僕は、いかにしてそれで戦ったか。

 何事でも、一歩目が大事だ。しかし、この時、僕はとても大事なことをし忘れていることに気付いた。

 ライトが居る。

 夜道は真っ暗なのだ。ご近所さんの弱い街頭や常備灯を頼りに歩き出すのは、ちょっと大変だ。

 でも、もう短いが足を立てて家ごと立ち上がってしまったのだ。あとには戻れない。

 ほぼ漆黒の闇の中、近所の地図を微かに思い出し、歩んでいくかもしれない。 

 アニメでは、フットペダルを踏むんだろうが、僕の場合、コントロールの十字キーを前に押すだけ。親指一本だ。

 各種アクチュエーターがちゃんと作動しているため、そんなアニメみたいにガシーン、ガシーンとは動かない。スムーズに一歩づつ一歩づつ歩いてく。うるさいのは、僕の部屋の向かいの部屋のばあちゃんのシューシューいってる寝息のほうだ。

 あと、よくリアルロボットだとコックピットが揺れて大変みたいな演出がアニメでなされているが、あれも完全な嘘だ。

 まずそんなに揺れて歩いていたら、二足歩行なんて無理だということをここに後世の二足歩行ロボット研究者のために記しておきたい。

 どんだけ、このBOKUにオートジャイロを積んだと思っているんだ。ほぼ全ての関節に積んでいる。

 全ての動きに対し、ロボットの関節の部位が三次元的に(正確には時間もパラメーターとして把握しているため四次元だ)どれくらい重心から離れたり、位置的に離れるか、その時その時に把握するのでなくて、パイロットのインプットに対して予測してそれが転倒にならないか計算した上で動いているのだ。

 しかし、母親が新緑の季節と夏前に念入りに手入れしていた植木については、その予測に当てはまらなかったのは、素直にあやまりたいし、遺憾の意を表明したい。

 植木を、バキバキ踏み倒して進むBOKU。

 とりあえず、表の通りに出た。

 心臓は、バクバクだ、それにこんな興奮ちょっと味わったことがない。私学を受けた中学受験は失敗したけど、多分あのとき受かっていたら、こんな気分だったのだろう。自分が長年努力してきたことが、実る瞬間、目標が達成しそうな瞬間(まだ達成はしていない)どんな気分になるか、、、。

 僕は夜中に体育教師のように拡声器で叫び声を上げたいぐらいだった。


 先に、田崎んとこに、ボコリいくか、まりえちゃんに挨拶に行くかしばらく、家の前でBOKUで立ち尽くす、暫く逡巡。

 先、挨拶だね、、。まさかと思うが、死出の旅と限らなくとも、かなり長い期間娑婆とはおさらばになるかもしれない。

 アニメだったら、ガッシャーン、ガシャーと、BOKUの場合は、多少バランスを取るため短足に設計して見た目は悪いけどウィンウィンとしなやかに、、。

 BOKUは一歩、一歩、歩んでいく。まりえちゃんに向かって。

 と、突然ヘッドホンに僕のソフト、ボカロの声で設定しておいた、警告音が

”電源ケーブルが足りません、電源ケーブルが足りません”

 えっ、もう、まだ家の前の小さな通りを出てないじゃん。

 しかし、心配ご無用。日本の街には、至る所に電柱がトランスとともに立っている。そこから電力を失敬する方法も事前に把握してあるし、そのコンバーターならびにソケットも用意してある。

 一連の電源切替は、シークエンスとして自動化してあるので、マウスでちょいちょいとすると、今度は、警告音でなく、エラーオンがビービー、ヘッドホンになりだした。

”腕が届く範囲に電源がありません、腕が届く範囲に電源がありません”

 なんと、BOKUの手が電柱まで届かない。このBOKUはいわゆる、人間がするような自分で自分を抱きしめるような動作は出来ません。家ってでかいでしょ、だからそんなに長い手は要らないって思ったんだね。

