つぼみ荘にて。

@add_creart

プロローグ

まだ春の陽気とは言い切れない、乾いた日差しが窓から差し込む。

合田 健太は目を覚ますと、これまで感じた事のない空気感に一瞬息を飲んだ。

そうだ、一人暮らしを始めたんだった。

1階から聞こえるニュースキャスターの声も、キッチンで目玉焼きが焼ける音もないはずだ。

昨日は両親とアパートに来て家具を入れ、大家に挨拶をしてから近くの定食屋で昼食を取ってからしばしの別れを告げた。

何もすることがなかったので久々に日付が変わる前に寝てみたが起きたのが10時とは。布団から出ても残る火照りが「ようやくお目覚めか」と嫌味を言うように体を包み込んでいる。気分は、よくない。

誰にも負けない特技も、将来はこんな職業に就きたいという夢もない。ただ勉強は可もなく不可もない絶妙なラインだったので頑張れば都内の大学には行けるという担任のアドバイスから、言われるがままに受験勉強を始めた。

結果、それなりに名が知られている中堅校に合格、せっかくなので思い切って「上京」してみた。

経済学部って何をやるのだろう。この大学からは、どんな会社に就職する人がいるのだろう。何も知らない、何もわからない。いったいこれから何を目標に、何をしたら…

突然呼び鈴が鳴った。

我に返って時計を見ると針は11時5分を指していた。たしか大家さんが書類を持ってくると言っていた。寝癖で跳ねた髪を揺らしながら立ち上がり、のそのそと玄関へ向かう。

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