027 階層守護者と散歩

 会議を終えてモモンガは気晴らしに他の階層におもむく事にした。というよりは散歩して来い、というメンバーの意見に従った形だ。

 ナザリック地下大墳墓は十の階層を持つ。

 第一から第三は墓場のような空間でだいたいのプレイヤーはここで迎撃する。

 第四階層は地底湖となっており攻城兵器用の動像ゴーレム『ガルガンチュア』が居る。

 三十メートル近い巨体を持ち、普段は湖に沈めている。

 第五階層は氷河地帯。常に吹雪が吹き荒れていて視界が効き難い。

 第六階層は『ジャングル』地帯。亜熱帯地域のような雰囲気を持つ。

 第七階層は溶岩地帯。ここは悪魔系のモンスターが根城にしている。

 第八階層は荒野。ほぼ見晴らしが良く決戦場として使用した以外は他の利用方法は特に決まっていない。

 第九階層は息抜きというか小休止が出来る娯楽施設が多く、敵の迎撃はほとんど考えられていない。

 第十階層は厳かにラストボスが座る玉座が置いてある以外は特に多くのモンスターでごった返していたりはしない。

 ゲーム時代は最大で第八階層までの侵入に留めた。難攻不落のダンジョンとして有名になってしまった拠点だ。

 一時は多くのプレイヤーに狙われたものだが、ゲーム最終日近くになって来ると殆ど誰も寄り付かなくなった。新しいゲームに行ったり、引退したり。

 十二年も遊び続けたつわもの自体、殆ど居なくなったからかもしれない。

 永遠に遊び続けられるわけは無いけれど課金に投じた金額を考えると早々手放せない。

 他のゲームでもそうだが、投資した資金を回収したいと思うのは自然な事だ。

「重課金勢に比べればマシかな、とは思うけれど……」

 課金すればする程強くなる職業クラスというのがあり、さすがにモモンガもそこまでの資金は投じれなかった。

 格差社会において優位に立っている者はゲームでも上位に居るものだ。

「終わってしまえば皆同じか……」

 ため息を人間的につきつつ第六階層の平地を散歩する。

 他の階層より居心地が良い。

 『死の支配者オーバーロード』なら第一階層辺りが相応しいかもしれないが、ジメジメした陰鬱な空間は今の精神状態には相応しくないと思った。というよりより気分が沈みそうだ。

