008 幻想少女と星の守護者

 タブラはナザリックの防衛の準備を整える為に一旦は退出していった。その後で息苦しさから解放されたモモンガは椅子に深く沈みこんだ。

 今日のタブラはいつにもなく怖かったと思った。

「……アルベドを差し出してまで、どうして俺が外に出ないと……」

 と、文句を言い始めるのだが、後が怖いので鏡に意識を集中する事にした。

 とにかく、村の調査に行かないとアルベドが部屋に全裸で来るかもしれない。

 そう思うと背筋に冷たいものが落ちる気がした。

 雨漏りではないと思うが、つい天井に顔を向けた。

 けっこうな高さがある天井は染み一つ無い。

「こだわりを持って作ったわりに使わない部分が多かった気がするな」

 データの無駄遣いとも言える。

 ちゃんと活用しないと勿体ない。

 画面に戻って拡大を続けてみる。

 見つけた集落のようなものまではまだ結構な距離がある。

「……距離感が分からないけれど……、一キロメートルとかだろうか」

 実際に測量もおこなわないと駄目かもしれない。

 色んな事を考えつつ問題の場所のすぐ近くまでたどり着いた。時間にして十分ほどか。

「……村、にしか見えないな……」

 この『遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイング』には意外な弱点がある。

 それは建物の中を見ることが出来ない。

 窓から侵入すればいい、と思ってしまうが細かいところまでは行き届いていない。

 家の中を一軒ずつ調べる事は出来ないけれど、外観が確認できれば後は直接向かえばいいだけだ。

 移動に苦労した分、転移によって一瞬で行けるようになるのだから努力は無駄ではない。

 何とかたどり着いたが原住民がどんな姿なのか気になるところだ。出来れば変な宇宙人でない事を祈るモモンガ。


 ◆ ● ◆


 粗末な建物がいくつかあり、低い柵で囲んでいるだけで要塞という体裁は取られていない。

 見晴らしもよく、外からでも中を確認出来るほどだ。

 問題の原住民だが、人間だった。

 もちろん、モモンガの知識にある姿形の人間だ。

 服装は古きよき西洋ファンタジーに出てきそうな農民服。小汚いところが郷愁を感じさせる。

 見るだけなので人々の言葉は鏡からは聞こえてこない。

「……ちゃんと原住民は居るようだな」

 例によって何者かにタイミングよく襲われているシチュエーションではなく、普通に歩いていた。

 煙はいくつか立ち昇っているが家が壊れていたり、焼けていたり、地面に死体が転がっているような事は無かった。

「……普通……だな」

 必要事項を忘れ無い内にメモしていき、仲間と連絡を取る。既にタブラから聞いていたのか、モモンガさんに行ってほしいという意見が多かった。

 どうやら味方につけたようだ。

「……俺が行けばいいんですね」

『お供はルプスレギナでいいんじゃないですか?』

 戦闘メイド『ルプスレギナ・ベータ』は人狼ワーウルフだが普段から人型なので人間相手でも問題は無い、と思う。ただ、モモンガは彼女がどういうNPCノン・プレイヤー・キャラクターだったのか知らない。

