016 原作者のみぞ知る

 次に気がついた時、ぶくぶく茶釜は壁際に居る自分に気がついた。

 意識を失っていたのか、と思っているとペロロンチーノが幻想少女アリスと笑い合っていた。

 何処から持ってきたのか、紅茶セットがあった。そんなものは自分の部屋にあっただろうか、と疑問に思う。

 粘体スライムである自分の部屋には食事に類するものは殆ど無い。それはゲームの中で飲食する事はとても虚しいからだ。

 アバターで感じる五感は運営会社に色々と制限されているし、敏感では電脳法に抵触する。つまりゲーム内の痛みでショック死すれば摘発対象になるからだ。

 そんな危険なゲームは本来、あってはならない。

 だからこそゲーム内での死亡はあくまで設定で終わっている。特に気になる事は無い。

 何度も殺されるのは精神的にきついけれど。

 レベルダウンによる新しい職業クラスや魔法の取得でも利用されるのだから、そう悲観したものではないけれど。

「……貴方達『至高の四十一人』はにおいてまだそれ程の数が出揃っているわけではないのね」

「……何だと……」

 と、ぶくぶく茶釜は唸るように言った。というか、それよりも何をされたというのか。

 擬似的な頭痛を感じる。

 粘体スライムに頭は無いけれど元々の身体が影響を受けているような感覚だった。

「数が少ないからの影響がとても少ないって言っているの。モモンガお兄ちゃんは逆に影響されすぎなレベルでとっても危険なんだけれどね」

「姉貴、この子は凄いよ。平行世界を行き来出来る能力があるんだってさ。ゲームではそんな設定は無かったはずなのに」

「弟。お前は随分と暢気だな。……それとも幻想少女アリス特殊技術スキルの影響で狂ったか?」

「……世界の最適化の方が狂ってると思うけれど……。大丈夫だよ、姉貴。これでも上位プレイヤーだよ、俺。そう簡単に屈するわけないじゃん」

「……そうだといいな」

 姉と弟の会話に水を差さない幻想少女アリス。静かに微笑むだけだった。

 床を這いずるようにペロロンチーノの近くに移動する。何故だか、身体がとても重く感じる。

 振り返ると身体の半分が移動をやめていた。引っ張っても動かない下半身のようだ。

 粘体スライムに対して移動阻害は無駄な筈なのだが、質量自体を床に縫い留められてしまったのか。

「まず最初に言っておくね。私の目的は皆さんを無事に眠らせること。つまりは消滅という事だけれど。それは恨まないでね」

「………」

「この世界そのものが不安定だから仕方が無いの。私に出来ることは皆に苦しまない方法で冒険を続けてもらう事なんだから。抵抗せずに気持ちを落ち着けてくれるとありがたいな」

