終末のフライデー

川沢 浩

prologue

 彼は引き金を。


 恐ろしいほど簡単に、引き金を引いた。

 撃鉄は弾丸を撃ちだし、真っ直ぐに飛ぶ。

 まるで空間に定規で線でも引くかのように。


 空を裂き。

 肉を穿ち。

 骨を砕く。


 沢山の大人たちが赤く華を咲かせて倒れ伏す。

 大の大人がたった一人の小僧相手に蹂躙されている。

 こんなものを作った奴はよほど頭がどうかしていると彼は思ったが、それを平気で使っている自分もきっとどうかしている。


 とっくに、壊れている。


 自分がいつ壊れたかなんて、自分が誰よりよくわかっている。でも彼は自分が崩壊していくことを止めようとは思わなかったし、当然だと納得さえしていた。

 彼女のあの姿を見た時、自分の中の何かが、音を立てて崩れ去ったのがわかった。

 それが、プツンと切れた音だったのか、ドサドサッと雪崩れた音だったのかはわからない。ただその瞬間を境に、かつての自分が今の自分に決定的に違う何らかの変化を経てしまった。

 かつての自分なら、こんなにも簡単に引き金を引いただろうか。

 いや、それでも、彼女のためであるならば、あるいはあっさりと引いたかもしれない。


 絶叫が響き続ける。

 あと何人、残っているのだろう。

 自分に歯向かおうとする人間はどれくらい残っているだろう。

 そのうち自分を害することができるものは――。

 そう考えながらも、その全てがどうでもいいことだと結論付ける。

 絶え間なく火を噴く銃口。

 発砲の衝撃にも音にも、マズルフラッシュにもいい加減慣れた。機械的に引き金を引くだけで、殺さなきゃいけない奴らは死んでいく。

 なんてことはない。

 単純作業だ。


 ただ彼にとっての世界がことごとく単純で。

 いっそ哀れなほど、0と1がはっきりしてしまっていて。

 彼女かそれ以外かだったということ。


 引き金を引く前から、彼のストッパーはとっくに壊れていただけだった。

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