041 ぶくぶく茶釜とペロロンチーノがんばる

 レベル1の相手ならばマーレの一撃で即死になる事は充分にありえる。

 レベル差という概念があり、10も離れていればダメージが与えられなかったりする。それはもちろん極端な例ではあるけれど。

 あとは敵の数による補正も加わる。

粘体スライムだから流血はしないようだけど……。見た目で分からないのは困るかもね」

 自分のステータスを開ける事が出来れば色々と分かるのだが、何も出ない状態では何かのバッドステータスを食らっていた場合、全く気付かない事もありえる。

 自分の状態を常にチェック出来るようになりたいところだ。

「殴打は通用する。次は魔法を撃ち込んでみて。何か適当なもので」

「……は、はい……」

「しょんぼりしないの。確認作業なんだから。それともアウラに怒られるかしら」

 確かにアウラの居ないところでダメージを受ければ後で彼女アウラが怒るのは目に見えて明らか。

 そこは創造主の特権を行使すればいい。勝手に攻撃しているわけじゃないし、と軽い気持ちで思った。

 魔法といっても森祭司ドルイドの魔法が中心だから派手なものは地形を壊す。

 極大魔法で吹き飛びたくないので地味目を頼んでみた。

「で、では……。いきます」

 杖を構えて仕事をするマーレの顔を真っ向から見据える。

 少しかっこいいと思ったのは嘘ではない。

「〈太陽光線サンビーム〉!」

 杖からまばゆい光りが発生し、ジュジュッ、という音が鳴る。

「あっちぃ!」

 水平に発射された無数の光線魔法がぶくぶく茶釜の身体を貫く。

 第七位階の魔法で術者レベルが高ければ光線の数が最大で十本になる。そして、マーレの魔法は十本だった。

 ●●に穴が空き、後方は運がいいのか何も影響が無かった。

 飛距離が無限であれば恐ろしい事態になっている。

「あっちちち……。身体を貫いてったぞ。こえー魔法……」

 高位の術者の攻撃をまともに受けるのはバカだ。それがよく分かった。

 何の防御対策もしていないから貫通したがしっかり防御体制を取っていれば受けきれたかもしれない。

 物理攻撃は高めだから70は堅いか、と予想する。

「落下によるダメージが無いのにマーレの攻撃は普通に痛いわね」

 ダメージ計算がとてもゲーム的で不思議だった。

 このまま死んで蘇生できるのか、知りたいけれど今日は諦める。

 アウラにずっと黙っているのは不味い気がしたから。

 それに創造主が死を望んではマーレ達が悲しむ。

 とにかく、ダメージの確認は出来た。あと、マーレがもう泣いてしまっている。

「後で治癒魔法を受けるから。泣かないで」

「うっう……。ごめんなさ~い!」

 まるで母親のようだ、と思った。だが、あながち間違いではない。

 通常なら気にしないところだ。

 NPCノン・プレイヤー・キャラクターである事と血の通った生命体である事の認識の齟齬かもしれない。


 ◆ ● ◆


 マーレを慰めた後でアウラに報告すれば当然の如く嫌な顔をされた。

 癇癪かんしゃくを起こすような設定をしたかな、とぶくぶく茶釜は疑問に思った。