 もう一人にはアウラとマーレという闇妖精ダークエルフの双子が候補に上がった。

 こちらは双方共にレベル100の階層守護者なので連れ出すのに抵抗を感じた。

『小さい子供と一緒なら警戒されないんじゃないかと思って』

 と、気楽に言うのは創造主のぶくぶく茶釜だった。

「人間の集落なら森妖精エルフの耳を見たら驚くんじゃないですか?」

『うちら化け物しか居ないから贅沢を言っても仕方がないわよ』

 人間を探す方が大変なのはモモンガも理解している。

 ほぼ異形種しか居ない。

 アウラ達はNPCではあるけれど人間種というだけで本当の意味で人間かと言われると首を傾げてしまう。


 ドレスルームに移動すると控えのメイドとは違うメイドが居た。

 先日、たっち・みーと同行していたナーベラル・ガンマだった。

 戦闘形態ではなく、一般メイドのような簡素なメイド服を着ていた。姿は一種類だが服装は比較的、自由に変えられるようだ。

「ナー……ベラルだよな?」

「はい。戦闘メイド『プレアデス』のナーベラル・ガンマでございます」

 冷徹そうな表情を崩さずに挨拶を返す。

 無表情のような印象を受けたので改めて彼女の顔を見つめる。

「笑ってみろ」

「畏まりました」

 と、言ったもののナーベラルは笑顔を上手く表現できなかったようで、引きつり気味の顔になった。

 急な要望だから仕方が無いかもしれない。それでも忠実に任務をこなそうとするところは偉いなと感心した。

「うむ。もういいぞ。変なことを頼んで悪かったな」

「いいえ、滅相もございません」

 ゲーム時代なら無言なのに今は言葉がついてくる。

「……ところで、お前はいつからここに居た? 確か呼んだ覚えはないはずだが……」

「弐式炎雷様からここに待機するようにご命令を受けまして……。ご迷惑ならば退出いたします」

「……あの人か……。いや、しかし、ずっと居ればトイレとか風呂とかはどうするんだ?」

「事前に済ませてきました」

 不可視化したシモベから何も連絡が無いところを見るとギルドメンバーからの命令を受けたのかもしれない。

 それはそれでセキュリティが心配になってくる。

 ナーベラルはその場に片膝を付く。

「最上位のモモンガ様の意に沿わぬのであれば、どうぞ処分して下さい。それぞれの至高の御方々のめいに背くことが出来ませんので、色々と齟齬が生まれましょう」

「処分とかって……」

「さ~あ~ご~け~つ~だ~!」

 ナーベラルがゆっくりと立ち上がりつつ叫びだす。だが、その動きはとてもゆっくりとしたもので声色も少しずつ崩れて聞き取り難くなっていく。

「あ~あ~ぶぁ~ぼぁ~!」

「なんだ!?」

 スローモーションのような現象だった。

 声と共にナーベラルの身体が膨らみ、破裂。中身をぶちまける様子を見せられるのだが、何故かモモンガの身体は動かなかった。ただ、意識や思考は普通にできていた。


 部屋の中で砕け散るナーベラル。

 それはどのような現象なのか。

「……身体が……動かない」

 声が聞こえなくなった後は時間が停止したように赤い肉片なども止まった。

 魔法は使えそうで使えない気がした。転移で逃げても身体が動かなければ意味が無い。

 なんとなく他の場所に居るNPCも同じように爆散しそうで怖くなってきた。

 『伝言メッセージ』を使うと酷いノイズが聞こえてきた。

「魔法も駄目か」

 不可解な現象にモモンガは戦慄する。

 命令の不備が今の現象ならば間違った選択を選んだ事になる。だが、そんな状態は見た事も聞いた事も無い。

 身動きの取れない状態で出来ることは待つ事だ。どのくらい待てばいいのかは分からない。

 アンデッドのアバターの場合は永遠に近い時を過ごす事が出来る。

「……永遠にこのまま……」

 中途半端に思考できるまま永遠に過ごす。それは拷問だ。

 助けを呼ぼうにも誰が来てくれるのか。

 声が届く相手が居るとも思えない。

 どんなに精神が不安定になっても強制的に安定化させられる。

 永遠に冷静な思考のまま過ごす事になる、というのは考えたくない悪夢のようだ。

