業クラスを獲得するような仕様は無いと思うけれど。

 ゲーム時代のクセが残っているのですんなりと話しが進められない。

「いきなりの誘いに少し驚いてしまって……」

 仮面をつけているので表情は伝えられないけれど、モモンガ的には驚いている。それと『二つ名』で呼ばれるのは気恥ずかしい。

 『童貞』だの『神経質』というものでなくて良かったとは思った。

「お一人で活動されているのに?」

 一人で活動する冒険者は神経が図太いから平気。という事を広めたバカは誰だ。

 そんな事はあるわけないだろう、と胸の内で叫ぶ冴えない主人公。

「戸籍程度の認識でして……」

「……ああ、すみません。熱心に仕事を請けているのを拝見していたので……」

 確かにやる気を出していたので外部からは『俺を誘えばお前らの役に立つぞ』的なオーラを発しているように見えたのかもしれない。

 それはそれで嬉しくもあり、恥ずかしいけれど。

 チームやパーティについてはギルドメンバーが居るので間に合ってはいる。この世界の冒険者の仕事ぶりを観察する上では飛び込み営業もやぶさかではない。

 地道な努力は裏切らないものだ。

「……返事は即答できかねます」

「そうですか……。意外と慎重な方なんですね、モモンガさんは」

 見た目の派手さから荒くれ者とでも思ったのか。

 慎重というか警戒というか。

「そういえば……。私と同じモモンガという名前の冒険者が複数居るそうですが……。ご存知ありませんか?」

「大抵は二つ名で活動されている方が多いので……、詳しくは……」

「アダマンタイト級冒険者『』のさんにあやかって名乗っている連中じゃないでしょうか。モモンなんとかって名前が一時期流行はやりまして……。子供の名前にも使われる事も多かったようです」

