014 ゲームオーバーから始めようか

 事が終わった後、怪しい容器を眺めるぶくぶく茶釜に報告するたっち・みーとウルベルトは椅子に腰掛けていた。

「『保存プリザーベイション』をかけておけば治癒魔法でも消えなくなるんだー。へー」

「解体ショーは凄まじい事になってしまいましたけれど……」

「……いきなりマーレで試すのは私でも抵抗があるわよ。痛みに強い異形種というのも凄いわね」

 本来ならば痛みでショック死してもおかしくないはずだ。

 ゲーム時代は敵の攻撃を受けても本当の痛みとして感じる訳ではないから平気でいられた。それが転移後の世界であっても感じ方は同じらしい。

 擬似的な幻肢痛というものはある程度あるらしいけれど。それでも腕が無くなった程度は慣れれば平気になるかもしれない、という。

「でも、首や心臓は不味いのよね?」

 特にアンデッドは再生どころではない。

 事前に生物での実験で判明した所では頭を潰されればアウト。心臓を潰してもアウトだった。だからこそいきなりマーレに試すような事はしていなかった。

 それはプレイヤーも同様だ、という予想が立てられていた。

 でなければ『レベルドレインレベルダウン』という概念が生まれるはずが無い。

 試しに死んでみる、という蘇生実験は流石に今はまだ抵抗がある。それは治癒よりも知りたくない結果になりそうだから、という事もある。

「部位の切断ではレベルダウンは起きなさそうなのね」

「そうですね。累積ダメージ問題が残っていますけど……。調子に乗らない事が今は大事かなと」

「あの変態もちゃんと考えてはいたんだろうけれど……。精神がアバターに乗っ取られるというのは危機的状況ではないの?」

「そうであっても抗うすべが無い。だからこそ今の内に知っておく、という事なんだろう。ペロロン君も一人で研究してたんじゃないかな。運営から何も警告が来ない今の内に出来る事として」

