第6話 魔武具

 コロセウムが大歓声に包まれる。闘技場の中心で片手を掲げて観衆に応じるのは一人の剣士だ。


「やはり成人ともなると違うな」


「うん、力も速さも桁違いだね」


「魔法も同時発動で威力も半端ないな」


「少なくとも父さんと対等に戦えるようにならないと優勝は難しいだろうね」


「ああそうだな」


 そういいつも、目を輝かせて戦いを観戦するレオン。彼ならいつか父さえも超えるだろう。


「でもやっぱり属性がないときついよなあ……」


 現在は成人の部の予選第八組目。朝一からレオンと二人で観戦している。父は二日酔いでダウン。ボッシュは朝から腹が痛いとトイレに篭っていた。暴飲暴食は慎もう。


 拳闘士や槍、弓矢など様々な武器や戦闘スタイルがあった。が、これまでの試合では剣士と魔法使いのどちらかが勝利を収めている。いずれも髪の色は原色に近い鮮やかさだった。


「お、珍しい。獣人が出ているぞ」


「えっ!? あ、ほんとだ。やべー格好いい!」


 ホワイトウルフだった。獣人にも幾つか段階があるようだ。耳と尻尾以外は人間と変わらないものもいれば、二足歩行なだけで見た目がほぼ獣な者もいる。ちなみにウルフは後者よりだ。うおー! あの艶やかな毛に顔を埋めたい!


 装備も毛並みに合わせて白一色だ。胸当て、グローブ、ブーツと軽装なのはスピード重視なのだろう。


「ねえ、レオン。獣人も色が原色だと属性を付与できるの?」


「いや、獣人はあくまで生身でしか戦えない。ベースの身体能力は高いけど属性で強化できないからきついな。だからほとんど出ていないだろ」


「確かに人間ばっかだね」


 でも、獣人には活躍してもらいたい。俺だけでもウルフを応援してやろう。


「優勝はおそらくアイツだろうな」


「どれ?」


「あの中央の緑の奴だ。おそらくあいつカラードだな」


 真緑の髪とローブ姿の魔法使いのことだろう。


「カラードとそうじゃない人って見わけつくの?」


「原色なのもあるが、奴らは基本的に相手を見下してるからな。態度で大体わかる」


「確かにあいつふんぞりかえってるね」


「実際は上腕部分にカラフルな六芒星の刻印をしているようだけどな。脱がない限り見えない」


 野郎を脱がして誰得だよ。


「お、始まったぞ。なっ――」


「まじか。なんだあの速さ……」


 闘技場の上を白い疾風が吹き荒れていた。出場者が次々と無力化されていく。だれも白い風に触れることすらできない。獣であったとしてもあんな速さは異常としかいえない。


「まさかあれは……」


「レオン何か知っているの?」


 ものの数分だった。闘技場の舞台にはすでに二人しか残されていなかった。白いウルフとカラードと思われる魔法使いだけだ。


「おい、あんなの反則だろ」


 魔法使いとウルフの間の空間が歪んでいた。ステージの端から端までを覆う風の壁。高さも地面すれすれから頭の高さ位までをカバーしている。


 魔法使いの顔が嗤ったように見えた。


 白いウルフが駆け出すと同時に風の壁も動きだした。あ、ウルフに魔法が直撃する――。


「おおすげえ! なんて跳躍力だ」


 三メートル近く飛びあがっていた。風の壁を易々と乗り越えたのだ。


「駄目だ。あれは悪手だ」


「えっ?」


 緑の魔法使いの掌の上にはすでに風の刃が準備されていた。まさか初めからこれを狙っていたのか?


「空中ではどんな奴でも無防備になる。だから達人になればなるほど無暗に飛ばなくなる」


 そうか。VRでは二段跳びとか、空中横っ飛びとかできたけど普通は無理だもんな。


 風の刃がウルフへ発射された。これでジ・エンド。まあ、かなり健闘した方だ――。


「なにっ!?」


「魔法を跳ね返した!」


 空中で咆哮をあげ魔法使いへと飛び掛かるホワイトウルフ。直撃したはずの風の刃を弾かれた魔法使いは固まったまま何もできなかった。そんな事が起きるなんて信じられなかったのだろう。そのまま殴り飛ばされて場外負けを喫した。