 有名人の名前を借りたり、子供に名付けたりするのは日本では珍しい事ではない。

 その点で言えば異世界でも似たような事態が起きたといえる。

 では、その大元のとは何者なのか。

「………」

 そのネーミングから考えるまでもなく、自分だと思う。

 モモンガという一人のプレイヤーが冒険者になって活躍すれば必然的にどうなるのか。

 火を見るより明らかだ。

 なにせ、魔導国にはアインズ・ウール・ゴウンが居るのだから。

 つまり、そういう事だ。

 偽名を使う場合、自分ならば確かに『モモン』と付けそうだし、ギルド名を名乗る点から考えればおのずと答えが導かれる。

 では、他のモモンガとは何者か、というと赤の他人で普通の冒険者だと思う。

 その中の一人に自分も含まれてしまうわけだが。

「アダマンタイト級の冒険者……」

 高レベルのプレイヤーならば到達は不可能ではない。だが、人間の国で信頼を勝ち取ってなれるほど簡単なものなのか。

 現時点では頑張ればなれるかもしれない、と思わないでもない。

「そのモモンという冒険者の事は詳しくないのですが……。有名人なんですか?」

「モモンさんを知らないとは……。あんた南方の国から来たのか? このあたりの出身者でモモンさんを知らない人は居ないと思っていたけれど……」

 それはつまり王国で知らぬ者は居ない程の有名人という事となる。

 迂闊に知らないと言ってしまった手前、実は嘘でした、とは言えない。

 とぼけるのも注意が必要だと判断する。

「色んなところを旅してきましたから……。知らない事が多いんです」

「そうかそうか」

 冒険者達は一様に笑っていたが何も知らない人間に出会って珍しいと思っているのかもしれない。

 ここは無知を装う選択を選ぶ。


 興味を持った冒険者の一団。総勢三人は小さなテーブルを囲むように座り込み、アダマンタイト級冒険者という『漆黒』のモモンについての英雄譚のようなものを話してくれた。

 本当ならメモ用紙で書き留めたいところだったが日本語で書くと不味いかもしれないと思い、我慢して覚える事にした。

 たぶんあまり覚えられない気がするけれど。

 モモンという冒険者は一人で活動するソロプレイヤーではなく、供を連れていた。それが美しい姫と書く『美姫びきナーベ』という女性冒険者。

 説明が日本語的なのに文字は異世界のものなので違和感があるけれど無視する。

 美姫ナーベ。名前からナーベラル・ガンマの事だと思うけれど、やはり彼女を供とするのか、と納得する。

 見た目的めてきに無難だし。

「第三位階の使い手で剣も達者という。美しさと気品は『真蒼しんそうの薔薇』に匹敵すると言われている」

「王国に存在する数組のアダマンタイト級冒険者チームの一つで全員が女性なんだ」

 モモンとナーベは数々の伝説を残し、現在は魔導国の冒険者として働いている。

「今も居るんですか?」

「居ると思うよ。引退した話しは聞かれないし」

 伝説と言うから既に死んでいると思ってしまった。

「魔導国に移籍して十年以上も経っているからね。あと、大きな事件も無いみたいだし」

「たまに聞かれる強大なモンスターとの死闘くらいじゃないかな。この辺りは『マグヌム・オプス』をおいて物騒な所は無いし」

「そうだね。後は……、アゼルリシア山脈とエ・アセナルの地域くらいかな。……よくモンスターが出るって話しが聞かれるのは」

 冒険者の話しを総合するとエ・ペスペル近辺は平和である、と。

 比較的安全度が高いので『冒険者の休息地』という別名がある事が分かった。

 第三位階の使い手、というのが疑問に残った。

 魔法の事なのは確かだが、随分と低い位階なのにアダマンタイト級として不思議がられないのは何故なのか。

「そのびき……ナーベが第三位階……というのは凄い事なんですか?」

「魔法には詳しくないけれど……。当時としては第三位階の魔法を扱うのは英雄……いや、天才だったかな? それくらいと言われていた。今は第五位階くらいは使える人が多いんじゃないか?」