 粘体スライムの上位種だから平気、と言ってアウラ達がすんなりと納得するわけがない。

「いくらご命令とはいえ至高の御方であるぶくぶく茶釜様に手傷を負わせるのは辛いんですよ!」

「……はい」

 アウラに叱られて本人は正座のつもりでちぢこまるぶくぶく茶釜。隣りには正座しているマーレの姿がある。

「ダメージ確認は確かに大事かもしれませんが」

 真面目なアウラは普段と違ってかっこいいと思った。

 元気で明るい子供ではなく、責任ある階層守護者の顔だ。

「ちゃんと確認しないとこの先の行動に支障が出ると思って」

「……それは分かっておりますが……」

 口を尖らせるアウラ。

 ぶくぶく茶釜たちにダメージを与えられるのは自分達のような高レベルのNPC以外では敵性プレイヤーくらいだ。

 それは分かっているけれど、アウラとしては納得してはいけないと思った。

 無謀な事は隠れてやってほしくない。仲間外れにされたくない、という気持ちかもしれない。

「変に手加減されると把握しにくいし……。とにかく、ごめんね」

 アウラを抱き寄せて頭を撫でる。だが、身体が粘体スライムなので人間的な感触になっていない気がする。

 べったりとか、べちゃっとかいう変な擬音が聞こえそうだ。

 それでもアウラ達は嫌がらない。創造主だから平気という事もあるのかもしれない。

 異形種のギルドなのでアウラ達に合わせる事は本来、想定されていない。

 だからといって急に種族を変更できる仕様にはなっていない。

 見た目は可愛い闇妖精ダークエルフの子供だが、設定では七十六歳。

 一般的な森妖精エルフの文化では確かに子供かもしれないけれど人間的には老年だ。

 つまりエロい事も本来は平気という無茶な論理が通用するのか。いや、森妖精エルフの世界では未成年のままかも、とぶくぶく茶釜は混乱してきた。

 そもそも森妖精エルフは空想の産物だ。彼らの文化は創作物でしか知らない。

「とにかくご無事で何よりです」

「……うん、ごめん」

 即死実験しようものなら自害を申し出そうだ。

 それくらい彼らに心配をさせてしまったのは心が痛む。

 たかが、ゲームキャラクターと侮れない。

 ただ、粘体スライムにじゃれ付く森妖精エルフという絵図らは罠にかかったようにしか見えない。

 当人達が納得していれば誰にも文句は言えないけれど。


 アウラ達を慰めた後、ぶくぶく茶釜は第九階層に向かい、自棄酒やけざけあおる。

 粘体スライムには口は無いが擬似的に作ることは出来る。

 大抵の物質は溶かして吸収できるので基本的に排泄物は出ない。

「……いつものNPCなら気にしないのに……。どうして自我が芽生えるかな……」

 もちろんアウラ達には責任は無い。

 いつもの調子で行動できないのは粘体スライムとて精神的にストレスが溜まる。

「やっほー、ぶくぶくちゃ~ん。真昼間まっぴるまからやってるわね~」

 居酒屋に訪れたのは半魔巨人ネフィリムの『やまいこ』と白面金毛九尾ナイン・テイルズの『餡ころもっちもち』と呟く者ジバリング・マウザーの『ベルリバー』の三人。だが、ベルリバーは女性陣だけにした方がいいと空気を読んで引き返した。

