オカルト研究会の野望

那由多

オカルト研究会の野望

 私立優弦高校は二学期の期末テストが終わった。

 悲喜交々抱えた生徒たちが校門を後にする中、中庭の自販機でジュースを買う男女の姿があった。

「ほい、ホットイチゴミルク」

「ごちそうさまです」

 ぺこりと一礼して紙カップを受け取ったのは倉田亜紀(くらたあき)。彼女は一年生である。女子の中でも割と小柄。栗色の髪を肩口で切りそろえている。肌は白く、頬だけ寒さで赤くなっている。目のくりっとした可愛らしい顔立ちをしていた。

 紺色のダッフルコートにチェック柄の赤いマフラーを巻いている。手にもしっかり厚い手袋をはめていた。

 そして、カップを渡したのは矢崎真鳥(やざきまとり)。彼は二年生だ。自販機からコーンポタージュ入りのカップを取り出し、美味そうに一口すする。

 彼は上着こそ羽織っていないものの、茶色いマフラーを巻いていた。ひょろりと背が高く、その上には眼鏡をかけた可も不可もない顔が乗っかっている。吐いた息のせいでフチなしの眼鏡は白く曇っていた。

「よし」

「はい」

「それでは、オカルト研究会総会を開催する!!」

「はいっ!!」

 二人は中庭に移動し、仲良く並んでベンチに腰掛けた。

「尻が冷たいです、先輩!!」

「うむ、俺もだ。よし、今日の会合は立って行う事とする!!」

「はい!!」

「女子は腰を冷やしちゃまずいよな」

「セクハラです、先輩」

「違う、ジョークだ。いいな。これは北欧ジョークだ!!」

「はいっ!!」

 二人は同時に立ち上がった。

 それぞれ持っている暖かい飲み物を一口。ほう、と吐いた息が白く舞い上がる。

「よぉし、それじゃあまず聞くが、オカルト研究会最大の問題は何だ?」

「部室が無い事です!!」

「その通りだ、おかげでくっそ寒い」

「くっそ寒いです、先輩」

「そんな危機的状況の中、われらがクソッタレ部長は、昨日付で引退するとメールを寄越しやがった!! あんにゃろうめ」

「ですが、まだ一つも合格県内に辿り着いた大学が無いらしいのです。許してあげたらどうでしょうか!!」

「残念だが奴は手遅れだ。一年間、家族の冷たい視線にさらされながら、浪人生活を送るがいいさ!! そして一年後、晴れて同輩となった暁には呼び捨てにしてくれるわ!!」

「酷いです、先輩!!」

「酷いか!?」

「はいっ!! 人格を疑うレベルです!!」

「よぉし、それじゃあ二人で部長の幸せを祈るぞ」

「はいっ!!」

 手を合わせてむにゃむにゃ。

 しようとしたら、カップが邪魔だったので二人は心の中で手を合わせた。ついでに温かい飲み物を一口。ほうっと白い息が舞い上がる。

「さて、部室だ。どうしたら手に入る?」

「部員を五人集め、顧問の先生をゲットできれば部に昇格します。部室棟に空きがある事は確認済みです!!」

「よし、なんて優秀な後輩だ。俺は今、感動しているっ!! 百点を上げよう!!」

「ありがとうございまぁっす!!」

「良い笑顔だ。可愛いぞ」

「え、えへへ……」

 照れた笑顔も可愛い、と言おうとしたが、真鳥も照れてしまって言えなかった。

 このチキン野郎。

 そう、真鳥は亜紀の事が好きだった。

 でなければ、こんな寒空の下で話し合いせにゃならんような同好会にいつまでもしがみつくものか。この活動熱心で可愛い後輩のために、真鳥は粉骨砕身の覚悟だった。亜紀の為にも部室確保。それが真鳥の目指す最大の目標と言える。

 七不思議?

 知ったことか。マントでも模型でも肖像画でも銅像でも、好きなだけ蠢いとけ。

 もちろん、亜紀が調べたいと言えば調べるんだけれど。

「顧問はまあ、適当にだまくらかせばゲットできるとして」

「だまくらかさなきゃダメなんですね……」

「まあ、胡散臭い同好会ではあるからなぁ」

 そこは如何ともしようが無い。

 真鳥だって真摯に活動目的を話して分かってくれるなら、それに越した事は無いんだ。そうならないのが目に見えているだけであって。

「先輩が胡散臭いって言っちゃだめです。仮にもオカルト同好会会長なんですから」

 昨日引き継いだばかりだが。

 だが、真鳥は迂闊な一言を悔いた。目の前の可愛い後輩を悲しませたその一言を激しく悔いた。

 だから、すぐに言い直した。

「そうだな。すまん。オカルトは夢だな!!」

「そしてロマンです!!」

「七不思議だな!!」

「オーパーツです!!」

「心霊写真!!」

「超能力!!」

「黒魔術!!」

「降霊術!!」

 そして二人揃ってオカルト最高、と叫んでハイタッチ。

 それから手に持っていたカップの中身を一気に飲み干し、カップを丁寧にごみ箱に捨てる。

 こんな事しているから胡散臭がられるのだと気付いていないのが、オカルト研究会最大の弱点だったりもする。

「よし部室だ。何かいい作戦はあるか?」

「は、やはり部員集めには実績が重要かと思われます!!」

「ふむ、百里ある。続けて」

「身近なところで実績を積み上げるのが良いのではないでしょうか!!」

「なるほど、つまり近所の寺や神社を夜中に徘徊しようというわけだな」

「違います!! 怖いこと言うな!!」

「えー……?」

 オカルト研究会なのに怖いの?