 粘体であるぶくぶく茶釜は擬似的にため息を付く。

 自分たちがいずれ種族の特性に引っ張られて人間的な感情を失う時が来るかもしれない。そうなれば完全にモンスターそのものだ。

 その時とやらが来て自分達の冒険は終わるのかもしれない。それが良い事なのか、抗うべきことなのか、今は判断できないけれど。

「弟はしばらく部屋に放り込んでおくとして……。保存容器というものはお金がかかるものよね」

 容器と保存液は無料ではない。

 アイテム製作に特化したシモベに作らせたのだが、活動資金の確保も今後の課題だ。

 生物標本というものは自分達の趣味ではないけれど、それほど気持ち悪く感じない。


 自室に放り込まれた鳥人間は懲りたのか、と言われれば否。

 残る事が確認されれば次の段階に行くだけだ。実験とはそういうものだから。

 大事なことは『残る』事だ。

 消えるアイテムはとても勿体ない。

 方法が物騒なのは仕方が無い。それ以外には『星に願いをウィッシュ・アポン・ア・スター』頼みとなってしまうから。

「……ペロロンチーノさん、少なくともメイド達は解体したいとは言わないでしょうね?」

 と、黒い粘体のヘロヘロが呆れ気味に言った。

「腕だけでも死ぬかもしれませんので」

「上手くやれば可能かもしれませんよ」

 ペロロンチーノの狙いは女の裸だ。

 再生すると分かれば身体を貰えばいい。そういう発想なのだろう。

 それはそれで気になる点が生まれる。本体から離れて再生した身体は動かない。それをどうする気なのか、と。

 変態の発想は時に凄い事を口走らせるものだなとヘロヘロは地面に広がるように呆れた。

 ナザリック地下大墳墓で小さな混乱が大きくなっている頃、モモンガは武具の売買を続けていた。

 ●●●ーレアという残念な名前の青年は空気の読める頼れる人材と言う認識になり、増えていく貨幣に満足する。

 新品は鑑定でも問題の無い代物なので売れない事は無いし、冒険者以外にも需要があるので比較的楽に事が済んだ。

 もちろん謝礼金は渡す。

 親切丁寧に対応した存在に対して礼のひとつも出来ないのは良心が痛む。

 カルマ的には悪ではあるけれど、言われていないから払わない、と言えるほどには傲慢ではない。

 何かと頼る事になる人材を重宝する事はやぶさかではない。

「当面の生活資金が出来たようですね。これから冒険者登録しても大丈夫でしょう」

 色々と手数料を取られる事は聞いていた。

 初期投資は意外と高額だと学んだからこそ知りえた事実だ。

 食事に関してルプスレギナに金を渡していくつか食べてもらった。貧相だが食べられない事はないという感想だった。

 確かにナザリック地下大墳墓の第九階層にある食堂のメニューは豊富だ。質も良い。それと庶民の料理を比べるのは無理があるのかもしれない。

 とにかく資金が出来たので次は冒険者登録し、戸籍を得る。実際は戸籍という訳ではないが王国で自由に活動する証明書を発行してもらう。

 これがあるのと無いのとでは自由度が違うらしい。

 年間手数料というものは無いが失効すれば再配布にまた金がかかるだけだ。

 詳しい話しはギルドで聞くしかないけれど。


 ●●●ーレアに冒険者ギルドの場所を教えてもらい、彼と別れる。

 ずっと解説してもらうのもかっこ悪いと思ったからだ。何かあれば店でアドバイスをもらう事にした。

 さすがに『伝言メッセージ』を登録する事はしなかったが。

 人のいい善人はまだ少し信用が足りない。

 それはそういう世界で育ったから仕方が無いかもしれない。

 裏切られるのは好きではないし、自分はよく裏切るかもしれない。

 都合のいい時だけ利用するのはゲーム時代の名残りだろうか。

「ルプスレギナ。まずは活動拠点の確保だ」

「はい」

 褐色肌で表情豊かな娘は元気よく返事した。

 石造りの家並み。石畳は凸凹で古臭い雰囲気を感じる。いかにも中世っぽいイメージだと。

 人々の姿もゲームの中と大差が無く、近代社会ではないのは理解したが不思議だなと思った。

 転移が事実だとしてこの世界は一体何なのだろうか。

 これこそまさに宇宙人と呼べる知的生物と言えなくはないだろうか。

 地球人以外にも生物が居て、しかもゲーム時代のモンスターも存在するという夢の世界。

 是非とも調査したい。そういう好奇心が沸々と湧いて来る。

 元の世界に戻れないのは仕方が無い。暴れたところで彼らに責任があるという訳ではないし。

 急に湧いた疑問に驚きつつ冒険者組合の建物に到着する。

 四階建てだが外見的に地味で特別豪華な印象は受けなかった。

 ごく普通の建物という感じだ。

 街一番の何か、という事も無く。

「……変な期待はしない方がいいのかも」

 言葉が通じるのは分かった。後は飛び込み営業しか無い。

 入り口の両開きの大きな扉を開ける。

 喧騒が飛び込んできた。

 多くの冒険者と思われる人間がたくさん話し合っているのが見えた。

 それらが一斉にモモンガに顔を向ける。

 黒い全身鎧フルプレートを着ているので目立つのは仕方が無い。かといって顔が見える軽装鎧ライトアーマーに出来るわけがない。

「すげー鎧だな」

「黒い鎧とはまた……」

 と、口々にモモンガの装備に言及する。

 確かに重厚な鎧で充分に目立つ格好なのだから仕方が無い。それに他の冒険者はモモンガから見ても地味なものが多かった。

 それが普通なのかもしれない。

 これがたっち・みーでも派手だと言われる筈だ。

 冒険者組合は新たな人物に声をかけるような店ではなく、店員は来なかった。というか商店ではなかった。

 教えられた通り、奥の受付に向かい冒険者登録の手続きを申請する。

「冒険者登録をお願いしたい」

「登録ですか? 確かに冒険者プレートはお持ちではないようですね」

 ざっと見た感じではどの人物も首から金属プレートを提げていた。それが冒険者の証しだと教えられた。当然、モモンガは持っていない。

 手数料が銀貨五枚。代読料が銀貨一枚。

「代読料? ああ、文字が読めないという奴か……」

 この街では文字が読めない人間というのは多く。教育機関があまり発達していない。

 一部の学者から教えを請うのもタダではないと言われている。

「まずはこちらに氏名をご記入してください。代筆も有料ですが、そちらにしますか?」

 こういう料金が冒険者ギルドの利益となっているようだ。

 最初は全てお任せで良いかもしれない。無理に頑張れば後々、活動し難くなるかもしれないし、チュートリアルは初心者には割りと大事な情報源だ。特に右も左も分からない世界にとっては。