「……体感時間的には百年は過ぎただろうか」

 ふと物思いに沈み込んだだけで時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。

 油断すれば一万年も簡単に過ぎていく。

 ずっと冷静で解決策も浮かばない。こんな状態で出来ることは脳内でゲームでも組み立てる事くらいか。

 時は無限だ。


 『終幕』


 物語を諦める。その選択を選んだのは何度目だろうか。

 思い浮かぶ選択は一通り選びつくした気がする。

 一人で戦うゲームに未知の敵は現れ難い。

 惰性で戦闘していると敵の姿が見えなくなる。

「……今は何年だ?」

 意味の無い問いを虚空に語りかけたのはもう数え切れない。

「まだ一秒だよ、モモンガお兄ちゃん」

 聞き覚えの無い声。それは女の子のものに聞こえた。

「……!?」

「ねえ? 驚いた? 止まった時間の中で何故、普通に物を考えられたりする事に疑問とか覚えた?」

 本来は『何者だ』と言うところかもしれない。だが、それは間違った質問のような気がしたので口をつぐむ。

 精神は未だに冷静だ。思考も正常。ただ、驚きは制御できなかった。

 数万年。下手をすれば数億年ぶりの来客の声、とも言えるものだからだ。

 声の主と思われる存在が目の前の血肉で出来た覆いの影から現れる。

 想像通り、小さな金髪碧眼の可愛らしい女の子だった。

「……まさか……」

 姿形は『ユグドラシル』のイベントボス。

 序盤に出てくる強敵だった気がする。遠い昔の出来事なので詳しく思い出すには時間がかかりそうだった。

 見覚えはある。そして、思い出す。

 彼女はどう見ても『幻想少女アリス』だ。

 フリルとリボンがいっぱいの青いエプロンドレスを着た姿は男性プレイヤーの眼の保養とまで言われている。

 レベルは確か四十台だったはずだ。

 攻撃力がとても高く、即死系のスキルを保有しているので見た目にそぐわず人間種のプレイヤーにとっては倒しにくい強敵と言われている。

「イベントボスも自我に目覚めたのか?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。その辺りは気にしなくていいわ」

 可愛らしい声。それは地声なのか声優によるものなのか。

「身動きが取れないのはお前のスキルの影響か?」

「そうだと仮定してモモンガお兄ちゃんを倒しても面白くないわよね」

 世界級ワールドアイテムを持っているモモンガを拘束している相手だ。

 普通の存在ではない。

 敵対行動なのかは分からないが、攻撃の意志は感じられなかった。

「『死ぬまで逃がさないよサンクション・オブ・モモンガお兄ちゃんアンノウン』って名前に聞き覚えはある?」

「……無いな」

 少なくともユグドラシルでは聞いた覚えはない。

「……そう。じゃあ……、なのね、あなたは」

 少女は薄く笑っている。それを冷静に見つめるモモンガ。

 長い体感時間を過ごした為か、意識はとても鮮明で落ち着いている。

 抗えない運命に身体を委ねたのか、人生に諦めたのか。

「どうせ、退屈でしょ? 少し話しに付き合ってくれる?」

「動けない骸骨でよければ……」

「ふふふ。あまり悪い事は考えなくていいわよ。取り引きとか、物騒なことは言わないから」

 楽しそうに喋る幻想少女アリス

 久しぶりの会話だ。今更抵抗しようだなどと思ってはいない。

「じゃあ、挨拶からしないとね。私は『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』の一人で……。さっき言った『死ぬまで逃がさないよサンクション・オブ・モモンガお兄ちゃんアンノウン』っていうの」

 会話が出来るなら相手がたとえ邪悪な存在だとしてもモモンガにはどうでもよかった。

 一人で喋り続けたり、思考の海で遊ぶ事に退屈していたところだ。

 気が付いた時には目の前から赤い肉片が降りかかってきた。だが、移動阻害対策などを施された防具のお陰か、全ての血溜まりのようなものはモモンガを避けて床に散らばっていく。

