二年と三か月

繋がないの?

 この島は宙に浮いている。


 それが一〇〇〇年前なのか二〇〇〇年前なのかは歴史書にも記されていない。ただ人々が生活を営むこの島は、空に浮いていた。


 大地という概念が存在する。


 それはどうやらこの浮いている島のずっと下にあるらしく、島の端まで行けば大地を見ることもできる。ただ翼を持たない大地人(この大地人という名称自体が、大地に由来することは言うまでもないだろう)には大地へ降りる手段が存在しなかったし、天翼人の間では大地に降り立つことは禁忌とされている。

 この島――正確にはこの空に浮かぶ十四の島々は、浮島と呼ばれている。

 そのネーミングセンスの欠片もない呼び方は、その呼び方が一番馴染んでしまったがための呼称だと聞く。浮島は計十四の島々から形成されており、ランド1からランド13の島々とその中央に聳える最大の島・センターランドが存在する。これも『正しくは』という注釈付きで、実際のところの呼び名は、「一番」「二番」といったように番号で呼ぶことがほとんどだ(ちなみにセンターランドは「センター」あるいは「真ん中」と呼ぶことが多い)。

 そしてこのランド3には、大型娯楽施設――言ってしまえばテーマパークが存在していた。各種アトラクションやショッピングモールが一つの島に集められており、とりあえず遊びに行くならランド3に行っておけば間違いない。

 そして今日、イミナもまさしくその理由で、レイナを誘っていた。


「信じらんない信じらんない信じらんない!」


 ランド3を楽しげに歩くカップルや家族連れに紛れて、レイナは不満げに頬を膨らませていた。


「ごめんって。反省してる」

「でも後悔はしてないのよね?」

「さすが」

「あんたの! そういうところが! あああもう!」


 プリプリという擬音をそのまま表現したかのように、頬を膨らませている。これで本当に心底怒っているのなら、さすがにイミナも謝罪の意を前面に押し出しただろうが、実際にはそのような状況ではない。


 この女、にやけているのである。


 怒りを表現しようとしているはずが、だらしないまでのにやけ顔で全く引き締まっていない。恋人が目にしようものなら百年の恋も冷めてしまいそうなだらしなさであるが、イミナにとってはそれももはや見慣れた光景だった。

 レイナにとって。

 イミナにとって。

 一緒に居られる時間は、それだけで幸福な時間だ。


「それで!?」

「それで?」

「どこに行くのかって訊いてんの!」


 今日イミナが選んだ場所はランド3のテーマパークの中でも、絶叫系アトラクションのスリルと、繊細に施された美術に定評のあるテーマパークだ。レイナは速さを求める絶叫系が好きだし、イミナは綺麗な作品をゆったり見られるゴンドラ系が好きだ。今回はレイナへの謝罪という名目があるため、レイナの趣向寄りの選択をした。

「とりあえず……あれかな?」

 イミナが指をさした先は、このテーマパークでも随一の滑走距離を誇るジェットコースターだ。縦方向への三六〇度回転こそないものの、最高速度は他のアトラクションを圧倒しているそうだ。

 一方でレールを上る時間が長く、その間はレールを覆う凝った造詣のトンネルを味わうことができるそうで、イミナとしてもぜひ一度乗ってみたいアトラクションだった。


「メインディッシュは、最初に片づけようかと」

「あんたのそういうところ、嫌いじゃないわ」


 口では強がって見せているが、顔がにやついている。本当に嘘を吐けない体質なのがよくわかる。


「それじゃ……って、行かないの?」


 一刻も早く乗ってみたい! という表情で先を急ごうとするレイナだったが、イミナが後ろからついてきていないことに気づく。

 待っていても、イミナが動こうとしないので、仕方ないと思ったのだろう、レイナの方が戻ってきた。


「なによ、行かないの?」

「手」

「……て?」

「繋がないの?」

「…………っ」


 ぞわっ、と。

 背筋に電流でも流されたかのように、レイナは一瞬背をのけ反らせた。


「繋ぐわよ! あんぽんたん」


 レイナはイミナの手を全力で叩くようにぶつけてそのまま握った。


「痛い」

「うっさい!」


 口では非難しながら、イミナは自分から指を絡めた。

 それを感じ取って、嬉しそうに微笑むレイナの横顔が、何よりも愛しいと思えた。

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