ゆっくりと速度を落とし、やがて止まる鉄の箱雪上車

 美しい顔貌がんぼうの奥の穏やかなまなざしで、彼女――極楽鳥ヒメロパはそれを上空から見ていた。


 彼女の生涯は、今まさにくこの雪風ゆきかぜのように冷ややかなものだった。

 飛ぶこと以外に大したもない自分――さして強くもない配下フィンブルたち。

 他の人型たちは、そんな彼女が出しゃばることも、かといって逃げることも認めなかった。

 どうして自分は苦しいのだろう――王の力を持って生まれてきたはずなのに。一時は、戦うことが怖くさえあった。


 けれどふとしたきっかけで、彼女は自分の本当の歌声に気付いた。

 獣たちを操るためではなく、気晴らしのために歌っていたときのこと。

 彼女が生まれる前、殻に守られた世界で聴いていた気がするその歌が、武器を持ってひそかに忍び寄っていた人間ワイルドハントたちを眠らせていた。


 甘く瑞々みずみずしい肉の果実かじつむさぼりながら、彼女は知った。

 ――他の者たちが見ていた世界は。


 そこからは、全てが上手くいった。

 人間たちも、いまだ自分を見下す他の人型たちも、みながあわれに思えた。

 傷つけあうしかないその愚かさを、いつくしむようにうたった。

 せめてしあわせにおわらせてやろうと、福音ふくいんのようにひびかせた。


 もうすぐだ――もうすぐ、全てが自分のものになる。

 この街の配下はいかたちは、天敵たる相手ワイルドハントを失って爆発的に数を増やしつつあった。

 やがて彼らの翼が世界の空を埋め尽くした時、私は彼らに褒美ねむりを与えるだろう。

 そうして静かになった世界で、自分だけのために最高の歌をうたうのだ。


 配下たちがむらがりらす箱の前に、ゆるりと降り立つ。

 最後に、顔を見ておこうと思った。これから血肉ちにくとなる命への、せめてもの感謝かんしゃを忘れないために。

 彼らの幸福な寝顔を、最高の味付けスパイスにするために。



 エンジン音ブロロロロ……ッ――鈍痛グシャッッッ


 動き出した雪上車せつじょうしゃ無限軌道キャタピラが、蝶番ちょうつがいのようななめらかさをもって、極楽鳥ヒメロパからだつぶした。


 ※※※


 震えが止まらない足/アクセルを踏み込む/自分が恐ろしいことをしていることが分かる。

 こんな機会チャンスはもう二度とない/すべてを失ってしまう/私が、誰か人間になれなくなる。

 あたまではそう理解している/足はアクセルを踏み続ける/両腕が勝手にハンドルを切る。


「死んで、ほしく、ない――」


 くちびるが勝手に言葉ねがいつむぐ/ひとみが勝手にわがままこぼす/からだこころしたがい続ける。


 三人の首筋くびすじに、私はゆっくりと糸を伸ばす。


 ※※※


「■■■■~~~~~~~ッ―――――!!!!!!??!?!?」

 翼の折れた激痛げきつう美貌びぼうを歪ませながら、極楽鳥ヒメロパはそれを見た。


 そのまま走り抜けていこうとしていた鉄の箱雪上車が急激に反転Uターンし、こちらに向かってくるのを。


 その天井から何かが突き出し、くりくように動き、パカリと開いて、四つの影が飛び出してくるのを。


 三つの影を翼のようにして背負う、美しい人造天使ホムンクルスの姿を。

 そして。


「……私が、死なせないから」


 彼女の頬を伝う涙と、ほころぶように暖かな笑みを。

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