 目の前では下半身のみのナーベラルの身体が倒れるところだった。

 本来ならば気持ち悪くて叫びそうになる場面だが、モモンガは冷静に眺めていた。

 倒れた拍子にこぼれた内臓にも驚きは感じない。

「……時が……動き出したのか……」

「そのようだね、モモンガお兄ちゃん」

 笑いながら軽い足取りで駆け回る『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』の少女。

 先ほどまで長い会話を楽しんでいたはずなのだが、不思議と思い出せない。それどころか彼女が名乗ったであろうも思い出せなかった。

 少し悩んだが、名無しでは不都合かもしれないのでイベントボスの名前である『幻想少女アリス』と呼ぶ事にした。

「……別にいいわよ。うーん、その調子だと約束とかも忘れた?」

「……約束? 何か約束を交わしたのか?」

 と、聞き返した瞬間に巨大な口に飲み込まれた。


 ふと気付くと目の前にが居た。エプロンドレスを着ていて金髪碧眼の可愛らしい風貌だった。

 その横には内臓を床にぶちまけたメイドの誰かの死体のようなものが転がっている。

「うおっ!?」

 舌なめずりする少女は何者なのか。

 モモンガは急に尋常ならざる悪寒を感じた。

「な、なんだ、これは……。おお、お前は……」

 言い知れない恐怖は強制的に沈静化される。だが、それでも現場が変わるわけではないので、再度の沈静化を繰り返してしまう。

「まあまあ、落ち着いて。これは事故。別に私がやったわけじゃないわ。だから……、落ち着いて。ねっ? モモンガお兄ちゃん」

「なんで俺の名前を知っているんだ!?」

 喋るたびに精神が安定化させられていくような感じになっていた。

「教えてもらったから……? なんか違うな……。たぶん、から教えてもらったのかもしれない」

 別のお兄ちゃん。それは平行世界で言うところの別次元のモモンガとも言える、と少女は思った。

 今は敵対関係ではないので色々と教えてもいい気がした。

 残る敵は後数体だし、と小さくつぶやく少女。

「……まさか幻想少女アリスか!? イベントボスがなぜ、この部屋に居るんだ」

「実はね~。招待されたの」

 少女はニコリと微笑んで言った。そして、それはあながち嘘ではないのだが真実を告げるべきか、少し逡巡してしまう。

 目の前の冴えない主人公にして、自分達『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』の本来の敵ではあるけれど、決して滅ぼしてはいけない存在。

 だから、協力を取り付けた。

 前回は赤髪の破壊神●●●●●●によって大半の『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』が討伐されてしまったけれど、さすがに今回は邪魔されないと思う。