 カニ歩きで、電柱に近寄るBOKU、これで届きました。

 これも、逮捕後に警察がブーブー言ってたんだよね、窃盗になるとか、電力会社に対して威力業務妨害になるとか、電力法にも抵触するとか言ってたな。

 というのも、この辺のBOKUで歩いてるぐらいは、良かったんだけど、戦闘になったときに停電しちゃったらしいんだよね。

 常識は尊重するとか言いながらどうもすいません。

 至らぬ点ばかりで、、。


 何百メートルおきに、電源ケーブルを切り替えながら、まりえちゃんに到着。

小学校からの幼馴染みだから、知ってるんだよね。

 同じ第二小。

 だけど、どうする、ノープランでここまで来てしまった。まりえちゃんの部屋も携帯もLINEも知らない、、。


 文字通り固まる、僕とBOKU。


 熟考の結果。原始的且つ超直接的手段に訴えることにしました。

 後から考えると、これがいけなかったんだよね、というか、何時考えてもダメだろう。

 これで、ツイッターや、LINEとか全部SNSでも拡散しちゃったみたいなんだ。

 後で、文科省や総務省の人に見せてもらった、BOKUの勇姿もこのまりえちゃんのに行った後の画像とか映像ばっかなんだよね。

 僕は、BOKUの腕で、そっとのつもりだけど、まりえちゃんの家の屋根をノックノック。

 ノックするリズムは、もちろん、もう僕のテーマ曲にすらなっている、ダダンダン、ダダン♪。

 多分まりえちゃん家ちでは、隕石落下か、隕石直撃、もしくは軽飛行機が家に墜落したぐらいの衝撃だったんだと思う。

 寝間着やパジャマのまりえのみなさんが、全員飛び出てきたんだ。先頭はまりえちゃんのパパさん。なんと禿げてる。なんとまりえちゃんのパパさんはヅラだったのか。これは同級生の親族の重大な秘密を知ってしまった。ついで、ちょいセクシーな美魔女のママンさん、まりえちゃんにあんま似てない。まりえちゃんは一人っ娘こだから、、、と思ってると肝心のまりえちゃんが出てこないじゃない、、。

 えーっと。それは、ないんじゃない。

 ステルス機能のないBOKUの秘匿性を今ここで全て暴露してのノックだったのにと思うと、

 その時、PCモニターのサブウィンドウに小さく写っていました、まりえちゃんが。玄関の扉の陰から顔半分だけだしてこっち見てる。

 まりえちゃんのパジャマもちらっと見てしまった。BOKUつくって、一番得したかも、、。

 なんという僕のささやかな幸せ。

 まりえちゃんのパパは、家の前のホンダのステップ・ワゴンの前でフロントグリルに仰け反り腰を抜かしてる。

 人の反応としては、まっとうというか、妥当なところというか、まぁしょうがないだろう。

 屋根ですごい音が二、三回したと思って表に飛び出てみたら、見たことのない一件家から足と腕が二本づつ生えてて家の前で立っているんだから。

 ママンさんは、お目々が悪いのか、目を細めて暫く立っていた後、口をアルファベットのオーの字にしてその口の形で出せるだけの高出力の音波を発した後に、まりえちゃんを必死に家の奥に入るように、これほどわかりやすいジェスチャーゲームはないだろうというぐらいに、手や足をバタバタさせ始めた。

 しかし、まりえちゃんは、扉を盾にしたまま顔半分だけ出した地点から一歩も動かない。

 わかったかな、、僕って。これが一番心配な点。一瞬窓から出て手をふろうかと思ったけど、やめた。

 パトカーみたいに拡声器とか、装備しとくんだった、、。反省。

 それとこのITの時代にノックするという前近代的な意志の伝達方法はもう金輪際やめよう。


 ところが、この世は鬼ばかりではない。なんとテレビのアンテナにつけたサブカメラがきっちり捉えたのだが、まりえちゃんが、相変わらず扉から半身だけしか出てないけどBOKUに対し小さく手を降ったのだ。


 マジで、僕ってわかったの??。夜なのででも触っちゃった手の汚れを振り払ったのかもしれないけど、、。


 実はこの時点から実行力をともなった公的権力がもう僕に対して介入しだしていた。ママんさんが表で上げた悲鳴のせいで、まりえちゃん家ちのお隣の眠りの浅い老体の常造つねぞうさんが起きてしまったのだ。いや、ひょっとすると、もう起きる時間だったのかもしれない。老人というものは全世界的に朝早いだろうだ。