「いやいや、そう簡単に到達できないって。この辺りの魔法詠唱者マジック・キャスターでも第二位階ばかりじゃないか」

 第三位階で天才だとすれば第十位階の自分は神になるのか。

 迂闊に第十位階が使えますよ、と言わなくて良かったかもしれない。国を巻き込むイベント並みに発展する事もありえるので。

 それをすんなりと信じるのかは未知だが。自分なら笑い飛ばすかもしれない。

 とにかく目立ちすぎる事態になる予感がするのは理解した。

 あと、自分以外にも第十位階を使える人物を何人も知っている。

 うちのギルドではゴロゴロ居るのに、困った事態だ。余計に外に出せないではないか、と。

「わ、私も勉強中の身で……、今いち凄さがわからなくて……、すみません」

「そうでしたか。第一位階でも冒険者になっている魔法詠唱者マジック・キャスターはたくさん居るので気にしても仕方がありませんよ」

 親切に色々と教えてくれる冒険者に深く感謝する。

 意外な名前が出たはずなのだが変な名称に聞こえなかったのが不思議だ。


 仲間になるかは別として色々と質問してみた。

 この世界の魔法詠唱者マジック・キャスターは低い位階しか使えない。

 近くに出てくるモンスターはほぼ雑魚。

 びっくりするほど初期の地点レベル。

 第三位階が凄いというのは経験値が積めないのか、そこまでしか成長しない仕様なのか。

 試しに高い位階魔法を扱える人間について尋ねると隣りのバハルス帝国に第六位階を使う魔法詠唱者マジック・キャスターが居る噂があるという。

「……帝国のフールーダという人なんですが……、その人くらいかな。すぐに名前が出るとすれば……」

 あまりにレベルが低くて逆にビックリだ、と言いそうになる。

 仲間に連絡すれば皆笑うんじゃなかろうか。

 この世界の魔法が自分達の魔法と同一という保証も無いので一概にバカにできない可能性もある。

 美姫ナーベが良く使う魔法は『雷撃ライトニング』という。

 大した事が無かったし、位階も同じだった。

「……へ、へー……」

 それで、その程度で凄いという世界なのか、と失望の色が濃くなりつつあった。

 本気で言っているのか、と。

 自分達は第八位階が一般的だぞ、と。もし証拠を見せれば彼らはビックリして死ぬんじゃないのか。それくらいの差があるような気がする。

 いや、迂闊に言ってバカを見るオチも考えられる。

 自慢して失敗する事はよくある。

 知ったかぶりは大抵が失策だ。

「王国も最近になって魔法の研究とか始めたばかりなので、この辺りの魔法詠唱者マジック・キャスターはまだ低い位階しか扱えないと思います」

「バハルス帝国の情報は実際に行かないと分かりませんけど……。第三位階は割りと一般的になっているかもしれません」

 魔法に特化した国というのは理解した。

 ならば高い位階魔法の情報が隠されている可能性もあるわけだ。

「帝国に負けず劣らず王国にも凄い魔法詠唱者マジック・キャスターは居ます。帝国のように第六位階という情報がないけれど、それに匹敵する人が……」

「有名人が何人も居るんですね」

「冒険者は大体英雄に憧れるものですから。六大神。八欲王。十三英雄……。漆黒のモモン達のように」

 派手な活躍をするには大きな事件が無ければならない。

 そうそう都合の良い大事件が起きない冒険者は安全な暮らしをしている者が多い。

 それはそれで別に悪い事ではない。

 命は大切だとモモンガも思う。

「モモンガさんは何か面白い話しは持っていないんですか?」

「……聞いているばかりで申し訳ないが……、皆さんに話すような大層なものは……」

 あったとしても『アインズ・ウール・ゴウン』の活躍くらいだ。

 鉱山を強奪した話しをしても仕方が無い。というか、引かれる気がする。

「仲間になる話しは魅力的ですが……。私にとっては突然のことなので判断しかねます。申し訳ありません」

「いえいえ。気が向いたら声をかけてください」

「ありがとうございました」

 冒険者達は残念だ、という顔をしつつもモモンガに一礼して他の場所に移って行った。


 ◆ ● ◆


 他の人間のチームに入って情報収集することも本当は悪い手ではないと思う。ただ、今は一人で頑張っている最中だったので他の可能性は考えていなかった。

 せっかく知り合ったのだから後で自分から声をかけてみようかと脳裏に留めて置く事にする。

 一応、聞いた内容を覚えている限り仲間に連絡して吟味してもらう。

 アダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモン。

 異世界転移してやる事は大体同じ、というわけだ。

 しかし、ナーベという供が気にかかる。

 モモンは会いたくないがナーベの顔を確認する必要がある。

「うちのナーベラル・ガンマはどこに居るのやら」

 大した問題でもなさそうなのに気になるのは何故なのか。

 たかが戦闘メイドの一人なのに、と思わないでもない。

「それと位階魔法か……」

 自分の第一位階でも職業クラスレベルが高いから結構な威力になっているので、見せたら驚くかもしれない。