 に怒られると存在を消されてしまう。そんな気がした。

 ああいう存在がというのも信じられない。残り三人はどんな化け物なんだよ、と愚痴も言いたくなる。

 確か三人目は人間で既に故人だったっけ。神話体系の一人に祭り上げられる程と聞いた覚えがあるのだが、どんな人間だったのかは結局、少女は思い出せなかった。

「モモンガお兄ちゃんは知らないかもしれないけれど。一応、客人として迎えてくれるとありがたいな。……駄目、かな?」

 下から覗き込むようにモモンガを見つめてくる少女。それに対してモモンガはどう返事を返せばいいの分からなかった。

 見た目には可愛いのだが、凶悪な敵というイメージがある。なにせ、序盤で出会うボスにしては強い部類にある『初見殺し』の異名を持っているからだ。

 適正レベル以上のステータスなのでレベルだけ見て戦うとあっさり殺されてしまう。

「敵対はしないという保証があるのか?」

「疑り深いな~。そんなんじゃあ、友達無くすよ」

「……慎重派と言ってくれ」

 イベントボスも自我を得たのか、柔軟に対応してくる。

 言葉がちゃんと通じているのは素直に驚いた。それと表情も柔軟に変化している。


 イベントボスを暫定的に『幻想少女アリス』と呼称する事にした。少女は話しが進むのならばと了承してくれたことで一段落ついた。

 ナーベラルの事はシモベ達に連絡し、復活の用意を整えるように指示した。

「残念なお知らせがあります」

 と、幻想少女アリスは唐突に言った。

「はっ?」

「その子はもう十回くらい死ぬから。これは運命なんで諦めて下さい」

「……死に続けるのか? ナーベラルが……」

「要所要所でね。ボンってなったり、スパっとなったり。色々と不幸な境遇に見舞われると思う」

「ど、どうすれば回避出来る?」

「回避せず、受け入れた方がいいと思うよ。変に抵抗すると別の人が死ぬだけだし」

「そ、それは……。いや、う~む……」

 ナーベラルを救えば誰かが代わりに死ぬ。

 NPCなので復活は容易い。だが、今は何となく助けたい気持ちが強い。

 仲間からNPCは死んでもいいじゃん、とか言われそうだが、今の自分はどうにも救いたいと思ってしまう。

 思考の海に沈みゆく頃に掃除役のメイドが数人、訪れた。それぞれ淡々と作業していく。

 種族が違うからなのか、ナーベラルの死体を見ても驚いたり、泣き叫ぶメイドは居なかった。

 それでも死体がナーベラルだという認識はあるようで、ぞんざいには扱わなかった。

「死ぬたびに何かを失うペナルティがあるわけじゃないし。……資金は減るかもしれないけれど……」

「資金だけ減るのか?」

「空になる程ではないと思うけど? 連続で死ぬわけじゃないから」

「……そうだとしても……」

「……あと、永遠に死に続けるわけでもないから……」

 と、小声で呟く幻想少女アリス

 そうだとしてもモモンガとしては助けてやりたいと思った。

 最高責任者としてはNPCに甘いのは問題かもしれない。復活できる算段があるのに余計な犠牲を生むのは得策ではない。

 NPCはプレイヤーの盾となる為に生み出された者達だ。

 仲間とNPCを天秤にかければ仲間を選ぶところだ。だが、今はそう簡単に割り切れない。

「それと……。私はちょくちょく遊びに来るけれど、こちらから提供できる情報はもう無いからね。あと、私を倒しても何も恩恵は貰えないのであしからず」

「そ、そうか」

「ちょっと屈んでくれる、モモンガお兄ちゃん」

 幻想少女アリスの頼みに従ってしまうモモンガ。

 女の子の可愛い声に影響されて、大人として少し恥ずかしさを感じた。

 屈んだモモンガの頭を幻想少女アリスは撫でた。

「何も心配は要らないよ。……大丈夫。自分の信じる道を行けばいいから。もちろん、様々な障害が待ち受けているけれど……。私から言えることは……、こんなところかな」

「………」

「ああ、あと私はお客さんなんで、戦闘に類することでお手伝いはいたしません。そこは仲間たちと一緒に頑張ってね、モモンガお兄ちゃん」

「う、うむ……」

 聞けば聞くほど可愛い声だと思った。

 聞き覚えの無い声優のようだが、地声なのか専属の声優が居たのか、少し気になった。

 公式の幻想少女アリスの声とは全く違う事は分かっている。

「寂しくなったら話し相手くらいしか出来ないけれど……。頑張ってね、モモンガお兄ちゃん」

 言い終わった後で幻想少女アリスの身体は薄くなり、霧散して消えた。


 モモンガは念のために感知魔法などを使ってみたが幻想少女アリスを見つけることが出来なかった。

 何しに来たのか分からないが敵になり来たのではないようだ。それを素直に信じていいのか、判断は出来ないけれど。

 雰囲気的には悪いモンスターには思えなかった。無理して敵対してもメリットは無さそうだと思った。

 復活させたナーベラルは自分が何故、死んだのか全く覚えが無いようだった。

 ちゃんと蘇生出来たので誰かが死んでも問題はなさそうだが、あまり実験したくない事で無い胸が痛む。

 気持ち的な痛みはあるようだ。

「モモンガ様にご心配をかける事態になり、まことに申し訳ありませんでした」

「無事に復活できたのだから、それで良しとしておこう」

 どうしてナーベラルが死んだのか、不可解ではある。事件というならモモンガが正に犯人にふさわしい。

 身の潔白を証明するすべが無い。

 勝手に爆発した、という言葉を信じる者はそうは居ない。自分なら疑う。

「……私は部下や友人を簡単に殺すような存在にはなりたくないぞ」

 信賞必罰は組織運営にとって必要な措置、という言葉が浮かんだ。そして、それを正にナーベラルが口にする。

 彼女の次の言葉も手に取るように分かる気がして、怖くなってきた。

「いいから黙れ、ナーベラル」

「……申し訳ありません」

「何が信賞必罰だ。そんなことを私が決めたのか? 私が決めてもいない事をお前達が勝手に判断するのは何なんだ?」

 語気を強めてモモンガは言った。

 ただ単に怒りが湧いた。それは冷静を保った怒りの為に強制的に沈静化はされない。

 怒る時は怒りたいと思う心はある。

「……確かに……、モモンガ様のおっしゃる通りでございます。……勝手に判断するのは……、私達NPCがそうあれと設定されたからではないでしょうか? ですから、モモンガ様の意に沿わぬ行動も取らざるを得ない者も少なからずおりましょう」

 各NPCには創造主たるメンバーが独自に与えた設定が存在する。その話しが本当ならばそれぞれ設定に従って行動せざるを得ない。そして、それを無理に咎める事はモモンガには出来ない。