「……いろいろとあってね」

 見た目にはやさぐれているのか全く分からない。

 感情エモーションアイコンは無いが言葉の感じでそれぞれ察する。

 カウンター席の椅子は八席しか無いけれど今の時間は三人の女性のみだ。

 店のマスターは茸人マイコニドの副料理長。

「餡ちゃんとやまさんは自分のNPCとどう付き合ってるの?」

「普通」

「自由意志で動いたり、喋ったりするようになって結構新鮮だった」

「ボクのユリは理想そのままだよ」

 バーのマスターに注文をしながらやまいこ達は前だけ見て喋り続ける。

「命令一つで意のままに動くと思いきや……。ちゃんと嫌がったり、辛さを覚えるんだね、あいつら」

「確かにね」

「うちら創造主だもんね」

 やまいこと餡ころもっちもちの前にカクテルが置かれる。

 ゲーム時代は演出のみで活用されることはなかったが今はある程度の味覚を感じられるので飲む事自体に問題は無い。

 というよりはアバターが自分の肉体として機能しているとしかいいようがない。

 飲食を可能とし、時には排泄も出来る。

 不思議な身体となってしまった。

「性格的なことはアンデッドでも一緒みたいね」

「こっちは人造人間ホムンクルスが居るけれど……。会話は皆と差ほど変わらないように思う」

「ぶくぶくちゃんだけが特別って事は無いんだから悩みは分かち合おうぜ」

「……私、粘体スライムだから威厳の欠片もなくて……」

「人は見た目じゃねーって。だいたいみんな化け物だし」

 やまいこの言葉に餡ころもっちもちは苦笑する。

 多種多様な種族が居るので悩みも当然色々と現れるものだ。

 その点で言えば興味深い事ではないか。

「ヘロヘロさんは威厳とか関係無しに生活してるよ」

 日がな一日を怠惰に過ごす。

 普通ならすぐに飽きそうだが種族の特性が働いているのか、今のところ退屈を感じないらしい。

 眠らない、というよりは眠れない種族も居るが精神的に追い詰められるような事も無く、それが当たり前のように働いているらしく、苦に思うのは現在モモンガだけのようだ。

 日頃から警戒しているせいで身体や精神がおかしな働きをしているのではないかと賢い連中が分析している。

「様々な表情を見せるNPCに戸惑うのも最初だけよ、きっと」

「変に使い捨てにしなくていいんじゃない? ゲーム的にぞんざいにしない分、自分が優しくなれると思えば……」

「……急には変われないわよ……。だから、自棄酒……」

「そう、ヒョイパクするように酒を飲まれるとありがたみが無いわね……」

 アルコールをただの水のようにがぶ飲みするぶくぶく茶釜。それはそれで勿体ない飲み方だと女性二人は残念に思う。だが、自分たちもやさぐれるようになれば同じ事をしそうだなと思った。

