第三話:是の空を問う人

1:陽下―Backliant―

 太陽が昇るその瞬間に、少女と青年は旅の荷物を持ちタスクたちの住居を出ていた。

 人間の精神状況を考えるなら、この時間が一番穴があるとラグナスは考えていたからだ。

 夜通しの捜索は肉体にも負担をかける。仮眠をとるとしても、この時間に目を開けている者は少ない。


「――だからって、起きてこなくても良かったのに……」

「そんなこと言うなよぉ」


 そんな万人が微睡みにいるであろう時間に、少年たちは起きたのだからルナリアは呆れも込めてそう呟く。

 勿論、その言葉には多少なりとも喜びは含まれている。彼女としても、せめて別れの言葉は告げたかったからだ。


「短くも長い日々だったぜ……へへっ、こんなこともなかったら、もうちょっとこの国の良いところとか教えられたんだけどなぁ……」

「もー、タスクの兄貴は未練がましいっすからぁ。人生、縁あればもう一度ぐらい会えるっすよ」

「そう言われてもなぁ……」


 妹分のマナナに諭されても納得のいかないような素振りを見せるタスク。

 まだ世界の大きさとその狭さを知らない。無垢なる二人をガンツは見つめ、そっと視線をラグナスに向けた。

 寡黙な彼なりのアイコンタクトであった。


「マナナの言う通りだ。俺たちとお前たちが、もう一度会いたいと思えばいずれ会えるだろう。それに、人生は長いからな。俺たちの旅路が終わるまでに再会はできるさ」

「そう言われると、そう信じるしかないよな……あぁっ! それならさ――」


 突然の少年の大声にきょとんとするラグナスをよそに、彼は満面の笑みを浮かべて宣言する。


「これから……そう、再会を信じて、兄貴って呼んでいいかな?」

「――――」


 それは――青年の言葉を失わせるには十分であった。あまりにも予想のできない発言。

 同時に、それは記憶の少ない彼にとってはあまりにも貴重な言葉であった。


「いや、その……だな。す、少し待て! る、ルナリア。どうすればいい?」

「どうして私に聞くの?」

「こういう経験は初めてなんだ……安易に頷いていいものなのか……?」

「いいんじゃないかな? タスクにとって、兄貴という称号は尊敬に値することだろうし」


 少女が青の瞳を少年に向けると、したり顔な彼が右手で握り拳と共に親指を立てる。

 無言ながらの肯定を見たラグナスは、むずがゆい胸のざわめきに口を結ばせて、最終的に吐いたのは湿った吐息だった。


「……その称号、受け取らせてもらおう。だが、条件がある」

「何でもこい!」

「俺たちがもう一度、この国へ戻る時には……お前が胸を張れる国にすること。それが、約束だ」


 ラグナスが語ったそれは、実現不可能だから、という永遠の精神の口上を約束するものではない。

 実現できる――タスクがその気になれば。そう信じて与えた、再会までの条件。

 人によっては躊躇してしまう、そんな途方にもない約束を、


「あぁ! 絶対にだ!」


 と、一呼吸も入れずに言ってしまうのが、このタスク・アクターという少年であった。

 黄色の瞳の先に映る未来を信じたラグナスは、黒いローブの袖で隠されている黒い手を少年に差し出す。魔人機と同じ黒色の鋼。鉄の温度に染まったそれを、少年は力強く握り返して見せる。