 アンデッドモンスターは好きな方だけど。

 普段の生活まで腐った死体と一緒にはなりたくない。

「とぉーう」

 という可愛らしい声の後で『べちゃっ』という嫌な音を響かせる存在。

 地面に広がる赤い染み。

 今まさに誰かが投身自殺したようだ。

「……何をしているんですか『ぶくぶく茶釜』さん」

「ただの大ジャンプ。いや~、綺麗にまとまって着地って出来ないんだね」

「……粘体スライムの身体では難しいでしょうね」

立体キューブだったら『ゴスっ』とか地面に綺麗に刺さると思うんだけど……」

「凍ってたら木っ端微塵になるでしょうね」

 と、話しつつも桃色の不定形『ぶくぶく茶釜』は身体を収縮させて一つの形を整える。それでも人の形からは程遠いけれど。

「……しかし、地面に広がってよく死なないもんですね」

「ほぼノーダメージだから?」

 ギルドメンバーの中で三人しか居ない女性の内の一人は今日も元気そうだ。

 声の感じからも特に不穏な気配は感じない。

「それでモモンガさんは何をしているのかな?」

「散歩です」

「気晴らしはいいよね。あら、じゃあ私はお邪魔よね。ここいらに居るモンスターは襲ってこないと思うけれど迷子になったら連絡して」

「はい」

 器用に移動するぶくぶく茶釜。地面に変な粘液などを着けたりしない身体は不思議だなと思った。

 でも、何の装備もしていないからあれはあれで全裸なんだよな、という考えが浮かんだ。

 全くエロさとは無縁のキャラになってしまった。


 ジャングル地帯になっているが階層全てが木々に埋め尽くされているわけではなく、土が見える平地があり、中央付近には小さな湖のある保養地もある。

 円形闘技場コロッセウム円形劇場アンフィテアトルムがあり、一時は他のプレイヤーとの戦闘に使われた。

 天井は時間によって変化する人工の空で朝昼晩を演出してくれる。ただし、これは理想の空を模して作られた偽物だ。

 元々の空は厚い雲に覆われており、ユグドラシルの空に似ていたのでメンバーが一生懸命に作り上げたものだ。

 美しかった頃の地球の空をイメージして。

「も、モモンガ様~」

 と、可愛らしい声と共にかけてくる者が居た。

 手に黒い木の杖を持つ子供。

 褐色肌で耳が長い闇妖精ダークエルフの少年『マーレ・ベロ・フィオーレ』だ。

 スカートを履かせられているがれっきとした男性だ。

 歳は設定では七十代となっているが見た目では十二歳くらいの子供にしか見えない。

 長命の森妖精エルフという種族の設定としてはおかしな事は無い。

 身長もモモンガの半分ほど。

 女装させられているが装備品は戦闘用としてはかなり優遇されている。

「マーレか。慌てなくてもいいぞ」

「は、はい」

 頼りない仕草にタドタドしい言動。

 それでも高位の森祭司ドルイドNPCノン・プレイヤー・キャラクターだ。

 第十位階魔法も扱える。

「ようこそ、第六階層へ」

「うん。ただの散歩だ。アウラは……どうしている?」

「お姉ちゃんは棲家すみかです」

 マーレと姉の『アウラ・ベラ・フィオーラ』は双子だ。マーレとは逆に男装の麗人のような姿だが年格好はほぼ一緒。

 ぶくぶく茶釜とペロロンチーノの姉弟きょうだいのように種族が違うという事は無い。

「特に仕事が無いなら……、私につき従え」

「えっ? あ、あのぶくぶく茶釜様に一言、連絡しても、よろしいですか?」

「構わない」

 自分の創造主に伺いを立てるのはおかしくない。

 勝手に連れて行って後で怒られるのはどちらだろうか、と。

 アウラとマーレは第六階層を管理する階層守護者でレベル100のNPC。

 そうなのだがゲーム時代はそんな事も知らずにギルドメンバーと遊んでいたモモンガ。

 初対面が多いNPCが居るのは不味い。

 出来るだけ面通ししておかないと統治者としての威厳に関わりそうだ。

 彼らの忠誠心如何いかんでは反旗を翻すおそれがある。

 個人的には仲間に裏切られるのは例えNPCでも怖いからだが。

 かといって頭ごなしに命令する事もやりたくない。

 難しい采配をこれから続けなければならないと思うと無い胃が痛む。

「次のご命令があるまで、お供できる事になりました」

「そうか。ゾロゾロ引き連れる気は無いが……。ただの散歩でも構わないんだな?」

「僕に遠慮は、むむ、無用ですよ」

「そう」

「だぁ~! マーレ、アンタ勝手に抜けがけして~!」

 と、元気な声を轟かせて飛んできたのはアウラだった。