 多量のアルコールを摂取して、おかしな行動に出ないか心配になったが、身体が膨張したり、様々な色に変化するような事は確認できなかった。

「……餡ちゃん、尻尾邪魔にならないもんなの?」

 ふと、ぶくぶく茶釜は尋ねた。

 餡ころもっちもちは移動などに対し、己の九本の尻尾について不便と思った事は排泄とか浴場くらいだ。

 それぞれ多少は意識して動かせる。

「洗うのは大変だけど……、行動に支障はないようね。なにやら都合のいい補正でも働いているんじゃないかしら。結構乱暴に動かしても千切れないし、痛くもない」

「ふっさふっさよね。一本千切っても再生しそう」

「再生するかも。その時は千切れた方は消滅するんじゃなかったかしら?」

「保存する方法があれば遠慮なくぶった切るんでしょうね」

「……そう言われると怖いわね」

「ユリの頭を無くした場合は再生成されるのか、というと出来ないみたい」

「……出来たら凄いわよ。というか無くすって何?」

 首なし騎士デュラハンは首を無くしても死なないモンスターのように思えるが、きっと滅びる、と思う。

 モンスターには弱点となる部分が存在し、そこを破壊されれば不死の存在でも死ぬ。

 それがゲームの仕様でもあるからだ。

 絶対無敵のモンスターが居てはゲームが破綻する。そういう危うさに対してゲームを開発した会社は様々な修正を加えるものだ。

「それにしても……。モザイク処理が無くなるとはね……」

「一番のビックリよね」

「……そうねー」

 それぞれが創造したNPCの裸体は各自確認した。

 普通ならモザイク処理などのエフェクトなどが自動的に発生するものだが、今は消えている。

 外装を与える時、設定した覚えが無いリアルな肉体描写が加わっていて三人は驚いた。

 ある程度、適当だったデザインが転移後に補正を受けてリアルに変化したかのように。

「肉体的にはほぼ人間に近いんだけど、それって種族的に必要かなと疑問に思う」

「一部のモンスターが人間的な姿に近くなる。それは欧米などが影響しているんじゃない? でも、気持ち悪いものは気持ち悪くされているし」

 ナザリック地下大墳墓の中を移動している多くのモンスターは基本的に二足歩行だ。

 種族らしさを持つ者は少ないかもしれないほど。

 メンバーの身体もモンスターよりは人間に近く設定されている。

 ぶくぶく茶釜も不定形ではあるけれど機能的には人間として振舞っている。

 戦闘メイドの一人『ソリュシャン・イプシロン』のように振舞う事もおそらく出来るのではないかと。

「四つんばいで移動するのが動物として正しい気はするけど……。中身が人間プレイヤーだし」

 人間プレイヤーに合わせた修正。

 純粋にモンスターとして設定されているものは四つんばいのままだったり、人間離れしている者が多い。

「二人は地球に戻りたい派?」

「仮に地球の本体が昏睡していた場合なら戻りたい」

「仕事があるし……。病院の中でみんな意識が戻るの待ってたりするのかな」

 オンラインゲームしたまま意識だけ戻れなくなる話しは

 大抵はゲームクリアすれば主人公くらいは戻れる。残りの扱いは割りと雑。

 元の身体に戻っても幸せになれるとは限らない。そういうご都合主義的なところは創作だからこそ通用する概念だ。

 自分達は社会的には底辺に位置する。あまり希望を持っても仕方が無い。そういうメンバーも何人かは存在する。

 どちらが幸せかは本人達の意思だけれど。

「本体が今頃何してるか分からない方がいいのかもね。変に確認できて酷い結果だと絶望しそう」

「あるねー」

「人間の身体をこちらに召喚したら……、きっと死ぬな。魔法とか一発でコロっと」

 確実に身体が貫通するような攻撃を受ければあっさり死ぬ。

 そういう事が出来るNPCが居るのは確認した。

 モンスターの身体と人間の身体のどちらが幸せかは他人には判断できないし、選べない。

 いや、人間の方がいいのは精神的なものだ。

 少なくとも魔法など扱えないのだから。

「魔法もアイテムもきっと使えないわよね」

「そうだねー」

 三人の女性は仲良く酒を飲む。

 泥酔する事は無いが味覚があるのはありがたい、と。

 アンデッドや一部のモンスターは飲食そのものが出来ない。

「で、ぶくぶくちゃん。なにやらかした?」

「んっ?」

 気分も落ち着いてきたので本題を聞かないと落ち着かない。

 やまいこはそう判断し、尋ねた。

