幾星霜のスノーホワイト

月下ゆずりは

第一章 Good luck

第1話 夜明けは遠くに

 時計が嫌いだった。

 時計は電池で動いているものがほとんどだ。

 まるで自分の生命のともし火を見ているようで。





 外気温、氷点下44℃。

 操縦席の壁にかかっている時計がカチカチと秒針の角度を変えていた。時刻は太陽が沈みかけた頃合だった。


 「はぁ―――――」


 息を吐く。吸い込む。肺の奥を痛めつけんばかりの冷気がなだれ込んできた。メインモニタ上にちらつく影に照準を合わせる。モニタが醸し出す低音が張り詰めた空気を震わせていた。

 まつげに張り付いたかすかな水分でさえ凍りついていく。寒さのあまりに内臓が機能を失い始めたのか、腹痛が起こり始めていた。

 引き金にかかった指は寒さで震えていた。


 「はぁ………はぁ……」


 浅黒い肌。青い瞳。ぼさぼさの髪の毛を後頭部まで垂らし結い上げた青年が、歯をカチカチ打ち鳴らしながら寒さに耐えつつ、“獲物”を待っていた。

 氷点下数十度。骨も凍る雪の中に胴体に手足が生えたような滑稽な人型が傾いでいる。擬装用の白布を被り、廃熱の一切を殺すためにエンジンを切っていた。実に数時間という間隔が機体操縦席から温度を奪い去っていた。凍えた時の中で操縦者は獲物を虎のように待っていたのだ。

 バッテリーが低下するのを防ぐ電熱から上がってくるかすかな温度に手をかざし、また操縦桿を握りなおす。


 「見えた」


 操縦者の言葉が響いた。

 照準装置の彼方。四本足の怪物が歩みを進めていた。彼らは一般的に解体者ブッチャーと呼ばれる徘徊者ストレイドだった。都市を、要塞を、さまざまなところをさ迷っては、あらゆるものを解体していく。いわば外敵エネミーだった。

 そして、数少ない“供給源”でもあった。

 貴重な弾薬をばらまくわけにはいかない。狙撃は常に一撃必殺ワンショットワンキルが求められる。

 大昔、鉄の怪物と取っ組み合っていた物体から採取された砲を担いだ巨人が、今まさに鏃を放とうとしていた。

 発砲。音速を超えて放たれるそれは狙い違わず四本足の胴体を貫いた。遅れて四本足ががくりと崩れ落ちる。

 エンジン点火。ガス動力式のタービンが目を覚まし、巨体を持ち上げる。各所から蒸気を吹きつつ、円型のヘッドライトに光を灯した。解体作業を始めるべく、二足歩行型の機械が歩み始める。

 部品を解体して生活に役立てる。それも、徐々に苦しくなっていった。過去の産物を掘り起こせることもできなくなりつつある。ありとあらゆる資源が枯渇していた。木さえも、雪ばかり降り続くこの世界では、容易く入手できるものではなく。かろうじて地下から湧き出すガス資源を糧に人々は生活していた。

 巨人を操っていた青年は、ふと思い立ち操縦席を開けた。降り続く雪を払うための防水コートの裾を払い、巨人の頭部の上に乗った。双眼鏡で遠くを見つめる。何か不自然な穴が大地に出来上がっているのを見た。

 砲撃の後だろうか。それとも――。


 「あるいは……」


 操縦席に戻る。果てしなく続く雪原の最中にそそり立った鉄の塔目掛けて巨人は歩みはじめた。





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