 物凄い勢いで走ってきた為にモモンガの視界に入ってすぐに消えて行った。

「………」

 マーレの連絡を聞きつけたようだ。

「……あれほどの元気が羨ましいな」

 森の中に消えたアウラが再度、飛び出してきてモモンガの前にゼェゼェ言いながらやってきた。

 NPCであるアウラはそれなりにステータスが優遇されている筈だし、疲労とは無縁だと思われた。

 これはわざとなのか、素なのか判断がつかない。

 どちらであっても別にいいか、可愛いし、と思うことにした。

 野暮な事を言わないのが紳士だ。つい余計な事を言ってしまうことはあるかもしれないけれど。

「お、お姉ちゃん……。駄目だよ、森を壊すようなことしちゃ」

「うるさいわね」

「元気で何よりだ、アウラ。お前も散歩に付き合ってくれるのか?」

「もちろんですよ、モモンガ様。溶岩だろうと氷河だろうとドンと来いです」

「それは頼もしいな。とはいえ、特に目的があるわけではない」

「はい。それでも構いませんとも」

 長い褐色の耳がピクピクと動いた。

 二人共に金髪で姉と弟で左右の瞳の色が違う。

 生物としての闇妖精ダークエルフ森妖精エルフというのは空想の産物だ。それが実在の生物のように振舞うのはゲームの中だけだった筈だ。

 だからこそ、この世界はゲームの世界の延長線上のような気がする。

 それでも現実世界だと言い張るのならば証拠を見つけるしか無い。

 見つかってしまうと更なる絶望に落ちそうだが。

 ゲームと現実の境目は現在の日本ではとても曖昧だ。精々がウインドウやら数値の演出なのだが。

 どうやって証明すればいいのか、モモンガには見当も付かない。

 巨大な化け物が出たらゲームの世界だ、一般的にはそれ以外に考えられない。

 現実に居るはずの無い神話生物とかが居たら色々と疑うものだ、普通ならば。

「ニンニン」

 と、上空からきりもみ状に回転しつつ飛んできて、地面に無様に激突する者が居た。

「………」

 防御が紙レベルと言われているので、今のは致命傷では無いかと心配になってきた。

「……失敗にござるか」

 どうやら無事のようだ。

 装備のお陰か、無傷に見えるけれどダメージはちゃんと減っていたりするのか。その辺りが見えないので何とも言えない。

「……忍者ニンジャは別に調ではないと思いますよ」

「そうでござるか? キャラ付けしないと皆に埋もれそうで……」

 忍者装束を身にまとう『弐式炎雷』は半動像ハーフゴーレムという異形種だが素顔は普段、見せない。

 半動像ハーフゴーレムとは人間と動像ゴーレムとのあいだの子供という事ではなく、肉体の一部が動像ゴーレムとなっている者だ。

 イメージとしては義手義足をつけた人間が近い。

 無機物と生物の中間、融合体とも言える。

「この身体に慣れる為に武人殿と鍛錬でござる」

「そうですか。あんまり無茶な事はしないで下さいよ。ちゃんと治癒要員を控えさせてください」

「了解でござる」

 と言った後でシュッという音と共に姿を消した。

 一部の効果音は機能しているようだが、無音というのは味気ない。だからといって大音量になっては困る。


 第六階層に植えられている植物はもちろんユグドラシル由来のものだ。

 そういえば、ナザリック地下大墳墓にある全てがゲームのデータであることを思い出す。ゆえに植物も偽物だ。

 木の感触。草の感触。土の感触。

 だが、疑問も感じている。

 ゲームデータなら切り倒したり、焼いたり、引っこ抜いたりすれば消えるのではないか、と。

 地面を軽く掘る。そうすれば土が手に乗るより先に消えるはずだ。だが、細かい粒子一つ一つがこぼれるだけで特に消える演出は起こらない。

「モモンガ様。直にお手で掘っては……」

「行動阻害対策のお陰で手が汚れることは無い」

 基本的に『行動阻害対策』をしていれば粘液が降りかかろうと全て自ら避けていく。

 落とし穴が開いても落ちなかったり、飛んでくる矢が勝手に避けていったり、と様々な効果がある。

 風呂に入る時や酒を飲む時はそれらのアイテムを外せば高レベルとて通用するようになる。

 もちろん、種族的な常時発動型特殊技術パッシブスキルの影響もある。

 手に取った土を鑑定すれば様々なパラメータが脳裏に現れる。

 スキルは意識すれば大抵の事は出来る。土も手に乗るように意識しているから勝手にこぼれ落ちない、という理屈があるのかもしれない。