「この世界が消える……」

 それは確かにモモンガが言っていた言葉に似ている。

 似ているというか、そのままだが。あまり認めたくない話しだ。

「誰が、何の為にこの世界を創造したのか……。それは詰まるところ、そういう世界を作り上げる人達の願望とでもいうのかしら」

「……普通は『ネタバレ』とか『伏線』でぼかす場面じゃないのか? いきなり喋って平気なのか?」

 と、ペロロンチーノが言った。今は弟に質問を任せようと思った。

 質問形式のエロいゲームのプロだからな、自称だけど。

 身体を戻して一息つく桃色粘体スライム

 暴れると身体が二等分しそうなので、早々に諦める事にした。

「それに俺たちはこの世界に転移して数日しか経っていない。もうラストスパートっていうのは……、なんか残念というかもったいないというか……」

「仕方が無いじゃない。多くの二次創作が結末まで書かないから中途半端で終わるんだもん。文句は創作家に言ってよ」

「そんなメタなこと知るわけないだろう、バカ! どこに居るんだよ、その創作家っいうバカ野郎共は」

「そこら辺に居るじゃない。……見えないと思うけれど」

 ペロロンチーノは辺りを見回す。当然、部屋の壁くらいしか見えない。

 だが、この変態野郎ペロロンチーノは常識外れなところがある。

「あれか。マル●●●●とかナー●●ん●●とかの作者か? ナ●●っていうことも……」

「……そういうピンポイントな人じゃなくてね。もっと大勢よ」

「そ、そうか。特定の作者が原因ではないんだな?」

「大勢。一人二人ではないわ。マジで少数だったら、もっと色んな外圧がかかるけれどね」

 というか、よくそんなピンポイントな作品名が出たなと幻想少女アリスが驚いた。

「最近では破●の●●が人気になってきていると言うし、マ●●なんちゃらも……、マーレだけど……。それも……」

「ま、待って頂戴! ペ、ペロロンチーノさんでしたね?」

「『●山●●●』かもしれませんよ。少なくとも『カル●・●ン』でも『●沢ま●●』でもないです」

 メタにはメタで返す、という荒業をペロロンチーノは披露した。そして、それはとても有効的に働いたようだ。

「後は……『谷●●』でもないです。あれは鬱だか、燃え尽き症候群にやられました」

「そこまで聞いてないんですけど。……世の中にはまだまだ不思議な事があるものなのね。イベントボスの姿の私も驚いたわ」

 モモンガはまだ常識人のようだった、と幻想少女アリスは呆れつつ相手にする人材を間違えた気がした。

 いやまあ、と名高いとは知っていたけれど、レベルが高いな、と。

「近くに居るナイ●●●なんちゃらも含めた創作家なのか……」

「……なんでもいいのか、私には判断しかねるけれど。たぶん、そうよ」

「この『カ●●ム』も随分と経つのに創作の数が増えてないから……」

「もういいから! というか、カ●●ムも把握してるの!? 百年後の未来人の分際で」

「把握していて悪いか? ここには膨大なデータが保存されている。●●系列は結構な数がある。それくらい余裕余裕」

「……普通に考えて百年も経てば古典として廃れて行くものだけど……。●●社の●●文庫って読んだことないでしょ?」

「あるわけないだろう。こっちはエロに関連したもの以外お断りだ」

 自信満々に答えるペロロンチーノ。

 そもそも●●系列がエロに特化した会社とは誰も言っていない。

 ライトノベルはなろう系の読者の愛読書のようなものだ。だから決して本気のエロ小説は発売しない。

 あったとしてもソフトな表現でオブラートに包むはずだ。

 裸になっても謎の光りで守るように。

「●●文庫のオススメは『●●●●ン・ナイト』よ。全十八巻プラス別巻の大作だけど。あとはした『ラー●●●ナ』かしらね」

「お前は●●社の回し者か? 確かに古典文学と言えば外せない分野だけど」

 というより●●社の話ばかりでは前に進まない。

 世界の終わりを聞き出さなければ、とペロロンチーノは意識を戻す。


 幻想少女アリスの話しが事実だとすると、と頭の中で思いつつ考えをまとめようとするのだが、なかなか言葉が並んでくれない。

 少なからずペロロンチーノ自身も混乱は自覚した。

 今居る世界は二次創作を書く作家たちの願望である、という。それはつまりどういうことなのか。

 消える、とは結末を書かないバカが多いから先に進まない、という事なのか。それとも、そこまで書いた作者が居ないから、と。

「最初のモモンガさんの連続殴打は無数の創作が重なっている風景って事か?」

「……あれが見えたの? 私も俯瞰ふかんで見てたけど、相変わらず凄いなと思ったわ。あと、ヘロヘロっていう粘体スライムさん。寸分たがわずのセリフは丸々暗記出来たほどよ」