 常造つねぞう老人は、躊躇することなく、消防か警察に一報を入れた。そりゃそうだろう。

 家から手足が生えてて、表にスタンド・スティルStand stillで立っているんだから、一市民が対処できる事態ではもはやない。警察のポスターにもあるでしょ、『街を守るのはあなたです』みたいなのが。

 消防と警察の無線はつながっているというか、両者で無線を聞き合ってる。どっちかに連絡が入ったら、どっちかがやってくる、もしくは、両方が。


 そんなことを知らない僕はというと、まさに出征だ。泣いてくれるな、まりえちゃん、それでは、って参りますよ、ぐらいの気持ち。

 あの、クソムカつく田崎の家に向かって、BOKUをゲームパッドで動かしだした。

 もうこのあたりから田崎をどうしてやろうか、そればかり考え出していた。

 アイツのせいで、僕はクラスの最下層のヒエラルキーに落とされたのだ。この恨みを晴らさずには、いられない。恥はそそがねばならない。

 そのためのこの万能汎用人型家屋ばんのうはんようひとがたかおく、まさにヴァーサタイル・ハウスversatile house、BOKUだ。

 僕は、ゲームパッドの方向を決定づける十字キーを押し続けていた。みなさん御存知のとおりゲームでは押し続けると歩くから、走るに変わる、そして走るから早く走るに変わる。

 更に、早く走るからものすごく早く走るへ。

 BOKUは短い足ながら懸命に走っていた。

 走れ、BOKU、我が怒りを乗せて!。


 田崎の家までそんなにかからなかった。なにせ僕が造った、万能汎用型人型家屋ばんのうはんようひとがたかおくだ。走ると、設計上時速80キロぐらいは出ることになる。

 ただし、ケーブルの長さが尽きるたびに毎回、電柱のトランスにつなぎ直さないといけないけど。

 なぜか、加速しつつ他の民家から離れ寂しい道筋に入っていくBOKU。


 ここで、はたと気付いた、僕は、田崎の家に行ったことがなかった、というより田崎の家を見たことがなかったのだ。


 僕はBOKUで田崎家の前に立ち、僕は立ち尽くした。


 またもや固まる、僕とBOKU。


 なんだ、この小さくて、ボロくて、哀れな平屋の家は、、、。

 僕は声がでなかった。

 家の前には、ボロボロのどうやって、しかも、いったい何年ぐらい前に車検をとおっているのかさえわからないような1.5tトラック。

 そして、家の周りというか、庭というか田崎家の土地にはゴミがいやこれは、正しい表現ではない。廃品が信じられないくらい散乱している。いやこれも正しい表現ではない。無計画に積み上げてある。僕は、廃品回収業者に対して一切の職業的差別持ち合わせていないが、田崎んは廃品回収業者らしい。

 BOKUと僕の高感度センサーはお互いの不得手な能力をお互いカバー仕合いながら敵の陣地と敵そのものを探りに探った。

 しかし、それは、同時に田崎家の少ない収入と厳しい経済状態までも把握することにしかならなかった。

 至る所、トタン板で接ぎを当てられた平屋の玄関には、信じられない数のこれまた盗難車と見間違うようなボロボロの自転車が数台。信じられない数の酒の空き瓶に、日本の各社のビールのケースと山積みされたこれまた日本各社の発泡酒と第三のビールのパック。そしてこれまた信じられない数の傘が玄関横の外壁に。