 出来ない事が可能となった世界。いや、法則か。

 概念ともいえる。

 ナザリックの拠点で穴などが開いた場合は自動で修復される。即時、とはいかないけれど。

 ギルドの資金を使って施設全てのメンテナンスをおこなう。

 上層階を更地にしても無料で直すといわれているから土をちょっとすくった程度は損失には入らない。

「ナザリックに生えている木は外の土地でも育つものだろうか」

 ゲームデータの木と外の世界との整合性。そんなことが可能なのか。

 実験は必要だ。

 自分の頭の中では未だにゲームの延長線上というイメージが残っている。

 それは自分がアバターの身体で動いているのが原因だけれど。

 それとナザリック内の食料も厳密にはゲームの中で入手した素材で出来ている。中には『ダグザの大窯』に金貨を投入して食料を生み出すことも可能とする。

 それはつまり金貨を食していることと同じでは無いのか。

 ゲーム時代はそれでも『そういう設定』として受け入れられた。

 今は非常識がどうにも気になって仕方が無い。


 非現実の問題は非現実にあるからこそ自然である。


 ぷにっと萌え辺りなら言いそうなことが脳裏に浮かんだ。

 少しこそばゆいのだが。自分の中では結構自信がある格言に思えた。


 ◆ ● ◆


 一旦、アウラ達と別れて第二階層まで移動した。

 第一から第三まではアンデッドモンスターが徘徊する墓地のエリアだ。一部は迷路状になっている。あと、とても広大だ。

 この階層に来たのはペロロンチーノが創造したNPC『シャルティア・ブラッドフォールン』の顔を見るためだ。

 エロゲーをこよなく愛する彼が作り上げた存在はどういう状態になっているのか気になっていたから。

 仲間からも特に言及が無かったので問題行動は起こしていないのかもしれない。けれども、少し心配だった。

 自分の煩悩を注いで作り上げたことを自慢していたから。

 暗くてジメジメしたような雰囲気。

 そこかしこにアンデッドモンスターの反応を感じる。

 自動的に湧き出るPOPするモンスターはレベル30未満の雑魚ばかり。恐れるほどのことは無いけれどギルド所属になっている為に襲われることは無い、という報告があった。

 『同士討ちフレンドリー・ファイア』は解除されているのに所属は通常運行というのも謎ではある。

 当然、味方といえど攻撃して倒すことは可能だ。そして、敵対行動に移行もしない。

 通常であれば範囲内に複数のモンスターが居れば誰かが倒されると連鎖的に敵対行動を取る。

 あと、自動的に湧き出るPOPする雑魚モンスターは命令しない限り、挨拶はしてこない。

 命令すると臣下の礼を取るらしい。

「……中には喋るんだよな……」

 拠点の主なら別に驚くことではないけれど。

 今は変に神経質になってしまっていて自分でも困惑している。

 これは慣れるしかない、かもしれない。

「そういえば『黒棺ブラック・カプセル』ってどうなってたっけ」

 女性プレイヤーを恐怖に陥れる事で有名な領域守護者が管理している施設がある。

 一言で言えば『ゴキブリ』だ。モンスター名は『コックローチ』という種族になる。

 ちなみにゴキブリを嫌う人間は都市部に多く、他の地域の人間は別の生き物を恐れる。

 それゆえにそれだけでリアルを特定するきっかけになるので注意が必要だ。

 『伝言メッセージ』で連絡を取ると処分方法を検討中との事。

 無限に眷属を召喚する領域守護者が管理している、とはいえ溢れて広がることも懸念される。

 場合によれば第七階層の溶岩に捨てる事態になるかもしれない。

 モモンガは脳裏の片隅に一つの問題を抱えつつ目的の施設『死蝋玄室』にたどり着いた。

 扉を軽くノックすると扉が開き、顔を覗かせたのは自動的に湧き出るPOPするモンスターの一つ『吸血鬼の花嫁ヴァンパイア・ブライド』だった。

 デフォルトで見目麗しいモンスターの一つでもある。

 色白の肌に人間で言うところの白目の部分が黒くなっており、金色の瞳が怪しく輝く。

 もちろん牙もあるけれど、全体的には美しい成人女性。肌の露出はあるものの肉体的に人間より強く、高速治癒を持つ。

 姿に関しては上位種になっていくごとに化け物じみてくる。

 ただ下位種の『下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイア』は死体じみたアンデッドモンスターで腐りかけの死体と遜色ない。あと、知性が乏しい。

