第22話 初めのお泊り

「ルイス、私もう魔力の余裕ないよー」


 喋り方は平常時と変わらないアンヘレス。しかし、顔色があまり優れなかった。確かに結構ぶっ放していたもんな。


「わたくし足が棒のように痛いですわ。ヒールももうあまり使えませんの」


 確かにゴツゴツとした足場が続いたからな。ハイヒールだと辛いよな。いやいや違うだろ。


「なんでお前はまたドレスなんだよ。ちゃんと鎧を装備してこいと伝えたよな」


「優雅さに欠けますわ」


 欠けたらなにか問題あるのか。


「はぁ、はぁ、はぁ……。兄貴ぃ、俺ももうだめだ」


「お前はいつも全力投球しすぎるからだ。だからすぐに体力が尽きるんだよ」


「いや、腹が減ってもう動けないんだ」


「もう少しの辛抱です。あと五分も歩けばこの階も終わりです。ただ、この階には転移石は設置されていません。カイトさんどうしましょう?」


 アクア一人平然とした顔だ。ここまでの道中で何度も罠を発見し、全てを難なくと解除してきた。うん、安定感抜群だ。


「次に転移石があるのは」


「九階のボス部屋ですね」


 いま居るのは八階。あと一階だが、このままでは誰かが怪我を負いかねない。しかも最後にはボス戦が控えているのだ。だからといってここまで来て戻るのもな。


「うーん、今日はダンジョンで寝ることになりそうだ」


「仕方ないですね……」


 女性陣には色々と辛いよな。


「うわー楽しそう! みんなでキャンプだね! わたし肝試しとかやってみたい!」


 約一名、はしゃいでいる奴がいた。しかもさっきまで暗がりのなかでスケルトンと戦っていたじゃないか。そっちの方がよっぽど怖いわ。


「ああ、夜も干物と乾パンかよ」


「水もあまり余裕がありません。ダンジョンのなかの水は汚くてとても飲めたものじゃないですし」


「わたくし、こんな硬い地面で眠れるかしら」


 ふっふっふ。


 とうとう来たぞ。前世で培ったサバイバル知識とスキルの出番が。プロ並みの火起こし技能や汚濁水の飲料化。はたまたダンジョンなのに暖かい食事の提供。完璧にこなしてやろうじゃないか。そして俺に跪くがいい。



「ねー、あそこみて」


 アンヘレスが指をさした先はダンジョンの突き当たり。そこは通路と違ってひらけた空間だった。奥の壁際に下へと降りる階段が見える。


 いや、それよりも――。


「何でこんなところに……」


 一階平屋の木造建物。それが何棟も整然と並んでいた。新手のモンスターの住処じゃないだろうな。


「おい、アクア」


「大丈夫です。あそこからは何も危険な感じはしません」


「ねードアに何か書いてあるよ!」


 建物のドアの前に立つアンヘレスが手招きしていた。お前もっと警戒しろよ。このまえ花畑で麻痺したことをもう忘れたのか。


 ドアの前には流暢な字で文字が書かれていた。なになに――。


『当施設は冒険者ギルドが提供する魔導コテージです。魔結晶を利用した強力な結界を張ることができます。ご宿泊される皆様には安全と安心を提供いたします。なお、ご利用なされるには千ギルドポイント相当の魔石をドアの脇のボックスに投入してもらう必要があります』


「まさか、ダンジョン内に宿泊施設とか……」


「確かにこの程度の階層でしたら結界で十分安全を確保できますわ」


「でも結構高いですよ」


「いや、命が掛かっているんだ。ここは出し惜しみをする所じゃないな。明日早起きして取り返せばいいじゃないか」


「そうよ! 一時間もあればすぐに取り返せるわよ」


「そうですね」


「それにもう遅いですわよ」


「ん?」


「兄貴ー! いつまで外に突っ立っているんだよ。中に入って話せばいーじゃないか。ここは明るいぞー」


 レッドが既に入室していた。自分で回収した分の魔石を勝手に投入したようだ。あの野郎、なに勝手に使っているんだ。ダンジョンで得られた魔石は地上に戻ってからまとめて清算するのだ。金やギルドポイントに変えた後でみなで等分する。宿泊しようと思ってたからいいものの、やっぱり躾がまだ足りていないようだ。