 子沢山なんだ、、。

 どんどん、僕の怒りの炎は小さくなっていった。今は、蝋燭ろうそくぐらい。

 しかし、僕は、すべてをかけてこのBOKUを制作し復讐を遂げんと今ここに来ているのだ。

 なさけは無用だ。田崎が僕にしたことを思い出せ。

 僕は、いつしか叫び声を上げていた。そう、よくあるロボットアニメのキャラクターのように。

 僕は、泣きながらマスターアーム・コントロールパネルをPCモニター上で開いていた。

 マスターアーム・オン

 続いて、全武装の最終安全装置解除。

 モニター上のウィンドーは、グリーンでなく、真っ赤に染まる。

 これで、僕は悪魔になった。

 こんなボロい平屋、BOKUで踏み潰すことも可能だが、レーダーロック式の誘導ガイデッド閃光弾を、物干し竿をパイロンにして、発射した。

 閃光弾は4秒間の遅発設定にして、田崎家へ二発打ち込む。

 レーダーロックされているので外しようがない。閃光弾は二発窓ガラスをぶち破って屋内へ撃ち込まれた。

 予定どおり驚くほどの光がピカッピカッと、田崎家屋内で二回光った。

 続いて、催涙弾を一発こちらも丁寧にレーダー・ガイデッド・プロペラードのロケット弾で送り込む。

 パイロンはもう一本の物干し竿。

 田崎家は台所で母親が家事を手抜きして同時に行いその挙句失敗して鍋を焦げつかしたようになった。ありとあらゆる窓、通気口、隙間から白煙を上げている。

 これがまた哀れだった、催涙弾によってあぶり出されるのは、田崎家の人間でなく田崎の家がいかに隙間だらけかという事実だった。

 白煙は屋根から、雨漏りがするのだろう。

 白煙は塞いだはずのトタン板から、隙間風が相当吹き込むのだろう。

 白煙は閉まっているはずの窓からも、窓の立て付けがわるいのだろう。、

 白煙は玄関の扉からも、玄関の立て付けもよくないのだろう。

 白煙は家屋の下からも湧き出ていた、床が抜けているのだろう。


 すぐに家族が家から飛び出てこないのが、更に哀れだった。

 屋内で閃光弾のような光がおきたり。白煙に屋内が包まれるという事象が田崎家では極普通にある日常の一コマらしいのだ。

 田崎家の屋内からは、荒ぶる田崎の父親らしい怒号が飛んでいた。どうやら息子のうちの誰かのいたずらだと思っているらしい。

 続いて、人が殴られる時の鈍い音が幾度も幾度も。

 あの催涙弾の中で耐えられる田崎家の家族が信じられなかった。ハイジャック犯かテロリストになることを是非薦めたい。


 僕は、BOKUにエレクトリック・ジャベリンを装備させて待った。エレクトリックジャベリンとは物干し竿の尖端に高圧の電流を帯電させた、BOKUの近接戦闘用武器である。


 僕は待った。

 僕は待った。

 僕は待った。


 BOKUは宮本武蔵か堀部安兵衛のようにエレクトリックジャベリンを持ち身構えていた。

 しかし、田崎を含め、田崎家の人間はそれでも、誰一人も出てこなかった。


 そして、来たのは、警察と消防、そして自衛隊だった。


 警察は、街の治安を守るため、来た様子だった、当然だろう。手や足が生えた家屋が街中を闊歩していては、警察の沽券こけんに関わるし、治安上よろしくないだろう。

 消防もわかる。げんに田崎家は親父が鉄拳制裁するほどに白煙に包まれている。

 しかし、自衛隊は、マジで予想外だった。

 世間の敵というのならわかるが、いつの間に、僕は国家の敵になったのだ?。

 対戦相手は変わったが、ここからがBOKUのちからの見せ所だった。もとから田崎など、このBOKUの相手ではなかったのだ、それこそ、アン・フェアというものだろう。

 また、警察、消防、自衛隊と対峙するには、この人寂さびれた田崎家の近くは都合良かった。これは、のちにもみ消し工作に必死になる市、県、政府のありとあらゆる各行政機関にとっても都合が良かった。

 もう、BOKUを歩かせたり走らせたりしていては勝てる相手ではなかった。僕は部屋の中の縄を結えナットで片一方を止めた1m尺を大きく引いた。BOKUの足の裏にスーパーマーケットのカートを装備し、両足に装備したプロパンガスを燃料にしチャッカマンで引火させ推力にしてロケット推進のローラーブレードを履いたロボットとして走らせ戦うのだ。