 記入は全て受付嬢に任せた。

 ルプスレギナも登録しようか迷ったが戦闘メイドとはいえ、毎回連れ出すとは限らないので保留にする。

 まず仮登録が終わり、続いて長い規約を聞かされる事になった。

 アンデッドの身体のおかげか、説明自体は苦もなく頭に入るのだが色々と制約の多い仕事だなと呆れた。

 モンスターを絶滅するまで倒してはいけない。

 森の頂点と目されるモンスターを無闇に倒してはいけない。

 他国で活動する場合は事前に色々と申請しなければならない。

 戦争や国に関わるような大事だいじに参加してはいけない。

 当然の事ながら勝手に依頼を受けてもいけないし、依頼人を騙してはいけない。

「街の移動は自由なんですか?」

 質問は自由だ。だから尋ねた。

「それぞれの検問所で冒険者プレートを提示していただければ大丈夫ですよ。入場料は多少かかりますが」

 モンスターが蔓延はびこる世界なので大都市は外壁に囲まれている。そして、それぞれ検問所があり、それらの兵士は無料奉仕しているわけではない。だからこそ金が必要だ、ということは理解した。

 冒険者プレートを持っていれば少なくとも怪しまれる確率が減る、らしい。

 異形種特有のペナルティに似たものかもしれない。そのプレートが免罪符という意味で。

「今日は仮登録なので明日の昼ごろにまたお越しください」

 長い説明を聞き終えて出た結果は明日に持ち越される事になった。

 とりあえず、最初の関門は問題なく突破できたと見ていい、と思う事にした。

 折角なので依頼書という羊皮紙がたくさん張られた掲示板に向かう。

「………」

 見たことも無い文字。いや、●●●村の地図には僅かしか書かれていなかったものがここでは大量に書かれていて驚いただけだ。

 数字らしいものは分かったが内容までは分からない。

 こういう時に翻訳の魔法があれば便利なのだが、モモンガは習得していない。

 異世界転移は想定していなかったから。仮に想定していても翻訳魔法を習得していたかは疑問だが。

 そういえば、受付嬢の説明におかしな単語が無かったな、と気付いた。

 いやしかしまだ安心は出来ない。

 ここに張られている依頼書は全て卑猥な内容かもしれない。いや、卑猥な表現というのが正確か。

 おいそれと他の冒険者に聞くのも怖い。

 ●●●の丘で小鬼ゴブリン退治してくれ、という内容だったら嫌だ。

 見たことも無い文字のお陰で見る分には平気だが、なんと書かれているのか写して帰ろうかなと思った。

 なので再度、受付嬢に尋ねた。

「依頼書は規定で写しは許可できませんが、壁の方に張られた古い記事ならどうぞ」

 古い記事は日本で言うところの新聞に類するもので王国から発表された大事な行事などが書かれているらしい。

 書かれた文字に違いはなく、ルプスレギナにメモに取るように頼むと難しい顔をされた。

「……書き難い文字っすね……」

 さすがに戦闘メイドでも書き取るのに手間取る文字だと判断された。

 一般メイドに見せて即座に解読したら、それはそれで驚きだ。

 それはそれとして翻訳が出来なければ代読料だけで資金が枯渇するかもしれない。思いのほか高額なのは事前に聞いていたが驚いた。


 ある程度書きとめた後、宿屋に向かう。

 安宿の場所も青年に教えてもらっていたが、明日からの活動はナザリックで検討した方がいいだろう。

 無理に泊まる必要も無いか、と判断し適当に歩いたところで『転移門ゲート』で帰還する。

「……色々あって疲れた……」

 疲労しないアンデッドの異形種だが精神的というか気分的に疲れは感じた。

 ルプスレギナに休息を命じて第九階層に向かう。

「お帰りなさい、モモンガさん」

 と、ギルドメンバーが出迎えてくれた。

 知った顔があると我が家に戻ってきた気分になり、少し照れくさくなった。

「ただいま」