「あ、いえ。夜はほら、ヤンキーとか出るし。あいつら、神社の境内とかに集まってタバコ吸っちゃったりしてるらしいですよ。そんなのに遭遇しちゃったら私……」

 頬を抑え、身悶えを始める亜紀。

 あれ、こいつおかしいんじゃね?

 真鳥が初めて亜紀に疑問を抱いた瞬間であった。

「はぁん……っ」

 身悶える亜紀の後頭部をスパンと叩く。

「ええぇ……。暴力?」

「あ、すまん。つい」

「DVですね」

「いや、ドメスティックな関係性ではないと思うが……」

 ぼぼんっと音がしそうな勢いで亜紀の顔が真っ赤になる。

「ああっ……。そ、そうでした」

 ひとしきり狼狽えた後、ぺこぺこと頭を下げまくる亜紀。

「し、失礼しました……」

「あ、いやいや」

 嫌なものか。

 むしろ嬉しい。仮に亜紀がバイオレンスだったとしても。

「お、お化けが怖いとかではないですからね」

「お、おう……」

 可愛いなぁ。

 全然関係なく、真鳥は亜紀を眺めながらそんなことを考えていた。

「さて、具体的な策はあるのかね?」

「先輩は書庫の幽霊というのを聞いたことありますか?」

「ある」

「最近、イメチェンをしたらしいんです」

「イメチェン?」

 幽霊がイメチェン。

 これは新しい。

「古臭い制服に野暮ったい黒髪お下げの女だったはずが、最近は茶髪で化粧して、しかもモデル体型になぜか最近の制服を着ているそうです」

 モデル体型、という所で言ってから下唇を嚙む亜紀。

 仲間だと思っていたのに、と小さく呟く声を聞いたように思ったが、聞こえなかったことにした。

「とにかく、こいつの謎を解いてみるってのはどうですか?」

「なるほど。しかしだな……」

「ええ……」

 二人同時にため息。真っ白い大きな靄が空に昇っていく。

「俺、そもそも見た事ないんだよな」

「私もです」

 今の幽霊だけ見ても、イメチェンしたのかどうかわからない。

「ただ、校内を取材して回ったところによればですね」

「うむ」

「全く縁もつながりもないと思われる、複数の生徒の口から語られたイメチェン後の姿に共通点が多いんですよ」

「つまり」

「単なる捏造ではない可能性があるってことです」

「なるほど……しかし」

「また……しかし?」

「そんなにたくさんの人が見ているというのに、なんで俺達は見られないんだろうな」

「オカルト研究会なのに……」

 二人してため息。

 視線を合わせ、どちらともなく拳を握り締めた。

「会いに行くしかないな」

「はいっ!!」

 この時、真鳥の中には部室がどうこうなんて思いは無かった。

 あるのはただ、純粋なノリ。

 そして、後輩の発案を無駄にはできぬという使命感。

 そう、彼は根っからの亜紀好きであり、オカルトなんてものは二の次なのである。

「よぉし、これより本会議は書庫の幽霊に会おう作戦会議へ移行する!!」

「了解いたしました!!」

 意味もなく、びしっと敬礼。真鳥も背筋を伸ばして返礼。

「それではいかにして書庫の幽霊に会うか。何か作戦はあるか」

「は、やはり現場へ行くのが良いかと」

「なるほど、千理ある。とすると、問題はいつ行くかだが……。やはり夜か?」

「いいえ、お言葉ですが、それは賢明ではありません」

「理由を聞こうか。まさか、夜が怖いなどという事はあるまいな」

「ふふ、先輩もご冗談がお好きです。確かに幽霊と言えば夜です。しかし、目撃者の多さから見ても昼間で大丈夫だと思われます」

「昼間か……」

「間もなく冬休みですし、一日張り込むのが良いと考えます」

「ふむ、冬休みの学校は寒いぞ。覚悟はできているか?」

「ご安心ください。軟弱でカビ臭い部室持ち共と我々ではハングリー精神が違います。寒さなど物ともしないところをお見せしますよ」

「ふむ、頼もしい限りだ。だが、いざという時に指がかじかんで成果を上げられんようでは話にならん。防寒用意を怠らぬようにな」

「了解しました」

 ピシッと敬礼。

 ピシッと返礼。

 どちらからともなく笑いだす。

 秘密組織の情感と部下ごっこは終了。

 同好会活動も終了。

「よし、今日は解散」

「お疲れさまでした。あのっ、先輩……」

「なに?」

「えーとですね、駅前に美味しい甘味処ができたのですが……」

「……いいね、善哉でも食べに行く?」

「実は持ち合わせが……」

「何を言っているんだ。そんなのは先輩にまっかせなさぁい」

「はいっ!! 喜んでお供しまぁす」

 大喜びの亜紀。

 真鳥はささやかな達成感に拳を握り締めた。

 二人は連れだって中庭を出て行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る