 まず、大通りから田崎家への脇道へ現れたのは、県警のパトカー、一番よく見るクラウン・タイプだった、それも二台。

 パトカー二台は、並走し脇道いっぱいに広がり、突っ込んできた。両車とも一人が運転し、もう一人が箱乗りのようにサイドウィンドウからヘルメットを被り上半身を乗り出し、

 38口径のM360J"SAKURA"を構えている。

 ドラマのみすぎだろう、いや、正直、重武装且つ精鋭部隊の"SAT"がまだ間に合わなくて、助かったと思った。

 9ミリとはいえ、連射式のH&Kヘッケラー&コッホは正直やっかいだ。

 こちらも、プロパンガス・ロケットをフルスロットルしたところで、ブレーキをオール・リリース!!。スーパーのカートのタイヤは嫌な匂いをあげ、そして僕自身は勉強机の椅子に加速度で押し付けられた、もちろんシートベルトなんか装備していない。そしてBOKUは最大加速で、パトカーのクラウン二台に向かっていく。

 チキンランだ。

 お互いの相対速度が物理上全ての速度としてに加算される。パトカー一台づつ計二人の警察官による38口径の発砲がはじまった。

 街の治安と桜の代紋を背負っているのだろうが先に撃ったのはあんたらだ、県警さんよ。

 撃っていいのは、撃たれる覚悟があるやつだけだ、日本の警察官にはこの覚悟が著しく欠けていることを日本の治安維持のためにもここに書き記したい。

 何発は、BOKUに当たったが、国の建設基準を遵守されている日本家屋は6連発の38口径など、なんともない。

 いや、正直窓に当たんなくて、良かったなと思ってたけど。それより6発のスピードローダーはお持ちですか、お巡りさん?。

 僕は、最大速度でぶつかる寸前にエレクトリック・ジャベリンを右手に持っていたので、向かって右のパトカーにジャベリンをフロント・バンパーから車体の下に入れ、ヒックリ返し、左のパトカーは、BOKUの左足の爪先つまさきを同じく、車体の下に差し込み、ヒックリ返し、そして、右足の全アクチェーターを最大に作動させ、残った右足で、カール・ジャクソンのようにに走り幅跳びのようにジャンプした。

 何メートル飛んだだろう。

 着地して、プロパンガス噴射をリバース位置へ。アニメ的決めポーズのまま、後ろをサブカメラでみると、二台のクラウンのパトカーが位置こそちがうけれど、ひっくり返された亀のように仰向けになっていた。

 排気量が1800ccか2000ccかはたまた、3000ccのスーパーチャージャーかは知らないが、仰向けになってはどんな排気量でも走れまい。

 そして、田崎家には消防が到着しており、救急車が田崎の父親にボコボコにされた息子のうちの誰かを搬送し、ポンプ車は火元もないのに白煙を上げている田崎家に盛大に放水していた。

 消防として賢明にして適切な仕事ぶりだ。日本の消防は優秀だ。

 ただ、田崎家が消防によってただでさえボロい家が放水でズブズブにされるのは、相変わらず、少しかわいそうだ。


 この時、BOKUはサブカメラで迷彩服を着た緑のオフロードバイクに乗った男をとらえていた。


 後から、文科省と防衛省の技官から聞いたところによると、自衛隊の治安出動を要請したのは、この一帯を管轄するBクラスの小さな警察署の一署長らしい。といっても、署長って県でも警察署の数しかいないわけだから、偉いんだろうけれど、しかも、ノンキャリアの平巡査から叩き上げの署長だとか、、。俺が責任取るから、自衛隊を呼べと、渋る市長や、県知事や副官房長官を怒鳴りつけたそうだ。

 こういうところに有能な人がいるのが、日本の強みだ、多分。


 先遣隊として偵察していたのは、バイクに乗った偵察隊。発砲しないところに任務に対する忠実さと賢明さを感じます。

 このあたりで、もう来るべきところに来たと僕も思っていた。さっきの警察したような人命までは守ります、や、先に撃たすみたいな対応はもう出来ない。今度相手にするのは、平和憲法で縛られているとはいえ、人を殺すために税金によって訓練されたウォー・マシーンたちだ。

 空自の支援が先か?、陸自の戦闘ヘリか?、特科の砲撃か?、

 僕は、BOKUのパッシヴ・センサーを最大で稼働させ、無線傍受から、ありとあらゆる周波数でジャミングも行っていた。

 空自の場合、ジェット排気音が聞こえたと思ったとときには、もうJDAMが降ってくると思ったほうがいい。絶対航空優勢を持っているのはあなた達だ自衛隊さん。逃げるしかない。陸自のヘリなら、やや対処が出来る。特科の砲撃は、一回目の射撃の後の修正射までにこのBOKUを配置展開して逃げきれるか、もしくは弾着観測班を完全にオーバー・キルkover kill出来るかが鍵になる。