「……またどこかでお会いましょう、っていうくだりか?」

「ええ。その後は言わなくてもわかると思うけれど」

 一人になったモモンガは憤慨する。

 みんなで作ったナザリックじゃないか、と。

 そして、今回はメンバーが半数も残って事態が狂い始めた。それが良い事か悪い事かは分からないけれど。

 複数の願望が形を取り、今の世界を構築した。

 そこまでは普通の展開だ。普通とは言いがたいかもしれないけれど。

 問題なのは多くの願望が途中で切れているという事だが、それが事実である保証は無く、推測ばかりで考察しなければならないのがもどかしい。

 冒険の進行が途中までしか無い世界。

 だからこそ途中で消える、という言葉はおそらく正しい形となる気がする。

「仮に事実だとしてもまだ序盤の街で資金を得て、明日には本格的に冒険者になる予定のモモンガさんだよ。終わるの早すぎないか?」

「そこに至るまで結構な分量が書かれたはずだけれど? ここまで小説一冊分は確実に溜まったわよ」

「知らねーよ、そんなの。水増しすればいいじゃん」

 何をもって小説一冊分なんだとペロロンチーノは反論する。

 すぐに文字数だと気付いたが無視する。

 モモンガが主人公なんだから、モモンガが本来は語るべき内容ではないのか。

 冴えない主人公だからダラダラと真実から目を背け、時間が一層かかるかもしれないと思わないでもない。

 最後の最後まで足掻いて、ぽっと突然結末に至る気がする。

 それも諦めに似たような感じだ。

「……そういうのを『エタる』って言うんだったか?」

「続けているから『第一部・完』の方ね。もちろん、第二部なんて書かれないと思うけれど」

 ペロロンチーノは意外と賢く、そして、物事をちゃんと理解しようとする知能はあるようだと幻想少女アリスは感じた。

 これが凡百ぼんびゃくのクソみたいな主人公共なら未だにダラダラと冒険して後回しにしているところだ。

 少なくとも山小人ドワーフ編までしっかり書かれた二次創作を幻想少女アリスは知らない。詳しく探せば見つかるかもしれないけれど。

 いきなり山小人ドワーフ編や『その後』の話しは知っている。

 次の単行本が出るまで『ローブル聖王国』編は今の段階では書かれない筈だし、書く度胸がある二次創作家を見た事が無い。無いというか『現時点に存在している幻想少女アリスの知識には無い』が正確か。

 だからこそ、

「誰かが書けば続くって理屈か?」

「そうかもしれないし、そうならないかもしれない。別に私に決定権があるわけじゃないわ」

 部屋のすみで大人しくしていたぶくぶく茶釜は『伝言メッセージ』を使っていいか、許可を求めてきた。

 それに対して幻想少女アリスは肯定する。

 普通のイベントならば否定するところのような気がした。だが、肯定するという事はもはや結末が覆らない、ということなのか。


 嫌な予感はした。


 確かに自分たちは引退して転移後の世界に干渉などしないのかもしれない。それが干渉した『if』の世界であるならば本来の世界はちゃんと存在し、自分達の結果にかかわらず本筋は今も健在しているという事になる。

 当然、もペロロンチーノは知識として知っている。というか、この手の話しで動揺するメンバーはほぼモモンガ以外と言ってもいいほどに居ない。

「それにしてもまだ最初なのに終わるのは早くないか? 帝国とかに行きたいな」

「それは自由よ。ただ、通常の進行を覆す行動を取ると何が出てくるか分からないわ。あと、消えるとかも分からない。私も自身が今、ここに存在している事も本来はありえないことなんだけれどね」

 それらの本筋とは逸脱した物語を消去する存在がだ。

 いつどこでどうやって現れるのか、それは全く分からないけれど、が現れる時、全てが終わる、気がする。

 方法があまりにも身も蓋も無いから呆れるしか無いけれど。

 何のための『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』なんだよ、とため息が出る。

 単体ならば様子見だけで終わるかもしれない。だが、深淵九姉妹クトゥルー・シスターズを連れてこられたらお仕舞いだ。本気だと分かる。

「早い話しが消えずに進行するには、という認識でいいか?」

「どうだろう……。それは誰も確認していない事だと思う。そもそも『エタる』作品が多いから……。同じイベントの繰り返しばかり……。ある意味では物語そのものが『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』になったようなものよ」