「ちょっとダメージ確認を……。そしたらえらく怒られたわ」

「……おお、ダメージね。命令でやればNPCは嫌がるわね」

「創造主が傷付く場合は特に。ペスでも大慌てするわ。ゲーム時代は完全無視形態だったのに……」

「無視というか……、特定の命令をしない限り無反応……、が正しいけどね」

「……マーレの魔法で身体が貫通したのは流石さすがにびびったわ」

 卑猥な粘体スライムを可愛いマーレが魔法で撃退する図をやまいこ達は想像してみた。

 グッジョブ、という言葉が浮かぶ。

「汚物は消毒するのが基本よ」

「……誰が汚物じゃ!」

 ダンとカウンターを叩くぶくぶく茶釜に茸人マイコニドがビクっと驚いた。

「高レベルNPCの攻撃なら通用するでしょうね。で、ダメージ的に激痛とか? その身体でもだえられるのは気持ち悪いんだけど」

「もだえはしないけどさ。結構な痛みは感じたわね。全身に電気が走るようなものよ。頭をガツっと殴るような……」

 不定形の身体で頭と言われても困るがやまいこ達はニュアンスはだいたい理解出来た。

 痛みに関してはゲーム時代より鋭敏にはなっているが、ショック死するほどの激痛は無い。

 おそらく心臓を潰されても多少は痛い程度だ。そのまま放置すればきっと死ぬと思うけれど。

 その痛みは電気によるものや熱による熱さと色々と変わるようだが。

 割りとメンバーから攻撃を食らっているペロロンチーノに言わせると背中の翼を切り落とされても耐えられないほどではない、という。

 とにかく痛いと脳に信号を送るだけで、雑な扱いだとか。

 高いところから落ちた場合は全くダメージを受けなかったぶくぶく茶釜としては色々と疑問に思うのだが、そういう仕様と納得するしかない。

「刺突。殴打。斬撃。各種の属性攻撃。即死以外は痛い、というより衝撃波を食らっている気分に近いわね」

「死んだら蘇生できるっていうなら痛みはある程度軽減されてて当たり前かも」

「リ●●なら結構容赦ないけど……。死ぬってどういう気分なんだろう」

「ゲームのままならどうもしないんじゃない? それを言ったらアンデッドのモモンガさんなんか常にどう感じているのやら」

 やまいこもユリというアンデッドを抱えている。

 常に死んでいる場合はどういう感じなのか。

「……ほんと変なアバターよね」

「精神体だからと思えば皆一緒だったりしてね」

「そういう考え方もあるか。精神攻撃を食らったらどうなるのかな?」

「やっぱ……。普通に痛いと思うんじゃない? ダメージ計算に差は無いと思うよ。ゲーム的な仕様という壁があるみたいだし」

「……ゲーム的ね……」

 やまいこは追加のカクテルを注文する。

「今頃モモンガさん、どうしてるかな」

「のんびりとしてるんじゃない? 今のところ監視している限りでは異常事態は無いって」

「転移後にいきなり世界に喧嘩を吹っかけて世界征服という進行にならなかったわけだけど……。平和を壊す場合はもう少し退廃的な世界だったらありえたかもね」

 美しい青空を見たメンバー全員がこの世界を守ろうと思うほどに。

 平和すぎて村を焼こうという意見は確かにあったけれど。

 この世界は確かに美しかった。

 満天の星空。それは何物にも変えがたい自然の宝だ。

「魔導国と接触するまではのんびり出来るかもね」

「モモンガさんの性格と同じならすぐに行動は起こさないでしょう。まずはNPCやシモベによる斥候せっこうから……、が無難なところかしら」

「シャルティアはビビッたけど」

「定時の視察なんでしょう。私達の存在で警戒されたかもしれないわね」

「同じナザリックなら内部まで覗き見ることは出来ないし、おそらく正攻法を選ぶ筈……」

「冴えない主人公は目立つ行動を嫌う傾向にあるから。それは充分にありえるかも」

「今頃モモンガさん。真面目に仕事してるんでしょうね」

「変わったイベントでもあればいいけれど……」

 何も起きない。

 平凡な一日。だが、それが普通だ。

 毎回絶対に異常事態が起きる生活であれば生き難い筈だ。

 常に戦争と隣り合っているわけではない。

「話し変わるけど……。ペロロン君が焼き鳥食べたら『共食い』になるの?」

鳥人バードマンだけど……、そのあたりのペナルティは分からないわね」

「和牛を食べる牛頭人ミノタウロスとか……」

人魚マーメイドに刺身を食べさせるとか。そのあたりも気にはなるわね。種類が違えば食べても大丈夫じゃなかった?」