「おお、暖かいな。空調が効いているのか?」


「わー! 蛇口から綺麗な水が出てくる!」


「調理コンロもついていますわ」


「見ろよベッドがふかふかだぞ!」


「冷蔵庫の食材は好きに使っていいようですね」


「なにこの至れり尽くせり……」



 残念ながら俺のサバイバルスキルの見せ場はまだ先になりそうだ。どうやらこのコテージ内には多くの魔道具が使われているようだ。魔結晶ってほんと大容量のバッテリーみたいだな。飲料水もそのエネルギーを利用して大気に含まれる水分から取り出す仕組みのようだ。


   ****

 

「ぷはー! ルイスまだぁ?」


 ジョッキ片手のアンヘレス。


「兄貴待ちきれないよ!」


 食器をフォークで叩く犬。


「お肉入っていますよね!」


 期待の眼差しで俺を見上げるアクアちゃん。


「デザートは何かしら」


 期待でゆさゆさと胸を揺らすレオーラ。料理に集中できん。


「俺はお前達の召使いじゃないぞ……」


「ルイスさんごめんなさい。わたし調味料とか使って味付けしたことないんです」


 たしかアクアって調合のスキル持ってたよね。そのスキルは何に使っているんだ。気になるけど怖くて聞けない。


「料理って色々と大変なのねー。わたしは初めから出来ているのを温めているのかと思ってた」


「お前はどこのお姫様だよ!」


「ええっ!? な、なんでそれを……」


「い、いやいや! 今のは言葉の綾だろ! 気にすんな!」


「そうだよね! びっくりしちゃった!」


「やはり滲みでるオーラが違いますわ」


「ほら! できたぞ! 無駄話しないで早く食って寝よう!」


 アイテムボックスから食器を出して皆に食事を配る。面倒臭いから鍋にしたよ。


「おいしい!」


「豪快な味付けですわね。でもありですわ」


「なんだよこの肉旨すぎだろ!」


「お代わりくださいっ!」


 今日の料理は醤油味の芋煮。


 異世界だけど思った以上に調味料は揃っていた。醤油を見つけた時は一人で小躍りしたほどだ。味噌がまだ見つからん。


 ミノタウロスがマジうまかった。倒した時に魔結晶だけでなく肉をドロップしたのだ。食べれる魔物だと食材をドロップすることがあるのだ。いやはや松坂牛もビックリの最高牛の味だ。これをゲットするためにまた五階のボス部屋に行こうかな。



 はあ、なんか今日も疲れた……。


 しかし、ダンジョンにいるとは思えない快適さだ。ポカポカと暖かい部屋。柔らかくなぜか太陽の匂いまでする布団。魔物に襲われる心配もない。


 これは熟睡出来そうだ。あっという間に夢のなかに――。



 ギリギリギリ! ギリィイ! ギィィ! ギィィイイイイイイ!!



「喧しいわ! 眠れねーじゃねーか!」


 騒音発生源はレッドの歯ぎしり。顎の力が強い獣人だからかマジ半端ない。


 これじゃ、誰も眠れんよな。


 周りのベッドを見回す。マジか! 俺以外みんな熟睡している。


 ああそうか。アンヘレスとレオーラは魔力欠乏状態だからすぐに寝落ちしたのか。アクアは生まれた時からこの歯ぎしり犬とずっと一緒だったんだもんな。慣れって凄いな。


 中高の修学旅行を思い出す。あのときも周りの人の鼾が気になって眠れなかったんだよな。


 ああ、一人になりたい……。

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