 熱は、確かにラグナスの右手に伝わった。



 そんな、早朝の一幕が希望の最中で終わろうとした時。


「――あー、それで、話、終わった?」


 その女の声が、二人の間に生まれた熱を切り裂いたのだ

 まるで声を発した瞬間にそこに現れたように、気配を感じなかったラグナスたちは一斉にその声の主――金色の一つの尾を揺らすカーキコートの女をその目で見る。


「ソル、ティ……さん?」

「そ。あなたの恩人、ソルティさんよ」


 ソルティ・リーチは当然のように太陽を背にして立ちつくしていた。気怠そうに左手を腰に当て、右手は右耳を覆うように触れて。

 突然の割り込みに警戒心が薄いルナリアでさえ困惑し、そんな彼女を傍で感じ取ったラグナスはそっと少女に寄り添う。


「ルナ。こいつ、何者だ?」

「ソルティさん。あなたに出会う前に助けてくれた人、だよ」

「そうか……」


 その言葉を聞いても、青年の赤い瞳に敵意は消えやしない。ローブのフードの下に潜む視線を受けて、ソルティは気付いてか気付かずか、ふふっと笑みを浮かべて見せる。


「どうも、黒い武人さん。ルナちゃんのボーイフレンドなのかしら?」

「違う。いや、それよりもだ――」


 からかう旅人の一言など気にも留めず、黒き青年は一つの違和感に――この場にいる、彼以外が認識できていないそれに――気付く。


「――なぜ、無線機を片手に俺たちに話しかけてきたのか。答えろ」

「……あー、らら」


 ラグナスの指摘に、女は童女がとぼけるような蠱惑な笑みを口にして見せる。

 彼女の右手に掴まれたそれは、黒い鉄の箱であった。その頂点から細いワイヤーがピンと立っており、箱には細長い楕円の穴が三つ斜めに入っている。

 それが――ラグナスとソルティ以外の当事者が見た物品であった。


「ラグ。無線機って……?」

「……あいつの右手に握られている箱状の物だ。遠くにいる人間と会話ができる」

「ゼクタウトの機能にあるやつじゃん!」

「……はぁ」


 流石のラグナスでも、それよりも先にできた技術だとは説明する元気は無かった。

 そんな苦労が解るのか、ソルティはうんうんと首を縦に振る。


「いやー、気づかれないと思ってたんだけどなー。無線機も銃も、ましてやかつて繁栄していた魔人機すら、この国には記憶にない。だからこそ、こういう小細工も通じると思っていたけど……残念」

「誰へ繋がっている? 少なくとも、それが何かしらの意味を有しているのは目に見えている」

「んー、そうねぇ……では、こう言いましょうか。ね、カルパ・・・


 その名前が出た瞬間、国中に響いたのは、ニーロコでは珍しい地の震えだった。

 昇りゆく東の太陽に入り込む影があった。白い城の影でその身を潜めていたそれ・・は、彼女の合図に合わせて起動したのだ。

 ずんぐりとした姿に比例した巨大な頭から生える二本の角。逆光によって黒に染まった巨大な斧を肩に携えて、それはゆっくりと木の国へと近付いてきているのだ。


「カルパ……兄貴が、あれに乗っているのか!?」

「そういえば、あなた、彼の昔の舎弟さんだっけ? そうなのよー。元盗賊の首領さんで、その手段に用いられたのはマカシーン製の量産型魔人機『ゴノギュラ』。そう……私の雇い主ね」

「ソルティさんが……あの怖い人の……?」


 くらり、と信じていた物を揺るがされたルナリアをそっと右手で支え、ラグナスは誰もが揺らぐアイデンティティを支えるように言葉を交わす。


「あれにあの男が乗っているのであれば、お前は共犯者か……何を企んでいる!」

「そうね……一つは、あなた達をこの国へ留めるため。一つは、カルパの要望。あなたと戦いたいらしいわ。部下を殺した奴と同じ釜の飯を食った、二人にって」

「それだけ……?」

「いえ? もう一つ――カルパ自身が抱く、過去の清算。ようは……この国をぶっ潰すのですって」


 揺らぐ。震える。轟く。木造の家屋が悲鳴を上げる。

 その中で、この国に生まれた復讐者は歩みを止めない。その共犯者もまた、全てを伝え終わったように、これ以上の会話をする気はないような態度をとる。

 ここから先の選択肢は、対面者であるルナリア達に託された。

 自身のせいで迷惑をかけることに恐怖するルナリア。圧倒的なそれに目を奪われるマナナ。かつての仲間の得た力に歯を鳴らすガンツ。

 ラグナスはそれ・・を睨んだ。タスクは俯いて――右手に拳を作った。

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