 聞き慣れない単語が出たがペロロンチーノは気にしない。

 そんな知らない言葉で話しを止めるようなバカではない。

 人はそれを『知ったかぶり』と言う。だが、これは今の段階ではとても有効的に働く。

「……普通の二次創作なら、ぼかして改行して次のシーンに飛ばすところだな」

「ペロロンチーノさんは凄いですね」

「俺は選択を選ぶのは得意な方だ」

「……それより弟。私、床に張り付いたまま動けなくなったんだけど……。どうしたらいい?」

「床の部分を切り離すしか無いだろう。それより、姉貴。随分と身体が小さくなった気がするけれど水分でも蒸発した?」

「小さくまとまっているだけ。動くと身体の半分が千切れそう」

「なるほど。姉はここで終わりか。仕方が無い。話しが終わるまで待っててくれよ」

「……オーケー。姉は大人しくしているよ」

 何の疑問も挟まずに応答する姉弟きょうだい

 本来ならば色々と疑問点とか議論するのが正しいのかもしれない。だが、そんな決まり文句を守る事は今の段階では正しいとペロロンチーノは

 呆れる幻想少女アリスの顔を見て、人間であればニヤリと意味深な笑みになる表情を取ろうとしたが異形の顔のせいか、変化させられなかった。

 海外のコンピュータグラフィックスなら顔の表情は気持ち悪いぐらい柔軟に変化するのに。


 話しの途中でモモンガ以外のギルドメンバーが訪れた。

 本来ならば居なくてはならないお抱えメイドの姿が無い。

 ペロロンチーノはメイド達が居ない理由を尋ねると部屋の前で消滅した、と答えてきた。

「フッと消えた。だからみんな戸惑っている」

 一人だけではなくメンバー分の一般メイドが居なくなった。

 だが、戦闘メイドのナーベラル・ガンマは消えずに部屋に入ってきた。

「特に異常はありません。……ですが、これはいったいどういう事でしょうか」

 そもそもナザリックに属さない謎の存在が至高の御方の部屋の中に居るのは聞いていない。だからこそ、ナーベラルは武器を構えようとした。

 ただ、構えて突き出した腕は二の腕までしか無い。

 たった今切断されたように切り口が黒い闇に閉ざされた。そして、血は噴き出さなかった。

「……腕が」

「……危機が現実に起こるとああなるってことね。とにかく、皆さん、落ち着いて下さいね」

 と、優しく声をかける幻想少女アリス

 これはさすがに幻想少女アリスも想定外の事態に発展してきて、どう対処すれば良いのか、どういう助言をすればいいのか分からない。

 分からないというか、助かるパターンの二次創作を誰かが書けばいいのではないのか、と。

 例えば原作者とか。

 それは絶望的だけれど。

 道をふさぐナーベラルを退かしてみたが今以上に腕が消えることはなかった。

 感覚ごと消失しているらしく、手の感覚は無いらしい。

「データの消失かもしれないな。それほどまでにこの世界は不安定なのか」

「そうかもね。悔いの無いように冒険を楽しみなさい、としか私からは言えないけれど」

 本来は存在してはならない至高の四十一人。それが存在する物語りが全ての元凶というのは理不尽かもしれないと幻想少女アリスも思わないでもない。

 折角の客人をもてなすのがクリーチャーとしての矜持だが、イベントボスに出来る事はゲームで遊ぶプレイヤーに助言を少しすることだけ。

 結局は何も出来ない。

 それがたとえ強大な『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』でも不可能だ。

「つまり……、どうすればいいんだ」

「物語の異物である俺たちが全員消えればモモンガさんは安心して冒険が続けられるって事じゃないか。大抵はそういうになる。そうなると納得も出来る」

「まさに『質量保存の法則』か……。ファンタジーでは聞きたくない概念というか法則だな」

「……あるいはエントロピー……」

 無限にものを生み出せるのがファンタジーとしては普通な事だと思っていた。

 物には限度というものがあるのは誰も否定しない。きっとだと思うから。

「モモンガさん一人残すのは辛いな」

「せっかく共に冒険が出来ると思ったのに」

「まだ序盤だぜ。明日には冒険者になって、これからって時だろう。早すぎるよ」

 進行具合からもチュートリアルの次がエンディングではクソゲー以外の何物でもない。

 少なくとも『ユグドラシル』というゲームではない。

 それより自分達のアバターは何の為に存在しているというのか。

「……しかし、カ●●ムの大半は短編ばかりで長編をたくさん書いている人が殆ど居ないし、ハー●●●も原作超えは殆ど無い。誰もに行ってないしな。そこまで行かないと世界の姿は見えてこないのに」