 言葉で命令しても無駄。設定そのものを書き換えない限り、不毛なやり取りはどうしても続いてしまう。

「……そうだったな。設定に従っているのならば……。その前に自分達がNPCで設定の存在も把握しているという事なのか?」

「全てではありませんが……、多少の自覚はございます」

 モモンガは驚き、精神が安定化される。

 今日は何度も精神が強制的に安定化される日だなと思って苦笑を覚える。それと同時にいちいち叫びだしてみっともない姿を晒さなくて済んでいる。

 実際に人間である『鈴木すずきさとる』ならずっと慌てっぱなしだ。

 ゲーム時代はゲームだと割り切れたから特に気にならなかったけれど。

 今は身体や精神が世界に馴染んだような状態なのかもしれない。


 ナーベラルを退出させて有識者たるぷにっと萌えとタブラ、死獣天朱雀、たっち・みーを呼びつけた。

 多少は強引だったがギルドマスター権限だと言い張ることにする。

 それぞれのお抱えメイドも共に来てしまったが、メイド一人よりはマシかもしれないと思う事にした。

「……NPCの設定ですか……」

「それぞれ命令の不備でいちいち自害しないように出来ませんか? 俺は心配になってきました」

「それよりモモンガさん。……なんか雰囲気が変わりましたが……、何かあったんですか?」

 と、タブラが尋ねてきた。それに対してモモンガは小首を傾げるだけだ。

 昨日から作業してきて精神的に疲れが出ているくらいだ、と思って不思議に思った。

「気のせいですか……。数億年の時を過ごしたような気がしたもので……」

 タブラの言葉にぷにっと萌え達も頷いた。

 今のモモンガは昨日までの新鮮味のある死体ではなく、長い時を過ごした埃っぽさがあった。

 装備品がどうも古臭く、郷愁を漂わせているので目の錯覚だろうかと思って、何度も見直した。

「自害うんぬんは問題でしょうが……。それで上半身が吹き飛ぶような設定は書かれていない筈です」

「書かれていない設定というものがあるのかもしれない。各NPCは学習しています。そして、それらは設定に反映はされていません」

「原因は不明だけど、それを議論させる気なら不毛ですよ」

「……なんとなく、分かっています。ただ、誰かに言いたくなったんです」

 一人で思い悩んでも無駄だ。そんな言葉が脳裏に何度も浮かぶ。

 助け舟が欲しい。それは事実だった。

 弱音をはかない自信は無い。未知の問題に対し、自分に出来ることは少ない。

「……我々が存在していることで……」

「……支配者ロールが働かないんですね」

 タブラとぷにっと萌えはため息のようなものを吐く。

 何となくは分かっていた。

 ギルドメンバーさえ居なければ弱音を吐かないギルドマスターになるんだろう。そして、孤独な王様が出来上がる。

 それを現在、妨げているので色々と弊害が生まれてモモンガは八方塞がりになってしまった。

「相談するとバカにされるって思っている間は冴えない駄目な主人公ですよ、モモンガさん」

「……そのようですね」

「ナザリックに出来る事は限られている。未知の冒険に出て視野を広くしませんか? なんだか……、不毛なやり取りを延々と繰り返して一日が終わりそうです」

「愚痴は聞きますが……。そればかりでは困りますよ」

「……はい」

 素直なモモンガはそれぞれ可愛いな、と思った。

 根は優しい人物なのはそれぞれ理解している。そんな人物を苛めるのは可哀相だし、責めるのも気が引ける。

 ギルドマスターだから、というわけではないけれど力にはなりたいと思っている。

「ナーベラルに関しては不可解な点がありますが、勝手に爆散するようなNPCは専用モンスターでもないかぎり、居ないはずです」

「そもそも自爆の魔法なんて習得していましたっけ?」

 ナーベラルの設定を書いたメモを出して議論が始まる。その間、たっち・みーは腕組みしたまま黙っていた。

 白銀の鎧は見た目からは想像できないほど柔軟な動きに対応している。

 魔法の武具は装備者の身体に合わせて自動的に大きさを変えたり出来る。それは見た目には不思議な光景なのだが、そういう仕様なので納得するしかない。

 本来は物理的に装着するのが不可能だとしても装備できるのが不思議なところだ。

「我々もNPCに安易な自害は強要していませんよ。最適化の弊害かもしれませんが、しばらくは様子見でしょう」

「我々だけは普通でモモンガさんの時だけ物凄い忠誠心が働くとか?」

「ありえそうで怖いな」

 NPCについてはそれぞれのメンバーに任せるしかない。

 命令遵守の点はいざとなればギルド武器の使用も考慮に入れるしかない。それでも書き換えるのは抵抗を感じる。

 普段なら気にならなかったことを気にするようになり、困惑している。

 NPCだけじゃなくて自分たちも転移した世界に最適化でもされたのかもしれない。

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