 昇進までは地味な仕事をすると決めたのだから焦る事は無い。

 そうしてモモンガは依頼書が貼り付けられたボードを眺める。

 銅ランクへの嫌がらせが無いのは秩序ある組織だから、なのかなと思った。

 冒険者組合の中で暴力沙汰が無いし、治安も悪くない。

 向こう見ずな冒険者が一人や二人は居てほしいと思うのは不謹慎か。


 日銭を稼ぐ仕事は今は地味だが、昇進すれば移動範囲が広くなる事は話しで知っている。

 モモンガ的には昇進は急ぐ目的ではない。

 あと、昇進しても銅プレートの仕事は請けられる。ただし、他の冒険者の邪魔にならない程度に留めなければならない。

 例えば銅プレートでも受けたがらない汚れ仕事とか。この場合は本当に街の清掃などの汚い場所に行ってトイレ掃除するとかの話しだが。

 ゴミ捨ても立派な仕事だ。

 雑多な宝物庫を片付けられていないけれど自分は比較的、綺麗好きである。

「他の冒険者と行動しようかと思います」

 と、仲間に軽く漆黒の事なども伝えておく。

『供はいいんですか? ルプスレギナがソワソワしていますけど』

 現在までに稼いだ資金でもう一人登録する事は可能だ。

 ただ、安い宿の拠点は変えられない。

「宿のランクを上げられるほどの余裕はないと言っておいてください」

『そんなに稼ぎが少ないんですか?』

「日給としては充分かもしれません。ほぼ午前中で終わりますし」

 午後の仕事もあるけれど、無難に午前中で切り上げて、残りの時間は街の風景を楽しむ為に使っていた。

 何も考えず散歩するだけだが、今までの緊張をほぐす意味では有意義に感じていた。

「二人で活動するような大層な仕事もありません」

『異世界なのに期待外れとは……』

「現実はそんなものかもしれませんよ」

 モモンガも多少なりとも期待はしていた。

 地味な仕事とはいえ無くてはならない。それに報酬も出る。

 常にモンスターに襲われる世界ならば活躍の場が多いのかもしれないけれど。

 そうなると村が機能しなくなるのではないのか。

「ボロ宿でも意外な情報が得られるかもしれない。今のところ物騒な集団が接触を計ってきたりして来ないし」

『我々が平和を壊しては隠れている意味が無いですよね』

 目下の目的の一つに土地の入手を決めておいた。

 地道に知名度を上げていけばいずれ貴族との接触の際、信用度によって話しがはずむ場合がある。

 悪名だと強引な手しか浮かばないし、なんだか暮らし難くなる気がする。

 PKプレイヤーキラーのような文化が多ければ、それ強引な手でもいいのかもしれないけれど。


 報告を終えた後は何処かの建物の屋根に移動して景色を眺める。

 広い街なので全貌を把握する事は未だに出来ていない。もちろん、高い位置から眺めれば難しくは無いが、ある程度の目線のまま楽しみたいので時間をかけていた。

「……モモンガ様。こちらを感知する者を感じました」

 後ろで不可視化していた影の悪魔シャドウ・デーモンの一体が声をかけてきた。

「承知した。お前達はそのまま控えていろ」

「……畏まりました」

 もし何かあっても戦力にならないくらい弱いし、と。

 感知されないような対策をえて取っていないので、探そうと思えば見つけられる。

 敵を誘き寄せる餌という意味合いもある。

 音も無く近づく相手だがモモンガでも感知できるところから素人なのか、それともただの興味本位か。

 ゲーム的な索敵が出来る分、自分の意識というのは現実離れしているんだなと改めて感心する。

 これが現実の身体なら当たり前だが魔法は使えないし、スキルも使えない。

 本当に不思議な事だ。

「モンスターの気配かと思ったら魔法詠唱者マジック・キャスター?」

「モンスターは居るみたいだから……。召喚物?」

 モモンガの背後で聞こえてきた声は二つ。

 似たような声だが何者なのか。

「確認」

「了解」

 音も無く近づく何者か。

 声の感じでは女性だが、気配が希薄なところから上ランクの冒険者か暗殺者アサシンか。

 職業クラスで取得しているものにケチはつけないが、相手に聞かせる意味で喋っているなら警戒するより、無防備を装った方がいいかもしれない。

 同業者冒険者であればトラブルは避けたいところだ。

「一つ質問する」

 これはモモンガに向けての言葉のようだから無視は出来ない。

「はい」

 モモンガは素直に返事を返した。ただし、顔は景色に向けている。

 迂闊に振り返ろうとすると止められるかもしれないので。

 ただし、それはただのテンプレートだ。

「後ろのモンスターはあなたのものか?」

 不可視化した影の悪魔シャドウ・デーモンは低レベルの人間に看破できるほど弱い存在ではない。それを感知するとなると噂のアダマンタイト級に近い者、という事になるのか。

 少なくとも冒険者組合に居た者は誰も感知出来なかったのは確認済みだ。

「護衛です」

「了解した。不可視化のモンスターという事はオリハルコン級?」

 これにはどう答えればいいのか。