飛行フライで簡単に見えるのに誰も試していないってバカだろう」

 この世界の大陸は元々の世界に酷似している。

 獅子の獣人が治める国。

 恐竜達が跋扈ばっこする広大な森林地帯。

 遥か東方には八百万の神々が閉じこもっている。

 様々な神話体系のモンスターが居る。


 本当の意味でファンタジーが現実に存在する世界。


 遥か昔から様々な神話体系のモンスターが投げ込まれて進化を続け、今に至る。

 最初は何も無かったかもしれない。

「というような細かい設定があったかは知らないけれど、語られない部分が多く存在するのは確かね。それに触れられる事ができれば延命もありえないことは無いわ」

「……『観測者』が居るからこそ存在を許される、というやつか」

「『量子力学』でそんな話しがあった気がしますが……」

「『エヴェレットの多世界解釈』ですか?」

「ここでは『量子デコヒーレンス』だと思います」

 ギルドメンバーが難しい話しに没頭し始めた。

 とはいっても彼らもアニメの知識くらいはある筈だから『相対性の破れ』程度は理解している。

 だが、現実問題としてアバターのまま異世界転移した自分たちを元の世界に戻す方法が見つかっていない。それはやはり運営会社のサーバーでも見つけて調べるしかないのかもしれないけれど、真っ当な道具も無しに出来る事は何もない。

 ただ、荒唐無稽で良いのであれば方法が無いわけではない。


 無ければ創ればいい。


 もちろん方法を見つけなければ結局は意味の無い徒労に終わってしまうわけだが。

「残っているメンバーで状況を打開するには途方も無い努力が必要というのは理解した。……ただ、モモンガさんを置いてけぼりにするのは気が引ける。ここは仲間として行動すべきだと」

 よくあるネタとして縛りだ。

 『谷●●』ならそうする。いや、そうしていた。

 それは確かセカイ系と呼ばれていた古典文学にあった。

「モモンガさんは幻想少女アリスの存在は知ってるんだっけ?」

「そもそも最初に会ったのがモモンガさんだから、そうなるわね」

「なら縛りは無いか……」

 ペロロンチーノが納得している頃、腕の無いナーベラルは椅子に座らされ、状況をただ見つめるしか出来なかった。

 一応、身体に異常が無いか調べられた。裸にされない範囲で。

「そういえば、消えたメイドの記憶は残っているようだな」

「記憶まで消すタイプだと厄介ですよね。その場合は何を残しても無駄になり、最後の最後で僅かな気がかり程度で終わるオチですから」

「……頼もしいお友達がいっぱいなのね、モモンガお兄ちゃんは。正直、驚いちゃったわ」

「そうだけど、それで君は途中で消えたりしないの? 意味ありげなこと言ってすぐ消えるのがお約束なのに」

 と、先に身も蓋も無い事を言う植物人間『ぷにっと萌え』に幻想少女アリスはただただ苦笑した。

 実に頼もしい友人が居て、本当に幸せ者だと。

 本来ならば敵として出会うはずだった運命は今を以って消滅したようだ。だからこそ、次の『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』は無害に近い存在となるかもしれない。既になっている気もする。