 タブラ・スマラグディナとぷにっと萌えと死獣天朱雀と共に執務室に移動する。

 これまで得た情報を伝えられるだけ説明する。

 『遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイング』などで監視はしていたと思うけれど。

「宇宙人説……。新しいですね」

「確かにその発想は無かった」

「知的生命体なのは確実ですし、これは興味深いですね。しかも小鬼ゴブリンが居るという……。どこぞのカードゲームの設定みたいです」

「それで……、カードで敵を倒すシステムなんですか?」

「それは無いと思います。鎌鼬かまいたちはちゃんと武器で倒しましたし」

 ロールプレイングゲームなのにカードバトルしなければならないのは嫌だなと思った。

 剣と魔法の世界であってほしいと今は強く思う。

「文字はもっと集めないと駄目かもしれませんが、なんとか解読は出来るでしょう」

「そうですか?」

「識字率が低いのはお約束みたいなものです。むしろ都合よく翻訳されている方がおかしい」

 言葉は通じるのに文字が駄目、というのは変だ、とタブラとぷにっと萌えは思った。

 極端に書き難い文字というわけではないけれど、書きなれない新しいものであるのは確かだ。

「こちらは順調ですが……。ナザリックの中はどうですか?」

「あはは……。混沌としてきました」

「はっ?」

 モモンガはタブラ達はペロロンチーノの状況を教えてもらい、そして驚いた。

 あまりにも想定外だったので精神の抑制が働いた。

 急に精神が落ち着くので少し気持ち悪いのだが、種族の特性なのでどうしようもない。もちろん他のメンバーも同様に起きる。

「互いに殺しあうようになっては一大事ですが憎しみが芽生えたわけではないようです。むしろたっちさんとウルベルトさんがとても仲良しなのが不思議ですけど」

「そ、そうですか。確かにアルベドの羽根で……。ああ、タブラさん、そういう実験は俺もやったって言いましたっけ?」

「アルベドに関してはモモンガさんのお好きなように。自分の恋人ではないので」

 娘ではあるけれど。

 白骨の『死の支配者オーバーロード』が女の裸をどうこう出来るとは思っていない。

 せいぜいが身体に触れる事くらいだ、というイメージしかなかった。

 仮にモモンガが卑猥な展開に持ち込もうとしても今の自分に止める権利はしか無い。

 その少しとは具体的には主人公としての立ち居振る舞いだけは失うな、と言う程度だ。

魔法詠唱者マジック・キャスターで出来る事と言えば洗脳でしょうか?」

「……そういう事はエロゲーではアリかもしれませんが……。急に遊んだりはしませんよ」

「嫌がらないかで言えば、NPCノン・プレイヤー・キャラクターも抵抗するようですけどね。嫌がる彼女たちを手篭めにはしませんけど……。ゲーム時代と違うんだなと郷愁を感じます」

 郷愁という言葉が適切かはモモンガは指摘しないが合っているようで間違っているようにも感じられた。

「殺害に発展しない事を祈ります。ギルドメンバーの仲違いは望むところではありません」

「手足程度に留めてもらいました。蘇生実験はまだ我々も勇気が要ると思うので。レベルダウンからの復帰も当てが無いうちはしたくないですし」

「ギルドマスターに心配はかけたくないんですが……。適当なモンスターが見つかるまでは自重するようにみんなで説得してみます」

「頼りないギルドマスターで申し訳ありません」

「そんなことはありませんよ」

 それぞれの優しい言葉を受けてモモンガは一度、頭を倒した。

 転移後にメンバー達がのびのびと活動する機会を自分は奪っている気がする、と思った。

 外の世界は不確定要素が多すぎる。だからこそ慎重に行動したい。しかしそれはモモンガの問題であって他のメンバーも独自に行動したくてストレスなどを溜めているのかもしれない。