「も、モモンガ様!? これはこれは……、ようこそいらっしゃいました」

「シャルティアは居るか?」

 事前に連絡していなかったことを思い出し、少し後悔した。

「は、はい。今は湯浴みの最中でして……」

「そうか。では、中で待たせてもらってもいいか? 別に急ぎの用という事は無いのだが……」

「は、はい。ただいま」

 と、慌てる姿は決してユグドラシルの対応には無かったものだ。

 完全に上位者に対する畏敬の念というものがNPC達に広がっている。

 室内に通されたモモンガは驚いた。というより仲間が作った施設に勝手に入ることが無かったので。

 とにかく、華やかな内装だった。

 外は暗い墓場だというのに世界観が一変しているといってもいい。

 というより、こんな部屋にペロロンチーノは入り浸っているというのか。

 そもそもこんな部屋に作ったのは彼自身だけれど。

 小さな一軒屋ではなく豪邸のような大きさの施設ではあるのだが、メンバーが作り上げたものは見るたびに驚く気がする。

「モモンガ様が来てるって!」

 と、部屋の奥から怒号が聞こえた。

 アポイントメント面会の約束は取っていないから仕方が無い。

 抜き打ち検査という気持ちは無いので謝る心は持っている。

 こういう飛び込み営業は印象を悪くされるが、つい気が向いたので来てしまった次第だ。

「こちらが」

 と、言いかけた時に身体にバスタオルを巻いた小さな少女が姿を見せる。

 第一から第三までの階層を守護する存在のシャルティアだった。

「勝手に来たのだ。部下に非は無いぞ。すまなかったな、のんびり風呂に入っているところを……」

「ああいや、モモンガ様が急に来られるとは……、少し驚いたでありんす」

 ペロロンチーノが設定した妙なくるわ言葉は雰囲気だけで、それほど正確性があるものでは無いという。

「慌てなくてもいい。勝手に来た私が悪いのだから」

「い、いえ。即座に身支度できなかった私の落ち度でございます」

 互いに謝っていては話しが進まない。その手のループは自分から引き下がるところなのだが、一度はまると混乱してしまう。

「……とにかく、急ぎではないから。シモベ連中を叱らないでやってくれ」

「勿体なき寛大なお心遣いに感謝致します」

 と、言って即座にきびすを返した後はドタンバタンという部屋の中を引っかき回すような音が聞こえてきた。

 壁は厚いのかもしれないがモモンガの聴覚が通常の人間より優れているため、というのもある。

 意識を集中させればもう少しはっきりと聞き取れる。だが、女性の部屋なので控えめにした。

 それにしても身体の小さな少女がレベル100でしかも自分と同等以上の能力を有するNPCとは思えない。

 戦闘に関してシャルティアは創造者によって色々と優遇された存在だ。

 武器に神器級ゴッズアイテムを持たされている。

 モモンガとは対照的に信仰系の魔法詠唱者マジック・キャスターでもある。


 身支度を終えた階層守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』は全体的に黒を基調とする装備で固めている。

