10.謎の答え

「なるほど……」

「あぁこんなに羽が……拾ってくるなと言い聞かせたはずなのに!」

 紫木の納得は祥子の大声にかき消されてしまった。どうも彼女の中では彼が勝手に引き出しを開けたことよりも息子が鳥の羽を大量に隠し持っていたことの方が衝撃的らしい。彼女は床に這いつくばって散乱した種々の羽を手でかき集めていった。

「おおむねわかりましたよ。あといくつか確認すべき点はありますが」

「いや先生、私には何のことかさっぱり」

 得意げな表情、いつもの満足げな顔になった紫木が言うが私には何が何やらだった。と、そこへどたどたと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。私は振り返る間もなくその足音に突き飛ばされて部屋の隅へ押しやられる。

 清輝くんだ。言葉は発さないがその動きに込められた力から怒っているのではないかと思われた。彼は羽を集める母親も突き飛ばさん勢いで床へスライディングすると散らばった羽をひっかき集める。

「こらキヨくん! 羽は汚いから持って帰ってこないでって言ったでしょう!?」

「あ、じゃあ僕らはそろそろお暇しますので」

 ほとんど親子喧嘩の様相を呈する香川母子へ紫木はこそっと声をかけて部屋を抜け出してしまった。私もこの場を収めるべきが逃げてしまうべきか悩み、結局「民事不介入」と呟いてから紫木の後へ続いた。


 香川邸を辞したときには日も傾きかけ、家々はオレンジ色に染まっていた。この辺りは高級感演出のためなのか白っぽい家が多いので太陽の光を反射して眩しい。

 家を出てすぐのところに紫木が見当たらなかった。先に車に帰ったのかと窓をのぞき込んでみるも誰もいない。私が住宅街を見渡していると義足にスーツの後ろ姿が香川邸から離れたところに小さく見えた。彼は私を置いて道の角を曲がり姿を消してしまう。私はその背中を見失わないように全力で走って追いかける羽目になった。

「ちょっと? 紫木先生!?」

 私が角を曲がるとまた少し行った先で紫木がうずくまるようにして座っている。ここから見える背中が病人のように頼りない。ただでさえ細く小柄な体が、そんなに距離が離れていないはずなのに点のように見えた。私は彼の元へ駆けて行って背中をさする。

「大丈夫先生、どうかした?」

「え? どうかしたって何がですか?」

 耳元で私に話しかけられた紫木はかえって驚いたような顔をして私を見た。私の言葉の意味が分からないという風にきょとんとしている。道端で丸まっているから体調を崩したとか、何か悪い連想をしてしまったけれどそれは早とちりだったらしい。自分でも急にそんなことを考えた理由はよくわからない。夕日が赤かったせいで変に感傷的になってしまったのだろうか。

 私は腹いせついでに彼の背中へ一発お見舞いしてから立ち上がった。

「勝手にほっつき歩かないでよ! 急にいなくなるもんだからびっくりしたじゃない」

「あぁ、すいません。つい自分の世界に入ってしまって」

 紫木も叩かれた背中をしかめっ面でさすりながら立ち上がる。ちょっと強くやりすぎたかなとも思ったけれど、彼が難しい顔をしているのは背中を叩かれたせいだけではないらしい。紫木は片足でふらふらと爪先立ちをしてみたりぴょんぴょん小刻みに飛んでみたりしながら目の前にある家の庭をのぞき込もうとする。

「……何やってるの?」

「見えるはずのものを探しています。つまり、清輝さんがここで立ち止まった理由ですね。……ですが見当たらなくて」

「清輝くんがあの日立ち止まっていたのはもう一軒隣よ?」

「え?」

 紫木が隣の家と目の前の家を見比べてバツの悪そうな顔をする。いつもは彼が得意げになって捜査している姿しか見たことがなかったので、こういう単純なミスをする彼の姿は新鮮だった。紫木は何事もなかったかのように無言で隣の家の前にまで歩いていき再び庭をのぞき込む。そうしている間も私はついつい口角が上がってしまうのだった。

「で、何してるの先生?」

「……あぁ、いましたよ。やっぱりだ」

 紫木は語気をちょっとだけ強めて自分の発見を強調する。庭を指さす彼はいまや優秀な犯罪学者というより面白いものを見つけたことを母親に教えようとする子供みたいで微笑ましかった。今日は子供と触れ合う機会が多かったからそんなことを思うのだろうか。

「えぇ? 何がいたって?」

「百聞は一見に如かず。どうぞ」

 紫木に促されて私も庭を覗く。庭は木製のフェンスで囲われていたけれど、私の身長だと屈んだり背伸びしたりといった工夫をせずとも上から簡単に覗き込める。住宅街の一角だということもあってか庭はあまり広くないが、大きな池のようなものが設置されていて随分とお金がかかっていそうな印象だ。

 その池の真ん中で、ぷかぷかと浮く白い塊が一つ。

「ががっ!」

「うわっ! アヒル!?」

 白い塊に突然鳴かれ私は驚いてのけぞる。池を優雅に泳ぐアヒルは一瞬だけ私へくちばしを向けるが、すぐにそっぽを向いて低い声で鳴きながら庭の反対側へ行ってしまった。

「神園さん。大阪府警が聴取に使った写真がどのようなものかわかりますか?」

「えっと、待って。ダミーにどれを使ったかはわからないけど、西寺の写真は同じものを使っているはず」

 私は手帳から西寺の写真を抜き出して彼に手渡す。彼はその写真を嘗め回すようにいろいろと角度を変えて眺めると一瞬だけ口角を上へ持ち上げてから返してきた。

「わかりましたよ神園さん。これで完璧です……まぁ裏取りは必要でしょうけど」

「どういうこと? そろそろ教えてくれない?」

「えぇ、そうですね」

 私が写真を戻しつつ尋ねると彼は勿体つけたように溜めを作り、口を開く。

「結論から言えば、目撃者香川清輝は容疑者の姿を見ていないはずです。もう一人の目撃者猪目希望の証言を退ける根拠が存在しないことと合わせて導かれる結論は、容疑者西寺真守の潔白です」

 アヒルがまた鳴いた。

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