 どちらにしろ、砲撃が始まるとここら一帯は文字通り地獄となる。

 中学生の僕の軍事智識はこの程度でしかない。全部映画と小説、雑誌というサブカルから得たものだから、自分でもどこまで当てになるかわからない。

 もう、早期警戒を兼ねる航空管制機は上空をぶんぶん飛んでいるだろうが、地形随伴式のドップラーレーダーはないだろうから精々僕達の血税を使って自由にやって欲しい。

 とにかく、県道でBOKUの全身をさらして仁王立ちしているのは、誰が考えてもよくない。

 近くの小山の森の中にBOKUを陣地転換。と言っても、陣地なんかない。

 そうだ、山があるならトンネルに入れば、と思ったときは、遅かった。

 特科の155mmの砲撃が始まった。信管の作動をコントロール出来るはずで、空中爆破か遅発で地面ごとえぐる気か、とにかく、チャッカマンで点火するプロパンガス・ロケット全開で斜面を、、、駆け下ると自衛隊は思ってるだろう。

 逆に登ってやった。

 稜線上にBOKUをさらすことになるが、弾着観測チームはこういう見晴らしのいい稜線に居るはずだ。

 砲弾が落ちてくる時の音はそれは恐ろしい。第一次世界大戦でシェル・ショックshell shockになった兵士が多数いたことなど想像するにむずかしくない。

 走れ、昇れ、走れ、登れ、BOKU。その能力を振り絞って、周辺が吹っ飛び、弾き飛ぶ。

 砲弾は榴弾なわけで、破片が炸裂し弾け飛ぶ。泥と土と森の木の破片がBOKUにあたっているのか、砲弾の破片なのか全然わからない。

 走れ、昇れ、走れ、登れ、BOKU。ラン。ラン。ランナウェイ。BOKU。この現実という地獄の中を。

 変化があった。破片や土塊つちくれがBOKUの後ろから来るようになった、キルゾーンkill zoneを駆け抜けたか!?。

 居た!、特科の弾着観測班だ。

 ツイてる。

 おっ、思ったとおり稜線に居た!。そこら辺中に偽装網とその網目に小枝を着けた弾着観測班。

 弾着地点からこんな近くで観測しているものだとは、知らなかった。顔までペイントし偽装した数人が必死に無線機で喋っている。弾着修正情報をもう送信したか?。数人がいる地面ごとBOKUの右足で蹴り上げてやった。

 速さは、武器だ。誰だっけ、これ言ったの、ロンメル?。グデーリアン?。ハンニバル。?秀吉だって中国大返しは、速さが武器になったのだ。

 そのまま、稜線から向こう側に駆け下る。

 いいぞ、いける。特科の修正射どころか、第二射もないじゃないか。

 駈け降ろうと思ったら、稜線の向こう側には、戦闘ヘリAH-1Sコブラが超低空で待ち構えていた。

AH-1Sが機首に装備するM197、20ミリ機関砲が火を噴く。

 BOKUはプロパンガス・ロケットも偏向噴射しハード・レフト!!。といっても、ゲームパッドの十字キーの左を親指で押すだけだけど、腕まで自然と動いちゃうから不思議。みんな経験あるでしょ。マリオとかで、、。

 陸自のコブラって、TOWミサイルだけだったっけ、ヘルファイアも載せられんのどっち??。

 BOKUはジグザッギングしながら尾根を駆け下る。僕とBOKUはまさに人馬一体でそれこそ冬季オリンピックの滑降スキー選手みたいに山を駆け下る。

 BOKUのパッシブセンサーが警報音をヘッド・セットいっぱいに鳴らす、来た!右から誘導弾、対戦車ミサイルだ。太いからヘルファイア??。鬼の目であるミサイルのシーカーまで見える。

 チャフとフレア、家の変圧器に装備された欺瞞弾、全弾発射並びに志向方向と真逆に発弾。そして対赤外線装置作動最大に。パトランプみたいに、赤外線を周囲に出して赤外線式追尾ミサイルのシーカーを欺瞞させる装置だ。BOKUの周りが、花火大会みたいになった。どれが効いているのよ一体。BOKU自体は相変わらず、欺瞞弾を発射するたびに真逆にジグザッギングを繰り返す。今度は、ハード・ライト!!。