 ペロロンチーノの行動には驚いたが、それは自分にも同じ事が言える。気になった事は確かめたくなるので。

 しかし、いきなりマーレの腕を切ろうとするのはやりすぎではないか。

 ぶくぶく茶釜が怒る事は分かっていないわけではないだろうに。

 むしろ姉も確かめたかった、という事ならば自己責任においてモモンガは止める権利を有しない。

 アウラとマーレの創造者の裁量に委ねるのが正しいと思うので。

 しかし、やはりどう考えても殺害までは許可は出来ない、と思う。

 自分たちが生み出したNPC達だ。いくらゲームキャラクターだとしても。せっかく自我が芽生えた生命体だ。

 設定通りに動いているだけに過ぎないとしても。


 モモンガは外の情報をぷにっと萌え達に任せて第六階層に移動する。

 ゲーム時代はあまりNPC達と触れ合わなかったので彼らがどんな性格なのか、改めて知る必要がある。

 今はただのオブジェクトではない。

 同じ仲間、かもしれない。

 ギルドメンバーだけが仲間で、他は吐いて捨てる程度のモンスター。というのは人間辞めすぎだと思う。

 身体はアンデッドだけれど人間の心はまだ捨てたくない。

「も、モモンガ様!? ようこそ」

 小さな身体で黒い杖を持つ闇妖精ダークエルフのマーレが走ってきた。彼はこの第六階層の階層守護者だ。

 自分の意思で判断し、声を出すNPC。それはゲーム時代では決してありえないことだ。少なくとも決まった命令にしか反応を示さない。

 それに多くのNPCはモモンガも初対面が多い。それほど彼らと触れ合わなかった証拠ではある。

「ま、マーレか。お邪魔するぞ」

「ここはモモンガ様が支配するナザリック地下、大墳墓で、ございます。遠慮、は無用だと、お、おも、思います」

 たどたどしい喋り方はぶくぶく茶釜の設定だから仕方がない。

 代わりに姉のアウラは活発な女の子だ。

 ただ、マーレは創造者の趣味で女装させられている。代わりにアウラは男装だ。とはいえ、二人共人間で言えば十二歳くらいに見える背格好だ。

 設定では七十代だが。

 そういえば墳墓内のNPCやモンスター。各階層で怪しい単語を持つ者が見当たらない。

 当たり前かもしれないけれど、転移によって名前が変異することはありえないことではないかもしれない。もちろん確かめていないからだが。

 少なくとも自分の知る限りにおいてナザリック内で変な名称は報告に無かった。

 『マーレ・ペロ・オ●●●ー』とかいうバカみたいなことが無くて。いや、そういう単語が浮かぶ自分が一番バカかもしれない。

「も、モモンガ様? どうかしたんですか?」

「ちょっと自己嫌悪に陥っていた。うほおん。あー、マーレよ。この階層に変わりは無いか?」

「は、はい。シモベ達の、反乱とかは確認できませんし、壁の崩落も今のところは……、無いようです」

「勝手に湧き出るモンスターの反乱はどうでもいいがな。壁は無事か」

「はい」

「ペロロンチーノさんが無茶なことを頼んだようだが……、怖かっただろう」

「……は、はい……。少しだけ……。ご、ご命令なら聞かないとって思ったんですけど……」

 今にも泣きそうな顔になるマーレにモモンガは無い胃が締め上げられる思いだった。

 可愛い女の子、いや、男の子にいい大人がなにをしているんだかと呆れる。

 気弱に見えるけれどナザリック内に存在するレベル100のNPCの一人だ。

 全部で九人居て、マーレの他にアウラ、シャルティア、コキュートス、アルベド、デミウルゴス、セバス・チャンと続く。

 後は自分が生み出したパンドラズ・アクターと転移を管理する七姉妹プレイアデスの末妹オーレオール・オメガ。

 全員を100レベルにすればいいと思われるが拠点防衛用のNPCを作り出すには拠点ポイントが必要だ。だから無尽蔵に生産は出来ない。

 ナザリックの拠点ポイントは2250と様々なボーナスの500を合わせたものとなっている。

 ゲーム内では最大で3000ポイント。それは『天空城』を支配したギルドが獲得してしまっている。

 ゲームには制限があり、運営がそれを適時修正していく。

