猟犬

 いつの間にか俺の隣にいたノエと名乗る十代前半くらいの少年。彼は人懐っこい犬のような雰囲気を振りまきながら俺を見つめていた。

「えーっと、君は何者?」

「はい! ノエはこの砦に配属されている戦士です! エドムントさまとイェーナさんに命じられて護衛兼案内役として来ました!」

「あー、なるほど」

 確かに、昨日のラウレンスの提案――念のために俺に護衛を付けておくという話はまだ生きているのだ。多分それを守るためにイェーナはこのノエという少年を俺の護衛として選んだのだろう。

 と、それはいいのだが。

「エドムントって、ここの砦の長……だよね?」

「はい! 護衛のついでにカジナさまが何かしでかさないように見張っていろと言われました!」

 ……なるほど。まあ確かにそれなら納得はできるか。

「それ、俺に言ってよかったの?」

「はい! 言うなとは言われませんでしたから!」

 なんというか、元気が良くて扱いやすそうな少年だと思っていたが、これはこれで扱いづらそうだ。

 とはいえ、聞けば答えてくれるというのは便利かもしれない。

「そういえば、イェーナさんとは仲いいの?」

「イェーナさんとは第一祖神そしんが同じ狩猟の神イーヴァル様ということもあって、何かとよく面倒を見てもらっています!」

「あー……第一祖神?」

「あ、分かりませんか! 大丈夫です! 分からない言葉の説明もイェーナさんに頼まれましたので! それで第一祖神というのはですね――」

 それから数分、ノエは数人分の説明をコピペしたかのような言葉の羅列を自信満々に披露してくれた。


「――つまり、一人の人間の誕生というのは複数の神々の共同作業で、その時に一番頑張った神がその人間の第一祖神となる……って感じかな?」

「はい! ノエには分かりませんが、カジナさま賢そうなので多分あってます!」

 ……そうだろうと思った。おそらくこの子は暗記は優秀なのだろうが、その中身については大して考える能をもっていないのだ。

 とはいえ、ちぐはぐではあったが説明によどみはなかったし、覚えている内容に間違いはなさそうに思えたので、多分これで合っているはずだ。

 そこまで考えたところで、俺は一瞬はてと考え込んだ。ノエには何を尋ねるつもりだったか。

「それで……何の話してたかな?」

「さっきはイェーナさまとノエが仲がいいのかという質問をされましたよ!」

 ……やっぱり便利だなこの子。

「えーっと、それじゃ一つ聞きたいんだけど、今朝イェーナさんが揉めてたとか聞いた?」

 すると、それまで立て板に水というか絶壁に滝みたいなレベルで矢継ぎ早に言葉を繰り出していたノエが、急に静かになった。

「ノエ?」

「……それについては他言無用と言われました」

 要するに、揉め事は実際にあったというわけか。

 これ以上は聞き出せなさそうだが、まあ仕方ないだろう。


「……」

「……」

 気まずくなるくらいに沈黙が続いてから、俺はようやく気が付いた。ノエは他言無用の言いつけに従ってずっと黙っているのだと。

 てなわけで話題を変えることにしよう。

「何か、他のこと話そうか」

「はい!」

 さて、何を話したものだろう。

 何かきっかけになるものはないかと俺はノエの全身を見回していく。

 肩までの緑髪に琥珀色の瞳、肌の色は生まれつきか日焼けかでやや暗めの褐色。身長は俺よりも頭一つ分小さくて、四肢は相応に細い。そして――

「えーっと、ノエのその腰のやつって何?」

「これですか? ボーラです!」

 そう言ってノエが取り出して見せたのは、紐と石で出来た武器のようなものだった。

「ボーラ……?」

 見た目もそうだが、名前に関しても聞き覚えはない。

「はい! えっと、説明するより見てもらった方が早いと思います!」

 そう言って、ノエはボーラを構えた。構造としては端を結び合わせた50センチ程の紐が三本と、結び目の反対側の端に括りつけられた石という簡単なものだ。言ってしまえば、玉が三個に増えたアメリカンクラッカーみたいなものだ。

 そして右手に結び目、左手におもりである石を持ち、ビンッと正面で横一文字にノエが構えた。その真正面にいるのは……俺だ。

 どう見ても俺を標的にするようにしか見えないのだが。

「えーっと、見てもらうっていうのは、身をもって味わえってことかな?」

「はい! 実戦形式で戦ってくだされば、よく分かるかと!」

 いや、そんな元気いっぱいに答えられても困るんだけど。

 なんか的とかあるはずだしそっちでやって見せてくれと言いかけて、俺は周囲から注がれる視線に気付いた。どうやら、神憑きの俺がどれほどの実力でどんな戦い方をするのか、みんな興味があるらしい。

 ……うん、まあ気持ちは分かる。分かるけど、無理だって。

 何故って、俺が全力を出せば岩石の巨人さえ吹っ飛ぶのだ。俺より小さくて細いノエなどひとたまりもないだろう。

 そして、俺が右腕を封印して戦えば、まあまず勝てな、い……?

 そこで俺はもう一度ノエを観察した。この浅黒い肌の少年は、身長は俺よりも頭一つ分低く、腕も足も明らかに俺より細い。

 加えて、ノエの第一祖神はイェーナと同じということは、要するに似たような属性なわけで、少なくともイェーナは接近戦が得意というような様子はなかった。

 つまり、取っ組み合いにさえ持ち込めれば、右拳を封印した俺でも体格差で押し切れるのではないだろうか。……うん、これだ。

「……よし、じゃあ模擬戦ということで」

 すると、ノエの顔がぱあっと輝いた。さながら飼い主が帰ってきた時の犬だ。

「ありがとうございます! がんばりますね!」

 そんな見るからに嬉しそうなノエの言動は置いておいて、俺はどう攻めるかを考えていく。

 ボーラの長さは約50センチ。紐状の武器なので腕でガードしようとしても回り込まれる可能性がある。だから、間合いの外へ一旦攻撃を避けてから、一気に肉薄してそのまま地面に引き倒す。これしかない。

「ノエ、一応聞くけど、ルールは?」

「はい! 殺さない、トドメは当てない、参ったと言われたら止めるの三つです!」

 ひえっ、と思わず口走りそうになるのをなんとか飲み込んで、俺は頷いた。

 想定はしていたが、ほぼノールールだ。

 気絶さえしていなければ祈るだけで傷が塞がるのだから、この世界の基準としては妥当なのかもしれないが。

「それじゃ、準備はいいですか?」

 そう言ってノエはキラッキラの眼差しのまま、俺の返事を待っている。

 まあ、やるしかないのだ。

「よし、来い!」

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