Hollynightに幸せを

綾部 響

1 12月23日 クロー魔来訪

Heyヘイッ! SUGUスグッ!  I'll fight me tomorrow明日あたしと勝負なさいっ!」


 100階建て高層ビルの最上階、そのにある直仁様の自室にいきなり押しかけて来た彼女、「レイチェル=スタン=クロー魔」は人差指を真っ直ぐに伸ばして直仁様の目の前へ突きつけ、ビシッとでも擬音の付きそうな姿勢でそう言い放ちました。彼女の顔には不敵な笑みが浮かんでいてとても自信に満ち溢れています。


「……いきなりなんだよ、クロー魔……」


 しかし当の直仁様はそれと相反する程低いテンションで受け答えます。いつも唐突で突拍子もない事を言い出すクロー魔ですが、今回は更に輪をかけて突然過ぎると言えますね。

 

 ああ、申し遅れました。ボックは直仁様の愛鳥であり、人語を始めとしてありとあらゆる知識を記憶しておく事が出来る “異能力” の持ち主、ピノンと申します。因みにセキセイインコですので人語を話す事は出来ません、悪しからず。

 

「フッフッフ……聞いたわよー、スグー? 明日は Xmas eveクリスマス・イヴ。この国ではが執り行われるんでしょー?」


 目を半眼にして、すっごく意地悪い顔をしたクロー魔が直仁様に顔を近づけながら話します。直仁様は酷く不機嫌な表情となってクロー魔から視線を逸らせそっぽを向いてしまいました。でもそれはクロー魔が近づいた事に気分を害した訳では無く、彼女の言った言葉に直仁様の憂鬱となるワードが含まれていたからに他なりません。

 

「……ったく……なんで俺が “プレゼントの配達” なんてしなきゃならないんだよ……」


 そうなのです。直仁様は明日のクリスマスイブに寝静まっている「筈の」子供達へ、サンタクロースに成り代わりプレゼントを配布して行く仕事を受けているのです。でも直仁様はこの依頼に到底納得しておらず、その不満がありありと表情に浮かんでいます。


「でもスグー? これってこの国の “異能者” は積極的に参加しないとダメなんでしょう?」


 そう、クロー魔の言う通りなのです。この国に所属している一定以上のランクであり、 “異能力” を有している者は極力参加……と言うよりも半強制参加となっているイベントなのです。

 その必要な “異能力” とは、ズバリ「隠密スニーキング」! 気配を消し存在を無くし、或いは姿さえ消す事の出来る、秘密裏に目的を達する事の出来る能力なのです。直仁様はあらゆる能力を使いこなす事が出来るので、当然この条件を満たしている事になるのです。

 

「……ああ…… “異能者” ってやつは普段から誤解や偏見を受けやすいからな。こういった大々的な行事やイベントには積極的……ってゆーより強制的だな、参加する様にして一般人の理解を得ようって事なんだろ」


 残念ながら人類社会は何年何十年何百年経っても “異質な力” に対して忌避感と憎悪を抱きます。一般的に “異能力” が認知されて久しいこの時代の人達もまだまだ “異能力や異能者” を敬遠する傾向にあるのです。


「強制的ならスグも毎年やってる事なんでしょ? いい加減諦めて慣れればいいんじゃない?」


「……いや、俺は免除対象なんだよ……今年は人手不足で特例だそうだ……」


 そうなのです。直仁様は多彩な能力を使いこなす事が出来る「万能型異能者」なのですが、その使用条件には “制約” がありいつでもどこでも使用出来ると言う物ではないのです。それが理由でこれまではイベントへの参加、特に “クリスマスにプレゼントを配る” と言う任務を免除されて来たのです。


「……ふーん……でもスグの能力ならプレゼントを子供達の枕元に置いてくるくらい  a piece of cakeお茶の子さいさい  でしょ?」


 クロー魔の言う通り直仁様の能力を以てすれば、子供達と言わず誰にも気づかれずに忍び込んでプレゼントを置いて来る事などそれこそ朝飯前なのです。

 でも……。


「……クロー魔、お前も知ってるよな? 俺が能力を使う為の条件……」


 クロー魔はキョトンとした顔で頷きました。彼女にしてみれば何を今更と言った心情なのでしょうが、だからこそ今その事を持ち出した直仁様の真意を測りかねているようです。


「……この任務ミッションを行うにはある条件を満たさなければならないんだ。その条件ってのは、参加者全員 “例の恰好” をしなければならないって事なんだ」


 クリスマスにプレゼントを配る任務ミッション、そしてその時に必ずしなければならない格好となれば言うまでもありません。


「そりゃーね、 Xmasクリスマス に Santa Clausサンタクロース の恰好は定番よねー」


 彼女はまるで「それが何だって言うのよ?」と言わんばかりの表情です。だけど直仁様にとってはその事が忌々ゆゆしき事態を引き起こしているのです。


「……クロー魔、サンタクロースってのはどんな格好をしてるんだ?」


 またまた直仁様が効くまでもないと質問をクロー魔に投げ掛けました。彼女の表情は先程から変わらず「当たり前の事を聞かないで」とばかりに半ば呆れ顔です。


「スーグー? あんた、Santa Claus の恰好も忘れちゃったの? 真っ赤な Jacketジャケット に同じ色の Pantsパンツ ……後は Santa Capサンタキャップ を被ってるわね……」


 直仁様を小馬鹿にした物言いでしたが、それでもクロー魔は思い出しながらユックリと答えました。殊更に直仁様が神妙な面持ちで尋ねたので、彼女も自分の認識に僅かな疑問を持ったのでしょうが大丈夫、彼女の認識は殆どの人達が共通して持っている物で間違いありません。問題はそこではないのですから。


「……そうだな……付け加えればサンタの長靴に大きなプレゼント袋、立派なトナカイにソリを引かせている……白髪白髭のお爺さんってのが定番か? じゃーそのは男か? 女か?」


 クロー魔は先程よりも更に、ハッキリと怪訝な表情を浮かべていました。それもその筈で、直仁様の質問は実に珍妙な物でした。彼自身が「お爺さん」と言っているにも関わらず、その性別を問い質しているのですから。ただクロー魔も直仁様とのが短いと言う訳ではありません。彼の言葉には何かしら意図があると疑っており、その問い掛けに少し考えてユックリと口を開きました。


「……そんなの決まってるわよ……ね? お爺さんなんだから……男……でしょ?」


 彼女は直仁様が何か引っ掛け問題を出しているのではと警戒していたようですが、どう考えても先程の問いかけにはそれ以外答え様がなかったのかユックリと返答しました。それでも自信無さげなのは最後まで何かしらの引っ掛けを警戒している、実にクロー魔らしい言い方でした。


「……そう、お爺さんは男……その衣装も男性の物だよな?」


 ついに「解答」を出した直仁様に、クロー魔は「あっ!」と驚きの声を上げて動きを止めてしまいました。

 そうなのです。直仁様はその “異能力” を発揮する為にある格好決まった装備をしなければならない制約を受けているのでした。その制約とはズバリ。

 

 ―――“異能力” を行使する為には “女装” をしなければならない!


 と言う物だったのです。

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