 さすがに序盤で喋りすぎた感はあるけれど、別に後悔はしていない。

 これが正しい道だと確信しているから。


 ◆ ● ◆


 約束の刻限まで後四時間ほどに迫る。

 モモンガはルプスレギナとまた外出するべきか、ナーベラルに変更するべきか、一人で出かけるべきか、を執務室で思案していた。

 その間にも仲間たちが重大な局面に立たされている事など全く知るよしもない主人公。

 はた目から見れば平和な風景だ。

 見た目を除けば文句の付けようが無い真面目な人物と見ても問題が無い。

「三種類の貨幣だが魔法のコストに使えたりするのか。両替が通じれば凄いだろうな」

 現地通貨でコストを必要するスキルに使えるのか。もし、使えるとすればユグドラシル金貨のどの程度の枚数と同等なのか。

 現地で知りえた情報を書きとめていく。

 これは偽装の出来る仲間達用でもある。

「……メンバーチェンジは怪しいか。〈伝言メッセージ〉。ルプスレギナ、モモンガだ」

『も、モモンガ様? なんでしょうか』

「そろそろ街に向かう。用意は良いか?」

 というよりルプスレギナの声の調子から寝起きのような印象を受けた。多少の時間的余裕は取っているので、即座に行動には移さない。

 顔を洗ったり、歯を磨く時間くらいはちゃんと用意させる。

「今から一時間後に出発する。それとも他のメンバーから何か命令を受けているか?」

『い、いえ。大丈夫です』

 もしかしてトイレの最中だったかもしれない、という事に思い至るモモンガ。

 何かをりきんでいるような声に聞こえた。とはいえ、姿が見える魔法ではないので、それは指摘しないでおこう。

「臭い防止の仮面と外套を用意しておけ」

『承知しました』

 魔法を解除し、モモンガは武器防具を置いているドレスルームに移動する。

 重要な装備品はそこら辺に転がしたりはしない。ここにあるのは雰囲気作りの為のものばかりしか無い。

 仲間内に披露するだけなので冒険に役立つものは少ない。

「……これらの服が役立つ時が来るとは……」

 持ってて良かったと今は言えるかもしれない。

 装備品は何でも装備できるわけではない。戦士職を取っていないモモンガは基本的に剣は装備できない。だが、持つことは出来る。

 ゲーム的な仕様がアバターに適用されているので剣を装備しようとすると取り落とす。強引に奮おうとしても拒絶されるような感じだ。

 鎧も同じく、普通の鎧は装備できない。

 魔法によって作り出したものならば装備できる。それは武器であっても同じ事。

 専門職に特化しているとはっきりと出来ない事が分かる。

 ユグドラシルというゲームは仕様上オリジナルアイテムが作り放題だ。

 個性は全てデータクリスタル次第。

 もちろん材質も重要だ。ただの鉄の剣が神器級になるわけがない。

「顔を隠したまま、というのはドキドキするな……」

 元が骸骨だから幻術で騙して、後で魔法を無効化されたら凄い騒ぎになるおそれがある。それならば兜をかぶったままの方がまだ安心感が増す。

 仮面でもうっかり取れるかもしれない。

「黒い剣士は派手だったかな……。でも、もうそれで仮登録しちゃったしな。急に軽装になったら不審がられるだろうな」

 全身鎧フルプレートは禁止されています。という規則は無かったので、装備したままでも問題は無い。

 問題なのはいずれ顔を見せてくれ、と言われた時の言い訳だ。

 そこは幻術で誤魔化すしか無い。アンデッドに理解ある人間を見つける間だけでも騙し通さなければ。

 そういう危ない橋は渡りたくないけれど、情報収集は大事だから仕方がない。

 何度もため息に似た吐息を吐き出すモモンガ。そこだけ見れば気苦労の多い一人のプレイヤーだ。


 じっくり時間をかけて姿鏡に映るのは黒い全身鎧フルプレートをまとう戦士だ。

 大きなグレートソードはもちろん魔法で作り出したものだから装備できる。

 普通のグレートソードは装備できないのに魔法で生み出したグレートソードは装備できる。その理屈がモモンガには理解出来なかった。

 ゲームの仕様と一言では片付けられない『よく分からない仕様』というものが存在するようだ。

 自分でも思っている。

 なんで装備できるんだ。なんで装備できないんだ、と。

 だからこそ『なんで装備できるんだよ。仕様だから出来る、じゃあ分かんねーんだよ、クソ運営が!』と怒鳴りたいところだ。

 コンソールで『装備しますか?』に『はい』と返事をいちいちしているわけではないのに。

 ゲームの世界ではない。でも、ゲーム的な制約が存在する。それが理解出来ない。

「……だいたいなんで魔法が普通に使えるんだ……?」

 ゲームの中の世界ならば理解出来るのだが、ここはどう考えても現実世界だとしか言えない。それともそう見えるほどにリアルなゲームだというのか。

 もし現実ならばゲームのシステムが何故、生かされている、と憤慨してきた。

 色々と悩んでも新しいゲームの世界とは到底思えなかった。

 このもやもやとした怒りはしばらく続いた。

「……解明するのに時間がかかりそうな問題だな。……ああ、時間をオーバーしてる……」

 ルプスレギナを迎えに行こうと考え、少し歩かないと頭が冷静にならない気がした。

 部屋を出ると既に用意を整えた褐色肌のルプスレギナが控えていた。

 部屋の外で待機せよ、という命令はしていない。たまたま偶然居合わせただけかもしれない。用意が出来たら連絡を寄越せば良いのに。それとも思考の渦で気付かなかっただけか。もしそうなら悪い事をした、と思う。