 おそらく上位ランクでもないと不可視化のモンスターは使役できない、という事なら失態だ。

 だが、今更言い訳しても遅い気がする。

「何もしないのであれば……、追求はしない。我々も秘密は持っている」

「あ、ありがとうございます。……そうしてくれると助かります」

「こっち向いても大丈夫。殺したりしない」

 モモンガが振り向かないと相手は空中移動でもしない限り、顔を見せる事が出来ない位置だった。なのでモモンガは素直に後ろを振り返る。

 そこに居たのは不思議な格好をした双子に見える人物達だった。

 見た目からは忍者ニンジャに近いが、分身の術でも使っているのか、と思わせるほど顔が似ていた。

 二人共屈んでいるので背丈はよく分からなかったが引き締まった腹筋が見える軽装。胸を覆う装備から女性、という事は確認出来た。

 屈んでいるといっても膝を曲げている程度なので腹筋は見える。

 髪型や顔つきも一緒。

 装備の一部が色違いになっていたので術ではない事は理解した。

「仮面か……。しかし……」

「声とか雰囲気が魔導王にそっくり……。もしかして……、お忍び?」

「いえいえ、赤の他人です」

 ここで当人だと言い張るのは悪手だ。

 なにしろ本物の魔導王を知らないのだから演技の仕方が分からない。

 ここは素直に行動する、という選択を選ぶ。

 声が似ている、という事はやはりアインズはモモンガと同一人物かもしれない。

 だからといって全てが同じかは不明だ。

 相手の双子の首に見慣れない色合いの金属プレートがかけられている事に気付いた。

 冒険者組合で見かけたものの中には無いもの。という事は白金級以上だ。

「銅プレート冒険者……。なら登録済みか……」

「あまり不審な行動をすると捕縛しなければならない。気をつけてね」

「すみません」

「一応聞くけど……。ここで何してたの?」

「街の風景を眺めていました。仕事の終わりに夕暮れとか眺めるのが好きなので」

「……それはいいけど、モンスターはいただけない。使役する場合は冒険者組合に報告しないと駄目だよ。怪しいと思われて討伐依頼出されるおそれがあるから」

「すみません。それは存じ上げなかったので」

 確かに冒険者組合では聞かなかった事柄だ。

 いや、聞き流して忘れてしまっているだけかもしれない。

「素直」

「可愛い」

「こほん。不可視化モンスターを使役する場合は討伐されても文句は言えないよ。そこは覚悟するように」

「はい。ありがとうございます」

「銅ランクで報告するのは不味い?」

「たぶん……」

 と、最後は双子同士の会話だが。話している内容が漏れ出ているのはわざとなのか。聞こえるように言っているのか。

 後者であれば後輩としてしっかりと聞いておくべきだと思った。


 急に現れた双子と思われる忍者ニンジャ風の女性達は武器を出さずに話し続ける。

 殺気自体は感じない。けれども、いつでも戦闘に入る用意はしている筈だ。

 見たところ冒険者のようだし、彼女達と戦闘する事は不味くは無いか、と。あと、冒険者として悪い事はしていない、筈だ。

 不可視化モンスターを使役している事が不味い、とは今しがた聞いてしまったけれど。

「ここは内緒にしてあげよう」

「一応、聞くけど、襲ってこないよね?」

「は、はい。わ、私が攻撃されない限りは……」

 そう言うと二人は納得したようで何度も頷く。

「あまり真夜中まで居ないように。悪の組織の一員と勘違いされて襲われちゃうかもよ」

「特に高ランクの冒険者とかに」

「そうですか。ご忠告ありがとうございます」

 うんうんと二人は頷いた。

「……もし、ただの観賞なら事前にテントとか張っておくといいよ」

「あと、組合に場所を申請するとか。私達の確認用に」

「……銀貨一枚ほどかかるけどね」

「了解しました」

「……モンスターは内緒でいいけど……。すぐ退去できるようにしておくといいよ。ただし、何の落ち度も無い事に限るよ」

 もし、落ち度があれば討伐する。つまり、そういう事だ。

 モモンガは丁寧な対応にただただ頭が下がるばかりだ。

「観賞が趣味ならプレートはちゃんとかけておいてね」

「はい」

「……ところで、君。他の都市に行った事ある? もしくは、行く予定ある?」

「今のところはここに滞在予定です。他の都市は……、昇進してから考えます」

「了解した。同じような事を聞かれる事があるかもしれないけれど……。今のように答えてくれれば大丈夫だから」

「今日は雲が無いから綺麗な夜空が見えるよ。じゃあね~」

 二人は身軽な動作で飛び去っていった。


 ◆ ● ◆


 いきなりの登場に驚いたが高ランクの冒険者は侮れないようだ。

 自分も冒険者なので迂闊に口封じも出来ない。

 もし、登録が遅ければ一触即発となっていた可能性もある。

 高ランクならば名前も広まっている筈だ。そう簡単に処分も出来ない、気がする。

 確実に捜索隊は組まれる、かもしれない。

「……危なかった……。影の悪魔シャドウ・デーモン達よ。全員、居るか?」

 と、モモンガは今も物陰に控えているシモベに声をかけた。