 いわゆるゲームバランス調整だ。

 ナーベラル・ガンマも当然、拠点ポイントを使って生み出した。というか、NPCと呼ばれるものは全てだ。

 それらとは関係の無いモンスターは魔法で生み出したり、ギルド拠点内で生み出せる自動的に湧き出るモンスター類が居る。

 多くはギルドの資産を消費するのだが、一定額の免除というものがあるけれど、今のところ資産が減る事態は起きていない。

「そういえば、墳墓の周りを木で覆い、森に偽装する事は出来るか?」

「お時間がかかると思いますが……。出来ない事はないと思います」

「夜間に……、一箇所だけでは怪しいだろうから平原のあちこちに木をまばらに配置してみよ」

「か、かしこまりました」

「おっと、その前に現地の木を調べてからだ。新種が急に現れては怪しまれる」

「そうですね。急ぎでなければ調査をお許しいただきたいと……、思います」

「うむ。外に出るにはその格好では目立つ。出来れば……他人に見られもいい襤褸ぼろがいいのだが……。あとでぶくぶく茶釜さんに頼んでおこう」

 うん、支配者らしい対応が出来ている、とモモンガは自画自賛した。

 会話自体におかしな点は無い。

 転移後の世界は何かがおかしい。その原因を突き止められればふざけた名称の謎もいずれ解明出来るかもしれない。

 あまり解明したくないけれど、聞いているこっちが恥ずかしいから仕方がない。


 マーレへの命令が済み、もう一人の階層守護者アウラのもとに向かう。

 次の日まで時間があるので散歩がてらNPCの様子を見る事にしただけだ。いや、NPCの性格を知るためだったな、という事を思い出す。

 とにかく、マーレを慰める事には成功した。姉であるアウラはどうしているのかも一応は確認しなければ。

 話しではアウラの名前が出なかったけれど。出さなかったから出なかっただけかもしれない。

 双子は普段、ぶくぶく茶釜たち女性陣が集まる拠点に滞在していることが多い。

 ギルドメンバーの中で女性は『ぶくぶく茶釜』と『やまいこ』と『餡ころもっちもち』の三人だけだ。

 むさ苦しい男所帯にもかかわらず『アインズ・ウール・ゴウン』に加入してくれたことは今では深く感謝している。

 異形種を選ぶ女性は滅多に居ない。居たとしても普通は醜い種族を選んだりしない。

「とぉーう」

 という掛け声のようなものの後で『べちゃっ』という音が聞こえた。

 上空から何者かが落下し、地面を赤く濡らす様はまさに投身自殺のようだ。

「……ぶくぶく茶釜さん、なに遊んでいるんですか?」

粘体スライムだからか身体に力が入らないからよく広がるわ。びっくりびっくり」

 赤い染みが収縮していき、一体の不定形の生物して盛り上がった。

 粘体スライムに人間的な表現が通用しないのでモモンガもどういう状況なのか言葉として頭に浮かべられない。

 無事なのは何となく分かったけれど。

 肉体のあるキャラクターなら今の投身自殺的な事でも充分に致命傷になる。もちろん現実での話しだ。

 ゲームのアバターだからこそ本来、出来そうで出来ない無茶な事が出来る。

 墜落実験などは自殺志願者でもない限り安全対策を取るものだし。

 ゲームのアバターは平然と崖から転げ落ちる事が出来る。そういう動画がよく出回るからだが。

 陵辱系とは違う猟奇系の分野もモモンガは知識として知っている。

 もちろん常識やゲームの規約の範囲内でおこなう。

 『アインズ・ウール・ゴウン』も割りと規約ギリギリの事をしている気がするけれど。

 特に『恐怖公』などは。

 女性プレイヤーにとってもっとも忌むべき場所となり、侵入者を送り込む上では役に立つけれど。

「……プルプル震える姿はとっても卑猥ですね」

「あらそう?」

 分かっててやっている気がして時々、ぶん殴ってやろうかと思わないでもない。

 それは自分が紳士だから、とはまた違う気もするけれど。

 中身が有名声優である彼女にはあまり卑猥な事はしてほしくない、と思うけれどゲームのキャラクターとしての個性は否定しない方がいいとも思う。でなければ自分がアンデッドである事も否定しなければならない。

