第2話

004号室の前に立つ。

次は男性か、女性か。

二度とあんな見苦しい挨拶はできない。どんな人が出てこようと、毅然とはきはき、自己紹介をすると心に決めた。

意を決して呼び鈴のボタンを押す。

返事がこない。

もう一度、二度、鳴らしてみる。やはりまったく反応がない。

静寂が続く。これはこのまま進展がないだろうと判断し、次の部屋に向かうことにした。

一階の端、005号室。例のごとく呼び鈴を鳴らす。

しかしまたもやリアクションが伺えない。拍子抜けして反対側の階段を登ろうとしたその時、ものすごい勢いでドアが開き、小柄な女性が現れた。

「はい、なんでしょう、どなたですか」

女性の顔は明らかに余裕がなく、力強くこちらを睨みつける目は急いでくれと言わんばかりの鋭さを持っていた。健太は思わずたじろいでしまった。

「あの、1号室に引っ越して来た者なので、ご挨拶に、と…」

言い終わらないうちに女性が口を開き、辛うじて聞き取れるような早口で返した。

「私は山口 礼未っていいます!ごめんね、いま手が離せないから後で部屋にいくね!」

半ば強引にドアが閉められた。健太は差し出そうとした土産を両手で持ったまま立ち尽くした。

忙しい人だ。健太は昔から自他共にのんびり屋で、「手が離せない」なんて考えたこともない。何をしているのかは見当がつかないが、とりあえず次の部屋へ行こう。

呑気に階段を登ろうとしているその時、礼未は甘さとほろ苦さが鼻をくすぐる台所で、おたまに残った焦げ茶色の残骸を前に頭を抱えていた。

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