「おおそうだ。ルプスレギナ」

「はっ」

無限の背負い袋インフィニティ・ハヴァサックは持ったか? 弁当や飲み物のたぐいを入れておいて構わんぞ」

「よろしいのですか?」

「不味い飯を無理に食べてもらう事があるかもしれないからな。口直しくらいさせてやる。ただ、食べ歩きは駄目だ。これは命令だ」

「は、はい。かしこまりました」

 ルプスレギナの用意が整い次第、冒険者組合に向かうのだが第九階層が昨日より寂しくなったような気がした。

 他のメンバーはそれぞれ何がしかの研究でもしているのかもしれない。そう思って『シャルティア』に連絡を取ろうとした。しかし、ノイズが発生して繋がらない。

「?」

 何度魔法を使っても繋がらない。

 他のメンバーにも使うのだが、ぶくぶく茶釜。餡ころもっちもち。やまいこ。ぷにっと萌え。死獣天朱雀。チグリス・ユーフラテス。フラットフット。それらと繋がらない。

 急に孤独感が襲ってきたので手当たり次第に連絡を取る。まずルプスレギナは繋がった。

 ナーベラルは駄目だった。ユリとシズは繋がった。アウラとマーレも繋がった。

 最終的にNPCノン・プレイヤー・キャラクターの大半は繋がったがメンバーの大半は駄目だった。というか、繋がったのがヘロヘロだけ。

 居ないメンバーの部屋に行くのは怖いのでヘロヘロの部屋に向かう。今は冒険者ギルドよりメンバーの安否が最優先だ。

 遅刻しても依頼ではないし、腹痛とでも言い訳しておこう。

 全身鎧フルプレート姿のまま部屋の扉をノックする。するとメイドの声が聞こえた。

「モモンガだ。至急、ヘロヘロさんに面会を求めたい」

 焦る中でも落ち着きたい一心で声をかける。

 本来ならすぐにでも扉をこじ開けて踏み込むところだ。それをしなかったのはメイドの穏やかな声が聞こえたお陰かもしれない。

 焦る心は良い結果を生まない。そんな考えが脳裏を過ぎった。

「モモンガ様、どうぞ」

 扉を開けたメイドが誰なのか名札には書かれているのかもしれないが、確認しなかった。

 ゲームのシステムや魔法、戦略についての知識は豊富だが人名を覚えるのは意外と得意ではない。

 興味の無い者の事はすぐに忘れる性質たちとも言える。

 挨拶もそこそこに部屋の中に踏み込むモモンガ。その勢いに一般メイドが驚いた。

「ヘロヘロさん、緊急事態のようです」

 と、寝室の扉を開けるとベッドの上で黒い染みが広がっているのが見えた。

 そのすぐ側には戦闘メイドの一人で金髪ロールの色白の肌を持つ女性が居た。

 『ソリュシャン・イプシロン』という名前だが種族は粘体スライム種でヘロヘロが生み出したNPCでもある。

 だから、彼女がこの部屋に居てもおかしいことはない。

 ベッドの脇に置いてある椅子に座り、あるじであるヘロヘロの身体に大きな扇子せんすのようなものをあおいでいた。もちろん、お互い粘体スライムだからといって混ざり合っていたりはしない。というか粘体スライム同士で如何いかがわしい事が出来るのか疑問だが。

「モモンガさん? 部屋に踏み込むとは……、何かあったんですか?」

 普段なら扉のノックで確認したり、伝言メッセージで一言連絡をくれるくらいなモモンガが全身鎧で駆け込む事は正常ではない、とヘロヘロはすぐに理解した。

 身体を収縮させてベッドから降りる。

 粘体スライム種だからといって人形ひとがたを形成出来ないわけではない。現にソリュシャンは人間の女性と遜色ない姿を取っている。もちろん粘体スライム形態にもなれる。

「仲間と連絡が取れません。それも大半が……音信不通で……」

「……それは一大事ですね」

 と、声だけ聞けばのんびりとした口調だ。そこに緊張感は無い。

 まず連絡の取れないメンバーの再確認から始まった。

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