 続いて、チャフを発射し、ハード・レフト!!。

 BOKUの右でなにかが爆発した。とりあえず、BOKUには当たらずに爆発した。

 しかし、左では腕にミサイルが直撃!。でも爆発は小さい。多分アンガイデッドのミサイルだ。普通科の対戦車部隊までもう展開しているのか!。こんなWW2クラスの原始的なミサイルにあたるなんて、、、、。

 左腕のアクチェーター・ロスト。BOKUの手足には全て装甲にヒットすると爆発する増加装甲、火薬そのものが装甲として仕掛けてあり装甲自身が爆発し敵の弾頭の貫通能力そのものを相殺する仕掛けになっている。

 しかし、足はなんともない。低高度に居るAH-1Sコブラの鉄棒みたいなスキッド目掛けて、小山を下りきったところで、その勢いも利用してBOKUをもう一度ジャンプ!。プロパンガスの偏向噴射は真下へ、右腕を必死に伸ばす。

 捕まえた。

 BOKUの自重をわざと掛けAH-1コブラを振り下ろし、地表に叩きつける。一機撃墜!。

 "Good killグッキル"!米軍ならそう叫ぶ。

 叩きつけたAH-1Sコブラのローターに気をつけて左足で着地、そしてもう一回、もう一機目掛けてジャンプ。、一体、AH-1Sコブラは何機居るんだ?。今度は、届かない。

 BOKUで地表に降りようと思ったら、地表が思いっきりえぐれていた。

 えっ?

 155ミリの榴弾によるクレーターでは決してない。

 戦車砲!?。

 戦車まで、来てるの?。こんなに早くどうやって?。

 蟻地獄ありじごくみたいになったすり鉢状のクレーターで着地に失敗して転んでしまった。

 プロパンガス・ロケット最大噴射!。BOKUはつんのめる飛び上がった。もうガスが切れたのか!?。

 目の前にいたのは、10式戦車4両、一個小隊、楔形体型から一両下げた、ダイヤモンド体型をとっている。10式戦車って富士教導団のか、、。もうなにが何かわからない。どれが、小隊長の車両だ?。こういう場合、楔形の先頭車両が小隊長車なのか?。

 こっちに戦車とやりあう防御地下も攻撃力もない。ただまわいを詰めるだけ、、。

 巡洋艦や戦艦と戦う駆逐艦と同じだ、突っ込むしかない。

 10式戦車に思いっきり突っ込む。BOKUの切れ掛かったプロパンガス・ロケットと10式戦車自動装填とどっちが早い!?。

 間に合った。BOKUはしゃがみ戦車砲の下に回り込む。取り付いてしまえばこっちのもんだ。そして、右腕の上腕で戦車砲を担ぐ、足の全アークチェーターを全開に。馬鹿力を見せろBOKU!。

 BOKUが10式戦車をかついだ、10式戦車が浮いた。かつがれた先頭の10式戦車の操縦者も足掻あがき、鉄の板を連結させたものであるはずの履帯がまるで本物の生きた芋虫のようにうねり、飛びひねる。