「やはりあれは魔武具だったか」


「なにそれ」


「武具の中に魔結晶が充填されているのさ」


「それってもしかして属性なしでも?」


「ああ、誰にでも使える。属性なしでも身体強化や魔法と同等以上の効果を出せるんだ」

「それだ! なんだよそんな手があったんなら先に教えてよ!」


 まさに俺のためにあるようなものじゃないか。


「いや……。あれは一回しか使えない。使い捨ての武具なんだよ」


「そうなの?」


「ああ、そしてむちゃくちゃ高い。本選に進んだ賞金なんかじゃ大赤字もいいところだ。だから扱える人間も限定されているんだけどな」


「俺ちょっと武器屋に行って来る!」


「あ、おい!」


 値段? 関係ない。それは俺にとってはまさに光明なのだ。普段は使わないとしても命のかかった場面で使えばいい。あるのとないのでは生存確率が大違いだからな。



「いや、マジ無理でした……」


 あったよ。ありましたよ。マジックなウェポンが。見分け方を一度教えてもらえれば誰でもわかる。どれも表面に回路みたいな複雑な黒の模様が刻まれているのだ。ウルフの武具は白かった。おそらくあれは魔武具であることを隠すために上から色を塗っていたのだろう。


「これは、おめーのような坊主が買うようなものじゃねーな」


 店主も呆れていた。


 俺の手持ちは約五万ギル。日本円にしたら五十万円相当だ。一番安かったのはグローブ。それでも五十万ギルだ。使い捨てでこの高さはありえないだろう。


「彫魔師自体ほとんどいないからな。しかもマヒクションという魔力抵抗の低い魔鉱石を使うんだが、これがほとんど採れないときたもんだ」


「そうですか……」


 とぼとぼと宿屋へ向かって歩く。折角、一筋の光を見出したと思ったのに、とてもじゃないが暫く買えそうにない。全身を魔武具で固めるなんて夢のまた夢。貴族や大商人じゃないと手が届きそうにない。


「らっしゃい! らっしゃい! お、そこの坊主! 肩を落としてどうした? そんなときはここで玩具でも買っていけよ!」


 いつのまにか脇道に外れていたようだ。露店の店主が声を掛けて来た。どうやら子供相手にガラクタを売りつけているようだ。

 

「んん? これって……」


 ガラクタが無造作に並べられた棚からある物を手にとる。表面にびっしりと模様が付与された右手用のグローブだった。これってさっきの店のと同じじゃ?


「お、なんだ魔武具のファンか! ああ、なるほど。そりゃ憧れちまうよな」


 店主は俺の瞳を見て何かを悟ったようだ。


「ねえ、これ本物?」


「ああ勿論だ! それでたったの千ギルだ。お買い得だろ!」


 五十万ギルが、ここだと千ギルで売っていた。どういうことだ? あ、もしかして。


「これって使い終わったもの?」


「当たり前じゃねーか! 発動後じゃなかったら誰がこんな金額で売るかよ。というか発動前の物なんて買う金ねーわ」


 確かに、しがない子供向けの露天商だもんな。


「でも、魔結晶を入れ替えれば使えるんじゃないの?」


「それは無理だ。溶かした魔鉱石の中に魔結晶を入れて固めた後に回路を彫っていくからな。それに魔結晶ごとに回路が違うんだとよ。俺にはそんな見分けがつかねーがな」


 なにそれ使えねーじゃん。千ギルでもたけーんじゃねーの。


「あ、でも鎧とか兜なら発動後も防具としては使えるんじゃ?」


「いやいや、発動後は少しの衝撃でアウトだ。回路の継ぎ目にそって割れるんだよ。重さは変わらないのにな」


 それってマジただの塵じゃん。裸の方がましってどういう武具だよ。まあ、試しにつけてみようか。いつか発動前の物を買う予定だし。


「ああ坊主。身につけるなら買ってからにしてくれ」


「試着しないとわからないだろ」


「いや、これは飾り物だからな。折角磨いた商品を汚されるのは困る」


 さっき子供の玩具っていったじゃねーかよ。


「まあいいか。ほら千ギル」


「まいどー」


 まだ時間もあるので街の外へと出た。目指したのは村から来るときに通ってきた森だ。魔結晶のない魔武具を街中で着ける勇気はなかった。厨二病みたいで恥ずかしい。


「おお、確かにこれグローブの割にやたらと重いな。スピードを犠牲にして攻撃力が変わらないなら何の意味もねーな」


 あのホワイトウルフは相当な金持ちだったのだろーか。とりあえず木でも殴ってみるか。軽く殴っただけでも壊れちゃうかな。一応、日本円換算で一万円もしたんだ。


「食らうがいい。我が魂の一撃を!」


 恥ずかしいポージング決めて大木の幹を殴ってみた。といっても壊れたらもったいないので寸止めだけど――。


 ドガガガ――。


「ちょ!」


 ガガガガガガガガガガ――。


「待って!」


 ガガガガガガガガガガガガガ――。


「止まってぇえええ!?」


 ドゴォオオオオ!


「ほええええええ!?」


 拳を打ち抜いた格好で俺は呆然と立ち尽くす。


 正面には幅五メートルにも及ぶ道。森に新たな道が出来上がっていた。木の根すら残されていない。地面まで大きく抉られていた。


 俺の視力ではその道がどこまで続いているか見えなかった……。

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