粘体スライムなのにどうやって動かしているのか不思議です」

「何となく意識的に動くから、慣れよね。ヘロヘロさんも人型っぽくして動くし」

 見た目は卑猥な桃色粘体スライムだが騎士ナイトと指揮官職を持つ立派な戦士だ。

 敵を誘導させる戦略を練らせれば熟練の冒険者に引けは取らない。

 両手に盾を装備できる。

「……手は何処にあるのか分かりませんが……」

 形は自在だから手も作ろうと思えば作れるかもしれない。

 あまり気にしてはいけない事かもしれないけれど。

「こんなところにギルドマスターが一人で来るとは……。訓練でもしに来たの?」

「アウラに会いに来たんですが……。なにやらペロロンさんのことで色々とあったみたいですね」

「まあ……ね……。変態のスキルレベルでも上がったのかと思ったわ。逆に弟の容器が増えてしまったけれど……。いずれ殺し合いになるとか……、ちょっと笑えない事態になりつつあって怖いわ」

「そうならないようにしたいんですが……。種族の特性はさすがにギルドマスターでも手が出せない気がします」

「その辺りはみんなと相談するけれど……。アウラはお昼寝中よ。設定した通りに動いてちょっと混乱しているわ」

 本来、NPCはあくまでゲームプレイにおけるのようなもの。

 もちろん、戦闘に参加させる事もある。

 命令を細かく送らなければならないので大勢は扱えない。モモンガでさえ三人くらいが限度かもしれないと思うほどだ。

 拠点を得た時に作るNPCは大抵が防衛任務くらいだ。あるいは住人として配置するだけの存在、とも言える。

 性格などは設定した者に委ねられるが本来なら自由意志など介在しない。

 動くと思って設定しているプレイヤーはおそらく存在しない。それが自由意志を持って動き出せば誰もが驚く。

 厄介な設定を与えていたら書き換えればいい。そんな簡単なことが出来るのか、実はまだ確認していない。

 問題は書き換える事ではなく、書き換えた後でちゃんと反映されるか、だ。

 文字だけ変えて何も起きない事も充分にありえる。

 アルベドの設定に『実は男』と書いた場合は男性に性転換するのか。おそらくしないと思うけれど。ありえたら、それはそれで怖い。

 モモンガが把握している中で、ナザリックに反逆しそうなNPCは確実に一人居る事は知っている。

 脅威にならない内に試すのは悪い事ではないかもしれないけれど、せっかく備わった個性を消すのは良心が痛む。

 そのキャラクターは自分が生み出した存在ではないけれど。ギルドメンバーがこだわりでつけた設定を勝手に変えるのは筋違いだと思う自分が居る。

 折角設定したものをいきなり変える事に抵抗を感じるのは変ではないと思う。

「NPCのようなゲームのキャラは倒せば死ぬ。死んだら蘇生以上の事は出来ないはずですよね?」

「ケガしたら治癒するくらいはするわね。の実験なんてバカな事は想定されていないかもね」

 まして階層守護者に要望するなど、と思ったところでゲーム時代を思い出す。

 特定の言葉にしか反応しないNPCなのだから要望自体が無意味だ。

 それが出来るようになった途端におかしくなった気がする。

 電脳法という法律では例えNPCでも監禁すれば罪に問われるという。

 その点で言えば本来なら別の世界に監禁されたアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは立派な被害者だ。

 その中にあって頭がおかしくなるメンバーが出ても恩赦くらいはしてほしいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る