追章

第52話 俯瞰

 ここは限りなく白に近い、かすかに水色のただただ広いところ。

 二人の者が向かい合っている。


「何なんだ、そのおそろしく恥ずかしい格好は」

「なかなか似合うだろ? ファンの女の子が作ってくれたんだ。あんたも欲しい?」

「ふん」

「文句があるなら、時と場所を選んで呼んでくれ」

「ふん」


 会話を聞いているだけでは、二人の者の上下関係がわからない。


「まあ、本物に比べれば、子供のおもちゃだけどさ」

「だったらせめて、本物を出せばいいだろう」

「馬鹿か、あんた! そんなもん出したらでっかすぎてDJやるのに邪魔だろうが!」

「また馬鹿呼ばわりか。ちょこっとだけ出しゃあいいだろ」

「あいつは俺の意志じゃ出てこない。知らないのかよ」

「ふん。俺だって天使歴は長かったんだ。そんなこと、言われなくてもわかってる」

「だったらちょこっとだけ出せなんて言うなよ。やっぱ馬鹿だな」


 二人の者のうち、恥ずかしい格好をしているのは天使。

 もう一方が、かつては天使をしていた神様。


「ところでさ、真面目天使どうしてる?」

「ああ、あそこだ」


 二人の者は足元を見た。


「へえ、猫七匹と戯れて。しかもきれいな母ちゃんだ。ちょっと羨ましいな」

「お前はどうする?」

「うざいよ。何度も同じこと訊かないでくれよ」

「ああ、そうだったな」

「俺は今の生き方がいいんだ。人の中で、天使としてDJやってるのが性に合ってる。知ってるかい? 今のメイキャップの技術ってすっげえんだぜ。じいさんの顔だって、あっという間にでき上がる」

「知らん」

「なら、俺が教えてやるよ。そのうちメイキャップ道具を都合でなんとかしてくれ」

「ふん、するか!」


  この天使は天使らしからず、人前に堂々と姿を現す。

  ターンテーブルにレコードをのせ、DJをしている。

  そして、作り物の羽を恥ずかし気もなく背負う。


「俺が言っちゃいけないけど、醜く汚れて衰えていく人生なんていらねえ。かといって、こんな何にもないところで日がな一日下界見てるのもつまんねえ。俺の音で、少しでも人の心を浄化して、『玉』を集めるのがいいんだ」

「そうか」

「デビューしないかって言われてんだ」

「それはだめだ」

「わかってるよ。今の街ともそろそろおさらばだ。本物の羽がそう言ってる」

「ん、ならいい」


 わたしは、このDJ天使に集められた「玉」。

 あと一つで、神様がわたしも天使にしてくれる。


「お、生意気黒チビだ。あいつはちゃんと仕事できてんのか?」

「心配ない」

「初めて会ったときはさ、この俺でさえぶっ飛んだぜ」

「これからの人間界では、あんな天使が必要なんだろうよ」


 黒チ……黒羽の天使が、昼間というのに優雅に空を飛んでいる。

 わたしの色は黒だろうか、白だろうか、それともピンク色だろうか。


「あ? あいつ今こっち向かってウインクしたぜ。見えてんのかね?」

「かもな」

「次の神候補はあいつだな」

「そうだな。ところで、お前の天使はどんなやつかな」

「そりゃ、素直でおとなしい美人ちゃんだぜ」

「ああ、そうかい」


 天使はバク転を二回して、下界に戻っていった。



 深夜、とある街のクラブ。

 今夜も、DJ天使が音楽で人々の心を浄化している。

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