 海の生物は陸に上がって肉を食べたりはしない。

 共食いに当たるのは完全に同種である場合くらいだ。

「モンスターの食生活も出来たら調べてみたいわね。この世界にどれだけ居るかは知らないけれど……」

 ぶくぶく茶釜の気持ちが落ち着いたようにやまいこと餡ころもっちもちには見えたので安心した。

 NPCの反応は自分達にも関係する問題なので無視は出来ないが、今の時間は頭から外しておく事にした。そして、三人は外の世界に思いを馳せつつ改めて乾杯する。


 ◆ ● ◆


 ぶくぶく茶釜達が酒を飲んでいる姿を遠目から眺めるのはそれぞれの部屋を担当する一般メイド達だ。

 見た目は十代後半ほどの人間の女性、に見えるけれど種族が全く違う。

 全部で四十一人居る人造人間ホムンクルスという異形種だ。

「……はー、びっくりした」

「ぶくぶく茶釜様が急にご立腹された時は生きた心地がしなかったわ」

「……どうやら落ち着かれたようですね」

 会話の邪魔にならないように小声で話し合うメイド達。それを遠目から眺めるのは鳥人バードマンのペロロンチーノ。

 もちろん最初は姉であるぶくぶく茶釜の様子を窺っていたが、気持ちが落ち着いたようなのでメイドを観賞する事にした。

 首から下はそれ程差は無いので面白みに欠けるが服の中身には興味がある。

 第十階層に置かれていた幻想少女アリスの一体を自室に移動させておいたので、裸体はいつでも観賞は出来る。

 転移後にモザイク処理が無くなり、とても嬉しくなったものだが長時間眺めていたら飽きてしまった。

 同じ風景よりは変化のあるものがいいと判断し、様々な表情になるメイドを観賞して気持ちを落ち着かせている。

 無理して裸にしようとは思っていない。

 表情豊かなメイド達に様々な服でも着せてみようかな、と思っているくらいだ。

「あっ、ペロロン君。みーっけ」

 と、空中を漂う水母クラゲ『スーラータン』が言った。

 ペロロンチーノは存在は既に感知していたので然程さほども驚きは感じなかった。

人気ひとけの無い微妙な部分にはまり込んでどうしたんですか?」

 普段、到達しないような建物の上や壁の隙間は設定では存在するがプレイヤーが好きこのんで行く事はまれだ。

 大抵は隠れ家のように使う。

「気晴らし」

「外での仕事は終わったんですね」

「午前の分はね。また明日……。仕事は朝は早いけど終わるのも早かった」

 アンデッドとは違い、疲労するタイプの種族ではあるけれど疲れはあまり感じなかった。

 それは高レベルゆえの身体能力の高さのお陰かもしれない。

「戦闘が無いだけで暇だな~とか思って。無駄にスペックが高い身体というのも考え物です」

「そうですね~。そういうゲームで遊んでいたんですもんね~」

 フヨフヨと浮かぶ水母。

 見た目では弱そうな姿だが現地の人間を軽く凌駕している。

「スーさんはそんな身体で違和感とか無いですか?」

「特に無いです。精神的な部分が人間だから、とも言えますね。他の皆さんも同様でしょう」

「俺の背中に生えている翼も感触があるし、不思議です」

「鳥だから鳥頭ということは?」

 鳥は三歩歩くと何もかも忘れてしまう、といういにしえの言い伝えがある。その真偽は不確かだが。

「さすがにそれは無いです。そこまでだとすっごいバカですよ」

 もちろん確認の為に何度も歩いて確認した。だが、何を忘れたのか覚えていなければ意味が無いし、自分だけでは確認があやふやになってしまう事に気づいた。

 鳥人バードマンの基本設定に鳥頭に関連したものは無かった。それが分かっただけでかなり喜んだものだ。

「常に浮いている気がしますけど……。高さとか制御出来るもんですか?」

「ええ。自分の身体のように……。それより、そんなところで一人寂しくどうされました?」

「特に何も。さっきまで姉貴が気になってたけど……。今は無心で下界を見下ろしてます」

「黙っていると気になるものですね」

 見た目で判断しがちだし、感情エモーションアイコンが無いと不便だなと思うことはある。

 無心で居るのならば邪魔をしてはいけない。そう判断し、スーラータンはフヨフヨとペロロンチーノから離れた。


 下界ではギルドメンバー以外のNPC達がたくさん動いているのだがゲーム時代のくせが残っているのか、それぞれただのオブジェクトのように扱っていて無視している事が多かった。