 PCのモニターには、BOKUの両足の全アクチェーターが破損しつつあることが警告として表示される。

 先頭車両に近い方の左の10式戦車が車体は左右の履帯を前後に最大で回転させ超信地展開をしつつ砲塔をこちらに回している。

 ヤラれる。

 そして、その超信地展開し砲塔を回していた左の10式戦車が120ミリ滑空砲を発射した。僕は、BOKUで担いだ先頭の10式戦車で戦車砲を受け止めた。

 幸いなことに120ミリ砲弾は盾にした担いだ10式戦車を貫通しなかった。装甲の薄い家屋だということでHEAT対戦車榴弾を撃ったらしい。

 しかし、足のアクチェーターが完全に破損してしまった。

 担いだ10式戦車は、そのまま投げた、つもりだったが、横にどてっと落としただけに終わった。

 もうダメだ。動けない。それに僕も限界だ、、。疲れた。みんな寝ているときに一人、警察と自衛隊と戦ったのだ。

 担いで砲弾を受けた10式戦車は撃破したが、まだ3両居る。

 10式戦車の自動装填方式って毎分何発なんだろう?中坊の僕には、分からない。

 その間しかもう生きれない、、、、。

 修正射もなにもない、このゼロ距離射撃なら外しっこない。日本の自衛隊の練度は世界でもトップクラス。

 楔形の右に居たゼロ距離の10式戦車がもうそこまで来ているそして砲塔が若干動いた気がした。


 そうだ、、。こんな時のために、、造っておいたのだ。


 僕は、勉強机の一番下にあるの引き出しを思いっきり引っ張った。

 家の床下に取り付けられた固形燃料のロケット・モーターが点火した。 

 カウントダウンは無しだ。

 そして勉強机の今度は一番上の手前の胸の前にある平たい引き出しをひいた。ドラえもんのタイムマシンがいる場所だ。そこをスイッチにしておいた。

ラアァーンチLauuuunch!。

 楔形体型の右の10式戦車が発射するのと同時だった。

 BOKUの下半身を置いたままにして家ごと、打ち出す、緊急発射装置が作動した。

 僕が育った家は、家族を乗せたまま、陸自の120ミリ戦車砲によるキルゾーンから、毎秒11.2キロより少し遅いだけの第二宇宙速度にほぼ近い速度で打ち上げられた。

 10式戦車の120ミリ砲弾、対戦車榴弾HEATは、我が家の床下1ミリを通過して、小さな尾根の根本ねもとにあたりモンロー効果を性能通り発揮して、丘を数十メートルに渡り半球状に破壊した。

 一方、まだこれもBOKUと呼べるだろう。我が家は、高度3000メートルまで一気に上昇すると固形燃料のロケットモーターを燃焼しきった。ここより高度が上がると酸素マスクが必要になる。

 このまま、地表に真っ逆さまに自由落下して降下して睡眠剤で眠った愛すべき家族とともに心中というときに、BOKUの屋根にある超巨大なパラシュートが開いた。

 パラシュートにはThe Fuckin' Lovely My Houseと大きく書かれている、それと誰にも読めないくらい小さくBOKUと。

 高度2000メートルを切った時、家の申し訳程度のテラスにあたる透明のプラスティックの屋根は全展開してベントラル・フィンになった。

 そして、JDAMと同じように、携帯やスマホのGPS機能を利用し、家が元あった住所にきっちり降下するように、フィンは微妙な角度を修正していた。

 高度 1500メートル。

 西風が強く、BOKUは流されていた。GPSとお古のPCは必死に何百桁掛ける何百桁の恐ろしい桁数の行列の演算を毎秒何Hzという高速で行っていた。

 高度 1200メートル。

 フィンの角度調整では、位置のズレを修正できるかどうかの限界に達しようとしていた。

 高度 800メートル。

 風は高度が下がると微妙に舞っていた。フィンは、必死に目標を目指していた。

 高度 500メートル

 もうBOKUというより、純粋な日本家屋のすべての自動化された装置がやるべきことを必死に行っていた。なにもしていないのは、人間だけだった。

 高度 100メートル

 僕は目をつぶっていた。只々祈っていた。僕は多分陸上自衛隊の人を数人殺したでしょう。僕は人殺しです、僕は救わなくても、かまわないので、どうか家族だけはお守りください。

 高度 60メートル

 切れの悪い数字だった。もしかすると機器の故障かもしれなかった。僕は祈るのに忙しく、PCのモニターすら見ていなかった。窓には、パラシュートのはし切れと夜が明け出した青みがかった空と朝日があたりうっすらピンクに染まった雲が見えていた。

 高度 47メートル

 重量調整のため、ベントラルフィンが切り離された。パラシュートの傘の真下に着けられた小さなロケットモーターが点火して4秒間だけ吹いた。4は死の4。


 高度 0メートル。

 4秒間の噴射とパラシュートにより、BOKUは元の住所から1ミリもずれていない

 家の基礎に静かに近所の人だれも起こすことなく静かに着地した。


 僕は、音を聞いた。ばあちゃんがふすまを開けてトイレに行く音をこの耳で。

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