 武装形態ではないけれどペロロンチーノのこだわりで着せられているのかもしれない。

 ボールガウンという服装でスカート部分は玉のようにふっくらとしており、フリルとリボンがついたボレロカーディガンを羽織っている。

 レース付きのフィンガーレスグローブにより、顔と手以外の肌の露出が無くなっている。

 髪の毛は波打つ銀髪に赤い瞳。

 吸血鬼ヴァンパイアの上位種『真祖トゥルーヴァンパイア』だ。

 姿は与えられたもので実際の真祖トゥルーヴァンパイアは醜い化け物だ。

 猫背で長い舌はひるのように蠢き、口は丸く牙が注射器のような形で生えている。

 見ようによっては『ヤツメウナギ』に例えられる。

「……ヤツメウナギは余計でありんす」

 見た目は十二歳くらいの少女だが、外見年齢に似つかわしくないほど豊満な胸をモモンガに見せる。

 幼女で巨乳はやりすぎですよ、ペロロンチーノさん。とモモンガは胸の内で言った。

 そういう設定とはいえ指摘したくない部分だったのでモモンガは無視する事にした。

「特に……、変わった事は無いか、シャルティア」

「変わったこと……。身の周りでは特に変わった事は……、ありません」

 部屋を見せてみろ、と命令すれば女性の部屋に入れそうだが、それはよしておく事にした。

 どうしてこの施設に入ったのか、と聞かれれば、なんとなく、と答える。

「お、お前は……日光には強いんだったか?」

「種族としてのペナルティはありんしょうが……。日光程度で消滅するほどの事は無いと思います」

「……では、外に出て活動しろ、という命令があった場合は従えるのだな?」

「我があるじめいとあれば……」

 という言葉はとてもおごそかに聞こえた。

 つい『ロ●●語』で喋らせたら面白そうだな、という考えが浮かんだ。たぶん流暢に喋りそうだ。ただし、何を言っているかは理解出来そうに無いけどな、と。

 会話が成立するNPC。

 ランダムなメッセージしか言えないゲーム時代とは雲泥の差だ。

 当たり前だが、設定されていない呼びかけには応じない。それが当たり前だった。

 アルベドの卑猥な言葉からも人間と同じように問いかけられた言葉を自我を得た生物として考えて答えを導き出そうとする。

 なので意地悪な質問を言ってみた。

「ぶしつけだが……。お前は『モノポール』というものが何なのか知っているか?」

「も、ものぽーる、でございんすか?」

 今の言い方で納得した。

 NPCも戸惑うことがある、ということを。

 『モノポール』はSFサイエンス・フィクションでは割りと知られた仮想粒子だ。

「『エキゾチック物質』について分かる範囲で説明できるか?」

 当然、モモンガは分からない。

 聞きかじった単語ではあるけれど、とにかく凄そうな何か、としか思えない。

「……えっ、あ……、全くの初耳でありんす。すぐに調べてまいります」

 と、床に平伏するシャルティア。

 そこまでさせる気は無かったので申し訳ない気持ちになった。

「無理に、とは言わない。ただの質問だ。特に意味があるわけではない」

 今にも泣きそうなシャルティア。後でペロロンチーノに怒られるかもしれない。

 それはそれとしてNPCにも答えられない分野がある事が分かっただけ収穫だ。

 あまりにも万能すぎる知識を有していれば敵対した時に対処しづらくなる。

 高難易度のモンスターほど危険極まりないものは無い。


 自我を得たNPCは自主的に風呂に入る。

 高度な人工知能を持っていれば別におかしな事は無いのかもしれない。

 とはいえ、急に高度な人工知能を実装してもプレイヤー側に何の連絡も寄越さないのはふに落ちない。

 既に運営から切り離されているのかもしれないけれど。

 ウインドウの様子からシステムを丸々刷新したわけでもなく、ナザリックに自分の知らない施設が出現したわけでもない。

 外の様子は変わっていたけれど。

 今、見ている景色は何のウインドウも無い素の状態。

 これからどうすればいいのやら。

「………」

 外に出て冒険の旅にでも出るしか無い。

 ずっと中に居ても不健康だし、敵の存在も確認しておかないとナザリックが得体の知れない者達に取り囲まれてしまう、可能性もある。

 それにナーベラルの言葉も気になる。

『モモンガさん』

 妙な効果音の後で聞きなれた声が届いた。

「はい」

『シャルティアの部屋に居るんだって? なんでまたそんなところに?』

 シャルティアの創造主『ペロロンチーノ』からだった。

「なんとなくです」

『あんまり部屋の奥に行かないで下さいよ』

 それだけで理由が判明するのは苦笑ものだ、とモモンガは思った。

 おそらく人に見せられないものがあるのだろう。

 いや、その前に運営に気付かれないアイテムは存在しないはずだ。では、何を置いているのか。

「とっても気になりますね。でもまあ……、無理に覗きに行きませんよ」

『死蝋玄室は俺の管轄ですから。怪しいものがあっても無視してください』

「今は置いてあっても規制されないと思いますから……。厳格な規則を設けているわけではありませんし……」

『本当に規制したりしない? ギルマス権限で全部没収したりしない?』

「個人の趣味に口出しはしか出しませんよ」

 自分もエロゲーくらいプレイするし。ペロロンチーノの全てを否定する気は無い。

 自分の部屋も他人に踏み込まれたくないので彼の気持ちはよく分かる。

 ペロロンチーノの部屋は第九階層にあるわけだから、NPCの部屋は秘密の隠れ家のような扱いか。

 ぶくぶく茶釜たちも自分達の拠点として第六階層を使っている訳だし。

 各メンバーの個人的趣味にいちいち文句を言ってはいけない。それがだとしても。

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