 もちろん、話しかければ返事は返す。

 そんな様子にペロロンチーノは気付いたが、随分と様変わりしたナザリックに改めて驚く。

「……完全に空気だな」

 長年の癖は急には変わらない。

 ペロロンチーノは床に降り立ち、行き交うメイドの一人を捕まえる。

「わっ! ペ、ペロロンチーノ様!?」

「ちゃんと自主的にセリフが出るんだな」

 他のメイドを捕まえても同じように反応する。

「セクハラでござるか?」

 と、自己アピールしてきたのは忍者のような格好の『弐式炎雷』だ。

「メイド達の相手をしているだけです。無視している皆よりはマシだと思うけど」

「……耳に痛いでござるな」

「弐式さん。無理にキャラ付けしなくていいですよ。ゲームから解放されているんですから」

「せっかく集まったのだから個性は残したくて……。でもまあ、キャラ付けはそれほど嫌いではないので、続けてさせていただくでこざる」

「可愛いメイド達の相手といっても思いつかないし、どうすればいいんですかね」

 と、メイドを掴んだまま喋るペロロンチーノ。

 捕まれたメイドは力を込められているわけではないので、黙って立っている事にした。

 ペロロンチーノには何か考えがあるのでは、と判断したのかもしれない。

「無言の圧力はイジメでござるぞ」

いじめる気は無いですよ。人造人間ホムンクルスなのに表情豊かで驚きます」

「メイドも抵抗はしないようでござるな。恐怖とか感じているでござるか?」

 普段は顔を隠している弐式炎雷。喜怒哀楽は分からなくとも言葉の感じで色々と察するかもしれない、とペロロンチーノは思った。

 彼に声をかけられたメイドは目を瞑るようなビックリはしなかった。

「そ、そんな恐れ多い事でございます。……確かに急に腕を掴まれて驚いてはおりますが……」

「ペロロン君。そろそろ離してあげたらどうでござるか?」

「なんか反応があるかと思って」

 弐式はペロロンチーノの腕をペシペシと叩いた。

「仕方が無い。ぶった斬るでござる」

「おう、やってみろ」

「ぺっ、ペロロンチーノ様!? それに弐式炎雷様、仲違いはおやめくださいませ!」

 武器を抜き出そうとする弐式炎雷にメイドは慌てふためいた。

 本気だと思ったようだ。

 例え本気でもペロロンチーノは離す気が無かった。ついでにダメージ確認も出来るので丁度いいとさえ思ったから。

「さあ、このメイドを助けたくば俺を倒してみろ」

「いざ、尋常に勝負っ!」

 と、言ったところで短距離転移してきたギルドメンバーにそれぞれ頭を叩かれた。

 片方は先ほどまでバーカウンターに居た餡ころもっちもち。もう一人はタブラ・スマラグディナだった。

「ケンカは外で。あと、メイドを巻き込むな」

「……モモンガさんが居なくて良かった」

「ケンカなんかしてないよ」

 と、棒読み気味にペロロンチーノは言った。

 単なる触れ合い程度だと思っているのだが、メイドは本気で心配したようで泣いてしまった。

 これがユグドラシルというゲームであったならば全く無反応だった。

 今は視覚的に情報を得て、様々な思考と感情を見せるようになってしまった。

 ペロロンチーノ達のやり取りを見ていた他のメイド達も心配の眼差しを向けている。

 悪人にされたペロロンチーノは面白くない顔をしていたが、元々悪のロールプレイをしていたギルドなので心が痛むほどではないと思った。

「離せ」

「嫌です」

 強情なペロロンチーノにタブラは呆れる。

 何かの実験かもしれないけれど巻き込まれるメイドが可哀相だ。今も身体を震わせながら周りの状況がどうなるのか心配で仕方が無い様子だった。

「みんなメイド達なんか相手にしてなかったクセに。いいじゃん別に」

「……うん、まあそうなんだけど……。別に無視……、無視してたな」

 確かにペロロンチーノの言い分に反論する言葉は無い、と気付くタブラ。だが、それでも簡単に引き下がる事は出来ない。

 か弱いNPCとはいえ表情豊かで自分の意見が言えるメイドだ。

 守ってやりたいと思わない男が居るのか。

 と、思ったが守れていない男達が大勢居る事に気付いてがっかりする。

「………。ごめんなさい」

「……このイカ野郎……、あっさり諦めやがって」

 と、タブラの頭をスパンと叩く餡ころもっちもち。

「メイドはどうでもいいんで、ダメージ確認したい気持ちは本当だ。さあ、かかってこいよ、忍者野郎」

「……拙者せっしゃが攻撃するとメイドが木っ端微塵の巻き」

「そうかな? あんたの腕はまだそんなににぶってないと思うんだけど……」

 巻き込まれているメイドの頭を撫でつつ餡ころもっちもちは男共の争いにうんざりしてきた。

 言い分に納得しても表に出したくない。

 だからこそ見栄を張る。

「その願いを叶えてあげるわ。武人ちゃんを呼んできて。徹底的に解体して差し上げましょう。弐式さんも小太刀くらい持ってきてやっちゃえばいいのに」

「宝物庫に置きっぱなしでござった」

「あわわ……。皆様、物騒な事態は……、その……」

「メイドちゃんは目でも瞑ってなさい。心配は要らないわ」

 捕まっているメイドだけではなく、他のメイド達も至高の存在たちが争っているのを見守っていた。

 ゲーム時代よりも多くの視線が集まっている。それは今だからこそ感じ取る事が出来る。

 人数は変わらないのに、雰囲気は確かに変わってしまった。

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