『蛇の王』の聖二

 曇天どんてんの空とビルにかこわれた、箱の中のように息苦いきぐるしい灰色の街。

 雑踏ざっとう交差点こうさてん人波ひとなみさらわれぬよう、四人は固まって歩いていた。


ひと多すぎだろ……」

 陽彦はるひこ――薄手のパーカーのえりに鼻と耳を埋めながら、呆然ぼうぜんと呟く。

「排気ガスがくせえし、話し声はうるせえし。どいつもこいつも厚着で暑苦しいわ」


「そうですよねー、私なんて水着になろうかと思いましたよ♪」

 愛海あみ――白を基調ベースにした丈の短いワンピースを揺らして、自信満々に。

「浮いちゃうと困るから、やめておきましたけど」


「十分浮いてる」

 深雪みゆき――長袖ながそでシャツにパンツスタイルで、自分は違うと言いたげ。

「普通の人間は私たちよりも寒さに弱い。もう少し合わせて」


「君たち……いや……はぁ――」

 聖二せいじ――くすんだカーキ色のコートをまとい、深くは追求するまい、と諦めた顔。

「5℃だぞ、今日」


「へえ、どうりで暖かいと思ったぜ」

「わたし知ってます! こういうの、ひーとあいらんど? っていうんですよね」

「細胞の特性を置いておいても、彼らに寒さへの忍耐にんたいが足りないのは事実。せめて室内の暖房だんぼうを切るべき」

「そういうこと言うの、嫌われるらしいから気をつけろ」


 思い思いに駄弁だべりながら、先頭をいく聖二にカルガモの子のように付いていく。

 都会とかいの人々は妙に歩みが速い。姿のない透明なフィンブルにでも追われているかのように、何人もが横を通り抜けていった。

 

「なあ、そろそろ昼だぜ。そこのコンビニ寄っていいか?」

「わたし、あっちのお店で牛肉食べたいですっ!」

「別々でいいだろ、メシぐらい」

「陽彦は煙草を買いたいだけ。愛海は予算を考えていない。あいだをとってラーメンを提案する」

「何と何の間を取ったんだ、お前。カップ麺買ってろ」

「おーにーくーがーいいーでーす♪」

「君たち、文句言いつつメチャクチャはしゃいでるよな?」


 国民の総人口そうじんこうが七千万人をった厳冬げんとうにあっても、都市圏としけんには確かな文明のいとなみみがあった。

 ここには基盤インフラがあり、流通りゅうつうがあり、娯楽ごらくがある。

 治安が悪化しているとはいっても、白昼堂々はくちゅうどうどうに犯罪が起こるわけでもない。


 この街が灰色だというのなら、北海道は光すらない暗闇くらやみそのものだ。

 それなのに道行くみなが死んだような目をしていることが、陽彦たちからすれば何だか不気味ぶきみにも思えた。


「もう少しで着くし、昼食はそこで取る。いいか、これからしばらく、単独行動は厳禁げんきんだぞ。煙草も酒もなしだ」

「分かってる、分かってるって」

 聖二が釘を刺す。陽彦は溜息ためいきをつきながらも、首をたてに振ってこたえた。


 聖二からは、基地にない設備を用いた検査を受けるための遠征だと聞いている。

 けれど、それが表向きの説明にすぎないことは陽彦や深雪にも分かっていた。

 こうやって街中を歩けていることからして、まずおかしい――は、置いておくとしても。


 この遠征には、何かがある。


 ※※※


「聖二、なにかの間違いじゃないの?」

「いいや、ここで合ってるよ」

 行き着いた先は中心街ちゅうしんがいから少し外れた住宅エリアに建つ、二階建ての小綺麗こぎれいな建物だった。

 一階の大きなガラス窓から、広々とした食堂風しょくどうふう内装ないそうのぞいている。

 二階へとつながる階段は室内になく、玄関の横に外付けされている。


「病院とか、企業の研究施設とか、そういうところだと思ってたか?」

「どうでもいいよ。メシ食えるんだよな」

「早く行きましょーっ! ステーキだといいなっ♪」

「愛海のその無限のポジティブさ、どこからいてくるの」


 聖二がドアを開ける。カラン、コロンと小気味こきみのいい音が鳴った。

 やわらかな照明の光、暖かな空気、ふわりと香る料理の匂い――映画のセットの中にでも入り込んだような感覚。

「あら、いらっしゃい。ワイルドハントの人たちね」

 エプロンを付けた優しそうな中年の女性が、陽彦たちに微笑ほほえみかけた。


「これから二ヶ月……いいえ、できれば五年でも十年でも、長いお付き合いになることを祈っているわ。よろしくね」


 時が止まったようなしずけさ。

 陽彦/深雪/愛海――みなの視線が女性を向き、それから聖二に向けられた。


「説明しろ聖二。おれたちに何をさせる気だ」

 陽彦がう。

「適性検査だ。人間社会に馴染なじみながら、ちからるえることを証明しろ」

 聖二は動じることなく、平静へいせいに言葉を続けた。


「僕らは資格しかくた。合格すれば、もう、北海道で戦わなくていい」

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