「はい。欠員はございません」

「……うん。つわもの相手はドキドキするな。迂闊な行動に出なくて正解だった」

 だが、問題が無いわけではない。

 いくら高レベルプレイヤーのモモンガとて『ナザリック地下大墳墓』のあるじだ。

 護衛を無くす事をアルベドは許さない筈だ。

 それに未知の敵の存在もある。

 無防備での冒険は出来なくは無いが、心配の種だ。特に自分以外とか。

「……やはり供を連れていた方がいいんだろうな」

 少なくとも不可視化したモンスターでトラブルに遭う事は軽減される。

 それと空の観賞にいちいち金がかかるのは面白くない。

 事前に観賞ポイントを決めておいて一気に登録した方がいいのか、それは聞いてみないと駄目かもしれない。

「敵の首は確認しておけ。冒険者は必ずプレートを下げている筈だ。それを隠している場合は……、不可抗力としておこうか」

「畏まりました」

 今日は既に確認が取れたはずだから空の観賞は続けられる筈だ。

 忍者ニンジャの冒険者が見回りしているのは何かの事件でも捜査している、という線が考えられる。

 今の自分は銅プレートだから迂闊に事件に首を突っ込むのは迷惑かもしれない。

 変に目立って知らない敵を作るのは避けたい。

「……とにかく、いきなり襲われなくて良かった」

 見た目が怪しい魔法詠唱者マジック・キャスターがモンスターを連れて空を眺めていたら、自分でも怪しいと思う。一般的な常識ではそうなる筈だ。

 立て札でも用意しておこうかな、と。

 次の日に冒険者組合で確認すると街の中でモンスターを召喚する場合は戦闘行為以外では出来る限り、報告する義務がある事を教えられた。

 不可視化できるモンスターについては黙っていたが、基本的に一般市民に迷惑をかけてはいけない考えがある。

 聞けば納得する答えがある。

 『魔獣登録』と呼ばれるシステムがあり、姿を事前に登録するのに金がかかるのは事実だった。

「馬は料金に含まれません」

「分かりました」

 聞くだけならタダという事で聞けてよかったとモモンガは安心する。

 モンスターの使役という観点ではルプスレギナも魔獣みたいなものだが。

 異形種の冒険者の場合はどうなるのか。

「基本的に騎乗動物や本人の代わりに仕事をさせるような……。常駐型というんですか? そういうモンスターが登録対象ですので、冒険者は魔獣に当たりません」

 影の悪魔シャドウ・デーモンは常駐型に当たるかもしれない。

 なるほどと思いつつ、監視に使う集眼の屍アイボール・コープスも人目につかせるには登録が必要になるかもしれない。いや、こちらは規定の時間になると消えるから無理か。

 頻繁に使うモンスターという意味では傭兵型が適用範囲かもしれない。

「使役は基本的に街中で移動できる中型ほど。大型は中に入れなければ登録は不要です」

 中型というのは最大三メートルほど。

 基準だけあるので例えに出せるモンスターは受付嬢も知りえなかった。

 巨人ジャイアント程度かもしれない、と。

「あっ、丁度良さそうなのがいました。飛竜ワイバーン

「わ、飛竜ワイバーン……。なるほど。勉強になります」

 モモンガは初心者の気持ちになって感心した。

 自分は高レベルプレイヤーだ。といきがってはいけないようだ。

 世界のシステムとやらは意外と侮れない。

 次に夜空の観賞について尋ねた。

「様々な冒険者が街中を移動していますからね。他の街の冒険者とか。何らかの事件に巻き込まれてしまうおそれもなくはないです。エクリプスのモモンガさんは決まった建物とかございますか?」

「いえ。気の向くままです」

 勝手に屋上に上ってはいけない、という規則に抵触するのは貴族の屋敷や城と城壁だとか。

 一般の住宅や商店などは迷惑がかからなければ問題は無い。

「何の理由も無く建物の屋上に居れば怪しいと思われますものね」

「確かにそうですね」

 平和な世の中だとしても一日中空を眺めている仮面を被った怪しい人物が居れば気になる。

 それが常日頃の日課となっていれば次第に気にしなくなるかもしれない。今はまだそこまでに至っていないだけだが。

「特に規定はござませんが……。相手に誠意を持って答えるのがいいでしょう。もし、聞き分けが無ければ犯罪者という点もございます。冒険者とはいえ無闇に人を襲っていい規則はありません」

 犯罪者を取り締まるのは基本的に役人の仕事だ。

 冒険者は名ばかりの『何でも屋』が基本。

「夜空を眺めるのがお好きなんですか?」

「気持ちが落ち着くんです」

「もし、一箇所に居る場合は建物の責任者に許可を貰っておくのが無難かもしれません」

「色々と教えてくださってありがとうございます」

 後方に待っている冒険者が居なかったおかげで受付嬢から色々と情報を得られた。

 今のところ魔獣以外で許可申請する事態は避けられた。

 あと、自分の対応は重大な規律違反に取られるような事が無い事も確認できて安心した。

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